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名前と憂鬱な帰り道


和菓子屋さんを少しお騒がせしてしまった。お客さんが少ない時間でよかった。

数分経って、私たちはなんとなく落ち着いた。


「ところであんたさ。なんで和菓子屋なの?」


「何でって…あんみつ、好きでしょ?」


「いやだから、まあ好きなんだけどさ。普通デート?ならおしゃれなカフェとかじゃないの?

私小学生の頃以来、一度も和菓子は食べてないし、誰にも食べたいなんて言ったことないんだよ?」


「うん。でもま…好きでしょ。私知ってるんです。」


ああ、なんかいろいろつっこみたい。答えになってない。


「とりあえず、その敬語のごちゃごちゃ混ざった喋り方やめて。」


「え、いいの?」


「いいの…ってどういう意味よ」


「いや、私のんまり敬語上手じゃなくて、でも後輩?だし、怒るかなって…思ってて…」


今更こいつは、なにを言っているのか。

「突然ダンスに誘って、強引に放課後連れまわしておいて今更なに言ってるのよ。あんた本当にどっかズレてるのね。」


「…ふふ。」


なんで嬉しそうなのか。

本当にわからない。不思議すぎる。


「そろそろ出るわよ。ちょっと騒いじゃったし。食べ終わったのに居座るのも悪いからね。」


「へっ?…あ、うん。わかった。」


キコはハッとした様子で顔を上げて、帰る準備をはじめた。

私もコートを羽織って、マフラーを巻く。


会計は別々にしてもらって、私が先に払った。


「私、外出て待ってるからね。」


「え、あー、うん!わかった。」


彼女は笑顔を浮かべてはいたけれど、どこか不安気な様子で私を見ていた。


「…別に逃げやしないから、早く払って来なさい。」


私はそういって外にでた。


外に出ると、あたりはちょうど暗くなりだした頃で、風は来た時の倍くらい冷たく感じた。


「なんか本当、なにやってんだろ。私…」


さっきまでの取り乱していた自分を思い出す。あんなに彼女の一言 一言に振り回されて。年上の威厳などこれっぽっちもなかった。


普段はあんな風にはならないのに。

彼女と話してるとおかしくなる。

全部あの子が変だからだ。普通じゃないからだ。


調子狂うのよ。


…なんだか思い出していたら顔に当たる風がなおさら冷たくなった気がする。

手を息で温めて頬に触ってみたら、熱があるんじゃないかってくらいにあつかった。



彼女は3、4分後に出てきた。これはたったひとつのあんみつの支払いにかかる時間としては、大分長い。


「ごめん!ま…あの、遅くなって!」


「あんみつひとつにどんだけかけてんのよ…」


「えと、計算とか苦手というかその…」


なんだかもごもご言っている彼女を遮って、私がこの三分ずっと思ってたことを言った。


「あー、その、ま…ていうの、もう、なし。禁止。だから。」


「え!ごめん、そんなに嫌だった…?じゃあなんて呼べば…」


こいつは本当に鈍いというか、察しが悪い。


「ま、まあちゃん、で、いい、から」


なんだか声が小さくなってしまった。ちゃんと聞こえただろうか。


「え、えと、まあちゃん?」


「あ、うん。はい。なに?」


「い、いや、別に用があるわけじゃ、えと、ない、けど。」


「あ、あ、あー、あ、そう。」


なんだこれは!恥ずかしい。なんでそっちまで照れてるのか。

こっちまで恥ずかしくなる。

私の想像してた反応と全然違う。


「…ありがと。まあちゃん。」


その瞬間の彼女の顔はやけに大人びていて、いつもと違くて、私はすこしびっくりした。


「ど、どういたしまして。」


耳と顔にあたる風があまりに冷たいから、私はマフラーで顔を覆った。


店から出てすぐ別れるというわけにも行かなくて、駅まで歩く。

「まあちゃん、今日楽しかった?」


「…ふつう。」


「ならよかった。」


キコはなんだか嬉しそうだ。

すごく気恥ずかしい。

彼女は私のすこし前を歩きながら話しかけてくる。本当にありきたりな世間話に、私は曖昧な相槌を打ちながら歩く。


「あのね、まあちゃん。私、まあちゃんと行きたいとこたくさんあるんだ!

明日も迎えに行くからね!」


「…あー、うんまあいいけどさ…暇な時なら」


一回きり。というわけではなかったのか。


「じゃ、また明日ね!ばいばい!」


気がついたら私たちは駅に着いていたらしい。キコはどこかへ走り去っていった。



なんだか今日はどっと疲れた。

慣れないことはするものじゃないなと、私は電車に乗りながら考えていた。

もうすぐ着いてしまう。あの家に。



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