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離れないで

「きゃ〜!!みっくんやばいよ〜!」

「あっちゃんも超歌うめえし!惚れそう!!」


合コンはいつも通り、カラオケで行われている。音はとても大きくて、部屋には男女合わせて10人ほどの高校生がいて、もちろん今日が初対面である。

みんな異性と話しており、同性と話している人はいない。お互いに体を密着させながら、顔を近づけて言葉を交わす。

その言葉はとても軽い。仲良くなろうなどという気概も見られない、ただ品定めのための言葉であるからだ。


亜紀は少し離れた所で、もうすでに一人の男の膝に座っている。


「ねえねえ、円花ちゃんだよね?」


そういいながら、一人の男が声をかけてきた。彼の名前は…なんといっていたっけ。簡単な自己紹介はあったけれど、みんな当たり障りのないことしか言わないものだから思い出せない。


「こんにちわ。歌わないの?」


「俺?いいよ、俺人前で歌うの苦手だし。」


彼は困ったような笑みを浮かべた。


「そうなの?かっこいいし、歌うまそうなのに。」


そういいながらそっと膝に手を乗せて、顔を少し近づける。常套手段だし、ここにくる男たちはそれを期待しているのを知っている。


「え〜、褒めれてもなんも出ないからね?」

そういいながら彼は私の肩に手を回した。彼も知っている。


「ねえ、抜けちゃおっか?」


私は彼の耳元で尋ねた。


「んー、ちょっと早くない?」


彼はそういいながらも私の腰に既に手を回し始めている。


「誰も気づかないって…」


この名前も知らない男と、くだらないお喋りやらを楽しもうという気は今日はどうしても起きなかった。

もうどうでもいいから早く本題へ移ってしまおう。早くこの、むしゃくしゃする気持ちをなんとかしたくてたまらない。


「…じゃあそうしよっか。」


彼はおもむろ荷物掴んだ。私も自分の荷物を持って、二人で静かに部屋を抜け出た。


誰かが気付いていたかどうかは分からないけれど、誰もそんなこと気にしていないことだけは確かだった。


………


亜紀と私2人は、よく合コンをする。それは私たちの学校がエスカレーター式の女子校で、出会いがないことはもちろん、それ以上に”機会”が欲しいからだ。


私たちは服を私服に着替えて、電車で少なくとも30分、できるだけ一時間は離れたところに合コンをしに行く。知り合いにはあまり見られたくないから。


私たちの合コンは彼氏を作るわけじゃなく

性行為を行うための相手を見つけるための機会だ。


それはまた、ここに参加してくる男性にも言えることである。


必ず避妊はしているし、私達もピルを飲んでいる。私たちは彼らと連絡先を交換することはないし、一度限りの関係となる。


これはこの”合コン”の暗黙の了解であった。


別に男に愛されたいとか、特別になりたいとかではなく、ただ私はあの行為をしたい。

あの行為をすると頭を真っ白にして、なにもかも忘れてしまえる。定期的に訪れる不安で仕方なくなる私を唯一落ち着けることができる。自分に対して投げやりだとか、危ないとかそんなのは百の承知の上でも、とてもとても安心してしまう。


本当はきっと誰かに頼ったり、不安だ、辛いと打ち明けられたら止められるのかもしれない。誰かに好きだよ、大丈夫だよっていってもらいたいのかもしれない。

そしてそれがきっと正しい解決法なのかもしれないけれど。

でも私はこれが楽で好きで、とてもやめようなどとは思えない。たった一度、ろくに名前も覚えることなく体を重ねてしまうことは、人が思うより簡単で、お互いを思いやりもなくただ吐き出すだけの行為は、信頼する必要も自分をさらけ出す勇気もなくていい。


私と亜紀は、よく一緒にいるし、一緒に合コンに参加する。

けれど実はお互いについてろくに話したことはない。

私は高等部に入ってから亜紀と知り合ったが、彼女の過去は知らないし家族もしらないし、聞こうと思ったことはない。知っているのはなにか習い事をしているということと、人脈が広くどこからかいつも合コン情報を持ってくるということだけだ。


合コンの後も、誰としたか、どうだったかなど話したことはない。感想も交換したことはない。


私たちはとても浅くて、信頼するとかそんなことを考えもしないようなゆるいつながりの友達だ。


そして私たち2人とも、おそらく世間ではビッチと呼ばれる類の人間で、性欲のままの動物だと思われているだろう。

そしてそれを別に構わないと思ってしまう私もきっとどこか歪んでいる。

汚れていて、歪んでいる。


だから私はキコの態度を見ていると不安になり馬鹿馬鹿しくもなってしまう。

私はいつまで彼女にこの汚い部分を隠せるだろうか。

学校にいれば噂に聞いてしまうんじゃないか。


キコがもし、私がこんな女だとしっていたなら、きっとあのような態度をとってはくれないだろう。

もういっしょにあんみつも食べてくれないだろうし、まあちゃんとは呼んではくれないだろう。


彼女の知っている、彼女が好きな昔のまあちゃんもういない。


キコの信じる、キコが昔から知っている、キコの好きなまあちゃんは、きっと私ではないし、

彼女が会いたかったまあちゃんもきっと私ではない。


それが寂しい。


馬鹿な話だが、私はこのほんの短い時間でキコに随分とほだされたようだ。


私は彼女に近づかれるのが怖くて冷たくもした。

そっけない返事をした。

私をまあちゃんだと信じて疑わない彼女に、本当のことを教えなかった。


教えられなかった。


亜紀が言った、同じ世界ではないと。そんなの分かっているつもりだった。


でも私は知らないうちに、彼女が私を迎えにきて、名前をまあちゃんってまた呼んでもらいたくなっている。

あの笑顔をまた向けて欲しくなっている。


私はキコに離れられたくないと思ってしまっている。


もう私はこれを、認めざるを得なくなっていた。



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