一人の女とBar
午前0時。
とあるビル2Fで人知れずオープンするBar。
私は時々、一人でそこへ足を運ぶ。
歩道の薄く灯った街灯には数匹の虫が集まっている。
昼間の溢れんばかりの人、排気ガスや砂埃でまみれた街はどこかへ消え去ったようだ。
静寂と時たま現れる明かりが妙に心地好い。
階段を上り、扉を開けた。
深呼吸する。
あぁ、いつもの場所だ。唯一、私が一人になれる場所。
店の中は、外とはまた違った落ち着きがある。薄いオレンジ色の豆電球が天井からぶらさがっていて、来客がある度に少し揺れるのが好きだ。
カウンター席が5つとテーブル席が3つ。
私はいつもカウンターの右端に座る。
だが、今日はそこに見知らぬ顔があった。
黒のスーツを着た30代半ばくらいのその男は、何かを考え込んでいるようで、どこが寂しげな表情をしている。
彼に何があったのだろうかと気になった。
声を掛けてみたい。そう強く思った。だが、私にそんな勇気はない。
仕方なく私は左端の席に座った。
暫くして、彼は立ち上がり、お会計を済ませて帰ってしまった。
結局、何も分からないまま時間が過ぎた。
いつもそうなのだ。ドラマのヒロインのようにはなれない。
偶然出会った男女が結ばれるなんていうハッピーエンドは存在しない。
また一人、家路につく。