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第10話 悪意の胎動

10万字という制限を忘れてまして、急いで仕上げました。といっても、力尽きて、結局間に合わなかったのですが……orz。7~10話はその関係で、誤字をはじめとして粗が目立つので、改稿中です。


2015/10/01 加筆修正

2015/10/02 後半部分を全面修正


 リグリア帝国最南端にある、人里離れた秘密研究所。

 そこは今日も、人や魔物の悲鳴や怒号、怨嗟の声に塗れていた。

 その最奥では、研究所の首魁たる人物が人体実験の真最中であった。


 「う~ん、素晴らしいでデース。流石は、龍神を祀る巫女。幼少の頃から、龍神と呼ばれた古龍と触れ合ってきたおかげで、マナの親和性はバッチリデース!」


 病的なまでに白い肌と不吉を思わせる黒髪をいい加減に伸ばし、その身を白衣に包んだ中背痩躯の男だ。いかにもマッド・サイエンティストという雰囲気を醸し出している。


 そんな男が喜色満面で見つめるのは、特別に設えた台座の上の少女だ。

 濡羽色の美しい黒髪が白い肌に映えて、美しいコントラストを演出している。

 

 「あっ、ぐぐぐ」


 だが、肝心の美貌は苦悶に染まり、言葉にできぬ悲鳴を漏らしていた。


 「流石のワタシでも『真竜』は手に入りませんでシタ。妥協するのは、大変無念ではありますが、仕方のないことデース。いくらワタシでも、『真竜』にちょっかい出したら死ねマスから」


 その悲痛な悲鳴をものともしないどころか、まるでちょうどいいBGMのように男はテンションをあげていく。


 「ぐ、ががが!!!!」


 最早、悲鳴は音にすらならず、台座の上の少女は自身の肉体を掻き毟るように抱き締める。


 「う~ん、イケマセンね。何を耐えようとしているデース。忘れたんデスか?ワタシの実験に身を捧げる代わりに、貴女の弟妹達は見逃すという約束を」


 「!!」


 その言葉に悲鳴すら止めて、射殺さんばかりの勢いで少女は男を睨みつける。

 どうやら、先の男の言葉はどうあっても、聞き逃せないものであったらしい。


 「いい目デース。素晴らしい!

 やはり、貴女を選んで正解でシタ。虜囚の辱を受けて尚失われないその気高さ、この状況でもまだワタシを睨みつけられるその精神力、どちらも素晴らしい!

 流石、滅びたとはいえ元王族。他の有象無象の戦争奴隷や犯罪奴隷とはワケが違いマスね」


 「!!―――!」


 手放しで賞賛する男を尻目に、少女は先の言葉の真意を声ならぬ声で質す。


 「言ったでしょう。貴女の弟妹達を助ける条件は、ワタシの実験に身を捧げることデース。当然、それには実験への協力的な態度も含まれマス。

 デスから、あまり反抗的な態度を取られるとデスね……貴女の弟妹を使いたくなりマース!」


 「―――!」


 「ハーハッハッハッ、何を言っているか分からないデース。デスが、もしまだ弟妹達を助けたいというのなら、今すぐ抵抗を止めて古龍のマナを受け容れるのデース。

 なーに心配はいらないデース。むしろ、光栄でしょう?貴女達が神と崇めていた古龍と一つになるのデスからね」


 「……」


 少女は諦めたように黙って頷くと、全身から力を抜いた。

 次の瞬間、少女の肉体の表面を雷光が迸る。


 「オオー、遂にデスね!」


 そこから少女に起きた変化は劇的だった。

 濡羽色の美しい黒髪が色素を失っていき銀髪になり、白い肌は褐色に染まる。

 そして、頭から東洋の龍を思わせる二本の角が、体皮を貫いて生えた。


 最早、完全に別人であった。唯一その美貌だけが原型を留めていたが、全く変化がないというわけではなく、犬歯が異常発達して口元に覗いている。


 「フ~ム、中々に興味深い。変化の度合いは意外にも少ないですね。もっと異形になるかと思ってまシタが、しっかり人としての原型を留めていマース。このレベルでは、突然変異で生じた新種の亜人で通用しそうデース。何よりも、暴走がないことが不思議デース。

 同様に古龍の一部を移植した他の実験体の尽くが異形と化し、暴走したことを考えれば、やはりマナの親和性が鍵を握るのかもしれまセンね」


 大量の汗を流し、台座の上で気絶している少女を、男は隅から隅まで研究者の目で確認する。どんな変化も、異常も見逃さぬように。


 「ふむ、他に変化はなし。異常もなし。

 ……これは成功と言ってもいいんじゃな~いデスか!

 いえいえ、早合点は禁物デース。自我が残っているかを確認するまでは、まだ成功とはいえまセン!

 ほーら、いつまで寝ているデースか」


 ペシペシと容赦なく少女の頬を叩く。


 「うーん、あ、あれ?」


 どうにか覚醒したのか、少女は困惑した様子で周囲を見回す。憎っき存在である男を見ても、特にこれといった反応を示さない。


 「オヤオヤオヤ、これはまさか……」


 「貴方誰?ここはどこ?どうして私は――――グッ!」


 言葉を続けようとして、突如頭を押さえてうめき出す。


 「おお~~っと、これはイケマセンね」


 男は懐から素早く何かを取り出すと、すかさず少女に突き刺した。

 それによって、一旦少女は動きを止めたかに見えたが、すぐに動き出し男を凄まじい力で吹き飛ばした。


 「大型の魔物にも効く即効性の鎮静剤兼睡眠導入剤なんデスがね。

 合成獣(キメラ)化したことで、抵抗力が増しているのでショウか?それにこの力、とてもあの細腕に出せるものではありまセーン。

 実にじ~つに興味深い!」


 壁にめり込みながらも、考察を続ける辺り、筋金入りの研究者気質らしい。

 まあ、いつまでもそのままではいないが。


 頭を押さえ、滅茶苦茶に暴れ回る少女だが、それは男が見慣れた暴走ではない。暴走ならば、もっと周囲の物を容赦なく壊しているはずだからだ。そこへいくと、目の前の少女は手当たり次第ではなく、自身の肉体に触れたものだけを壊している。

 つまり、制御無く暴走しているわけではない。少女はある程度、自制していることの証左だ。


 「申し訳ありまセンが、その辺でストップデース。これ以上、実験機材を壊されるのは困りマース」


 欲を言えばもう少し観察しておきたいところだったが、少女が壊し続ける実験機材の山はけして見過ごせるものではなかった。男は泣く泣く観察を中止して、少女に先程のものを二倍に濃縮したものを二本突き刺す。


 これには流石の少女も参ったようで、動きを止めその場に崩れ落ちた。


 「や~れやれ、危ないところでシタ。折角の成功例が、壊れてしまっては元も子もありまセンからね。

 暴れ回ったのは、自我の混乱でしょうかね?自我は残っているようですが、肉体の変質に伴って、記憶に欠落が生じているようデスね。彼女達が神と崇めていた古龍を殺し、あまつさえその死体を弄んでいるのデスからね。そんな殺しても飽き足りないであろう憎悪の対象であるワタシを忘れるほどデスからね」


 洒落にならないことを平然と宣いながらも、男は考察を続けていく。


 そんな時だった。予期せぬ乱入者があったのは。


 「――――!止まりなサーイ!ワタシの研究室に何の用があって来たのデスか?」


 その右手にはいつの間にかメスが無数に握られ、左手には先程少女に使ったものと似たようなものが握られている。


 「待った、待った!ドクター、俺だ。緊急報告があって来た」


 突きつけられた凶器に怯えながらも、見窄らしい格好をした小男は必死に命乞いをした。

 

 「……なんだ、マーシュデスか。いつも言っているでしょう。事前連絡はきっちり――――緊急報告?何かあったのデースか?」


 「あったから来たんだよ、まったく」


 見窄らしい小男の名はマーシュ。その格好とは裏腹に、帝国の情報局の副局長を務める大物だ。本来、彼のような大物がメッセンジャーなどやらないのだが、この秘密研究所は帝国でも最高機密に属するので、数少ない存在を知っている人物である彼が動いたというわけである。


 「ふ~む、いいでしょう。幸いワタシは今、実験を成功させて大変機嫌がいい。特別に聞いてあげマス」


 「あんたが頼んだことなのに、何で上から目線なんだよ……。

 ハア、まあ、いいや。お前さんの母校アルメイラ魔法学院の学院長ディクレイル・アルメイラが自身の直弟子である『人竜』の存在を公表した。人の形をした『竜』とも言うべき存在で、『真竜』と同様の力を持っているらしい」


 「人の形をした『竜』?『真竜』と同様の力を持った存在?それが『人竜』?

 ……ディクレイル・アルメイラ――!お前は、お前は、いつも私の先を!

 おのれおのれおのれ――――!」


 あれ程、狂喜した成功作も、この報告を聞いてしまった今では、路傍の石に等しく成り下がってしまった。男にとって、どんなことであれ、ディクレイル・アルメイラの後塵を拝することは、絶対に許されないことだったからだ。


 自分が古龍と人を掛けあわせ、数多の失敗と試行錯誤の末にようやく合成獣(キメラ)を作り出したというのに、ディクレイルはすでに『人竜』という未知なる存在を見出していたのだ。しかも、その『人竜』は、『真竜』と同様の力を持つなど、どう考えても己の負けを男は認めざるをえなかった。


 「ど、ドクター落ち着けよ。あんたは結果を出してきたんだ。こんなにも早く帝国が伸張できたのは、間違いなくあんたのおかげだ。実績で言えば、ディクレイル・アルメイラなんて、比較にもならないさ」


 「そ、そうデスね。失礼、少々取り乱しまシタ」


 「落ち着いてくれたならいいさ。それで、その角の生えた少女は?」


 「古龍と人の合成獣(キメラ)成功例第一号デース!そうでデスね……『龍人』とでも名づけましょう。ぱっと見、合成獣(キメラ)とは分かりませんし、新種の亜人と言っても通用しマスから」


 「そうか、ドクターついにやったんだな……。それで、その『龍人』の少女はどうするんだ?」


 「先程の報告を聞くまでは、育ててみるのも悪く無いと思っていまシタが、気が変わりまシタ。あいつと同じ事をする気は毛頭ありまセンからね」


 「いらんならもらっていいか?貴重な古龍を材料に使った合成獣(キメラ)だ。無駄にするには惜しい」 


 「別に構いまセンが、戦闘テストもしてセンし、戦闘能力は未知数デスよ。それにこの子は、問題点の洗い出しと成功させることを第一にしたので、そう意味でも控え目デース。記憶の欠落が酷いようデスが、自我も残してあるので、万一記憶が戻ったら、100パーセント反逆されると思いマスよ」


 「ちょっ、そんないつ爆発するかも分からないような爆弾はいらんわ。

 やれやれ、じゃあ、どうする?ドクターもいらないんだろう?」


 「そうデスね。データ取りが終われば、必要のない実験体デスね。

 ふ~む、そうなると……!いいコトを思いつきまシタ!」


 「ドクターの思いつきでいいコト……ろくな予感がしないな」


 喜色満面で言う男にマーシュは心底げんなりした。この男が、こう言って本当にいい事が起きたことなど一度もないからだ。


 「な~に今回に限っては、本当に帝国のためになることデース。

 この『龍人』、繁殖に使いましょう」


 「繁殖だと?つまり、母胎として使うということか?」


 「その通りデース。折角、人型を保っているんですから、これを利用しない手はありまセン。実験作とはいえ、古龍との合成獣(キメラ)ですから。優秀な子供が生まれるに違いありまセーン!」


 「えげつないな、ドクター。まあ案外『人竜』みたいな存在が生まれるかもしれん。教育はこちらですれば、優秀な駒になる可能性は十分にあるか……。

 だが、父親はどうする?」


 マーシュの問いかけに、男は凄惨な笑みを浮かべた。


 「勿論、これから作りマース!幸い、彼女の兄が残ってマスからね」


 「ああ、あの竜騎士の最後の生き残りか……。だが、いいのか?確かドクター、その『龍人』と家族は見逃すと約束していなかったか?」


 他ならぬマーシュこそが、件の少女と交渉したのだ。

 いくら、戦争奴隷と言っても約束した以上、その信義だけは守りたかったし、いくらなんでも、血をわけた兄と妹を番わせるなんてことに協力したくなかった。


 「いえいえいえ、マーシュいけまセンね。約束の内容はしっかり覚えていないと。確かにワタシは約束しまシタ。彼女が実験体に志願する代わりに、彼女の弟妹に手を出さないことを。ですが、そこに兄は含まれていまセン」


 確かに約束の内容は男の言うとおりだ。だが、前提となる事実が異なる。


 「そりゃ、戦死したからだと思っていたからだろう?流石にそれは悪辣すぎやしないか?」


 少女にとって、もう弟妹しか生きていないと思ったからこその内容であった。もし、兄が辛うじてながらも生きていると知っていたら、それも条件に含めていたに違いない。


 「なんですマーシュ。ワタシのやり方に文句があるのデスか?

 ならば、父親役を変わりに貴方がやりマスか?ワタシはそれでも構いまセンよ」


 「ッ!」


 こと、この秘密研究所においては、男の権限を超えるものはリグリア帝国のトップである皇帝しかいない。この狂人がやると言った以上、本気でマーシュが父親役にされかねない。

 ただの同情とちっぽけな信義の為に、亜人ですらない合成獣(キメラ)相手に腰を振る羽目になるのは、流石に御免だった。


 「どうしマスか?」


 「……ドクターの考えどおりにしてくれ」

 

 マーシュはそういうほかなかった。

 目の前の狂人は紛れもなく、帝国伸張の立役者なのだ。外道で非道、人格は最悪だが、その功績は何者にも勝る。いかに情報局の副局長であるマーシュであっても、公然と逆らえば全てをなくすことになるだろう。


 「うんうん、そうでなくては。

 では、近日中にあの男をこちらに搬送して下さい。

 それまでに『龍人』のデータとりは終わらせておきマース」


 「分かった、奴はまだ半死半生の状態だ。少し遅くなるかもしれないが、構わないか?」


 マーシュにできたのは、精々が姑息な時間稼ぎだけだった。彼の権限では、どうあっても実験は中止にできないのだから。


 「ふ~む、まあいいでしょう。確かに死なれては元も子もありまセンからね。

 デスが、なるべく早くお願いしマスよ。そうでないと、手頃なところで済ませたくなってしまいマスからね」


 「……分かっている」


 暗に、自分を父親役にするとほのめかされたマーシュは、その時間稼ぎも言い訳できる範囲でしかできそうにないことに、内心で溜息をついて、研究所を後にした。


 しかし、この僅かな時間稼ぎが、少女の兄を救うことになった。

 『龍人』のデータとりの最中に、計画を根底から覆すことが判明したからだ。


 『龍人』の少女からは、肝心の生殖能力が失われていたのだ。


 それが自然の摂理を侵し、人倫を冒涜した行為の代償なのかは分からない。

 ただ一つ言える事は、一人の男が実の妹と禁忌の関係になることなく、人として死ねたということだけだ。ある意味、それだけが唯一の救いであった。







 『人竜』のことを伝えてから早一ヵ月、マーシュは搬送準備が整ったことを伝えに来て、逆に男から計画の中止を聞かされることになった。


 となると、問題なのは、宙に浮いた『龍人』の少女の扱いだった。

 マーシュは、特殊な台座に拘束されて寝かされている『龍人』の少女を横目に見ながら尋ねた。


 「で、ドクター、結局どうするんだ?」


 「こうなれば、仕方ありまセン。『人竜』のものさしに使いましょう。

 データ取りの結果、生殖能力が失われていたのが判明したのは残念デースが、幸い戦闘能力はかなり高いことも判明しましたからね。

 情報局としても、『人竜』の情報は欲しいんじゃありまセンか?」


 「ふむ、確かに喉から手が出るほど『人竜』の情報は欲しい。

 だが、そこから帝国の関与がばれるのは好ましくない。それはどうするつもりだ?」


 「その心配は必要ありまセーン。なにせ、コレはもうすぐ死にマスから」


 「何だと?」


 「言ったはずデース。元々、古龍と人の合成獣(キメラ)を成功させる為の実験作だと。母胎として使えないと分かった時点で、延命措置も行っていませんし、後、一年もつかどうかデスね」


 そういわれて、マーシュは改めて寝かされている『龍人』をよく見てみれば、確かに心なしか顔色が悪い。それになんというか、生気が感じられないように思えた。


 「なっ、そんなものをどうやって使えと言うのだ!?

 半死半生では、『人竜』のものさしとして意味があるまい」


 「心配は無用デース。戦闘能力は高いと言ったでしょう。ちゃんと、戦闘能力を引き出す為の仕掛けは用意していマース」


 そう言って、ドス黒い液体で満たされた瓶を白衣のポケットから取り出して、マーシュに見せた。


 「これは?」


 マーシュはそれをしげしげと見つけるが、不吉な予感しかしない。


 「コレの材料に使った古龍の生血の成分を濃縮したものデス。不思議なのデスが、一滴飲ますだけで、信じられない戦闘力と凶暴性を発揮しマース。

 ただ……」


 「ただ?」


 「これを使えば使っただけ生命力を消費しマース。飲ませる量を増やせば増やしただけ加速度的に戦闘力も高まりマスが、それと比例して生命力も消費しマース。

 これ一本全部飲ませれば、一時的に材料になった古龍並の戦闘力を発揮できるでしょうが、その後確実に衰弱死しマース」


 「……」

 

 実験体として、散々弄り尽くされた挙句、最期は特攻兵器として、敵対勢力の戦力調査に使われる。まさに外道、それ以外の言葉がマーシュは浮かばない。

 だが、すでにそれに加担してしまっている己もまた……。


 「どうしました、マーシュ?私の案のどこかに、問題でもありましたか?」


 人の姿をした悪魔がマーシュに問いかけてくる。

   

 「いや、ない。問題はないとも」


 悪魔の提案は、何の問題もない。極めて合理的で帝国に利益がある。

 戦力を増やす為の母胎としても使えず、なまじ自我があるため忠実な手駒としても使えない。しかも、その寿命は後一年足らずで、養う意義があるかどうかも怪しいところである。

 ならば、敵の切り札を測る為に、特攻兵器として使い潰すことに何の問題があろうか。


 問題があるとすれば、それは―――!


 「では、了承ということでいいですね。それではこれを」


 ドス黒い液体で満たされた瓶がマーシュに差し出される。

 それはマーシュにとって、とてつもなくおぞましい物に見えた。


 「……」


 マーシュは一瞬逡巡した。

 この手を払うのは簡単だ。ただ、それをした瞬間に、マーシュの将来は完全に閉ざされることが決定する。いや、死ねるなら、まだマシだ。下手をすれば、あの『龍人』の少女のように体の隅々まで陵辱されて、生き地獄を味わうことになるかもしれない。

 故に逡巡は一瞬だった。


 マーシュは瓶を受け取った。それが悪魔に魂を売り渡す契約書にサインすることだと理解しながら……。


 「マーシュ、キミとはこれからもいい付き合いができそうデース。

 ああ、そうそう。飲ませたら、すぐ退避して下サイ。敵味方を識別なんて、器用な真似はできまセンから。巻き込まれても、責任はとれまセンから」


 「……分かった」


 その日、マーシュは本当の意味で堕ちた。

 彼はこれ以降、いかなる任務でも、眉一つ動かさず実行するようになったという。

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