第02話 悪夢の昇格試験 前編
『竜が最強たる所以?また、当たり前のことを聞くな、お前は』
『何、最強なのが、なぜ当たり前なのかだと?』
『当たり前だ、竜とはそういうものだからだ』
『何、答になっていないだと?やれやれ、まだ分からんか……。』
『竜が最強なことに理由などない。そうあるべくして存在しているのだからな』
『人は我らの保有する膨大なマナや、その純度の高さなどを理由にしたがるがな』
『はっきり言えば、見当違いもいいところだ。我等は竜だから最強なのだ』
『お前に教えた『鱗』『爪』、そして『牙』でさえ、我等にとって余禄に過ぎん』
『竜とは最強であり、力そのものなのだ』
『故に心せよ。お前も竜である以上、敗北は絶対に許されんということを』
『まして、お前は我の息子なのだ。無様を晒すなどあってはならん』
『努々忘れるな』
懐かしい声が脳裏を過ぎる。強く美しい彼女の面影と共に――――。
あれは、『鱗』『爪』を身につけ、彼女の監督下であったが曲りなりにも『牙』の発動に成功した頃だっただろうか?知れば知るほど、学べば学ぶだけ『竜』の強さが際立っていくのに気づいて、本人に尋ねたのだったか?
あの時は、正直その言葉の真意を半分も理解できなかったが、今は嫌と言う程理解できた。
――ああ、確かに貴女の言うとおりだ。『竜』は強い。確かに最強だ。
目の前の惨状――自分以外のクラスメイト、いずれもマスタークラスに所属することが許された実力者達が倒れ伏すか、膝をついている光景――を見れば、流石に自覚のなかった俺も気づく。
どうやら、俺は己をひいては『竜』というものをとんでもなく過小評価していたらしかった。
この結果に、俺を含め他の誰もが唖然としている中、一人どや顔の狸親父が何とも腹立たしい。
――あのおっさん、こうなるって最初からわかってやがったな!
何とも腹立たしいが、こればかりは文句を言う資格はない。自身の力量を正確に把握していなかったのは、間違いなく俺の落ち度だからだ。
だが、流石にこの結果を予想しろというのは無理があるだろう。
俺はこちらに来るまで、平和ボケした民族と揶揄される現代日本人だったのだ。魔法はもちろん、格闘をはじめとした戦闘技術など欠片もかじっていないずぶの素人だったのだ。精々、小中学生の頃に喧嘩の経験と、高校の授業で柔道の経験が一応ある程度だ。学院にきてからは、体術・剣術・弓術を多少仕込まれているが、半年そこらでは付け焼刃もいいところだ。そんな有様で、どうしてこの身近に命の危機がある世界で生きてきたエリート達相手に無双できるなど思えようか。
正直、昨日おっさんから出された「無傷で勝て」という合格条件は、無茶振りにも程があると思ったのが本音であったのだから。
しかし、現実は違った。むしろ、その逆。簡単だった。あまりにも簡単すぎた。まさに鎧袖一触だった。
あちらの攻撃は竜属性のマナの作り出す特殊な力場に阻まれて尽くこの身に届かず、こちらの攻撃は防壁や結界があっても無きがごとく簡単に徹ってしまう。防がれることを心配するどころか、殺したり重傷を負わせいように気をつけなければならない始末だった。
自分で言うのもなんだが、圧勝だった。というか、はなから勝負になっていなかったのだ。
周囲からは、クラスメイト達の痛みにあえぐ呻き声と「嘘だ」という現実を認められない声が聞こえてくる。
気丈にも、膝をつきながら戦闘態勢を保っている者が二、三人いるが、誰もが信じられないと言う表情を浮かべ、その目の奥に隠しようもない恐怖を宿していた。
嫌悪の存在は、一転して恐怖の存在に変わったらしい。
変化があっても、マイナス感情とは我がことながら救えない。
――このままだと、俺は本科生になったとしても、友人一人いないぼっちの灰色の学生生活を送る羽目になるのではなかろうか?
嫌過ぎる想像に思わず頭を振るが、高い確率でそうなりなそうなことを否定できず、俺は暗澹たる思いを抱く。
――なんでこうなっちまったのかな……。
俺の内心の嘆きに答えてくれる者は、誰もいなかった。
クレメント大陸の中央、中原に存在するアルメイラ魔法学院は、大陸中の叡智が集まると言われる知識の殿堂にして、優れた魔法使いを輩出する学び舎として有名だが、同時に様々な意味で異彩を放つ学び舎だ。
まず、魔法学院の名とは裏腹に魔法使いでない者も多く通っていることがあげられよう。
入学者の門戸が広く、国籍はおろか身分や年齢、種族すら問わないというのは、まあ他にも存在する。魔法使いは稀少なので、どの国も確保にはやっきだからだ。
だが、それでも入学後もそれが徹底されており、かつ魔法使いでない者も受け入れているのは、この学院だけである。最大六年在籍できる基礎課程、そこに属する生徒「基礎学生」と言われる者の過半が非魔法使いである。それもそのはずで、基礎課程では文字をはじめ、四則演算や社会常識や基本的な礼節などを教えるのがメインであるからだ。
無論、魔法使い専用のクラスも存在する。その最高峰がマスタークラスであり、授業内容は他とは一線を画するのは言うまでもないだろう。
次に、その徹底した実力主義があげられる。
アルメイラ魔法学院は、その広く開けられた門戸とは裏腹に卒業までの道のりは長く険しい。
基礎課程を六年以内に修了しても、厳しい昇格試験に合格しなくてはそこからの発展・高等教育を受ける「本科生」にはなれない。この昇格試験は難解で、基礎課程の内容をしっかり学んでいなければ、まず合格できない。基本的に人格以外が考慮されない入学試験とはわけが違うのだ。その為、基礎学生の四割以上が本科生になれず、強制的に卒業することになる。というか、元より基礎課程修了が目的な者も少なくない。
無事本科生となった者も、険しい道が待っている。それまでとは段違いの内容の授業についていかねばならない上、昇級には昇級試験をパスしなければならない。その為、ここは三年制なのだが、留年者が後を絶たない。幸い、一学年ににつき、一回だけ留年が認められているのが救いなのだが、それでも留年を繰り返した末についていけなくなって中途退学する者も少なくない。
そして、本科生三年を見事クリアしても、そこには更なる関門が立ち塞がる。さらに上を目指すならば、またも難解な昇格試験に挑まねばならず、ここで卒業を選ぶ者は基礎課程とは違い卒業試験が課せられるのだ。前者の困難さは言うまでもなく、後者もけして容易なものではない。非魔法使いの本科卒業生がある種のブランドになる程といえば、分かってもらえるだろう。
そうして、昇格試験をクリアしたものがようやく専門課程に所属する「専科生」となる。ここまでくると、最早いっぱしの研究者みたいな奴もでてくる。実際、その内容は専門的で学ぶのと並行して、研究も行うものも少なくない。大学と大学院を兼ねているようなものだ。それ故、基本的に在籍制限はなく、卒業試験もない。担当教授が認める限り、いつまでも在籍でき、教授三人の認可を受ければいつでも卒業は可能である。まあ、専科生ともなると、ほとんど学院で働いているようなものになるので、いつまでも卒業することなく、そのまま居ついてしまう者も少なくない。
以上であげられる昇格試験、卒業試験、昇級試験の結果には、いかなる権力・権威を受けつけず、金銭による抜け道も認められていない。たとえ王族だろうが、万金を積み上げたとしても、合格に見合う実力がなければ容赦なく落とされるのだ。そのあまりに徹底した実力主義は、諸国から異端視されるレベルである。
最後にして最大の特徴は、アルメイラ魔法学院がいかなる国家にも属さない独立勢力であるということだ。
元々、学院は創始者であるネリス・アルメイラが魔物が跋扈する不毛の土地を、独力で開拓して私塾を構えたことに端を発する。それを基礎に千年かけて段々と拡大・発展したのが、アルメイラ魔法学院である。すでに学園都市ならぬ学院都市と言っても過言ではない規模になっており、その経済的価値は計り知れない。
当然、どの国も欲しがったが、代々学院の長を務めるアルメイラの子孫達は狡猾だった。創始者であるネリス・アルメイラの「身分・種族・貧富を問わず、やる気があるならば誰もでも学べる」という理念の下、彼等は周辺諸国に魔法技術・魔導技術を問題のない範囲で、平等にばらまいたのである。そうして、一定の技術提供をする代わりにいかなる国家にも属さない独立勢力であることを確立したのだ。
どの国も本音ではのどから手が出る程欲しいが、いずこかの国にとられて独占されて、現状の技術提供さえなくなり、技術が入ってこなくなるのは困る。
そんな周辺諸国の様々な思惑による葛藤と妥協の末に、アルメイラ魔法学院は現在も国家に所属しない中立の独立勢力としてある。
故に、当然ながらアルメイラ魔法学院に対する各国の注目度は高い。
なにせ、卒業生は魔法使い・非魔法使いであるを問わず、皆優秀。即戦力が期待できる人材なのである。それでいて、門戸が広く開かれた独立勢力であるが故か、それとも徹底した実力主義の賜物なのか、周辺国家より先進的な技術開発が行われているとなれば、無理はない。
学院側もそれは理解しており、痛くない腹を探られるよりはということで、積極的に情報公開している。特に魔法使いの最高峰とも言うべきマスタークラスなどは、昇格試験・卒業試験の様子を内外に公開しており、それにより興行収入を得ている程である。
よって、シンが受けることになった昇格試験も、諸国家の注目を集めていた。
まあ、諸国からすれば学院の魔法使いのレベルを確認すること共に、有望株の見定める青田買いも兼ねているので、ある意味当然であった。
要するに本科生への昇格試験と言っても、マスタークラスに属する者達にとっては、ただの昇格に関わる試験にとどまらないということだ。ここで華々しい結果を見せれば、将来国家の重鎮になることも夢ではない。仮にそこまでいかなくとも、前途は明るくなるのは間違いない。
だから、そういう意味では誰もが緊張していた。いくら優秀なエリート揃いのマスタークラスとはいえ、その年頃は12~16歳頃の年代の少年少女達である。少なからず己が人生の前途に影響するとなれば、否が応にもそうならざるをえない。
それは『紅蓮姫』の異名を取るレティシア・フレヴェスでさえも、その例外ではなかった。いや、王族として国の名誉を背負っていることを考えれば、その双肩にかかる重みは、この場にいる誰よりも重いのかもしれない。
「実技はどの様な試験内容になるのでしょうね?」
美しく気品のある顔に僅かに不安を浮かべながら、レティシアはそれを誤魔化すように自身の侍従に話しかけた。
「どの様なものであろうとも、レティシア様の実力なら問題あろうはずがありません。
ガイウス、あんたもそう思うでしょ?」
主の心配を晴らそうと、わざと何でもないことのように言うのはファイナ・ブールスト。
レティシア同様の火属性の使い手であり、鮮やかな真紅の長い髪をツインテールにした活発な少女だ。その声は力強く、気の強さが滲み出ていた。
「……」
対して、それに黙ったまま頷きを返したのが、ガイウス・イエガー。
土属性の使い手であり、赤みがかった金髪の長身の少年である。喋れないという訳ではないが、生来の気質で無口な質で、もっぱらレティシアとファイナの聞き役に徹している。
徹底した実力主義かつ身分を問わない学院において、侍従というのは違和感があるかもしれないが、実際には少なくない数が在籍している。これはいくら学院内がそうだとしても、学院外では身分はついてまわるのであるから、当然のことであった。
レティシアの侍従であるファイナとガイウスも、その例にもれない。
レティシアがアルメイラ魔法学院で学ぶことを決めた時、父であるイグニス国王からつけられた従者兼護衛であった。因みに、ファイナはレティシアの乳姉妹であり、ガイウスは近衛騎士の嫡男だ。
無論、それでも学院内で地位をひけらかすのはご法度であり、他者にまで傅くのを強制したりすることもまた厳禁であるが、自分の意思でそうするのであれば、その限りではない。
学院内でファイナがレティシアを様付けで呼び、明らかに上位者であると扱うことから、『紅蓮姫』の姫称号の原因だったりする。
「本当にそうならいいのだけど……。卒業生や先輩方もこればかりは話してくれなかったし」
「全く不忠な連中です!王家への忠誠より、この学院への愛着の方が勝ると言うんでしょうか!」
「……」
レティシアの言葉に、ファイナが苛立たしげに吐き捨てるが、ガイウスは無言で首を振った。そうではないと。
「あん?あんたは違うっていうの?」
「……話さないのではない。恐らく……」
「話せないというのですね?」
珍しく口を開いたガイウスの言葉の先を継ぐように、レティシアは確認する。
「……」
ガイウスはそれを肯定するように無言で頷く。
「話せないって、どういうことよ?」
一人どうにも納得がいかないのか、ファイナが訝しげに尋ねる。
「……受験申請書」
「なるほど、ガイウスはあれに他者に試験内容を漏らせないようにする為の仕掛けがあるというのですね?」
「あんな紙一枚で、将来にわたって?そんなことありえるのかしら?」
「ファイナ、貴女の言うことももっともですが、この学院なら有り得ないと言い切れないのが怖いですね。
実際、この学院に来て以来、見たことも聞いたこともないようなものを目にする機会は幾度もありましたし。仮にガイウスの予想通りであったとしても、それすらもこの学院の保有する技術の一角でしかないのでしょう。
父上達が技術提供を求めるのも、無理は無いですね」
「……」
「ッ!」
レティシアの言葉にガイウスは真剣な表情で頷きを返したのとは対称的に、ファイナは苛立たしげにむっつり黙りこむ。彼女も学院の技術の高さは認めている。が、それ以上に祖国が学院の風下にあるようで面白く無いのだ。
「――今、話すことでないわね。試験に話を戻しましょう」
ファイナの苛立ちを敏感に感じ取ったレティシアは、やや強引に話題の転換を図った。ファイナは些か祖国愛が強すぎるきらいがあるのだ。これ以上続ければ、爆発して何を言い出すか分かったものではない。
「……」
「レティシア様がそうおっしゃるのであれば……」
同じ事を思ったのかガイウスは一も二もなく頷き、ファイナも不承不承ながらも不満を抑えてそれに応じた。
「そういえば、実技免除のあの方も今回は参加されるのかしら?」
レティシアがその話題を出したのは、純粋に疑問であったからだ。普段、実技を免除されているシンが、昇格試験といえど実技試験に出てくるのかと、それ以上でもそれ以下でもない。強いていうならば、昨日の授業中の一件が未だ尾を引いていたというだけに過ぎない。
「あの方?……あのクソ野郎をそんな風に呼ぶ必要はありませんよ。学院長のお気に入りだかなんだか知りませんが、これでもかという程特権を分不相応の身で甘受している奴ですからね。有り得ないことではありませんよ」
学院は本当に身分に関しては何の配慮もしないので、両者がレティシアとクラスメイトになるためには実力でその席を勝ち取らねばならなかった。
つまり、レティシアと共にこの場にいる以上、両者は実力でマスタークラスを勝ち取ったということであった。
それにもかかわらず、実力主義を完全に無視したかのように分不相応な待遇を受けているように見えるシン・レグナムをファイナはこれでもかと言う程、嫌っていた。昨日の授業内での回答も、予め仕込んでおいたマッチポンプ説を真っ先に主張したのは、他でもない彼女だった。
「……それはない。それに三賢者……」
対して、ガイウスはそれ程嫌っているわけではないらしい。むしろ、彼は警戒を露わにしていた。
「ガイウスは三賢者に名を連ねる学院長が目をかけるだけの理由があの方にあると思っているのですね?」
「はあっ!あんた正気?そんなのあるわけ無いって。絶対、あんたの考え過ぎよ」
「……個々の自由」
ファイナは吐き捨てるように言うが、これについてはガイウスも頑として譲らない。短く言葉を返して、むっつり黙りこむ。こうなると、梃子でも動かないのがガイウスという少年であった。
「そうですね。あの方をどう思うかは個々の判断に任せると致しましょう。私は二人の主として、どちらの可能性も気に留めておき……「注目!」……噂をすれば、ですか」
声の方向を見れば、そこには学院長に連れられた話題の渦中の人物シン・レグナムが立っていた。
この場に来たということは、普段は実技を免除されている彼も、やはり昇格試験ばかりは免除されないらしい。
それはいいのだが、なんとも言えない表情をしているのが、どうにもレティシアには気にかかった。
「さて、諸君。諸君らは、我が学院の誇る優秀な魔法使いの卵達だ。座学・実技共に上位50位以内、総合成績にして上位30位以内をとらねば、在籍できないマスタークラスに所属する選りすぐりの優秀な生徒達だ。それは紛れも無い諸君らの努力と才能の結実であり、素直に誇ってくれて構わない」
この場にいる多くの生徒達が、学院長の言葉に誇らしげに頷き、胸を張る。普段、ここまで手放しな賞賛などしない人物なだけに、その反応は無理も無いものであった。それも『三賢者』の一人にして、大陸有数の大魔法使いからの直接の賞賛となれば、当然とも言えよう。
しかし、マスタークラスの生徒達は未だディクレイル・アルメイラという男を正しく理解していなかった。
彼らのその反応こそが、後の惨劇の最後の引き金を引くことをディクレイルに決意させたのだから。
「では、今年のマスタークラスに対する昇格のための実技試験の内容を伝える」
一時的にざわついた生徒達が、ディクレイルの言葉に鎮まり耳を傾け、次いで発せられた言葉に誰もが自身の耳を疑った。
「さて、諸君らの実技試験だが、やることは単純だ。このシン・レグナムと魔法戦をしてもらう。直接的な武器の使用は不可。魔法威力の増幅等に用いる間接使用のみ許可する。それでレグナムに魔法で傷を与えろ。それが諸君らの昇格条件だ。
ああ、かすり傷で構わない。誰か一人でも流血させれば、その時点で全員合格だ」
ディクレイル・アルメイラは、なんでもないことのようにマスタークラスの生徒達に特大の爆弾を投げつけたのだった。
遠慮なく御感想・御批判・御意見をお願いします。