ようこそファーストダンジョンへ。
訓練が始まってから数カ月が経った。その間の日々は明るい内は城庭で騎士相手に剣を振るい、日が落ちれば座学に励む。レベル上げというのはモンスターを倒して経験値を得るのが手っ取り早いが、素振りや模擬戦などでも少しながら入ってくる。もちろん、前者には死のリスクがあり、後者には無い。訓練を始めて数日が経った時に初めて一人欠けていることに気付くというトラブルがあったが、他に大きな問題も無く過ぎて行った。
自分より弱いやつを相手にして意味があるのかと思うかもしれないが、ステータスの数値の上では戦士長クラスの榊でさえ、王国最強の戦士長率いる近衛騎士団員には十回中九回は負ける。彼らには圧倒的な経験と技術の差があるからだ。
しかし、数カ月も鍛錬を重ねると流石にそうも言ってられない。彼らは勇者に相応しいほどメキメキと実力を伸ばし、近衛騎士団員にも勝ち越す様になってきた。未だに負けた事が無いのは戦士長ぐらいだ。そして、そろそろ実戦を学ぶ頃だろうと上層部で話がまとまった。
「今日の鍛錬はここまでだ。各自帰ってきっちりと休むように。それと、明日からは実戦訓練として迷宮へ向かうこととする。」
「そ、そんな。大丈夫なのでしょうか?」
「心配することは無い。明日君たちが向かうのは、初歩迷宮だ。」
「初歩迷宮ですか?」
「そうだ。冒険者達が一番初めに力試しをする所だ。未だに死者は出てないし、少しレベルの上がった君たちなら何の問題もない。」
「そうですか。なら頑張ってみます。しかし、その言い方だと他にも迷宮は、あるようですが?」
「その通りだ。他にも中級冒険者が挑む廻廊迷宮や王立学院の持つ挑戦迷宮、それに、この世界のどこかにあると言われている最凶の迷宮、終焉迷宮などいろいろあるな。」
「なるほど、分かりました。」
「うむ。なら今日は休め。いくら死者がでないとは言え初めてなら色々苦労もするだろう。」
「そうですね。ありがとうございます。」
そうして、翌日を迎える。
■□
馬車に揺られること数時間、クラスメイト達はハジマリの町と呼ばれる街に来ていた。
この街は、かつての勇者が呼んでいたものが定着したものらしく、その意味を知っている者はいないとかなんとか…
冒険者と呼ばれる者達の出入りが多く、初歩迷宮を中心に、武器商や冒険者ギルドに宿屋などが散在している。
「これが初歩迷宮…」
(江ケ崎…君もこの世界のどこかにいるのだろう?私達が強くなって必ず見つけ出してやるから、それまでは生きていろよ…)
剣翁が一人で決意を新たにしている内にクラスメイト達は準備が完了したらしく、騎士団の付き添いでそれぞれチームに別れて迷宮に入っていった。
「剣翁さん、僕らも行こうか。」
「あぁ、そうだな。」
そうして全ての勇者達が迷宮へと進んで行く。
■□
「来るぞ!ゴブリンだ!」
「ギィィ!」
「ライトボール!」
少女の詠唱に導かれる様に光の玉が緑の小鬼に直撃し、肉を穿つ。
「愛珠音もだいぶ慣れてきたじゃないか。」
「あぁ、もう背中は任せられるな。」
「ほんと!?皇輝斗クンと瑞月ちゃんに褒められちゃった!」
「浮かれてるなよ。次が来るぞ!」
「あぁ!来い!光剣!」
そうして、勇者達は着々と迷宮を進み、大きな扉の前に全員が集結した。
「ここからが第一層のボス部屋だ!みな注意してかかるように!」
騎士団長がそう叫ぶと扉を開く。その先には、円形のドームの真ん中に、豚の面をしたモンスターが待ち構えている。
「第一層のボス、オークだ!大した強さはないが、油断は禁物だぞ!」
「おぉー!」と雄叫びをあげて一同は戦闘に入る。
榊や剣翁に善井を筆頭とした前衛と光大路達後衛の訓練の賜物というべきか、見事な連携の前にオークは為す術もなくサンドバッグと成り果てた。
「よし!行けるぞ!僕達ならきっと魔王軍だって相手じゃない!」
第一層を難なく突破出来たことは、勇者達にとっての大きな一歩となった。
■□
勇者達は、ゴブリンや至極真っ当なスライムなどを倒し、次のボス部屋前にやってきた。
「さぁ、ここが次のボス部屋だ!落ち着いて行こう!」
慎重に扉を潜ると中には、赤黒い鬼が一匹、棍棒を持って佇んでいた。オーガだ。
「グガァアアァアアァ!!」
「うわぁっ!」
「きゃっ!」
今までの敵とは一味違う威圧に、多くの勇者達は怯んでしまう。しかし、そうでもない者もいた。
「狼狽えるな!僕達なら問題ない!熱志、剣翁さん行くぞ!愛珠音もバックアップ頼む!」
「おぅよ!」
「あぁ!」
「任せてぇ!」
オーガは、その威圧のみならず実力も初歩迷宮では五本指に入るほど。
重い攻撃に、見た目に反して機敏な動き。大半の者が動けない事もあり榊たちのパーティは、ここに来て初めて本当の戦いを経験する。
今迄のように力と数で押し切る虐殺ではなく、一撃一撃が命の奪い合い。味方の魔法に当たらないように、当てないようにと連携という名の心理戦を行う。
刻々と時間が過ぎ、それに比例するかのようにオーガは疲れを見せ始め、勇者達は慣れてきたのかさらに攻撃を増す。
そして遂に、榊の一振りがオーガの首を捉える。グギャ。っと断末魔をあげオーガは崩れ落ちる。
「やった!」
誰かの呟きを筆頭に口々に喜びを顕にする。
「よし!やっぱり僕達はやればできる!みんな、援護ありがとう!」
もちろん榊もその一人だ。
次の層に降りると先行した騎士団が待っていた。
「おぉ!勇者サカキ!無事に倒したか?」
「えぇ、犠牲なく突破しました。」
「そうか、そうか。ならここからは我々無しで行け。我々は上で貴様らの帰りを待っている。」
「なるほど、これも試練というわけですか。分かりました。必ず戻って参ります。」
「うむ。」
その後、コボルトロードなるモンスターやゴブリンキングとその取り巻きなどの集団戦も何とか乗り切った一行は最終層の第五層ボス部屋前にやって来ていた。
「さぁ、ここが最後のボス部屋だ!皆油断するなよ!」
「「おぉー!」」
そう意気込んで扉を潜ると、中には牛の頭をし斧を持った二足歩行の化物、ミノタウロスがいた。
「グモォオオオォオォオオォォォ」
「きゃぁぁぁぁっ!」
「いやぁぁぁっ!」
それまでは上手くいっていたからか、少し慢心していたのもあるかもしれない。格が違うと実感させられるその咆哮に、泣き崩れる者や座り込んで粗相をしてしまう者もいた。
上層で戦った敵はあくまで格下、強くても同格程度だった。しかし、迷宮主となるとそうもいかない。
「こんなの…勝てるわけねぇ!俺はまだ死にたくねぇんだ!」
敗北を悟った数名は我先にと逃げ出す。
「おい、大川!笹谷!どこに行くんだ!これは僕たちが乗り越えなければならない壁だ!」
「ちぃ…逃げたヤツらなんてほっとけよ!今はこっちだ!」
「あぁ、私も善井に賛成だ。こいつは油断して勝てる相手では無い。」
「と…とにかく、頑張ろぉ!」
「そ…そうだね。とりあえずここにいるメンバーだけで行くぞ!」
前衛組が飛び出し、それを後衛組が支える。しかし、相手も並ではない。前衛組の剣を槍を、後衛組の弓を魔法を当てたとしても、その分厚い皮膚で軽減してしまう。
「クソ!なんだこいつ!勝てっこねぇ!」
そう言うなり逃げ出す者も出始めた。その結果残ったのは榊たち含む数パーティだけだった。
「攻撃の陣だ!」
もう心理戦などする必要もなく、息をするかの様な連携を繰り出し着々とダメージを与える。
「ちぃ…まだだ…まだ足りん…」
ミノタウロスにも大きな傷が増えてきたが、まだまだ疲れる素振りを見せない。
「熱志…僕があれを使う!」
「あれ?…そうか、まだ切り札が残っていたな。」
「剣翁さんもいいね?」
「はぁ…はぁ…無論だ…」
「じゃあ、僕が飛び出したら二人は下がって。【捲土重来】!!」
榊の身体を白いとも透明とも言えない様な眩い光が包む。
「はぁあああぁ!」
先程までは、打ち合うだけで弾き返されていた剣が、今度は弾き飛ばす。
「うぉおおおぉぉおぉ!」
斧を打ち上げられ隙が出来たミノタウロスは榊の怒涛の連撃に遂によろめく。
「援護ぉ!」
剣翁の号令に合わせて数多の魔法が追い打ちを掛ける。
「グルゥワァァアアアァアア!」
これが本当の断末魔と言うやつか。ミノタウロスは、自身の持つ斧を思い切り地面に叩きつける。その地をクモの巣状に砕いたものの、それ以降の動きは見せない。
「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…ぜぇ…勝った…のか…?」
【超技】の限界か、榊は倒れながら呟く。
「ふんっ!」
剣翁の一閃によりミノタウロスの首が跳ねる。
「これで間違いない。私達の勝ちだ!」
「うわー!勝っちゃったよ!やったね!瑞月ちゃん!皇輝斗クン!あと、善村君も」
「俺は、善井だ…」
「まぁまぁ、とにかく…これで大幅にレベルアップしたに違いない…」
「魔王退治に一歩近付いたという事だな。」
「じゃあ、もうすぐ帰れるのかなぁ?」
「それは…どうだろうな…少なくとも私は、江ケ崎を見つけるまでは帰らんがな。」
「えぇー?瑞月ちゃん、またあいつの話ぃ?いいじゃんエロ崎なんかほっとけばぁ。」
「愛珠音…それは良くないよ。彼もちゃんとしたクラスメイトじゃないか。」
「皇輝斗クンがそういうならぁ〜。」
「お喋りは、その辺にしろ。そろそろ帰るぞ。上で騎士団の連中も待ってるだろうしな。」
「ああ、そうだね。」
「そうだな。」
ようやくのこと歩けるようになった榊を連れ、転移の魔法陣に乗る。
「他のみんなは無事に戻れているだろうか…」
「各層のボス部屋の後に転移魔方陣があったから問題ないだろう。」
一同を鈍い光が包む。目を開くと、そこは先程通った初歩迷宮の入口の手前なのだが、その光景は明らかに先程とは異なっていた。
もう一話続いてから本編に戻ります。