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第01話 マスタークラスの劣等生

遅くなりました。もっと前に書き上げていたのですが、ちょっと迷うことがありまして……。早くもお気に入り登録してくれた方々、本当に申し訳ありません。

 ――彼女は今まで見てきた何よりも恐ろしかった

 ――彼女は今まで見てきた何よりも美しかった

 ――彼女と出会った時、私はこれ以上なく恐怖し、同時に魂まで魅了されたのだ

  

 故、その時己が何と言ったのか、私は覚えてはいない。

 その時の私は、重度の属性汚染と極度の飢餓で死に掛け、意識が朦朧としていたのだから尚更だ。

 ただ一言だけ、何かを言ったのだけは確かだ。

 それが、恐怖に打ち勝ち男としての意地と見栄を通した美への賞賛だったのか

 それとも、魅了を打ち破り生を求めて恥も外聞もなくみじめに命乞いしたのか


 ――今でも、その答は分からない……が、それでいいと思っている

 ――なぜなら、どちらも偽らざる私の感情で、どちらであろうと違えようのない本音であったのだから

 

 ――何よりも、私がこうして生きていることがその答であろうから






 世界が変わっても、授業風景というものは変わらないものだと思う。

 教師が教壇に立ち、均等に並べられた机椅子に座った生徒達に授業をする。授業内容の差異にさえ目を瞑れれば、その風景は至極見慣れたものであり、異世界ということを一時忘れてしまいそうになるほどだ。


 もっとも、ふと窓の外を見れば、確かな形を持った幻想が現実として襲い掛かる。

 妖精が歌い、精霊達が空を舞うその幻想的な光景は、これでもかと異世界である証左を俺に示してくるのだから。


 「……さて、ここまで最も数が多く代表的な属性である火・水・土・風の四大属性について説明してきたわけだが、他にも様々な属性があることは皆も知っていると思う。

 フレヴェス、四属性以外の属性をあげてみろ」


 「はい、光・闇の二極属性、無・時・雷・氷の稀少属性があります」


 フレヴェスことレティシア・フレヴェスは、よどみなくはっきりと答えた。

 凛とした美声にエメラルドを思わせる碧眼の美しい少女だ。どこか気品がある所作と、紅蓮の炎を思わせる紅の髪が特徴的なことから、『紅蓮姫』という二つ名すら持っている。誰が名づけたかは知らないが、実際彼女が隣国の姫であることを考えれば、大した観察眼であると言えるだろう。今の即答からわかるように、このマスタークラスの中でも成績優秀な優等生だ。

 が、今回に限っては違った。彼女の答は完璧なものではない。


 ――おいおい、優等生。一つ重要なものを忘れているぞ。


 心中でそんなことを思いながらも、口には出さない。

 なにせ、れっきとした授業中であるし、あの意地の悪い男が、先の答の不完全さをを見逃すはずがないことを俺は誰よりも理解していたからだ。


 「ふむ、悪くない答だが、それでは足りんな」


 「えっ?」


 自身の答に自信があったのだろう。足りないと言われて、フレヴェスは困惑の声をあげるが、奴は意に介さず、話を続ける。

 

 「二極属性に稀少属性、それは正しい。だが、一つだけ足りないものがある。誰か分かるものはいるか?」


 そう言って教室内を見回すが、それに応える者はない。


 まあ、無理もないだろう。先のフレヴェスの答は完全ではないというだけで、常識的な答であるからだ。

 この属性に染められた世界において、四大・二極・四稀少がメジャーな属性であることは間違いない。

 後一つ、確かに属性は存在するが、人族の大半はそれに生きて関わり合うことなどないはずものなのだから。


 じゃあ、なんでお前は分かるんだと思うかもしれないが、俺は生憎とその属性とは切っても切れない関係にあるのだ。むしろ、どっぷりと浸かっているというべきで、他の連中とは事情が異なるのだ。


 「ふむ、誰も分からないか?やはり使える可能性が皆無なものというのは、意識に残らないものなのかもしれんな……。レグナム、お前なら分かるはずだな」


 ――げっ、当てられた!?よりにもよって、この状況でか!


 レグナムとは、こちらでの俺の姓であり、彼女に与えられた大切なものだ。

 フルネームはシン・レグナム。日本人名では違和感がありすぎたので、名前の方もこちらに合わせて読みを変えた結果であり、元の名前の名残は欠片もない。未練がないと言えば嘘になるが、ある意味俺はこちらで生まれ直したようなものであり、容姿はおろか肉体も大幅に変質してしまっており、中身は同じでも外見は最早完全に別人だ。そういう意味では、ちょうどいいのかもしれないとも思っている。


 ちなみに、こちらでは黒髪黒瞳、いわゆる『双黒』は珍しいらしく、編入初期は色々根掘り葉掘り聞かれたものである。もっとも、それもフレヴェスとは正反対の座学最下位というぶっちぎりの劣等生であることが判明するまでだったが……。


 今では立派なクラス一、いや、基礎学生一の嫌われ者である。


 まあ、実技免除&授業料免除の特待生待遇を受けている上、座学最下位にも関わらず総合成績優秀者しか入れないはずのマスタークラスに在籍することを許されているのだから、彼らが俺を嫌う気持ちも良く分かる。

 事情を知らなければ、俺は学院長の権力ごり押しで好き放題している嫌な奴に見えるであろうからだ。


 そんな前提条件がある中で、嫌な奴がただ一人答が分かっているなど悪目立ちにも程がある。それも人気者であり優等生でもあるフレヴェスが答えられなかったものであるから、尚更だ。予想に違わず周囲から視線が集中する。極僅かな好奇と多分の悪意が含まれた視線に思わず顔を顰める。


 「どうしたレグナム。答えろ」


 何を考えていやがるんだと奴の顔を見てみれば、奴は真面目そのもの表情で教師としての仮面を微塵も崩すことなく答を促してきた。


 ――一見、真面目に授業を進めているようだが……間違いない!

 ――この野郎、全て理解した上でわざと俺にふりやがったな!


 ここで答えないという選択は俺にはない。

 なぜなら、後一つの属性を忘れることなど絶対にありえないことであり、それを蔑ろにすることなど到底不可能であったからだ。俺がシン・レグナムである限り、この問を答えられないということはあってはならないのだ。


 故に、目立ちするという不利益を被ることになったとしても、それを分からないと偽ることはできなかった。


 「――竜属性です。『竜』のみが持つ固有属性」 


 不承不承ながらも、はっきりと声に出して答える。

 途端、周囲から「あっ」という声や、どこか悔しげな唸り声があがった。


 「正解だ。今、レグナムが答えた通り、フレヴェスの答に足りなかったのは竜属性だ。確かにこれは『竜』だけが持つ固有属性であり、この属性魔法を使えるのは他ならぬ『真竜』しかいない。

 だが、だからといって疎かにしてもいいものではない。『真竜』以外でも『亜竜』は竜属性をもっているし、『古龍』などは自身の属性が極まって、擬似的な竜属性を帯びることが長年の研究により分かっているからな。今はそうでも未来もそうであるとは限らないし、相対した時知りませんでしたでは済まないからな。

 特に竜属性のマナによって形成される特殊な力場は、他属性にはない特殊な性質を持つ――」


 それを収め、一瞬こちらを見てニヤリと笑うと、何事もなかったように奴は授業を続ける。途端、ざわついていた生徒達も一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。


 ――本当に食えない狸親父だ。

 ――それにしても、流石はマスタークラス。あっちじゃ中高生ぐらいの連中がこうもあっさり静まって、授業に集中できるんだから大したものだ。まあ、教えてるのがあの狸親父というのもあるんだろうが……。


 そこは元の世界とは、明確な差異だ。まあ、授業内容が各々の魔法技術に直結する重要なものであるというのもあるだろうが、それ以上に教えているのがあのおっさんだってのが最大の理由なんだろうな。


 今、授業を行っている教師は、おっさんことディクレイル・アルメイラ。

 アルメイラ魔法学院創始者の末裔にして、『三賢者』に名を連ねる知識人であり、世界有数の大魔法使いなのだから。そして、俺シン・レグナムの身元引受人であり、後見人でもある人物でもある。











 「おっさん、なんであんな真似を?」


 その日の授業が終わると同時に、シンはいつものように学院長室を尋ねていた。

 とはいえ、今日は常と異なり、開口一番今日の授業での件を問い質したのだが。


 「なんでも何も、お前なら絶対に分かると思ったからな。なにせ、自分の属性だ。座学最下位のお前でも流石に間違えはしないだろう?」


 どこか愉しげに、それでいて飄々と答えたのはおっさんことディクレイル・アルメイラ学院長であった。

 実年齢は四十過ぎで、かつ既婚者子持ちであるというのに、とてもそうとは思えない三十前と言っても通用するほどの若々しさを保った男である。鮮やかな『純色』の緑髪の持ち主で、凄腕の魔法使いでもある。


 が、シンから言わせれば、不良中年と言う言葉がこれ以上なく似合う男であった。


 「そりゃ分かるが、よりにもよってあんなあからさまにやることなかったんじゃないか?フレヴェスをはじめとして一部の奴が不審に思っていたぞ。中には八百長を疑っている奴すらいた……。

 ハア、ここまで嫌われると逆に清々してくるな」


 言葉とは裏腹に、シンは深々と溜息をついた。彼とて好きで嫌われているわけではないのだから当然であった。


 「はっ、何を今更。お前が不審を抱かれるのも、嫌われるのも、今に始まったことではなかろう。何せ時期外れの編入生で、実技及び授業料免除の特待生。そのくせ国籍不明な上に、ここにくるまでの経歴も完全に不明なんだからな」


 そう、ディクレイルの言うとおり、シン・レグナムはこれ以上ない程に怪しい。学院長で創始者の末裔たるディクレイルが身元引受人でなかったら、いつ放り出されてもおかしくないのだ。


 「半分以上、あんたのせいだろうが!あんたがこっちの言葉を満足に覚えていない俺を、権力でごり押ししてマスタークラスに無理やり編入させなかったら、ここまで周りに警戒されなかったし、嫌われなかったわ!」


 シンが座学最下位なのは当然である。なにせ、こちらの言葉も文字も満足に覚えていなかったのだから。授業内容ですら理解できないのに、座学の試験でいい点がとれるはずがないというわけである。


 「難解な古代言語と本来習得不可能な竜言語は完璧なのに、共通語が分からないとは思わなくてな。正直、すまんかった」


 「まあ、彼女の言うことを鵜呑みにしていた俺にも非があるから、あんただけのせいじゃないけどな。

 竜言語は仕方ないにしても、必死に覚えた共通語が遥か古代のものだったなんて、夢にも思わなかったわ。あんたは彼女とも普通に話していたし」


 「あれは彼女の流儀に合わせていただけだ。

 『真竜』特有のプライドの高さから古代言語しか使わないのかと思いきや、単純に今の共通語を知らなかっただけだったとは……」


 この世界には『竜』と呼ばれる者は大きく二つに分かれる。『真竜』と『亜竜』である。

 『真竜』は人語を解し魔法の行使すら可能とする知性のある存在だ。まあ、ファンタジーによくある力ある『竜』のことだと思えばいい。格の違う超越者であり、基本的に同族以外と交わることはない。

 対して、『亜竜』は竜属性こそ帯びているものの、意思の疎通はできても魔法の行使などできない。飛竜(ワイバーン)などがこれにあたる。


 「彼女はそんな狭量じゃないさ。なにせ、不埒な侵入者である俺みたいなのを見逃してくれたどころか、助けてくれたんだからな」


 「うむ、それはその通りだな。全く運のいい男だ。『真竜』の領域に無断で入り込んで、生き延びるとはな。本来、問答無用で抹殺されても文句が言えぬ所業だぞ」


 「それは耳にたこができるくらい聞かされたから、分かってるよ。

 でも、仕方ないだろう。こちとら『稀人』だぞ。来たくて来たわけじゃないし、こちらで出た場所が『真竜』の領域なんて知るはずもないだろうが!」


 『稀人』とは、シンのような異世界からの来訪者を指し、他にも『外来人』『理外者』などの呼び名がある。そう、恐ろしいことに、この世界ではシンような異世界人の来訪は、けして初めてのことではないのだ。それどころか、頻度は高くないが、平均すると十年に一人ぐらいは来ているらしいとのことだ。

 おかげで、あっさり受けいられたのはシンにとって僥倖であったが、同時に絶望も知った。今までの異世界人は誰一人元の世界に戻れた者はいないというのだから。


 まあ、それでもシンは幸運な方であったのだろう。『真竜』の領域という絶対の死地に侵入しながらも、今もこうして五体満足で生きていられるのだから。


 「お前は本当に運がいいのか、悪いのかよく分からない男だな。この地に降り立ったのが『真竜』の領域だったのは間違いなく不運だったが、最初から領域内に現出したせいで、侵入者だと気づかれなかったのは幸運だった。『真竜』は領域外から領域に侵入するものには敏感だが、領域内から領域外へ出るものは基本放置だからな」


 シンが『真竜』であるレグナムに早々に排除されなかったのは、そういう理由だった。正に人生、万事塞翁が馬。何が幸、不幸になるか分からないものである。


 「まあ、そのせいで飢え死にしかけて、『真竜』の領域内のものを不用意に食って、属性汚染をさらに重度なものにして死に掛けたんだだが……」


 シンはこちらに来たばかりの当初、毒物にあたることを警戒して、近くにあった泉の水しか飲んでいなかったのだが、最終的に空腹に耐えかねて領域内のものを口に入れたことがトドメとなって、死に掛けたのだった。


 「普通はそれ以前に領域内の高純度のマナにあてられて、マナ中毒で死ぬんだがな。マナが存在しない世界から来た『稀人』だからこそ、生き延びれたんだろうよ。

 しかし、属性汚染が極まって、後天的に変異を起こすとは本当に悪運の強い奴だ」


 『真竜』の領域が絶対の死地と言われているのは、『真竜』の強大さもさることながら、その領域内のマナ純度と竜属性による属性汚染が凄まじいからだ。『三賢者』の一人であり、アルメイラ学院最強の魔法使いであるディクレイルであっても、何の準備もしないで身一つで飛び込むのは自殺行為以外のなにものでもないという真正の魔境なのだ。 


 そういう意味ではシンは異常だ。

 常人ならば、マナ中毒で一時間ももたず死ぬ。よしんばそれを防げたとしても重度の属性汚染によって死ぬところを、何の装備もない生身の状態で三日以上生き残っているのだから。当初は領域内のものを食べていなかったと言うが、そんなものは些事であり、本当に最後の一押しをしただけなのだろう。なにせ、実を言えば、最初から口にしていた泉の水すら高純度のマナが溶けた竜属性に染めあげられたものなのだから。


 故に、ディクレイルは、その異常の原因がシンがマナも属性も存在しない世界から来たことではないかと分析していた。マナ中毒は、『真竜』の領域を満たす高純度のマナに肉体が耐えられなくて起きるものであり、属性汚染は自身の属性が侵食されて、肉体の属性バランスが急激に崩されることから起きる症状だ。

 これらはいずれも、本来自身が持っているものが、いつもより純度を強制的に高められたり、無理やり置き換えられたりすることで起きるものだ。


 ならば、そのどちらも最初から持っていなかったらどうなるのか?


 その答が目の前の少年であるとディクレイルは結論づけていた。

 高純度もくそも、そもそもマナを持っていないのだから、中毒など起こしようがない。

 属性バランスを崩そうにも、そもそもその属性をもっていないのだから、崩しようもない。


 ディクレイルが推測するに、泉の水を飲んでも死なず、三日以上も生き延びたということは、シンの肉体は高純度のマナに適応したのだろう。そして、属性を持たぬ肉体は竜属性に染めあげられたのだろう。恐らく、空腹に耐えかねた食事は最後のきっかけにすぎない。シンは、この世界に来たその瞬間から、自身を作りかえられていたのだろうから。

 むしろ、マナを扱う術も知らず、対抗できる属性もない身で、三日もよくもったというべきだ。


 「そうは言うが本気で死ぬかと思ったし、二度とあの苦しみは味わいたくないな。それにおかげでこの様なんだぞ」


 げんなりした顔でシンが自身を示してそんなことを言うのに、ディクレイルは内心で苦笑した。

 目の前の少年のようになりたいと思う人族がどれほどいることか……。


 まあ、でも確かに当の本人からしたたまったものではないだろう。

 本来、三十路一歩手前の成人男性が肉体年齢半分以下の少年になってしまったのだから。

 

 「何を言うか、半分程度で済んでよかったではないか。下手をすれば、赤子になっていてもおかしくなかったのだぞ」


 「それはそうだけどさ……」


 シンが十代前半にまで戻されてしまったのは、そのままでは足りなかったからだろうとディクレイルは推測している。高純度のマナに満たされ、竜属性に完全に染め上げられても、そのままの肉体ではこの世界では生きていられなかったのだろう。

 なにせ、シンはこの世界の生物と異なり、『竜』と同様にマナを生み出す臓器を持っていないのだから。今現在も持っていないにも関わらずこうして生きていることから考えれば、彼は『竜』と同様にただ呼吸するだけでマナを生み出しているということだ。そう作り変える為に、シンは無意識の内に自身の肉体を材料することにしたのだろう。幸い、属性変異において最も重要なマナについては、高純度のマナが腐るほどあったのだから、後は必要な肉さえあれば十分だったのだろう。

 とはいえ、それがどれ程の量を要求するかは定かではなく、ディクレイルの言はけして大袈裟ではない。そういう意味では本当にシンは運が良かったのだ。


 「まあ、おかげで違和感なく生徒の中に溶け込めたんだから、よかったんじゃないか?うちは基本来る者は拒まずで広く門戸を開いているとはいえ、昔ならいざ知らず、最近じゃ三十路近い基礎学生なんてそうはいないからな」


 「それはそうだけど、それ以外の事情で浮いてりゃ意味ないわ!」


 とは言っても、シンの言うとおり国籍不明・経歴不明、かつ学院長の肝煎りで実技免除の特別特待生待遇でマスタークラスにねじ込まれた時期外れの編入生。しかも、蓋を開けてみれば、大方の予想と期待を裏切り座学最下位の劣等生が、だ。不審に思われないはずがなかったし、嫌われないはずもなかった。

 別段、好かれたいと思っているわけではないが、自分ではどうしようもない事情で一方的に嫌われるというのは精神的にくるものがある。


 「そうは言うが仕方なかろう。マスタークラス以外では古代言語など、魔法を使う時以外は使わんからな。できうる限り特別扱いせずに、お前に学ばせるのはこれ以上のものはなかったんだ。それぐらい、甘んじて受けんか。

 これ以上となると、お前の為だけにわざわざ専任教師をつけるしかない。それだけの価値がお前にないとはいわんが、それはこの学院の理念を違えることであり、この学院の長として絶対に許容できん。なにせ、王侯貴族の権威や、どんだけ金を積まれようとも曲げなかった創設以来護られてきた絶対の理念なのだからな」


 そう語るディクレイルには、常の不真面目な態度が嘘のような厳粛な雰囲気を発していた。それだけ彼の言う理念は重いものなのだ。


 「――まあ、仕方ないのは理解しているが、それでもやっぱり悪目立ちしたのはなー。

 共通語話せないし下手に知られるとまずいから、交流とか必要最低限にしてきたせいで、無口な根暗野郎だと思われているし……」


 「それは自業自得だろう。流石にそこまで知らん。共通語の習得や基礎知識の教授は、他ならぬ俺が直々にやってやっているんだから、十分過ぎるだろう」


 「それは感謝しているが、彼女から宝物の一つをせしめた上に、俺からも色々徴収しているんだから、これについては対等な取引だろう?」


 シンは、人の形をした『真竜』とも言うべき存在である。その肉体は竜属性を帯び、人体の一部である爪や髪にも及ぶ。つまり、彼の切った爪や抜け毛は、竜属性を帯びており、『真竜』のそれと等価なのである。

 当然ながら、竜属性を帯びた素材など滅多に出回るものではない。それが豊富にある『真竜』の領域は、文字通りの死地なのであるから、至極当たり前だ。まして『真竜』の肉体の一部となれば、その価値は計り知れない。


 ディクレイルはシンがこの世界で生きていく為に、様々な便宜を図るかわりにレグナムから宝物を譲り受け、かつシンから切った爪や抜け毛を市価換算の十分の一で買い取っているのだ。『真竜』の宝物が凄まじいものであることは言うまでもなく、『真竜』の素材もまず手に入らない貴重なものであることを考えれば、確かにディクレイルは十分な対価を受けとっており、シンの言うとおり対等な取引だと言えよう。

 いや、実はむしろ利益すら出しており、貰い過ぎの部類なのだが、ディクレイルはおくびにも出さない。

 たとえ世界がかわろうとも、研究者にとって研究費用の確保は重要なものであり、不変の真理なのだ。


 「分かっている。そして、今日まで俺はそれに十分応えてきたはずだ。

 だが、それも今日までだと分かっているな?」


 これは明日をもって、シンがアルメイラ魔法学院に来てから半年以上が経過するからだ。それはシンにとって重要な問題が解決することを意味するのだ。


 「分かっている。明日の昇格試験からは特別扱いはしないってことだろう?」


 「ああ、これまではお前の帰属問題による混乱を避ける為に『稀人』であることを隠してきたが、それも明日になれば解決するからな。予定通り、お前が史上初の竜属性の魔法使いであることも含めて、明日の試験の際、生徒教員も含めて周知させる」


 「分かった。でも、本当にいいのか?」


 「ああ、遠慮はいらん。奴らの高すぎる鼻をへし折って、身の程を教えてやれ」


 「後々、問題にならないか?」


 「その心配はいらん。元よりお前がやらんでも、他の誰かがやったであろうことだからな。これもまたカリキュラムの一貫だ。総合成績優秀者の集うマスタークラスは、どうしても増長しやすく傲慢になりがちだからな。

 確かに魔法使いは稀少で強力な能力者ではあるが、人族全体からみれば少数派なのだ。変な特権意識を持たれて、魔法使いが忌避される理由になられては困る。故に、本科生に上がる前に徹底的に上には上がいるということを教え込んでやらねばならん」


 例年であれば、卒業生や冒険者を雇ってやらせるのだが、今年はちょうどいいところに最適な存在がいる。生徒達に理不尽な現実を教え込むには、人の形をした『竜』ともいうべきシンは最高の人材だ。

 無論、それだけではない。シンの力を見せつけ、周知させるのにも内外の目が集まるマスタークラスの昇格試験はうってつけの舞台であるのだから。


 故に、昇格試験を生徒に任せるなど前代未聞ではあるが、予算の節約も兼ねてやらせてしまおうと、ディクレイルは考えていた。

 

 「大したスパルタぶりだ……対象がマスタークラスなのは、見せしめもかねているんだな?」

 

 「さてな?必要なことだからやっているだけだ」


 ディクレイルは問に答えず、肯定も否定もしない。ただ、事実だけを述べる。


 「狸親父め」


 この世界にも狸はいるが、人を化かすとか、狡賢いとか、そういう伝承はないので、その言葉自体意味が通じないのだが、あえてシンはそう言った。


 「狸親父?ああ、年老いてずるがしこい男を言うのだったか?

 むしろ、賢明と言って欲しいものだな。まさに賢者たる行いだろう?」


 何の痛痒も感じさせないままそう言って、ディクレイルは胸を張りさえした。大した面の皮である。

 まあ、これくらいでなければ、中立公平を理念とする国家に属さない独立勢力の長などやっていられないのかもしれないが……。


 「ハア、よく言うわ。分かった、遠慮なくやらせてもらう。本当にいいんだな?」


 「くどいぞ。何度も言わせるな。

 そんなことより分かっているな?これはお前への試験でもある。お前の昇格条件だけは特別だ。

 無傷で勝て。それがお前の昇格条件だ。『鱗』と『爪』の使用は許可するが、『牙』は言うまでもなく使用禁止だ」


 「無傷?!『牙』抜きで、流石にそれは厳しいんじゃないか?あいつら、そんなに弱くないだろう?」


 流石にそれはなめすぎだろうと、シンは疑問を呈した。

 この半年間、積極的に交流こそしなかったものの、同じ学び舎で学んだのだ。クラスメイトの実力はよく知っている。


 「別に直撃を食らうなと言っているわけじゃない。『鱗』と『爪』があれば、困難でもなんでもないはずだ。

 ハア――――というか、お前は彼女の息子なのだろう?これくらい、余裕でやってみせんか」


 ディクレイルは目の前の少年が、自分の力量を正しく把握していないことに内心で溜息をつく。

 どうにも己を過小評価しているようだ。まあ、それならばそれでいい。いい機会だ。この少年にもいい加減、自分がいかなる存在なのか、存分に理解してもらおうではないか。


 「ぐっ、それを言われると弱いな。彼女の顔に泥を塗るわけにはいかない。いいだろう、やってやるさ!」


 シンにとって、彼女のことは伝家の宝刀ともいうべき切れ味を発揮する代物だ。それを持ち出された以上、たとえ自信はなくてもシンは奮起するほかなかった。


 「おう、その意気だ。……本当に頼むぞ」


 その様子を見て、茶化すように言うディクレイルだったが、その声色にはなにか重いものが滲み出ていたのだった。

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