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「シィッ!」
鋭い呼気と共に突き出されたのは、華美な装飾を施された槍。
しかしその穂先は、ホオジロ男の身体を捉えるも突き刺さる事はなく、ぎゅるりとその体表を滑って受け流された。
鮫の皮膚は、楯鱗と呼ばれる小さな鱗に覆われており、この鱗が身を守ると同時に水の抵抗を減らしたり、揚力を高めていると言う。
怪人であるホオジロ男の楯鱗は勿論特別製で、金属以上に硬く、更に角度の甘い攻撃はあぁやって逸らして防御が可能である。
ホオジロ男の大きな腕の一振りで、槍を繰り出した武人らしき男はまるで投げられたボールの様に飛んで行く。
一人では敵わぬと悟ったか、次は一斉に襲い掛かって来る武人達だったが、今度はホオジロ男は攻撃を受けるのも面倒だとばかりに、尾びれをブンと振り回して彼等を薙ぎ払った。
あまりに一方的な戦いだが、それでもホオジロ男は充分に加減を行っている。
何故なら殴られた男も、尾びれに弾かれた者達も、吹き飛ばされはしたものの、その場で弾け飛んでミンチにならなかったのだから。
殺すのではなく心を圧し折る様にとの僕の言い付けを、ホオジロ男はちゃんと守っているのだ。
「魔術隊!」
鋭く響くその声に、屋敷の正面に陣取ったローブ姿の男達が杖を振りかざして、炎の玉を次々に発射した。
咄嗟に防御姿勢を取ったホオジロ男に命中し、燃え上がる炎の魔術。
成る程。
あると聞いてから少し気になってはいたのだけれど、この世界の魔術はこんな感じなのか。
「ぬりぃ! 思わず防いで損したじゃねぇか!」
理不尽に切れ、腕を振り回して燃え上がった炎を掻き消すホオジロ男。
自分達の力が全く通じていないその姿に、魔術師達が怯む。
実は、ゲームの秘密基地をつくろうの世界にも、魔術だの魔法だのは存在していた。
でもそれは地下で魔導を受け継いで来た組織が扱う呪い染みた物だったり、訳の分からないマスコットキャラクターと契約して使える様になる不思議な力、凄いビームや爆発を起こすハートを飛ばしたりする様な物なので、こう言った如何にもファンタジーな魔術は新鮮味がある。
但し威力の方は、僕等が脅威に感じるほどではない様だ。
ホオジロ男は驚きに思わず防御姿勢を取ってしまったが、それが本来ならば無視しても全くダメージを受けない程度の火力だった事に、羞恥を覚え、それが怒りに変換されたのだろう。
「怯むな! 実体のある魔術を放て!」
再びの命令に、魔術師達が次に放つのは一抱えほどはある石塊。
そんな物をぶつけられれば、並の人間なら命にかかわる。
しかし怪人であるホオジロ男は、煩わし気に腕や尾びれを振り回すだけでその石塊を叩き落とし、打ち砕く。
でもここから先は、少し面白くなりそうだった。
ホオジロ男は、相手が何故攻撃を別の魔術に切り替えたのか気付いていない。
通じなかった魔術の攻撃を未だ繰り返すのは、ホオジロ男の注意を引く為。
ならば何故、わざわざ魔術を別の物に切り替えたのか。
単に注意を引くだけならば、炎の魔術の方が効果的な筈。
その理由は唯一つ。
大きな屋敷の屋根の上から跳躍して舞い降りる、あの剣士を炎に巻き込まない為だ。
放たれる石塊を砕くホオジロ男は、上から迫る剣士に気付かず、振り下ろされた剣をまともに浴びる。
高く、澄んだ音がした。
ホオジロ男の身体に、一筋の傷が刻まれる。
……けれども音の正体は、剣士が振るった剣が、負荷に耐え切れずに折れてしまった音。
剣士の一撃は、楯鱗を確かに切り裂いた。
それは驚嘆に値する技だ。
だがそんな技を以ってしても、硬く細かく密集して攻撃を防ぐ楯鱗を突破した負荷は大きく、ホオジロ男には浅い傷を付けただけで剣は限界を迎えてしまう。
体躯が巨大で筋も密集しているホオジロ男は、楯鱗がなくともそれなりの防御力がある。
結局剣士の攻撃は、ホオジロ男に傷を刻んで、激怒させただけに終わってしまった。
ホオジロ男が怒りを覚えたのは、傷の痛みよりも、僕の前で傷を負うと言う無様を晒した屈辱だ。
目に激しい怒気を浮かべ、渾身の一撃を防がれて動けぬ剣士を、全力で叩き潰そうとするホオジロ男。
まぁ、これは仕方ない。
もしもこれで怒らなかったら、余程体調が悪いか、或いは偽物なのかと僕は心配せねばならないだろう。
だけど幾ら怒ったとしても、僕の命令を忘れるのは頂けない。
「ホオジロ、そうじゃない。僕の言い付けを、まさか忘れたの?」
少し圧を込めて、僕はそう言葉を発する。
僕が彼に命じたのは、殺すのではなく心を圧し折る様に戦えだ。
叩き潰してしまって良いなんて、言った覚えが僕にはなかった。
ピタリと、剣士の頭上でホオジロ男の腕が止まる。
善し、良い子だ。
ホオジロ男は、僕をがっかりさせなかった。
「高所から跳躍した勢いを余さず斬撃に乗せ、君の楯鱗を切り裂いた。ヒーローや怪人の身体能力を持たない人間が、技だけを頼りに。同じ条件で同じ事が、ホオジロ、君に出来る?」
だから僕は言葉を重ねる。
拳を引いたホオジロ男の、その沈黙が、とても雄弁な答えだろう。
「だったら相手に向ける感情は、怒りじゃないよ。わかるよね。君が持たない物を持った相手だ。真摯に学ばせて貰うと良い」
僕は黒の指揮杖を手の中でクルリと回す。
確か剣士の名前は、……確か剣聖スフォルトだっただろうか?
偵察結果は脅威に足りないとあったし、実際に中級以上の怪人なら脅威にならない相手だけれど、ホオジロ男の成長の糧には丁度良い。
「それに君が負った傷は恥じゃない。傷を負う程の戦いで、君が何かを得られたなら、その傷を僕は誇りに思おう」
わざわざ翻訳機をオフにしてないから、僕の言葉は彼等にも伝わってる。
そのやりとりで僕がホオジロ男にとっての上位者であると理解した彼等は、狙いをこちらに定めたらしい。
ジリジリと距離を取った剣士、剣聖スフォルトが、他の武人から剣を受け取った。
でも彼等の攻撃が僕に届く事は、多分ない。
「うっす」
短く、一言だけ応じたホオジロ男の背中は、強い戦意に満ち溢れていた。
この先、ホオジロ男は自らの性能を十全に発揮し、剣聖スフォルトを含めた武人達を圧倒するだろう。
噛み砕き打ち砕き、武人達の心が圧し折れるまで、怪人の蹂躙は続く。




