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 僕、秋津・明(あきつ・あきら)は十六歳の高校二年生だ。

『秘密基地をつくろう』をプレイし始めてから、もう二年になる。

 少しニッチな部類になるだろうこのゲームを、僕がプレイしているのには理由がある。

 でもまぁ別にそれは大した理由じゃなくって、単に僕の父、秋津・崇(あきつ・たかし)が特撮マニアだったからだ。


 幼い頃から、僕は父のコレクションである特撮作品を見て育つ。

 見て育ったと言うか見させられたと言うか、その辺りは少し難しい。

 何にせよ父は、僕に古い順から特撮作品を視聴させた。

 そう、自分の推しでもなく、子供が取っ付き易い作品でもなく、古い順から。


「ホラ、新しいのを見てから古いのを見ると、良さがいまいちわかり難いだろう? 父さんの気遣いだよ」

 大きくなってから理由を問えば、父はそんな風に言っていた。

 要するに父は、最初から僕に片っ端から自分のコレクションを全て見せる心算で、古い順に視聴させたのだ。


 父の仕事はイラストレーターで、比較的と言うか殆ど家に居た。

 母、秋津・志津(あきつ・しづ)もイラストレーターで、父とはその手のイベントで知り合ったらしい。

 だからと言う訳ではないだろうけれど、我が家は色んな意味で皆が自由に生きている。

 しかし中学に入った僕は、周囲に倣って反抗期に突入した。


 反抗の切っ掛けは、何だっただろうか。

 何かに付けて自由と言うか、いい加減に見えた父への苛立ちだったかも知れないし、確実に父や母の才能を受け継ぎ、美麗な絵を描いてみせた一つ年下の妹、秋津・沙紀(あきつ・さき)への嫉妬だったかも知れない。

 まぁそう言う年頃だったのだろう。


 だからその時期は父の趣味からも遠ざかっていたのだけれど、反抗期も大分と落ち着いた中学三年生の頃、高校受験も迫っていると言うのに父は、

「おぉぉい! 明! 見たか? フルダイヴVRでヒーローになれるぞ! 金は出す! 一緒にやろう!!!」

 なんて風にテンション高く、僕を発売予定だった秘密基地をつくろうに誘ったのだ。

 父はどうやら、僕と一緒に『俺とお前でダブルヒーローだ!』的な事をやりたかったらしい。

 僕もフルダイヴ型のVRゲームには興味はあったし、機器一式だけじゃなくて月額料金まで父が出してくれると言うのなら、乗らない手はなかった。

 けれどもゲームの中ではしゃぐ父を見るのは、正直鬱陶しいと言うか恥ずかしいと言うか、複雑な気分になる事も予測が出来る。


 僕は悩みに悩んで、非常に惜しいと後ろ髪を引かれる気分で断ろうとして、ふと気付く。

 父が見せてくれた秘密基地をつくろうの公式サイトに、悪の組織の首領にもなれると書いてある事に。

 大分と落ち着いたとはいえ反抗心が皆無になった訳じゃない僕は、父の申し出を喜んで受け入れ、悪の組織の首領になった。

 今にして思うと、父には非常に申し訳ない事をしたと思う。


 尤も、正義と悪に分かれて親子対決ってロマンがあると主張した僕に、あっさりと気を取り直した父はヒーロー側で活躍し、結構有名なプレイヤーになってるらしい。

 何時までも母に惚れられる男で居たいとか言う理由でトレーニングを欠かさない父は、意外と動ける中年だ。

 


 大首領ノアは、秋津・明に生み出された存在だった。

 その姿は中学三年生だった頃の秋津・明を写し取って、少しだけ弄った物である。

 だから今の高校二年生になった秋津・明と比べると、些か幼い。


 だがその頼りなさげな姿とは裏腹に、秘めたる力は絶大だ。

 保有する力は超能力。

 配下であるカラミティ・クィーンと同種の、しかし彼女よりもずっと強い力を持ってる。


 大首領ノアが率いるは、秘密結社スコル。

 太陽を喰らう者。

 ノアの力に惹かれ、想いに賛同し、集いし配下達。

 その目的は、世界征服。

 組織の規模を拡大し、配下を増やし、善を名乗る者を打ち倒し、国家を転覆させ、世界を握る。


 そう、大首領ノアは、世界を握らねばならない。

 その為に生まれて来た。

 そうあるべしと生み出された。


 だけれど何の為に世界を征服するのか、世界を征服した後に何を成すのか、その答えを、ノアは未だ持ち合わせていない。

 定められても、いない。



 …………コンコンと、ノックの音に僕は目を醒ます。

 僕は自分が椅子で眠ってしまっていた事にまず驚いて、ハッと周囲を見まわしてもう一度驚く。

 何故ならそこは僕が慣れ親しんだ自室ではなく、司令室だったから。

 それも最高レベルまで上昇させた本部の司令室ではなく、何の飾りもない殺風景な最低レベルの、造り立ての司令室だ。


 不審に思い、自分の手を見た。

 本来の物より、一回り小さな自分の手。

 それを見て確信する。

 これはアバター、大首領ノアの手で、つまりここはゲームの、秘密基地をつくろうの中であると。


 しかしそれは、とても奇妙な事だった。

 本当ならば、ゲームの中で何らかの形で意識が途切れた場合、安全の為に自動でログアウトが行われる。

 だからゲームの中で眠ってしまえば、目覚めた時は現実の世界に居なければおかしいのだ。

 実際に寝落ちや、寝弾きとも言われるそれを経験した事は僕もあるから間違いはない。


 取り敢えず現在時刻を確認しようと思い、床を踏み鳴らして司令室の機能を起こす。

 昨日は日曜日だったからついついゲームに熱中してプレイしてしまったが、今日は月曜日。

 要するに学校があるので、時間によっては大いに焦らなければならなくなる。


 僕の指示に司令室の機能が起き、天井が開いてモニターが下りて来て、逆に床からは僕の手元にコンソールがせり上がって来た。

 今の時代、ディスプレイは中空に投影され、コンソールもそれに手で触れるタッチパネル式が殆どだけれど、こんな風にアナログな設定にも出来るのが、この秘密基地をつくろうの良い所だと思う。

 ちょっとした満足感を覚えながらモニターを覗いた僕は、けれども思わず眉を顰めた。


『XXXX/XX/XX/XX:XX』

 西暦、月、日、時間の全てが参照出来なくなっている。

 ……一体どうなっているんだろう?

 こんな事はあり得ない筈なのに。


 少し不安になったが、ゲームの中で時間が見れないのならログアウトすれば良い。

 どうせログアウトはしなければならないのだ、現実の世界で起きて時計を見ればそれで大丈夫。

 そんな風に自分に言い聞かせ、何かに急き立てられる様にコンソールを操作して、そして今度こそ凍り付いた。

 モニターに表示されたシステムメニューには、ログアウトの項目がない。

 それどころか運営へのコールや、ゲーム内の流血表現の除外等を操作するコンフィングの項目すらも見付からないのだ。



「……これ、どう言う事?」

 不安に心臓を鷲掴みにされた様な気分になりながらも、僕は声を絞り出す。

 その時だ。


 再び、コンコンと司令室の扉がノックされる。

「ひっ、はっ、はい!」

 悲鳴の様な声が出た。

 情けない話だが、今の状況が怖かった。


 でもその声を了解と認識したのだろう。

 プシュッと音を立てて司令室の扉がスライドし、コツコツと足音を立てながら一人の女性が入室して来る。

「ノア様、朝食をお持ちしました。また想定外の事態が起きており、食後にご指示を戴きたく存じます」

 そしてその女性は、

「カラミティ、クィーン?」

 昨日の晩、僕が本部から新基地に送ったカラミティ・クィーンだった。




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