初志貫徹
地獄を見ているかのようだった。
私が機械術を学び、師匠たちと暮らした大切な家──私の第二の家が、燃えている。
轟々と炎を巻き上げるその家 だったもの を私は大衆の中で見ていた。
ドーラ師匠。旦那さんのシュワルツさん。娘のシーラちゃんと、生まれたばかりのドロシーちゃん──。
全員が、まだ中にいる。
消防隊員が作業を行う中、私は呆然とその場に立っていた。
師匠と出会ったのは、小学六年生の時。
授業で作った小型ロボットが賞を取り、ロンバルの役所に展示されると聞いて、母親と見に来ていた。
ちなみに、母親も機械術士の端くれである。
私の故郷はここロンバルからは少し離れたミレストンという小さな村だった。
ミレストンからしてみればロンバルはとても広くて都会で、私も心が躍っていた。
だからなのか、母親とはぐれてしまったのだ。
役所では小型ロボット展示会が開かれていて、人もそこそこに多かった。私は母親を見失った。
六年生ではあったが、やはり知らない場所で母親とはぐれるというのは不安になり、私は自分のロボットが展示されている場所へと戻った。するとそこには人が居た。
「凄いわ~! この子! 十二歳でこの技術! あ、ほら、こっちにも動くわ! 見て見て、ワルツ!」
「確かにこれは凄いな、ドーラ。この歳でここまで出来るなんて、これは才能としか言いようが無い。ふむ……」
「ウェルツ・マリーちゃんねぇ~! 私この子、弟子に取りたいかもかも! 」
「おっ! いいんじゃないか!? 弟子欲しいって言ってたもんな~お前」
「お前呼びは止めろって言ったでしょ?ワルツ………あら?」
ドーラと呼ばれた女性の方が私に気づいたみたいだ。軽く会釈をする。
「どうしたの? お嬢さん迷子かしら? 」
「ま、迷子じゃ……無いんですけど」
「お母さんかお父さんは? 」
「あ、あの!! その小型ロボット、私が作ったんです!! 」
二人は一瞬動きを止めた後、にっこりと笑った。
「君がマリーちゃんだったんだね。素晴らしいよ。この作品は」
「あ、ありがとうございます……」
「ちなみに僕の名前はエレベス・シュワルツっていいます。そしてこっちが嫁の……」
「ドーラ! エレベス・ドーラ! マリーちゃん、私の弟子にならない!? 」
「え、ええっっ!! 思ってもない話です!! 」
小学六年生。ちょうど進路選択を迫られていた。
どこかに弟子入りしなくてはいけなくて悩んでいたところなのであった。
「よしっ!! じゃあ決まりね!! よろしくマリー!! 」
「ええっ!? こんなに簡単でいいんですか!? 」
「マリー!! やっと見つけた!! もうお母さんの方が迷子みたいになっちゃってたわ」
「あ、お母さん……!! 」
「マリーのお母さん!? ちょうど良かった!! 挨拶しなきゃ!! 」
「お母さん、あのね、この人が私を弟子にとってくれるって……」
すると母親の顔はむっとなった。
「どこの誰かに娘を渡す気はありません」
「あの、私、エレベス・ドーラと申します。いきなりのことで驚かせてしまってすみません」
「僕が夫のエレベス・シュワルツです」
すると母親の顔色がみるみる変わっていく。
「こ、これはこれはエレベス夫妻でしたか……!! 私も機械術士の端くれとして尊敬しています」
「ありがとうございます」
エレベス夫妻は微笑む。
「そ、それで……いいんですか?? 本当にうちの娘を?」
「もちろん! マリーさんには才能しかありません! きっと優秀な機械術士に育ててみせます!! 」
「ありがとうございます!! ありがとうございます……!! 」
母親は何度も頭を下げていた。
私はミレストンから少し離れた、ベルフラワーという街へ来ていた。
ドーラ師匠の元にお世話になるようになってから、三日が経った。
「マリー。ベルフラワーにはもう慣れた?」
ドーラ師匠が紅茶を淹れながら話す。
「い、いえ……まだまだです」
「そんなに堅くならなくていいって何度も言ってるじゃないの〜!じゃあ今日は修行はお休みにして、街にでもショッピングに行きましょう?」
「え……?! いいんですかそんなの?! 」
「いいのよ。決定権は師匠の私にあります!」
ということで、ドーラ師匠と私はベルフラワーの中心街へ来ていた。
「マリー!! 見て見て!! あの服かわいいんじゃない?! マリーに似合いそう!! 」
「私はそんなフリフリでヒラヒラのは着ません………師匠の方が似合うんじゃありませんか?」
「あらマリーちゃん。歳をか・ん・が・え・て?」
「……す、すみませんでした!! 」
ドーラ師匠は普段から穏やかだけれど、たまに怖い。
「マリーはやっぱり凄いわ!! こんなに覚えが早いなんて!! あ、でもここはちょっと荒くなってるから駄目よ。ほんの少しの手抜きが機械の故障に繋がるんだから」
ドーラ師匠の指導は抜け目が無く厳しかった。だけれどその分、暖かくて優しかった。
「マリー!! 今日は終わりにしましょう!! 明日はいよいよ中学校の入学式よ〜!! もう制服も綺麗に準備してあるから!! 」
「さ、明日に備えて。今日の夕食はミートローフだよ〜!! 熱々のうちに食べなさい?」
シュワルツさんが優しい声で言った。三人で囲む食卓は、とても楽しくて落ち着くものだった。
「ミレストンから来ました。ウェルツ・マリーです。よろしくお願いします」
中学校入学式。正直、浮いていた。そりゃあそうだ。皆ベルフラワーの小学校からの持ち上がりなんだもの。
「あなた。機械術士なんですってね?」
くるくるツインテールの、いかにもお嬢様風な女の子。後には取り巻きが数人。こりゃあいかん。目をつけられた。
「はい。機械術士です。十二歳のときにロンバル機械博覧会で金賞を受賞しました」
「ロンバル機械博覧会で金賞〜?! チッ、行くわよ。ちなみに私はこの街一帯を占めるベルフラワー家の次女にして槍使いのベルフラワー・アマレットよ」
「ご丁寧にありがとうございます。私はウェルツ・マリーです」
「知ってるわよ!! ほら、みんな!! 行くわよ!! 」
アマレットはそう言うと取り巻きたちと一緒に去っていってしまった。
ベルフラワーの街を占めるベルフラワー家の次女が同じクラスにいるのか。ちょっと厄介。でも根は悪い子じゃあ無さそう。
「師匠。ベルフラワー家って知ってる?」
「知ってるも何も〜。この街一帯を占める一族じゃないの。それがどうかしたの?」
「次女のアマレットちゃんと仲良くなったよ」
「え?! それ本当?! 凄いわ!! アマレットちゃんっていったら気が強くていじめっ子で有名だったから、いじめられたりしないか心配だったのよ〜」
まあ、これからいじめられるのかもしれないんだけれど。
「マリー!ちょっとマリー!聞いてるの?! 」
「……ああ。アマレット。本読んでて聞こえなかった」
「本読んでても声は聞こえるでしょ~う?? それに呼び捨て!! 許さないわ!! アマレット様とお呼びなさい!! パパに言いつけてやるんだから!! 」
「それで?何の用?アマレット"ちゃん"」
「だから様と~~!! ってそんなことは今はどうでもいいの。今日、体育の授業があるでしょう?マリー。あなた、私の決闘のパートナーになりなさい」
教室全体がざわついた。
「アマレット様と決闘?! 」「あのウェルツって奴、血を見るぞ!! 」「最悪だあ!! 」「死闘だぞ!! 」
「で、返事はどうなの? ウェルツ・マリー」
「はい。喜んで。アマレット"ちゃん"」
そんなに強いのか。このアマレットという槍使いは。
ガキィン!!
武器と武器がぶつかる音が響き渡る校内特訓場。
「機械術士が近接に弱いと思った?」
「くっ……機械術士がこんなに強いだなんて!」
「でもアマレット、あんたの腕もなかなか……っ」
勝負は互角。終業のチャイムが鳴った。
「ふんっ! 勝負はまた次回に持ち越しね」
「そうね。いい戦いができたわ。ありがとうアマレット」
「あっ……ありがとうですって?! こんなに傷付けたのに!! 」
アマレットは顔を真っ赤にして照れている。かわいい。
「いい戦闘練習になりました」
「ほんっとうにもう!ムカつく女!! 」
学校から帰ると師匠との修行の時間だ。
「マリー。ここの部品はこう繋げちゃダメ!ショートしちゃうわ!! 」
「はい。すみません!師匠!」
「今日は少しだけ実践練習をして、修行はお仕舞いにしましょうか。疲れてるみたいだしね」
「……え?どうして分かるんですか?」
「師匠だもの。なんでも分かるわよ」
そう言って師匠は微笑みを見せた。
二年後。
なんともめでたいことに、ドーラ師匠とシュワルツさんの間に子供が産まれた。名前はシーラちゃん。女の子だ。
シーラちゃんが産まれたことをきっかけに私たちはロンバルへと引越した。カントリー風で素敵なログハウスだ。
私はルビアンという街にあるセリディア学園という高等学校から推薦を貰い、そこへ入学することとなった。腐れ縁なのか、アマレットも一緒だ。
ルビアンはロンバルからは少し離れていたので、エレベス夫妻とは一旦お別れし、三年間の寮生活をすることとなった。
「まったく!どうして私があなたと同室なのよ!」
「まあまあ、アマレット。嬉しいじゃない。これからも仲良くやりましょう?」
「くぅぅ~!! 」
アマレットの憎まれ口は相変わらず直っていない。
だがそれも面白かった。
セリディア学園の機械科はとても優秀な技術が揃っていて、私はそこで機械についてたくさん学ぶことができた。そして、三年連続学年トップ。嬉しいことに、名門ウィンセント大学機械科に合格した。またまた腐れ縁、アマレットも一緒に。
「もう!あんたがよりによって名門ウィンセント大学に受かるなんて~!」
「嬉しいじゃない。中学からの付き合いだもの。仲良くしましょう?」
師匠とシュワルツさんの間に二人目の子供が産まれたと聞いて、私はウィンセント大学の合格通知書を持ってロンバルへ向かうことにした。
──はずだった。
そこで目にしたのは、信じられない光景だった。
ドーラ師匠とシュワルツさん、シーラちゃん、産まれたばかりのドロシーちゃんが居るはずのログハウスが、見るも無惨に燃えている。
「おい!! 子供が生きてるぞ!! 」
消防隊員の耳を劈くような怒鳴り声が響いた。
「こっちだ!! よし、よく頑張ったな」
燃え盛る炎の中から出てきたのは、ぼろぼろになったシーラちゃんと、泣き喚くドロシーちゃんであった。
ドーラ師匠とシュワルツさんの葬儀は迅速に静かに行われた。なんと二人共、両親共に失っており、天涯孤独の存在であった。
シーラちゃんとドロシーちゃんを誰が引き取るか、皆がひそひそ声で話している。私はそれが嫌だった。
「私が……!! 私が引き取ります!! 私はドーラ師匠の弟子です!! 」
気づくと大声で叫んでいた。
同席していたアマレットが肩を引っ張る。
「あんた何言ってるの?! 大学はどうするの?! 」
アマレットはこれまでに無いくらい怒っている。
「大学は……諦めるわ。師匠の遺した、シーラちゃんとドロシーちゃんの命の方が大事」
思いっきり引っぱたかれた。アマレットに。
「あんたとは……マリーとは……大学で一緒に学んで……最新の戦闘技術を身に付けて……最高の槍使いと機械術士になりたいって私は……思ってたのに……」
アマレットはその場で泣き出した。
その肩を抱きしめたのは、お母さんだった。
「アマレット。お母さん。私はこの子達を育てながらロンバルで小さな工房を開くわ。心配はしないで。ドーラ師匠の意志は、私が継ぐ」
「うっ……ううっ……マリーの……馬鹿ぁ……」
「お母さんは反対しないわ。困ったらすぐに呼んでちょうだい。私の祖母が住んでいた空き家があるわ。古いけれど、そこを使いなさい」
「うっ……うん……ありがとうお母さん。ごめんねアマレット……」
私も自然と涙が溢れていた。
「私は……!! 絶対に許さない!! マリー!! 」
アマレットは大号泣しながらその場を立ち去ってしまった。
「ほら、ご飯だよ。シーラ。食べなさい?」
「……」
あれからシーラは一言も口をきけなくなってしまった。
「ドロシー。ミルクよ。はーい、よしよし、泣かないの」
電話の着信音。
「お電話ありがとうございます。はい。こちらウェルツ工房でございます。はい。はい……承れますよ。いつご来店希望ですか?」
子育てをしながらの仕事は、想像以上に大変であった。
「だいぶご飯食べられるようになったね?シーラ!えらいぞー!火傷の痕も良くなってきたし」
「……」
「そうだシーラ!今度こそ美容院に行かない?焼けた髪の毛、切ってもらおうよ!」
シーラは黙って首を振る。
「うーん。そっか。じゃあお散歩にでも行かない?」
シーラはまた首を振った。
「駄目かあ。じゃあまた、ご本読んであげるね」
シーラは黙って頷いた。
こんなことでこれからやっていけるのかなあ……。
ううん、違うんだ。やっていかなきゃ。
私が二人を守るんだ。絶対に育てきるんだ。
そう、決めたんだ。