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「え、ちょっと泣いてんの?」
彼はぎょっとしたように私に尋ねた。
ベッドの上で私は静かに涙を流していたようだ。
「えっと…良すぎて、涙出ちゃった。」
私は作り笑いを浮かべて言った。彼はどこか腑に落ちない風に見えたが、また動き始めた。
「まじ、途中でさ、それ以外の理由で、泣かれたらさ、萎えん、じゃん?」
そうだよね、と私は答えようと思ったが、声がうまく出ない。それを見かねた彼は私の頭を撫でようとしてきた。
私は咄嗟に彼の手を払ってしまう。
「あの、私、髪触られるの苦手だから…」
「…あっそ。」
彼はまた驚いた顔をしたが、さほど気にしてはいないようだ。髪を触られるのだけは、誰にも許したくない。
体をこんな簡単に差し出しながらなにを言っているのと自分でも思う。
私は彼が体を揺らすのを感じながら、眠りに落ちていった。
……
起きてみると8時になっていた。
部屋には私だけで、彼はもう帰ったように見える。いつも通りだ。誰であろうと、行為の後はいつもお互いどこか冷めきっていて、挨拶を交わしたぐらいで別れる。
しかし今回、私は途中で寝てしまった。彼も大分嫌な思いをしただろう。すこし申し訳ない気分になる。
…まあいいか。どうせこれっきりの関係なんだし。
私は起き上がりシャワーを浴びて、ホテルを出た。
………
寄り道をして電車に乗って、最寄駅に着いた頃にはもう11時になっていた。
フラフラといろんなお店に立ち寄っても、ぼーっと立っていただけで特になにかを買ったわけでもない。
最寄駅から家までおよそ歩いて15分、考え事をしながら歩く。
今日、泣いてしまった。
おそらくあの男の子、引いていたと思う。当然だけれども。
それもこれも、私がキコのことを考えてしまうからだ。
キコ…
……キコ?
その時フッと昨日のことを思い出した。
なんか…公園がどうとか言ってた。公園で遊びたいって、明日、とも言ってた…気が…
あれまさか…明日公園で遊びたいってことだったの?
あの時はいつもと違う自分に戸惑っていて、そこまで気がつくことができていなかった。そのうえ私は彼女の言葉を何度か遮ってしまっている。
ひどいことをしてしまったかな…。
…でも返事も特にしなかった。
どの公園かも聞いていないし。
きっとキコだって本気にしていない。
なによりもうこの時間だ。いまさら気にしたって仕方がない。
しかしそれでも、自分で逃げないって言ったうえ、曖昧な形であれど約束を破ってしまった。そして約束を破った理由は男性と性行為をしたかったとくる。
罪悪感に襲われる。
考えていたら、急に腹が石が入っているように重くなった。
またこういう自分が嫌いなんだと再確認する。
それでも歩みを止めるわけにはいかない。止まっていても家には帰れない。
…ゆっくりと歩き続けていたら、家の近くの公園に差し掛かった。住宅街の中にあるこの公園には、遊具がブランコと鉄棒しかない。それでも私が物心つく頃からあり、今も近所の子供達がよく遊んでいる。
懐かしいな…。
…ん…あれ、なんだろう…?
ブランコの近くに人影が見えた。
でも子供のようには見えなくて…
目を凝らして見ていたら、それはブランコに座っているキコだった。