3.ワルキューレの騎行_1
3-1.
俺はてっきり中心街のどこかで泊めてもらう交渉をするんだと思っていたし、少なくない通貨もあるのだから宿のようなところにお金を出して泊まってもいいんじゃないかと思っていた。
だがリリアが考えていたのはガチな方のアポ無し突撃お泊まり交渉だった。
俺たちは中心街からも離れ、このタチノカワの中心街を囲むように広がる貧困街をアテもなく歩いていた。
やはり中心街との差が天地ほどにありすぎるし、ここって夜になったら街灯とかないんだと思うけどどうなるんだろう?
各家の明かり以外になくなるタイプのリアルな田舎ってやつなんだろうか。
長くこの貧困街…不本意だけど便宜上こう呼ぶ。
貧困街を歩き回っていると一定のペースで市場のようなものが開かれているのが目に入る。
昼は過ぎていると思うが、その市場の辺りでは人通りや活気も確かに少しは感じられた。
そして中心街から20分ほど歩いてきたところにある市場はそれまでのとは違い明らかに賑わっていた。
人々の身なりなどに変化があるわけではないが、土方のような肉体労働者と見受けられる男性の姿も多い。
なるほど、ここがこの辺りでの本当の意味での商店街ってやつなんだな。
出店は本当に様々だった。おにぎりや味噌汁のようなものを売って労働者をねらい打ちしてる出店もあれば、生活雑貨を並べて住民の必死な値切り交渉に渋い顔をしながら対応する出店もある。
規模や見た目もよくみると店ごとに違い、各店で一応は売り上げや独自性を競っているんだろうな、ということは感じられた。
「リリア、結局俺たち昼食べてないし…どこかで簡単なものでいいから買って食べないか?」
貧困街に出てきてから人々の様子をみて若干涙目になることが多々あったリリアだが、この市場の活気具合でご機嫌も戻ってきた感じだった。
感情の起伏が激しい子だなぁまったく。
「それもそうですわね。ごめんなさい、付き合わせてしまって…。そうとなれば……あ、あそこのお店にいたしません?」
リリアが嬉しそうに指さしたのは周りの出店とは明らかに違う雰囲気を出している出店だった。
近づいてみると、どうやらここはパンを売っている出店のようだ。
まさかの洋食になるとは思っておらず、なんとなく帰った暁には歴史の勉強でもしなおそうかな…と思うようにすらなる。
「いらっしゃいませ!」
俺たちがその出店の前で完全に立ち止まると、梱包の作業をしていた少女が満面の笑顔を向けてくれた。
こうして笑っていると一見普通の生活をしているように見えるが、少女の身なりはやはりリリアとは大違いで貧困を目の当たりにする形になった。
おかっぱに短く切り揃えられた黒髪と黒目。作業のせいか少し焼けた肌と、それに反してやはり少し不健康そうに細身な体。
リリアもそれに気付いたらしく少しだけ目を伏せた。
それでもすぐに顔を上げてたくさん並んでいるパンを品定めしている。
その妙な挙動に少女は一瞬首を傾げたが、リリアが楽しそうにパンを見ている様子に安堵したのかパンを掴むトングを取り出して注文を待っている。
「このあんパン、すごく美味しそうですわ。こちらにいたしましょう!」
いくら金髪とはいえ、まさか作業着姿の女性がそんな言葉遣いをすると思っていなかったのか、少女は驚いて目を丸くした。
しかもそれだけではあふれる驚きを抑えられなかったのかしっかり持っていたように見えていたトングはするっと手から抜けて地面に落ちてしまう。
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて少女は拾ってそばにあった水で洗い始めた。
すごく半泣きな顔になっているのがわかるが、まぁ…せっかくのお客さんの前でそんなことしたらそうなるもんなのかな。
幸か不幸か、いま少女の目の前にいるこのリリアという人はそのくらいではきっとこの買い物をやめたりしないだろう。
少女の稼ぎになるのなら!とお金があればパンを全部買い上げてしまいそうな勢いまで感じる。
「……お湯…沸かしてかけたら汚いの全部なくなるって父ちゃんから聞いてます、だからお湯、わかして…その…パン……。」
慌てすぎて言いたいことがうまく言えていないようだが、すぐにそのトングを煮沸消毒してくるからお願いだからパンは買って欲しい、自分が消毒を終えて帰ってくるまでここに居て欲しい、そういうことだろう。
「そうですわね…。私はいいのですが、きっと涼介様はお腹が空いておられるでしょうから。」
その言葉に少女の眉毛がそれはそれは綺麗なハの字になる。
半泣きだったはずの瞳からは今にも涙がこぼれそうだ。
ちょっと待って、なんで俺悪者扱いされてんの?
「大丈夫だよ、そのあんパンが食べられるなら日が暮れるまででも待ってられるから。
だから気をつけて、転ばないようにいっておいで。」
これでもかと言わんばかりの優しいお兄さんを装い少女に消毒に行くように促した。
さすがに俺だってそこまで大人げなくないんですけどねぇ…。
元凶となったリリアを見るとニコニコ笑いながら嬉しそうに話してくれる。
「さすが涼介様ですわ。お優しいんですね。素敵です。でも…私涼介様ならそういってくださるってわかってました。私、人を見る目はあるんですのよ。」
「ありがとう、じゃあリリアには地図を見る目はなくても人を見る目はあるってことにしとくよ。」
「なっ…涼介様ひどいです!…でもその見る目がないおかげで、涼介様にここまで連れてきていただくご縁までいただけたのですから。地図が見られないのも長所になりえます!」
リリアは少し顔を赤くした後、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
やっと自然にリリアと会話が出来るようになってきた気がする。
冗談を言うことが出来るというのは人間関係に置いて大事なステップだ。
リリアも俺が茶化して言ってることを理解しているみたいだし、機嫌もすっかり直ったみたいだった。
これはもう一押ししたら民家にアポ無し突撃なんていう無茶をやめさせることもできるかもしれない。