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第04話 悪夢の昇格試験 後編

思いの外、長くなってしまった……。


2015/09/25:加筆修正しました。

 「まず、ボクが行かせてもらう!

 ああまで言われたんだ!ボクがあんな奴に劣っていないことを証明してやるんだ!」


 実技試験が開始されて早々、クレオはクラスメイト達に宣言した。

 誰も手を出すな!ボクがやると!


 しかし、怒り心頭なのは彼女だけではない。

 

 「何言ってんのよ。あたしが思い知らせてやるんだから、あんたは引っ込んでなさいよ!」


 そう言って即座に反駁したのは、ファイナだった。彼女また、その真紅の髪そのままに、憤怒の炎を心中に滾らせていた。


 クレオとファイナ、マスタークラスの中でも一、二位を争う威力の魔法を使える両者の視線がぶつかり合う。

 どちらも、絶対に譲らぬという意思が視線に込められていた。


 「ファイナ・ブールスト、レティの腰巾着は引っ込んでたらどうだい?」


 「なっ、あんたねえ!」


 その突出した才能が故に、なにものにも縛られない自由な質で、誰とでも気安くつき合うクレオと、自身の血筋に誇りを持ち、その強い愛国心から他国の人間を排斥する傾向にあるファイナは、元々仲が悪かった。

 それだけに、一旦対立してしまうと、火がつくのは早かった。


 たちまちヒートアップしそうになった所で、それに冷水をぶっかけるが如き声が響いた。


 「どっちでもいいから、早くしてくれないか?おっさ――いや、学院長から先手は譲れと言われてるんで、こっちからは手を出せないんでね」


 それが標的たる少年、シン・レグナムの言葉だと認識した瞬間、彼女達の沸点は容易く振りきれ、怒りは全て目の前の宿敵ではなく、彼に向けられた。


 「「ふ、ふざけるなー!」」


 両者の叫びが重なると共に、特大の炎弾が二つシンへと放たれ、その姿を呑み込み炸裂した。

 感情任せの反射的な攻撃だったというのに、それは中級魔法に僅か迫る威力を持っていた。流石は『純色』の真紅という火属性の申し子と『四大属性』の天才。どちらも基礎学生とは思えぬ手並みであった。


 「……」


 誰も喋らなかった。あっという間だった。あまりにも呆気な過ぎた。

 シンは避けようともしなかったし、防壁を張った様子もなかった。誰の目から見ても直撃だった。

 こんなにあっさり人は死ぬのだと、彼らは背中に冷たいものを感じた。


 だが、彼らは次の瞬間、さらなる驚愕で凍りつくことになった。 


 「うーん、悪い。あの程度じゃ、傷ついてやれないみたいだ」


 なぜなら、炎が晴れたそこに何事もなかったように、シンが立っていたからだ。

 あれだけの炎に巻かれたというのに、火傷もなければ、服が燃えたような様子さえない。人一人を十分焼き殺せるだけの火力を浴びだというのにだ。有り体に言って、ありえない事態だった。


 まあ、実のところ、表に出していないだけで、シンも内心では驚いているのだが……。

 なにせ、あそこまでヒートアップしていたのに、瞬時にこちらに矛先を向けてくるとは夢にも思わなかったのだから。

 つまり、完全に無防備で攻撃を受けたというのに、彼は無傷だということだ。 


 正直なところ、そんな自らの素の防御力の異常なまでの高さに、シンは驚きを通り越して困惑すらしていたのである。


 とはいえ、やられっ放しで黙っている程、シンは温厚な人間ではない。

 今の両者の攻撃を持って、先手を譲ったと認識する。


 「しかし、仲悪いのにこういう時は息が合うんだな。理不尽だ……。

 とにかく、確かに一手譲ったぞ。じゃあ、こっちも準備するとしようか――!」


 その言葉と共に、パチンと音がして、シンの足元へと長い鎖がジャラジャラとこぼれ落ち、莫大なマナがシンを中心に吹き荒れる。

 どこにそんな量のマナを隠していたのかと思える程に、それは凄まじいまでのマナの奔流であった。 


 「あ、あんた、そのマナは!?それに、その鎖は一体……?」


 ファイナが震える声で問いかける。


 「うん?そんなに驚くことか?普段は常人並みに押さえているだけだが?この鎖はその為のものだ」


 「その鎖の意匠は見たことがある。罪を犯した魔法使いを拘束するためのマナ封じの鎖だよね?

 それが本物だとしたら――キミはまさか、今までずっと力を封じてきたっていうのかい!」


 信じられないといった顔で、クレオも言葉を紡ぐ。


 「おお、博識だな。流石は天才。あっ、勘違いしないでくれよ。別に罪を犯したわけじゃないぞ。

 ただ、つい最近まで、ちょっと制御に難があってな。周りに迷惑かけないように必要だったんだ」


 「そんなの、ありえない!マナ封じの鎖をつけられたら最後、魔法を使うどころか、まともに動くことすら難しいはずじゃないか?!」


 「そんなこと言われてもな。

 これ用意したのは、学院長だからな。本来の用途くらいは聞いちゃいるが、細かいところまでは知らん。

 さて、こちらの準備は終わったぞ。そろそろ本格的に始めようじゃないか」


 「常とは違って、ずいぶん饒舌なのですね。それとも、それが本来の貴方なのでしょうか?」


 ガイウスを伴って、レティシアが前面に出てくる。彼女もまた、驚愕を隠し切れていない。


 「ああ、一応それにはやむやまれぬ事情があってだな……」


 何ともいえない表情で、ばつが悪そうにシンは頭をかいた。


 「いえ、どちらも構いません。どちらにせよ、私達の目はとんだ節穴であったようです。

 マナ開放の余波だけで、物理的な風を起こすなんて……。

 ガイウス、貴方の言葉が正しかったようですね」


 「……油断めされぬよう」


 ガイウスはそれに無言で頷き、主に注意を促した。


 「ええ、勿論です。では、次手は私が行かせてもらいます」


 引き抜いたレイピアに彼女の代名詞である紅蓮の炎が収束していく。そこに込められた魔力は、先の二人を容易く凌駕する。


 「『魔法剣』を可能とし、かつ威力を増幅する剣……魔剣って感じじゃないし、ミスリル製か?流石は王族。いい武器持ってるな」


 しかし、それを見ても、シンはまるで動じていなかった。

 いや、内心では結構驚いてはいるのだ。が、なぜだか分からないが、彼はレティシアの魔法剣に不思議と脅威を感じなかった。


 「参ります!」


 紅蓮の炎を纏ったレイピアが、シンめがけて振るわれる。

 紅蓮の炎は槍の如く、その突きの軌跡にそって、一直線にシンへと向かう。


 「よっと」


 直撃、誰もがそう思った瞬間、シンは腕を振った。

 そして、それだけで十分だった。


 紅蓮の炎槍は、あっさりと横に弾かれてしまったのだ。

 再び、殆どのマスタークラスの生徒達の時が止まる。

 

 が、今回はそれだけで終わらなかった。


 「うん?――とっ!」


 シンは何かを感じ取ったように飛び上がった。

 それは正しかった。次の瞬間、彼がいた空間を剣山の如く変形した大地が刺し貫いていたからだ。

 

 「へえ」


 それはシンがこの場で初めてもらした驚きと感嘆だった。


 「ガイウス、あんた何を!」


 レティシアに次いで、追撃をしかけたのはガイウスだった。無言で大地に手をおいていることからも明らかだった。主の命令を無視し晴れ舞台を邪魔したと、すかさずファイナが食って掛かるが、彼は動じなかった。


 「……ファイナ、いや、パンドラも殿下も勘違いをしている。これは1対1の尋常な魔法戦ではない」


 普段、多言を弄さないガイウスの言だけに、その言葉には重みがあった。


 「「「!!」」」


 ファイナも、クレオも、そしてレティシアでさえも、雷に打たれたかのように動きを止める。


 「……皆の試験。皆も他者に任せている場合ではない」 


 その言葉に、見ているだけの生徒達は己を恥じた。

 そうだ、これは自分達の試験であったのだと、今更ながらに気づかされたのだ。


 「その通りだ。大体、一人の力で俺をどうこうできるなら、あの不良中年がこんな形式許すわけないだろ。

 この試験の趣旨を、お前ら本当に理解しているか?」


 「……理不尽」


 「そうだ、俺はお前達にとって理不尽な存在なんだよ。

 『四大属性』?『純色』?『魔法剣』?そんな程度の代物で、単独で俺の防御を抜けるわけないだろ。

 全員で来い。そうすれば、万が一、いや、那由他の果てにはこの身に届くかもしれんぞ」


 ここまできては、もうどうしようもないとシンは腹を決めていた。

 この際、ディクレイルの要望どおり、もう徹底的に悪役を演じてやろうと開き直ったのだ。

 故、必然的にその言葉は辛辣なものになった。


 「おまえ!」「あんたは!」「貴方は!」「……」


 シンの挑発とも取れるその言葉に、クレオとファイナは激昂し、他の生徒達もレティシア含め屈辱と怒りを抑えきれない。なにせ、見下し嫌っていた相手である。それにこうまで言われては、流石に黙っていられなかった。

 ガイウスと一部の生徒達は、冷静にシンを観察していたが、彼等は少数派だった。


 「いいでしょう。お望みとあらば、総力で挑ませてもらいましょう。総員、私が指揮をとります!

 不服はあるかもしれませんが、今は一時だけでも私に従って下さい!

 私達を甘く見たことを、シン・レグナムと学院長に思い知らせてやりましょう!」


 レティシアが大音声で宣言する。異を唱えるものは誰もいなかった。

 それを了承ととって、レティシアは命を下す。


 「全員、タイミングを合わせて【魔法の矢】斉射後、各々自身に可能な最大威力の魔法をぶつけなさい!」


 【魔法の矢】、自身の属性の魔法の矢を飛ばす下級魔法に分類される最も初歩的な攻撃魔法である。

 とはいえ、その威力は一矢でも常人を殺すには十分な威力を持つ。それがマスタークラスの俊英達のものとなれば尚更だ。


 「放て!」


 レティシアの号令で、一斉に様々な属性の魔法の矢が放たれる。それも一人一矢ではない。クレオなどはそれぞれの属性の矢を10矢ずつ放っていたし、ファイナも火属性のみではあるが30矢は放っていった。マスタークラス総勢20人による【魔法の矢】の一斉攻撃。それは凄まじい勢いで、矢の集中豪雨となって、シンに降り注ぐ。


 「――」


 またも直撃。避けるどころか、防ごうとしたようにも見えない。

 しかし、もしマナを見る目を持つ者がいたら、こう言っただろう。 

 『当たったように見えるが、実際は一発も本当の意味では当たっていない。全てマナで作られた特殊な力場に掻き消されている』と。


 【魔法の矢】の雨が消えたそこには、変わらず無傷のシンが立っていた。尋常ならざる鉄壁ぶりであった。

 だが、ことここに至れば、誰もが予想済みである。動揺が全くないというわけではなかったが、誰も詠唱をとぎらせなかった。


 「今のは悪くなかったけど、数よりは質を上げるべきだったな。まあ、分かっている奴もいたみたいだけど。

 でもさ、お前ら忘れてないか?これは魔法戦だぞ。つまり、俺からも攻撃は許されているということだ!」


 不動だったシンはここに来て、初めて明確な動きを見せた。


 「【竜爪】」


 背後を振り返り、何もない空中をその五指をもって引っかいた。

 なんでもないような、無駄な動作。が、そこに込められたマナの量は尋常なものではなかった。

 その結果は、すぐに出た。少しでも確率を上げるためにと、シンの背後に回っていた目敏い者達が、薙ぎ払われたのだ。障壁をはったり、防御した者もいたようだが、それらは意味をなさず、嘘のように切り裂かれ吹き飛ばされた。皆、闘技場の舞台と観客席を別つ壁に叩きつけられ、気絶あるいは痛みで立ち上がることすらできない。


 「やばっ、やりすぎたか!?どうにか制御できるようになったとはいえ、やっぱり力加減はまだまだ甘いな」


 そう独りごちるシンに、ようやくこの場にいる誰もが悟った。

 この男は、化け物だと。侮れば、負けるのは自分達であると。


 故に、それは恐怖に背を押されての行動だった。断じて、理性的な行動ではなかった。

 未だ詠唱を続けていいた全員が完成した魔法を、全力で解き放った。


 【爆炎槍】【水流刃】【地裂陣】【烈風牙】【集束光槍】【闇喰牙】【念爆槍】【雷迅槍】【氷凍牙】、およそほとんどの属性を網羅したマスタークラス渾身の中級魔法に分類される攻撃魔法が一斉に放たれる。

 本来、基礎課程では習うはずのない中級魔法を、現時点で使える辺り、マスタークラスの生徒達の優秀さが分かろうと言うものである。


 中級魔法の破壊力は、下級魔法とは段違いだ。部隊単位で殺傷せしめることすら可能なそれを、個人単体に集中すつなど、どう考えてもオーバーキルである。加えて、属性が多様過ぎて、普通なら防ぎようがない。

 誰の目から見ても、いかに鉄壁を誇るシン・レグナムであっても、死は避けられぬ運命のはずだった。



 しかし、シン・レグナムは並大抵の化け物ではなかった。

 いや、正しく言うならば、彼は人の形をした『竜』だった。

 故、その最強の存在が、脆弱な人族の魔法に敗れることなどありえない。



 「嘘でしょ……」


 最初に気づいたのはファイナだった。彼女は物体の熱量を感じ取ることで、周囲の環境を把握できるという特技を持っていたからだ(サーモグラフィみたいなものだ)。彼女の鋭敏な感覚は教えてくる。シンの熱量に変化はないと。負傷した様子すらないことを。


 「ありえない!こんなことあっていはずがない!」


 次いで、気づいたのはクレオだった。天才であるが故に気づけてしまった。中級魔法を嵐の渦中にありながら、シンのマナに些かの陰りもないことを。そどころか、その奔流は勢いを増していくようにすら感じられたのだから無理もない。


 「ファイナ?クレオ?……そうですか。ここまでやっても、まだ足りぬと言うのですね」


 レティシアは二人の様子から悟り、諦観をこめて現実を受け入れた。 


 「……お下がりを」


 ガイウスがレティシアを守護するが如く、前に立つ。


 「ガイウス、私に退けというのですか?」

 

 「……最早、勝ち目なし」


 「それは……」


 先の中級魔法は全員が死力を尽くした一撃だった。元より、彼らは中級魔法を使うことができるというだけで、使いこなしている者はほとんどいなかった。つまり、身の丈に合わぬ魔法行使なのだ。その魔力消費は、常の比ではない。レティシア自身、ほぼ空っぽと言っても過言ではない状態であった。


 未だ余力を残しているのは、ファイナとクレオ、それにガイウスだけだった。


 「……来る!」


 変化の兆候を感じ取ったガイウスは地面に手を当て、即座に土壁を作り出し、さらに強化して岩壁となし自身とレティシアを守る。ファイナとクレオも、それは同様だ。ファイナは炎の壁を、クレオは複合的な防壁を作り出し我が身を守る。


 シンの姿が見えていれば、それは先の光景の焼き増しだったのだろう。

 中級魔法が掻き消され、五爪が周囲を薙ぎらう。その前には、複合的な防壁も、炎の壁も、岩壁さえも無力だった。冗談のように切り裂かれ、何事もなかったように吹き飛ばされる。


 そうして、中級魔法の嵐が消えたそこには、試験が開始された時から何の変わりもない無傷のシン・レグナムが腕を振り切った態勢で立っていた。

 その顔には少なからぬ驚愕と戸惑いが浮かんでいたが、自分達のことで精一杯なマスタークラスの面々には、それに気づく余裕はなかった。


 「ああ」


 実際にその姿を確認して心が折れたのか、ファイナがペタンと座り込む。


 「まだだ、まだボクは負けていない!」


 吹き飛ばされて膝をつきながらも、強がって尚も立ち上がろうとするクレオ。

 勇ましい限りだが、すでに満身創痍で、その目に隠し切れぬ恐怖が宿っていた。


 「……強い」


 ガイウスはもろに受けながらもどうにか踏みとどまっていたが、レティシアをかばったせいもあって、とうとう膝をついていた。

 

 「本当に貴方の言うとおりでしたね」


 ガイウスのおかげで立ってはいるものの、すでに心が折れてしまっているレティシア。最早、闘争できる気概はない。


 以上四名が、今かろうじて動ける者達だった。他の者達は軒並み気絶しているか、動こうにも動けない状態だ。

 

 「まだ、やるか?」


 息切れどころか、全く疲れを見せない風情で、そんなことを聞いてくるシン。


 しかし、最早誰もそれに答えることができない。未だ強がっていたクレオですら、黙り込んでしまった。

 もう、結果は見えているのだ。いや、すでに出ている。どうして、この状況で継戦を訴えられよう。


 「答えられないか……。それじゃ、俺の勝ちだな」


 その勝利宣言は、その場にいた者達の心を容赦なくへし折った。

 この日、少年少女達は、自身の矮小さと世界の広さを知った。そして、理不尽が存在する現実をこれでもかと言うほどに思い知るのだった。





 


 

 才能溢れる若人達が地に伏している。数少ない例外でさえも、傷つき膝をついている。それを睥睨するように、中央に一人無傷で立つ少年。そのあまりの惨状に、誰も声が出なかった。観客席を痛いほどの沈黙が支配している。


 当然だ。彼らが想像したものとは、全く正反対の光景が眼前にあるのだから。

 いや、理不尽役がシンである事を考えれば、その光景はある意味当初の予想どおりなのだが、それでも圧倒的不利な条件がそうなることを、誰にも予想させなかった。


 この場にいる誰もが、同じことをしろと言われても不可能であろうから、無理もない。似たようなことは可能な者もいるが、無防備で魔法を雨霰と受けて無傷など、絶対に不可能な所業であるのだから。


 「こりゃ驚いた。つまり、あの子は文字通り『竜』ってことかい?いや、『人竜』とでも言うべきかもしれないね」


 「学院長があそこまで強引にことを進められたのですから、何かあるとは思っていましたが、まさかこれ程とは……」


 「この悪戯小僧め!これ程の逸材、いや鬼才を儂等にも秘匿しておったとはな」


 「あちゃー、こりゃ一人も残らんかもしれんな」


 それでも教師陣は、回復が早かった。伊達に長年ディクレイルと付き合ってきたわけではない。彼らは自身らの長がどのような人物であるか、嫌というほどよく知っていたからだ。

 故、予想以上であっても、予想外の事態ではなかった。それでも、凄まじい衝撃であったが……。



 「余りにも強過ぎでしょう。あれが学院長の秘蔵っ子、この学院は本当に奥が知れない」


 「あのブールストの娘が手も足も出ずに心折られようとはな……まあ、あれには良い薬か。ガイウスはよくやったというべきであろうが、肝心の王女殿下はどうなのやら」


 「なんだこれは?勝負?笑わせるはなから勝負になどなっていないではないか。これでは蹂躙だ。

 我が一族の至宝に何かあったら、どうするつもりなのだ!」


 対して、来賓側は混乱が凄まじかった。喧々囂々という有様であった。

 それくらい、彼らにおっては有り得ず、あってはならない光景であったのだから無理もない。


 「静粛に、皆様御静粛に」


 ディクレイルが、混乱を鎮めようとするが、それは火に油を注ぐことにしかならなかった。


 「これが黙っていられるものか!なんだあれは?あの少年は一体何者だ!?」 


 来賓の一人が食って掛かり、最大の疑問を尋ねる。

 あの蹂躙劇の主役、同年代のエリート達をものともせずに一蹴したあの少年は何者なのか?


 つまるところ、来賓達の疑問はそこに集約された。



 「私は最初に言ったはずです。彼の名はシン・レグナム。史上初の竜属性の魔法使いであると」


 「そういうことではない。いや、それもあるが、あの少年はどこから出てきたのだ!」


 「我がアルメイラの一族が『真竜』と繋がりを持っていることはご存知ですかな?」


 理想的な展開にディクレイルは笑みを深め、近隣諸国への牽制として更なる鬼札を提示する。


 「馬鹿な、『真竜』との繋がりだと!?ありえるのか、そんなことが!そもそも、どうやって……」


 それは予想通り、多大な反響をもたらした。シンのことで騒然としていた来賓質の話題が瞬時にそっちに集中してしまう程に。


 「流石に詳しくは申せませんが、ちょっと初代様が……。

 その甲斐あって、千年経った今も我が一族は、『真竜』との繋がりをもっているのですよ」


 「ネリス・アルメイラ、あの『堕天の魔女』か」


 アルメイラ学院創始者である『堕天の魔女』ことネリス・アルメイラの逸話は、数多存在する。千年たった今でも、その伝説とも言うべき逸話の数々は伝わっている。そして、その逸話には信じられないようなものも多数あり、彼女なら何があってもおかしくないと認識されている。

 少なくとも『真竜』との繋がりも、彼女ならありえると思えてしまう程度には。



 「なるほど、彼女ならばありえないことでないでしょう。ですが、それがどうして彼に関係するのですか?」


 「シン・レグナムはその繋がりのある『真竜』から託されたからですよ」


 「「「!?」」」


 「あいつは、『真竜』の領域に捨てられていた赤子だそうで、本来なら死ぬ運命だったのですが、『真竜』の気紛れで助けられまして、そのまま育てられ、完全に竜属性に染まり適応したのが彼なのです」


 部分、部分嘘ではあるが、真実も含んでいるのが、何とも意地が悪い。

 ディクレイルは、シンが『稀人』であることを、馬鹿正直に教えてやる気などさらさらなかった。

 ただでさえ、史上初の竜属性の魔法使いという鬼札だ。元よりどこにも渡す気はないし、手放す気もないのだから、諸国の介入を招くような理由をこれ以上くれてやる理由はどこにないのだ。


 「そのようなことがありえるのですか?子を捨てるにしても、あの絶対の死地に?捨てに行く事自体、命懸けでしょうに」


 確かに嘘臭いが、ある意味では限りなく真実に近いのも事実である。それにどうせ、彼らに真実を確かめる術などないのだ。万が一『稀人』であることがばれたとしても、自分はそう聞いていたのだとしらばっくれればいいのだから。


 「流石にそこまでは分かりません。私もかの『真竜』から聞かされただけですから。

 ただ、間違いなく言えるのは、彼は人族であり、竜属性の魔法を使えるということだけです」


 「それではあの鉄壁ぶりは、それ故ということですか?」


 「彼は『竜』と同じく竜属性のマナを常時まとっています。それが作り出す特殊な力場は強固な防御壁となります。ご覧になられた通り、優秀と言っても基礎学生程度の魔法では破ることは不可能なのです」


 「つまり、彼は人の形をした『竜』ともいうべき存在だと?」


 「その通りです。

 さらに、彼には私直々に指導をし、魔法技術・戦闘技術を仕込みました」


 「なるほど、であればこの結果は当然というわけですか」


 人の形をした『竜』ともいうべき存在が、あの『三賢者』にして大魔法使いディクレイル・アルメイラの直弟子だというのだ。

 この結果は、然るべき結果でしかなかったのだと来賓達は受け取った。


 「ええ、その通りです。

 些か申し訳ないことをしたと生徒達に思いますが、皆様に周知するには持って来いの舞台でしたから」


 そう、全てはディクレイルの手のひらの上だ。

 史上初の竜属性の魔法使いシン・レグナムの存在と力を内外に周知させる。

 それは、それそのものが鬼札であると同時に、『真竜』との繋がりという更なる鬼札を示す確かな根拠となる。

 そして、諸国は知ったはずだ。このアルメイラ学院の深淵の一端を。下手に手を出せば、何が出てくるか分からないと、手痛い反撃を受けかねないと、否応無く理解したはずだ。


 慌ただしい動きを見せるリグリア帝国の来賓を横目で見ながら、これで今しばらくは時を稼げるとディクレイルは胸を撫で下ろすのだった。

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