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僕はアタイラ侯爵が対スコル用に用意していた戦力をホオジロ男に丁寧に蹂躙させてから、屋敷内へと踏み込む。
中で僕を待っていたのは、この屋敷の主であるアタイラ侯爵と、家令と思わしき男。
どうやら他は、表での戦いの間に、既に避難済みの様子。
家人を逃がしておきながらも本人が残っていると言う事は、アタイラ侯爵は既に腹を括っているのだろう。
「やぁ、君がアタイラ侯爵で良いのかな? 持て成しに感謝を。お蔭で僕の配下が、一つ成長できたよ」
その言葉にアタイラ侯爵は僅かに顔を顰めた。
別に皮肉ではないのだけれど、どうやらそう聞こえてしまったらしい。
アタイラ侯爵は、三十代後半から四十位の、引き締まった体躯と容貌の男性だ。
見た目からは、確かに鋭く有能そうな印象を受ける。
「返事がないけれど、言葉は通じているよね? 僕はノア。今現在、この国に降伏を迫ってる組織の首領だ。用件は、わかってるかも知れないけれど、君にも降伏に賛成して貰おうと思ってね」
僕の名乗りにアタイラ侯爵は一瞬目を見開くが、それ以上の反応を表情には出さない。
でも彼の手は硬く握りしめられ、僅かに震えていた。
どうやら僕を、見た目通りの年齢ではないとでも判断したのだろう。
まるで彼の硬い表情は、対峙した化け物に内心を悟られまいと必死に固めているかの様。
年齢は、どうだろうか。
ノアの見た目と僕の実年齢は、そんなに離れてないのだけれども。
大首領である僕が、アタイラ侯爵にとっての化け物であると言う事に関しては、まぁ間違いではない。
「断る。正体不明の簒奪者に国を明け渡す等、正気の沙汰ではない。私は民から納められた税で腹を満たし、衣服を身に纏って生活をして来た。そんな私が、民を不幸にする選択に賛同出来る筈がないだろう!」
武力が全く通じなかった今、アタイラ侯爵に残された武器は矜持と言葉のみ。
しかしその言葉に、僕は思わずポンと手を打つ。
成る程、建前でなくそう思っているなら、それは随分と立派な話だ。
だけどその言葉は、僕に少しの苛立ちを覚えさせた。
「そう、それはとても立派だね。でもその志の割に、この国には不幸な人が多いよね。僕がこの国を支配しようと決めたのは、貴族の馬車が子供を轢き、我が子に縋って嘆く母を、邪魔だと切って捨てたのを見たからだよ。あぁ、君の言う民にはその親子は含まれてないんだね」
他にも、スラムの住人や奴隷にされてる亜人達。
彼等の多くは確実に不幸だろう。
この国の貴族は、スラムの住人や亜人なんて民じゃないし、一般市民と貴族が対等でないのは当たり前だと言うかも知れない。
だが僕から見れば、スラムの住人も貴族も、亜人も人間も、大きな違いのない未開人だ。
「そりゃあ僕が支配しても不幸になる人は出るだろうね。今の支配者層で無能な人は、確実に不幸にするよ。だって邪魔でしかないもの。でも不幸な人の割合は、今よりは確実に減るさ」
僕のたった一言で残された武器の一つ、言葉を失ったアタイラ侯爵。
けれども僕は、彼の矜持も圧し折る為に、更に言葉を重ねて行く。
「具体的には、満足に食べれない人を減らして人口を増やそう。農村の次男、三男に生まれても、仕事を得て財産を持ち、結婚して子を成せる様にしよう。勿論自ら働こうとしなきゃ、不幸になるよ。流石に自助努力がない人は面倒見たくないし」
限られた耕作地を親から受け継げるのは、跡継ぎである長男のみ。
次男や三男に生まれたら、兵士に志願するか、実家で食わせて貰う代わりに労働力として居候をするか。
仕事を求めて町に出ても、知識も技能もコネも信用もない状態では、余程の運がなければ生活が成り立つ収入は得られない。
スラムの住人には村から流れて来たが、結局仕事にあり付けなかった者も多いと言う。
貧しく生まれれば貧しさから抜け出せない。
貧しい場所に転げ落ちても、もう二度と抜け出せない。
「でも僕は、その状況を変えられる。僕にはその力がある」
まぁ僕には、と言うよりも僕の配下の博士達には、と言った方が正しいが。
金森博士ならば播種量の良い作物や肥料を作り出せるし、技術者であるアキなら水車やポンプに始まり、様々な機械の図面を引ける。
また耕作地を増やせない大きな要因である、魔物の排除も僕等には容易い。
人を喰わせて増やし、仕事を与えて豊かにすれば、富んだ国から僕等が搾り取れる物も大きく増える。
勿論そんな事を細かく説明した所で、アタイラ侯爵には理解が難しかったり、信じられなかったりするだろう。
だから僕は力とだけ言った。
そしてその力は、既に太陽を隠す事で見せているのだ。
「だから自覚した方が良い。民を不幸にしてるのは今の君達で、今も民を不幸にする選択を選んでいるのが君なんだと」
僕は理外の力で、自分は国を支えてきた一人であると言うアタイラ侯爵の矜持を、踏み躙る。
彼の顔色は蒼白で、唇は細かく震えてた。
「き、貴様は、……いや、貴方は一体何なのだ!」
必死に絞り出された問いに、僕は笑う。
何、と来たか。
異邦者、大首領、太陽を喰らう者、何でも良いのだけれども、ここは一つわかり易く行こう。
「ミルクトセイラ国の王は、嘘かホントか、光の神から王位を与えられたんだってね。……ってそれを信じてる人っているのかな?」
それを何と言ったか。
確か王権神授説だっただろうか。
神から王位を与えられたとする事で、支配の正当性を主張、他より侵されざる神聖な物とするみたいな話だ。
「でも喜ぶと良いよ。それを本当にしてあげる。今の王が僕に忠実であるならば、その王位を僕が保証しよう」
僕はただ笑ってるだけなのに、気圧されてしまったのか、アタイラ侯爵が膝を突く。
まだ話し始めて然程の時間は経ってないのに、彼は出会った時よりも随分と老けて見える。
「そう、つまり僕が、君達の神だよ」
深々と首を垂れた彼の頭を、僕はそう言って一撫でした。




