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エンドリア物語

「麗しのビクトリア」<エンドリア物語外伝43>

作者: あまみつ

「鯉?オレは食べたことないな。うまいって話だけどニダウでは鯉を出す食い物屋がないんだよ」

 昼飯の後、オレはカウンターで売り物の指輪を磨いていた。片づけを終えたシュデルが店に移動してきて『コイ』についてオレに聞いた。

「店長、どこをどう聞いたら魚の鯉の話になるんですか?」

「コイといったら、他に…………まさか」

 オレはダッシュで食堂に逃げようとした。

 が、カウンターの後ろにあった金属の鎖が飛んできて、オレに巻き付ついた。オレはバランスを崩して、床に転がった。

「ありがとう、モルデ」

 モルデ。

 重量10キロを超える金属の太い鎖だ。シュデルの腹心の魔法道具で、必要とあれば自分の判断で動く。

 今回もオレが逃げようとしたのを察して、素早く巻き付いたのだろう。

「店長、僕が話していたのは恋愛の方の、恋です」

「恋愛相談をオレにしても無駄だぞ」

「わかっています。店長に恋愛相談をするくらいなら、道ばたの石に相談したほうが有益な答えがもらえます」

 シュデルが屈み込んだ。

「店長にお願いしたいのは、恋のお手伝いです」

「その前に、モルデをほどけ!」

「先に言っておきます。脅迫ではありません。僕としては、店長に『わかった。協力する』と言って欲しいのです。いま、モルデをほどいて『だめだ』と言われたら、困るのです」

「どう考えても、脅迫だろ!」

「協力していただけますか?」

「とにかく、ほどけ!」

 モルデが締め付けを強くした。

「いたたっ!死ぬ、死ぬ!」

「モルデ、少しだけ緩めてくれませんか?」

 締め付けが緩くなった。が、逃げられるほどではない。

「店長、お願いです。協力してください」

 シュデルが悲しそうな表情を浮かべて、必死で頼んできた。

「断る」

「どうしてですか?」

「お前がその顔をしたときは、無理難題をふっかける時だ!」

 シュデルがため息を付いた。

「店長にあまりひどいことはしたくないのですが……」

「その手の相談はオレ以外の奴にしろ!ラッチの剣なら聞いてくれるぞ!」

 ラッチの剣。

 桃海亭の店内、出入口の扉の真上にかかっている幅広の剣。現存する魔法剣では最強クラスの電撃を操る。

 作られてから長い年月を経た道具で、知識も良識があり、店にある魔法道具を統轄する地位にいるらしい。

 シュデルの良き相談相手だ。

「ラッチの剣には既に相談しました。他の道具とも話して、ここは店長に協力してもらうほかないということになりました」

「とにかく、モルデをほどけ。話はそれからだ」

「ほどいたら、協力してくれますか?」

 確約をとらなければならないほどの話らしい。

「さっきから、協力してくれと言っているが、肝心な部分が抜けているぞ。恋をしたのは、どこのどいつだ?」

「ビクトリアです」

 桃海亭は魔法道具店だ。

 仕事だから売り物の商品の名前は覚えているが、シュデルの影響下にある道具の名前までは全部は覚えていない。自分で勝手につけたり、シュデルにつけてもらったりで、魔法道具として持っている能力と関係ないことが多いからだ。

 だが、『ビクトリア』という名前は覚えていた。

「ダメだ!」

「どうしてですか?」

「ビクトリアが桃海亭にあること自体、例外中の例外だということがわかっているのか。あれは本来なら魔法協会本部の地下倉庫に封印しされるべきものなんだぞ!」

「でも、好きなってしまったんです。思うだけで、温かい気持ちなって、それでいて苦しくて、身を焦がすほどに欲してやまない。そんなビクトリアの気持ちが店長にはわからないんですか?!」

「わからない」

 年齢=彼女がいない歴だ。人間の恋心がわからないのに、道具の恋心がわかるはずがない。

 それなのに、

「店長は、どこまでいっても店長なんですね」

 シュデルが悲しそうな顔でうつむいた。

 ビクトリア。

 人形屋敷と呼ばれるところにいた魔道人形だ。

 よくある子供の容姿のビスクドールとは外見からして、まったく違う。

 身長が約150センチ。容貌は15、6歳。

 柔らかなウエーブのついた髪はブラチナブロンド、切れ長の瞳はバイオレット。顔だけでなく、手も足もボディも磁器製だ。顔も子供の丸い顔ではなく、やや面長で、指も白魚のように細い。表情も憂いを帯びた感じに作られ、少女から女性に変わっていく不安定な感じが現れている。

 髪にはプラチナで作られた百合の髪飾り、レースを多用してつくられた真っ白なドレスを着ている。

 制作者は不明。作られてからもずっと眠っていて、シュデルが来たことで起きたらしい。

「あいつの能力を知っているだろ」

「もちろんです。高い防御能力です」

「そっちじゃない。もうひとつの方だ」

「それは………」

「倉庫から出さないことを条件に、桃海亭に置くことを許されていることを忘れるな」

「わかっています。でも、ビクトリアは恋してしまったんです」

 ビクトリアは戦闘用の魔道人形だ。それも対人戦に特化した力を持っている。

 恋ごときで、店の外に出すわけにはいかない。

「でも、ビクトリアは」

「おまけにあの容姿だ。絶対に問題になる」

 ビクトリアを調査した魔法協会の魔術師のひとりが、美しいビクトリアに恋をした。

 調査の最終日、桃海亭から密かに持ちだそうとしたが、すぐにつかまった。連れ出されそうになったビクトリアがシュデルを呼んだのだ。事情が事情だから罪には問われなかったが、ビクトリアをまだ愛しているようだから注意するようにと連絡が来ている。

「長い時間でなくていいのです。1時間、いいえ、10分、1週間に10分だけ、ショーウィンドウに飾ってはいけませんか?」

「もしかして、ビクトリアも盗んだ研究者に恋していたのか?それでガラス越しでも会いたいとか」

「いいえ、違います。その人は月曜日の朝、9時5分頃に桃海亭の前を通り過ぎるのです。開店前で人通りも少ないですから、ビクトリアも目立たないと思います」

 このまま話し合いを続けても平行線だ。

「わかった。月曜日の朝、9時から10分だけショーウィンドウに飾ってもいい。ただし魔法協会の許可が下りたらだ。それでいいな?」

 シュデルがうなずいた。

 シュデルもわかっている。いくら桃海亭でも、魔法協会を無視してビクトリアを無断で飾ることはできない。

 そして、オレは魔法協会からの返事を予想できていた。

 魔法協会がビクトリアをショーウィンドウに飾ることを許可するはずがない。





「ビクトリア。ここなら見えるから」

 シュデルがショーウィンドウに椅子を持ち込んで、そこにビクトリアを座らせた。

 オレの予想と反して、魔法協会は展示を許可した。もちろん、制約はついた。展示は10分以内、ビクトリアは動かないこと。魔道の力を使わないこと。それ以外は倉庫にいること。期間は1ヶ月間、合計5日のみ。

 ビクトリアの為ではなく、魔法協会の研究の為らしい。今も目立たないよう密かにビクトリアを観察しているはずだ。

 ショーウィンドウに座ったビクトリアは、美しかった。澄んだ朝日に、プラチナブロンドが輝いていた。

 シュデルはショーウィンドウの後ろの扉をしめると、店内の窓の方に移動した。外を見ているようだ。

 オレも外を見てみたが、特に変わった風景はない。

 開店準備に追われるキケール商店街の人に混じって、ニダウの人々が早足で通り抜けていく。

 オレは店の開店準備に戻り、シュデルは10分間、窓の外を眺めていた。時間になるとシュデルはビクトリアをショーウィンドウから出した。

「会えてよかったね」

 ビクトリアの思い人は通ったらしい。

 すぐに倉庫にシュデルが連れて行ったが、オレには倉庫から出してきたときは憂い顔だったビクトリアが幸せそうに微笑んでいるように見えた。

 翌週になると、美貌の人形の噂はすでに広まっていたらしく、置く前から見学人がいた。シュデルは足の高い椅子に座らせて、ビクトリアが通りを見えるように配慮していた。オレは非売品とデカデカと書いた札をビクトリアの足下に置いた。

 3週目、ビクトリアを置く前からショーウィンドウの前には人だかりができていた。ビクトリアはよく見えなかったらしい。シュデルが一生懸命慰めていた。魔法協会から人形の観察が出来ないため、次週の展示は中止という連絡が来た。オレはショーウィンドウのところに【人形の展示は中止します】と張り紙を張った。

 4週目、オレとムーはいなかった。シュデルは人形を出さなかった。人形を待っていた人が多くいたようだが、出さなかったので帰って行ったらしい。3日後、魔法協会から連絡があり、来週は出してもいいということになった。

 5週目、数人いたので9時になってもビクトリアは出さなかった。待っていた客が帰ったところで、シュデルが急いでショーウィンドウにビクトリアを座らせた。目的の相手は、まだ通っていないらしい。

 2分くらいして、そろそろ店内に入れようかと考えているときに店の扉が開いた。

「おい、人形が泣いているぞ」

 不機嫌な顔で言ったのは、エンドリア支部の経理係、ブレッド・ドクリル。オレの【不幸を呼ぶ体質】を警戒して、最近は必要最低限しか近づいてこない。

「教えてくださって、ありがとうございます」

 シュデルが急いで、ショーウィンドウのビクトリアを抱きかかえて店に入れた。

 泣いていた。

 バイオレットの瞳から、ポロポロと大粒の涙を流している。

「どうしたんだ、その人形」

 ブレッドが心配そうに聞いた。

 オレは急いで言った。

「なんでもないんだ。礼は今度する。もう、帰ってくれ」

「なんだよ。お前に対するオレの態度がよくないのわかっている。でも、その言い方は、わっ!」

 ビクトリアがブレッドの飛びついた。

 胸にしがみついている。

「ど、ど、どうすればいいんだ?」

 焦っているブレッドの顔が赤い。

 人形とはいえ超絶美少女のビクトリアに胸に飛び込まれたのだ。

 ブレッドの開いた両腕が、ワタワタと動いている。

「ダメです!」

 シュデルがビクトリアを後ろから羽交い締めにして、引き剥がそうとしたが、ローブの胸のところを握りしめていて離さない。

「手を離しなさい!」

 泣きながら、首を横に振って離さない。

「店長は、ブレッドさんをお願いします」

 そう言った後、シュデルがカウンターに向かって

「リモファス。傷つけないように切っておくれ」と言った。

 リモファス。

 風をおこす力をもっているピンキーリングだ。力はさほど強くないが、非常に器用で、料理や掃除や裁断などに頻繁に利用されている。自力で空中を移動して、シュデルと同じ部屋にいることが多いらしい。小さいので、オレにはどこにいるのかわからないことが多い。

「わぁ!」

 ブレッドのローブがすっぱりと切れた。

 ビクトリアの手には、握っている部分だけ残した見事な切り方だった。

「こい!」

 オレはブレッドの腕をつかむと強引に店から連れ出した。

 外に出て、店の扉を閉める。

「どういうことだよ!」

 ブレッドがオレに詰め寄った。

「いきなり、人形にしがみつかれて、ローブを切られて、店を追い出されてたんだ。説明くらいしろよ!」

 最近はオレに近づかないようにしているのに、頭に血が上ってそこまで考えられないらしい。

「ローブはあとでシュデルに弁償させる。それだけだとダメか?」

「ダメに決まっているだろ!」

「聞いたら後悔するぞ」

 ブレッドがひるんだ。

 人形屋敷の事件で大怪我をしたことはまだ記憶に新しいはずだ。ブレッドの上司のガガさんが、知り合いの治癒系魔術師に頼んでくれたので、すぐに退院できたが、そうでなければ1ヶ月以上の入院が必要だったらしい。

「ウィル、正直に答えてくれ。オレがその情報を知っていた方がいいのか、知らない方がいいのか?」

 情報収集癖が、危険と知識欲を天秤にのせて、揺れ動いているらしい。

「お前は知らない方がいいと思う。オレは、オレが同じ状況なら、知っておきたい」

「そういうことなら、教えろ」

「教えるのはかまわないが、ここで話すのはまずい。エンドリア支部の会議室を貸せ」

「ついてこい」

 立ち上がったブレッドが黙って歩き始めた。不機嫌な顔で、早足で歩いていく。その後ろをオレは小声でつぶやきながらついていった。

「焼きソーセージ、ホットドッグ、肉の串焼き、ビーフシチュー、ローストポーク…………」




 ブレッドに『仕事があるから昼まで待て』と言われ、オレは魔法協会エンドリア支部の2階の会議室でひとり待っていた。待っていたが何もしていなかったわけではない。ガガさんに言われて、ためこんでいた魔法協会に提出する書類を黙々と書いていた。書いている間にもガガさんは2度、オレに会いに会議室にやってきた。

 12時の鐘が鳴り響いて10分ほどした時、ブレッドが大きな音をたてて扉を開いた。

「こいつをやる。全部、洗いざらい話せ」

 ドンと音を立ててテーブルに置かれたのは、焼きソーセージ2本とホットドッグが乗った皿と冷えたオレンジジュース大瓶。

「食べてからでいいか?」

「昼休みに話を終わらせられるならいい」

 オレは味わいながら、肉たっぷりの食事を終えた。

「そろそろ話せ」

 オレの真向かいで野菜サンドイッチを食べ終えたブレッドが言った。

「何の話をすれば……」

「人形の話だ」

 肉で心が穏やかになったオレは、笑顔で話し出した。

「ブレッドはあの人形を見たことがあるか?見たことがあるのならば、最初に見たのはいつだ?」

「最初に見たのは4週間前のことだ。月曜の朝に、オレは職場に飾る花を買いにフローラル・ニダウに行くんだが、その時に桃海亭のショーウィンドウに飾ってあるのを見かけた」

「4週間前のことをよく覚えているな」

「あれだけの美貌の人形だ。一度見れば簡単には忘れない。それにすぐに話題になったからな」

「その後、何回見た?」

「それから、月曜日に花を買いに行く度に飾ってあるのを見かけた。先週は飾ってなかったと思う」

「奇妙に思わなかったか?月曜日の営業時間の前のわずかな時間だけ、ショーウィンドウに人形を飾るなんて、普通ならあり得ないだろう」

「普通ならな。でも、桃海亭は普通じゃない」

 当然のことのように断言した。

 オレとしては出来るだけ優しく話すつもりだったが面倒くさくなった。

「あの人形はブレッド、お前があの時間にフローラル・ニダウに花を買いにくるから、それに合わせて飾られたんだ」

 ブレッドが二度、瞬きをした。

「今の話だと、オレの行く時間に合わせて、人形をあそこに飾ったということか?」

「そうだ」

「なんでだ?」

「あの人形はブレッド、お前のことがすごく気に入っているんだ」

 すこし違うが、許容範囲だと思うことにした。

「あの人形が、か?」

「そうだ、あの人形だ」

 ブレッドの頬が、ポッと赤くなった。

 人形とはいえ、非常に美しい女だ。若い男としては当然の反応だろう。

「そうか、オレことが…」

 恥ずかしそうに、それでいてうれしいそうだ。

「残念ながら、会えるのは今日が最後だ」

 ブレッドが驚いた。

「なぜだ?」

「理由は知らない方がいい」

「全部話す約束だぞ。話せよ」

 オレはわざと間をおいた。

 そして、ゆっくりと言った。

「あの人形の名前は、ビクトリア」

 ガタン!

 ブレッドが椅子から立ち上がっていた。

 顔面蒼白になっている。

「いま、なんて言った?」

「ビクトリア」

「ビクトリアという名前の魔道人形は、オレのつかんでいる情報では人形屋敷にあった1体だけだ」

「正解だ」

「嘘だよな?ビクトリアの力は【人の魂を食らう】はずだ」

「さすがだな、ブレッド。そこまで知っているのか。ビクトリアの情報は魔法協会では極秘扱いのはずだ」

「本当にあの美しい人形が魂を食らうのか?」

「兵士200人くらいならビクトリア1体で楽勝だと、魔法協会に太鼓判を押された」

「なぜだ。なぜ、オレなんだ」

 崩れるように椅子に座った。

「人形屋敷から脱出するとき、お前を見かけたそうだ。それから、お前に会いたくてたまらなくて、それで5回だけという約束でショーウィンドウから見ることの許可を魔法協会から取ったんだ。1回は出せなかったから、4回しか見られなかったけどな」

「オレが聞きたいのは、なぜ、オレなのかだ。そりゃ、オレはお前に比べれば、顔も頭もいい、性格もいい、まっとうな職もある。人生設計だってちゃんと考えている。若くて健康で、つき合う男としては申し分ないだろう。でも、人形だ。オレのどこが気に入ったのか、オレにわかるように説明してくれ」

「わかるように話していいのか?」

「オレが聞きたいと言っているんだ」

「わかった。人形が気に入ったのは、ブレッドの魂だ」

 ブレッドが固まった。

「オレにはよくわからないんだが、ブレッドの魂は非常に好まれるタイプらしい」

「好まれる、誰に?」

「そりゃ、魂が好きな奴だろ」

「魂が好きな奴……」

「ほら、エリザベスという悪魔もお前の魂が欲しいと言っていたよな」

「ヒッ!」

「そんなに脅えなくても大丈夫だ。よく悪魔は聖者とか高位神父などの魂を好むと言うだろ。あれとは全然違うみたいだから」

「………どんな風に、違うんだ?」

「聖者の魂の素晴らしさは、たとえるならば宝石」

「オレのは?」

「ブレッドの魂の素晴らしさを、たとえるならば霜降りの牛肉」

「ふざけているのか!」

「とにかく、旨そうに見えるらしい。ビクトリアは一口だけでいいからカジりたいと、何度もシュデルに頼み込んでいた」

「さっき、オレの腕に飛び込んできたよな。あの時、オレの魂を……」

「大丈夫だ。シュデルがいたんだ。カジらせるようなことは絶対にさせていない。ちょっとくらい、ナメたかもしれなけどな」

「ヒッ!」

「大丈夫か?」

「大丈夫なはずがないだろ!」

 ブレッドがテーブルに両肘をついて、頭を抱えた。

「なんでだよ。金勘定をしてひっそりと暮らしている下位魔術師のオレが魔道人形に魂をなめられることになるんだよ。オレが通った魔法専門学校でも、悪魔に会った先生なんかいなかったぞ。おかしいだろ、おかしすぎる」

「あー、ブレッド。苦悩中悪いんだけれど、先があるんだ」

 オレは立ち上がると、会議室の扉を開けた。

 ガガさんを先頭に5人ほどの魔術師が入ってきた。2人が白いローブを着た魔術師で3人が黒いローブを着た魔術師だ。

 ガガさんがブレッドの肩をたたいて、顔を上げさせた。

「こちらの方々は魔法協会本部の研究者の方々だ。今日、本部に帰られるそうだ。ブレッドも明日から研修だから、一緒にいったらどうだろう?」

「何をおっしゃっているのでしょうか?」

 ショックからぬけ切れていないのか、ブレッドの反応が鈍い。

「ブレッド。君は明日から1ヶ月間、本部で研修することになったんだ」

「研修……そのような話は聞いていませんが」

「先ほど、行くことになったんだ」

 ガガさんが笑顔で言った。

 ブレッドもようやく、頭が動き始めたようだ。

「何の研修でしょうか?」

「行けばわかるそうだ」

 周りにいるのは本部の研究者。

 先ほどまで話していたのは、ブレッドの魂の特殊性。

 気が付かない方がおかしい。

 立ち上がって逃げようとしたブレッドの腕をガガさんがつかんだ。

「1ヶ月経てば、またいつものように、のんびりとお金を数える生活だ。魔法協会は安定した職で給料もいい。仕事も楽だ。ここは我慢するところだ」

 ブレッドが逃げようともがいた。

「オレの魂を悪魔にカジらせる気ですね!」

 黒いローブの魔術師が進み出た。

「そのようなことはしない。安心してくれたまえ」

「信じられるか!」

「研究の為に、ナメさせるくらいだ」

「ナメさせてたまるか!」

 わめいているブレッドと必死で押さえているガガさんと冷静に対応する魔術師たちを残して、オレは部屋を出た。

 焼きソーセージ2本にホッとドックにオレンジジュース。

 幸せな昼ご飯をくれたブレッドに感謝しながら、魔法協会エンドリア支部を後にした。




「分厚いですね」

「厚いよな」

 一週間後、ブレッドから分厚い手紙が届いた。

 裏情報を駆使して1ヶ月の研修を2週間に縮めさせたそうだ。

 今は魔法協会本部の研究棟で、悪魔に会わされたり、変な機械にかけられたりと肉体的にも精神的にもハードな日々を送っているらしい。

 2枚目の便せんからオレへの恨み言が延々と書き連ねてあった。10枚以上もあったので4枚目で面倒くさくなって、読むのをやめた。

 捨てようか、カマドの焚き付けにしようか考えていると、シュデルが欲しいと言ってきた。

 ブレッドからの手紙は、今はビクトリアが持っている。ブレッドのローブの切れ端と手紙を抱きしめて、桃海亭の倉庫で再びブレッドと会える日を楽しみにしている。

 こっそりナメたブレッドの魂は、意識が飛そうなほど美味だったそうだ。



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