第03話 悪夢の昇格試験 中編
前後編の予定が、前中後に……。
〈マスタークラスの本科生昇格ための実技試験、その内容はは、シン・レグナムとの魔法戦〉
〈合格条件は、誰か一人でもシン・レグナムにかすり傷でもいいから傷をつけること〉
アルメイラ学院学院長ディクレイルの落としたその特大の爆弾は、当然の如く多大な反響をもたらした。
「どういうことですか!ふざけてるんですか!?」
そう真っ先に食って掛かったのは、ファイナだった。
彼女はマスタークラスの中でも、シンを嫌う急先鋒であったから、無理も無い反応であった。
それに彼女だけではない。マスタークラスのに所属する殆どの生徒が怒りと屈辱に身を震わせていたのだから。
「ふざけてなどいない。諸君らの実技試験の内容は、今説明した通りだ」
が、ディクレイルは全く意に介さない。淡々と言葉を返すだけだ。
「それがふざけているっていうんです!その試験内容じゃ、まるで……!」
ファイナは再び食って掛かるが、その先は口に出したくないのか、言葉を切った。
「まるで、マスタークラス総掛かりでも、シン・レグナムには勝てない。それどころか、傷をつけることすら難しいと言っているみたいといったところか?」
「分かっているなら、撤回して下さい!今すぐ試験内容の変更を!」
「なぜ撤回せねばならん。私は事実を述べているだけだ。お前達が束になろうと、レグナムには絶対に勝てんとな」
「!!――!」
撤回どころか、正面から肯定されてしまい、怒りと屈辱の余り、ファイナは声も出せない。
が、別のところかも声が上がった。
「レグナムの奴が学院長の秘蔵っ子であることは知っていますけど、それはあまりにもボク達を過小評価していませんかね?」
声を上げたのは、クレオ・パンドラ。
銀髪の少年と見紛う中性的な少女だ。本来、単一属性、多くて二重属性が常態の人族でありながら、有り得ざる火・水・土・風の四大属性を全て行使できる異端の天才少女であり、マスタークラス最年少でありながら、その実力は基礎課程において五本の指に入る。自他ともに認める真正の天才だ。
その口調は丁寧だが、声色にはプライドを傷つけられた怒りが滲み出ていた。
「いいや、何も間違っていない正しい評価だ。この場にいる誰であろうと、レグナムには勝てん。それはお前であろうと変わらんぞ、クレオ・パンドラ」
「!!」
だが、それでも何も変りはしなかった。ディクレイルは容赦なく切って捨てた。あのクレオさえも、正面から黙らされてしまっては、さしものマスタークラスの面々も最早言葉がない。
「おい、やり過ぎだし、言い過ぎだろ!」
しかし、一人言葉をあげるものがいた。それは他でもない、あのシン・レグナムだった。
悪意と怒りの視線が集中するが、彼はそれをものともしなかった。
「何を言うか。これは必要なことだ。何の予告もなしにお前に挑ませたら、何もできずに終わってしまうだろうが。せめて、最低限の心構えを作らせてやったのだ。感謝して欲しいくらいだな」
「あんたな!それでも、もう少し言い様ってものがあるだろう!」
「いや、そんなものはないな。この思い上がっているガキ共にはこれくらいがいい薬だ」
「「「「「!?」」」」」
「この場の誰も、試験内容の変更を求めなかった。唯一ブールストがそうだが、それだって自身のプライドを守るためのものだったからな。誰一人、お前の身の安全を気にしたものなどいなかった。
まあ、諸君らとレグナムの実力差を考えれば、危険などありえんがな」
「そ、それは……」
シンもこれには黙るしか無い。確かに誰一人として、シンの身の安全を気にした者はいなかったのだから。
「正直、諸君らには失望させられた。諸君らは人一人の命より、自身のプライドを守る方が大切なようだからな」
「「「「「……」」」」」
ディクレイルの言葉に、皆一様に黙りこみ下を向く。誰一人として、反論する言葉を保たなかった。
「故に、諸君らには荒療治が必要だと判断した。
上には上がいることを、世界の理不尽さを骨の髄まで思い知るがいい!」
ディクレイルはこれ以上話すことはないと踵を返した。詰め寄っていた生徒達が真っ二つに割れて、道を譲る。
誰も彼もが下を向いて、目を合わせることすら避けていた。尊敬すべき優秀極まりない教師であったが、今は一刻も早くいなくなって欲しかった。
「まったく情けない……。ああ、レグナム分かっているな。お前はお前で、傷もらったら不合格だからな」
そして、ディクレイルは出て行く間際、更なる爆弾を落とした。
「ちょっ、おまっ!」
シンが慌てるも、時すでに遅し。
肝心のディクレイルは去り、憎悪と憤怒、そして悪意に塗れた視線が彼に集中するのだった。
アルメイラ魔法学院の昇級・昇格試験は、一般公開されている一大イベントである。
ここで学院の生徒達は自身の術技を披露し、将来への道を作っていくのだ。学院側にとっても、それは技術と力の誇示であり、諸国への牽制でもあるだけに、かなり力を入れている。専用の闘技場が作られる程であるから、その力の入れようがわかろうと言うものである。
とはいえ、当然ながらメインは本科生であり、基礎学生はおまけでしかない。基礎学生で公開されるのが、マスタークラスだけなことからもそれは分かるだろう。
そして、マスタークラスの本科生への昇格試験は、受けが一番悪い。
なぜなら、そこで繰り広げられるのは華々しさなど欠片もなく、客が望むものとは正反対であるからだ。
故に、ここにいる客層は、生徒達の親族等、親しい者達に限られるのが常であったが、今年は違った。
例年通り、教師陣が勢揃いしているのはいつものことであったが、今回は来賓である周辺国家の要人達が集められているのだ大きな違いであった。
「相変わらず、悪趣味なことだ。あたしゃ、これだけは好きになれないね」
「まあまあ、こればかりは必要なことですから。学院から勘違いした魔法使いなど生まれては困るのは確かですから」
「うむ、こうして篩にかけるのは必要なことじゃ。理不尽にあって尚、立ち上がれるものだけが魔道の深淵に触れる資格をもつのじゃからな」
「今年は粒揃いらしいが――さて、何人残るやら……」
教師陣の中からは、そんな声がちらほら聞こえてくる。
「面白いものが見られるとのことでしたが、本当ですかな?マスタークラスの本科生昇格試験といえば、悪名高い伝統のあれでしょう?」
「うちの王女殿下も参加されるのだ。必要なこととはいえ、あまりやり過ぎないでもらいたいものだな」
「我が麗しのじゃじゃ馬もこれで少しは大人しくなってくれるとよいが……」
来賓達もまた、これから眼前で繰り広げらげる光景について、予想がついているようであった。
両者に共通して言えるのは、誰もが生徒達の健闘など期待していないということだ。
そう、実のところ、アルメイラ魔法学院の基礎学生におけるマスタークラスとは、間違いなく優秀な生徒を集めたエリートクラスではあるが、同時に別の顔を持っているのだ。
そも、よく考えて欲しい。いくらアルメイラ魔法学院が魔法・魔導技術において先進的で、優秀な教師陣を擁すると言っても、将来手札となり得る貴重な優秀な魔法使いの卵を諸国がみすみす手放すだろうか?
はっきり言おう。答は断じて否である。
いくら優秀な魔法使いになることが約束されていたとしても、まかり間違って独立勢力である学院に居着かれたら最悪である。そんなことになるくらいなら、多少劣ったとしても、自国内で大切に育てた方がマシだ。それに居着かず戻ってきたとしても、卒業生である以上、母校である学院の影響力を排除できないであろうし、逆にスパイにされかねない。
無論、学院の魔法・魔導技術を取り入れるために、ある程度の入学者は確保する必要はあるが、それでもわざわざピンをくれてやることはない。精々、下の下から中の下辺りの人材を選び、後は一人くらい上の下か中の上くらいを投入して、お茶を濁すのが常だ。
だが、実際には四属性持ちの天才クレオや、『純色』のファイナ、大魔力持ちの王族にして二重属性のレティシアなど、ピンと言えるだけの素質を持った者達が学院に入学している。これはなぜか?
これが先に言ったアルメイラ魔法学院基礎課程マスタークラスの別の顔「矯正クラス」という側面である。
クレオは確かに自他ともに認める天才であるが、その自覚があるだけに始末が悪い。無意識的に周囲を見下しているし、最年少にも関わらずプライドも高い。
ファイナは魔法使いの中でもさらに稀少な『純色』の火属性の使い手だが、愛国心が強すぎて、外国人に対する偏見が強く、本来姉御肌で鷹揚な人物であるのに、その関係となると途端に狭量になる。
レティシアは、一見何の問題もないように見えるが、彼女はあることを偽っており、ある意味一番の問題児であったりする。
…etc.ここにあげたのは一部でしか無いが、実にマスタークラスの八割が何らかの問題を抱えているのだ。
貴重な魔法使いの卵が国から出ることを認められるのには、相応の理由があるというわけである。
因みに、残り二割はガイウスのような純粋な護衛か、生国の制止を振り切ってまで学院で学ぶことを選んだ猛者あるいは変人である。
そして、これが一番重要なポイントなのだが、本科生と異なり、基礎学生のマスタークラスは強制的に編成されるわけではない。
座学・実技共に上位50位以内、総合成績にして上位30位以内という条件を満たした生徒達に、在籍が許可されるのであって、別にマスタークラスに所属しなければならないわけではない。あくまで、生徒達側の自由意思に委ねられているのだ。まあ、シンのような有無を言わさず強制する場合もあるが、彼は極めて珍しい事例なので除外する。
実際、座学主席及び実技主席の生徒は、マスタークラスの条件を満たしながら、一般クラスにいることを思えば、それが何を表しているのか、真意は自ずと知れよう。
元より稀少な能力者である魔法使いは、他者を見下しやすい下地を持っている。魔法使いというだけで、食いっぱぐれない程度には稀少なだけに、それはなかなかに根が深い。
故に、これから本格的に魔法を学ぶ本科生昇格にあたって、エリート意識に凝り固まっているであろうマスタークラスの少年少女達を一度容赦なく叩き潰すのが、学院の伝統である。
これは創始者であるネリス・アルメイラが、他でもないそういう人物だったが故である。
彼女は若くして才能を開花させた優秀な魔法使いだった。だが、それだけに傲慢で自己中心的。自分以外の全てを見下しているような人物であった。が、そんな彼女も、驕り高ぶった末に『真竜』に挑み、散々に打ち破られて変わった(この時の事が原因で、アルメイラの一族は『真竜』と交流がある。ディクレイルがシンを託されたのも、この縁があったが為である)。
彼女は知ったのだ。世界の広さと己のちっぽけさを、上には上がいるということを、理不尽な強さをというものを。今までそれが自分であると思っていたのが、何の事はない。己もまた馬鹿にし見下してきた有象無象と変わらなかったのだと……。
彼女は絶望し、膝を折った。
しかし、それで終わらなかったのが、ネリス・アルメイラが真に歴史に名を残す偉人たる由縁だろう。
彼女は、それまで誇りにしてきた自身の特別性とそれを裏付ける強さが意味のないものになってしまった後、絶望の中で尚、未だ自分の中に燻ぶるものに気づいた。
それこそが魔法への飽くなき探究心と向上心であった。『真竜』という最強、頂点を体感したせいか、それは否応無く高まっていた。あの最強の秘密を解き明かしたい。あの頂点へ少しでも近づきたい。気づけば、彼女はそんな思考で埋め尽くされていた。
自分だけでは、いや、自分の代では間に合いそうにない。ならば弟子を取ろう、子孫に伝えよう。そうして出来上がったのが、アルメイラ魔法学院の原型となる私塾であった。
そして、彼女はかつての己を反省し、「身分・種族・貧富を問わず、やる気があるならば誰もでも学べる」という理念を掲げた。これはそうでもしなくては、生徒が集まらなかったというのもあるし、有象無象と馬鹿にしてきた者の精神こそ、自身がもっと早く学ぶべきものだったと考えていたからだ。
現在の基礎課程マスタークラスの仕組みは、そんな彼女が優秀な魔法使いの卵達への「自分のようにはなるな」というメッセージとして、何より自身への戒めとして作り上げたものなのだ。
教師陣及び諸国来賓でも、この伝統を嫌う者は少ないが、その必要性・有用性は認めざるをえない。
実際、この仕組は篩にかけるのはもってこいのシステムだったし、諸国にとっても才能豊かな問題児を放り込むのに、これ程適したものはなかったからだ。
なにせ、憎まれ役は学院側がやってくれるのだ。見事、矯正されてくれれば儲けものである。力があるだけの厄介者から有用な駒に早変わりだ。仮に矯正されなくても、厄介払いができるのは変わらない。無能な味方は有能な敵に勝るのは、この世界でも変わらないのであるから。
「おっ、いよいよですかな?」
「そのようですな。さて、此度学院はどのような理不尽を用意したのか……」
「うん?中央に一人で、周囲に他の生徒が?『双黒』とは珍しいが、これはどういうことだ?」
闘技場の中央にマスタークラスの生徒達が現れるが、その変則的な布陣に来賓達は目を剥いた。
例年通りならば、雇った非魔法使いの冒険者か卒業生に正面から叩き潰させるはずだが、今年は趣が違ったからだ。
「あれはディル坊の秘蔵っ子だね。あたしにも詳細を明かそうとしなかったのを、ここで前面に出してくるとは……まさか、そういうことなのかい?」
「学院長が時期外れの編入生を特待生待遇でマスタークラスに強引に捩じ込んだ子ですよね?どういうことでしょう?」
「あの悪ガキめ!何を企んでおるのやら……。儂は今から頭痛くなってきたぞ」
「古代言語学以外は座学最下位だったか?実技は免除されていたな。だが、あの位置取り、つまりそういうことなのだな」
教師陣にも少なからぬ困惑が見える。
無理もない。シン・レグナムの秘密について、ディクレイルは誰にも明かしていないからだ。
そんな驚愕と困惑が支配する観客席に、その仕掛け人であるディクレイルが現れる。
一見、いつもの仏頂面だが、眼の奥には愉しげな光を宿していた。
「来賓の皆様、長らくお待たせ致しました。只今より、マスタークラスの本科生昇格をかけた実技試験を開始いたします」
「アルメイラ学院長、その前に此度のルールを教えてくれまいか?例年とは違いすぎて、何がどうなっているのか分からんのだ」
「おお、これは失礼を。
ただ、さして説明するようなものではございませんよ。見ての通りです」
「見ての通りとは?私には一人の生徒を残りの生徒が包囲しているようにしか見えんのだが?」
「ええ、ですからその通りです。中央にいる一人の生徒シン・レグナム対他のマスタークラスの生徒20名の魔法戦です」
「「「!?」」」
あっけらかんと言うディクレイルに諸国の来賓達は度肝を抜かれた。1対20、どう考えても多勢に無勢である。中央の少年がそれ程の使い手なのかとも思うが、他の生徒達と年の頃はそう変わらず、とてもそうは見えない。
「ディル、いや学院長、あんた正気かい?」
「マスタークラスの中には、現段階で中級魔法を使える者もいます。いくら何でも無謀でしょう」
「そうじゃ。何を企んでおるかは知らぬが、今からでも遅くはない。考えなおせ」
「流石に無理あるだろう。合格条件を相当に捻っているならまだ分かるが……」
それは教師陣も、さして変わらない。ある者はディクレイルの正気を疑い、またある者は再考を促した。
「はは、なるほど。アルメイラ学院長もお人が悪い。生徒達に伝えた合格条件がかなり特殊なものなのでしょう?」
来賓の一人が、教師の言葉にヒントを得たのか、合格条件が多勢の生徒側の枷になっているのではないかと推測する。
「ええ、まあ確かに少し特殊な合格条件となっています。
レグナムは無傷で勝利すること、他の生徒達は、誰か一人でもレグナムにかすり傷であっても与えた時点で全員合格ですから」
「「「「「「「!?」」」」」」」
だが、ディクレイルの答は彼らが予想したものとは全然違った。遥かに斜め上の答であった。
そのあまりの内容に、誰も驚愕で言葉を失う。
ディクレイルの言葉が真実ならば、あの『双黒』の少年は、自らのクラスメイト二十名をものともしない実力を持っているということになるのだから、無理も無い。
冗談にしても笑えないし、真実であったならばもっと笑えない。
「では、皆さんご覧あれ。史上初の竜属性の魔法使いの力を!」
その衝撃的な言葉と共に、後に『人竜の悪夢』と称されることになる悪夢の昇格試験の火蓋は切って落とされたのだった。
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