私のアイスが溶けるまで
お待たせしました。
「こちらが抹茶クリームあんみつ、こちらが白玉クリームあんみつのあんこ特盛です。」
「え…」
「…どうかいたしましたか?」
「あ、えっと、あんこ特盛は、抹茶の方だったんですけど」
「あら!失礼しました。今すぐ作り直してきます。」
なんだかあんこだけなのに申し訳ないな…
「いいです!そのままで。
あんこ、私と半分こしてくれますか?」
キコが笑顔で問いかけてくる。確かにあんこだけならこっちで変えてしまえばいいのか。
私もあんこが嫌いなわけでもないのだし。
「うん。私はそれでいいけど…」
「そういうことなので、大丈夫ですよ、店員さん。ありがとう。」
なんかすごく、人当たりがいいんだな…。
さっきまで私の手を強引に引かれていたから、私はすこし緊張してしまっていたが本当に特に、悪い子ではないようだ。
「じゃ、半分あんこください。」
「うん。…はい。」
「ありがとうございます!じゃ!いただきます!」
「いただきます…」
「ん〜!おいしい!私、一回はあんみつ、食べてみたかったんだ。
特に抹茶クリームあんみつ!」
うん…おいしい。
でもいま私は、あんみつに集中出来ないほどに、キコに聞きたいことが山のようにあった。やっと落ち着いて話ができる雰囲気になってきた。
あんみつははじめてなの?
抹茶クリームあんみつはなにか特別な思い入れでもあるの?
なんで私を和菓子屋に連れてきたの?
なんで私を今日連れ出したいと思ったの?
でとなによりいま気になることは
「ねえ、あんた」
「はい。」
「さっき私のこと、まぁちゃんて呼んだ…でしょう。なんで?」
大したことではないとはわかっていても、胸の中でつっかえている。
「ん〜。あの…恥ずかしいんだけれど、私の中であなたは今も昔もまぁちゃんなんです。昔からずっと、まあちゃんなの。」
「昔って…私のこといつから知ってるの?」
「ふふ。秘密です!でもまぁちゃんが小さい小さい頃から知ってるよ。」
「ちょ!そんな、秘密とかでぼんやりされると困るんだけど…!」
だから、昔から知ってるもなにも、私のあだ名を知っているのは家族だけのはずで、
私の小学生の同級生にさえ呼ばれたことはないんだけど。
「ねえ、まぁちゃんって呼んでもいいですか?一番落ち着くの」
「だ、だめ。あんたにとって私は長い知り合いとかなのかもだけど、私からしてみれば、昨日会ったばかりの超他人なんだから…!」
「そう…。残念。」
彼女はすこししょぼんとしているが、思ったより簡単にひいた。
アイスと白玉を一緒に口に入れ、ひんやりとした甘さが口に広がる。
おいしい…。
「おいしい?」
キコは嬉しそうな顔で私に尋ねてくる。顔に出てただろうか。
「別に普通。」
私はわざとそっけなく返事をした。
なんだか自分が油断しすぎている気がするし、キコがどんどん私に近くづいてきているような気さえする。
踏み入られている。
彼女は私の中に、溶けるように染み入ろうとしている。
溶けだしたアイスをすくって、口に入れるとやっぱり美味しくて困る。
キコといるのが嫌だとか、居心地悪いとか思わなくなっている自分も怖い。
私はもっと人から距離を置いていたはず。
私のアイスは、周りの白玉を覆うくらいには溶け出している。
なんだか自分が弱くなったような気分だ。
怖い。
そしてそれと同時に、彼女は私の何を知っているのか。
昔から知ってるなどと言ったって、今の私は知らないのではないか?
知っていたら、ダンスになど誘わなかったのではないか?
それなのに、こんなにずかずか踏み込んできているのか?
だんだんと、怒りのような感情が込み上がってきた。
「あんた、今の私がどんな…」
「私が今日和菓子屋に来たのには理由があります。」
キコは私の絞りだした言葉を遮るかのように話し始めた。彼女のあんみつはもう空っぽだった。
「あ、うん…なに?」
なんだか出鼻をくじかれた。
私のイライラはすこし消えて、すこし落ち着いた。
「私、ダンスに誘ったじゃないですか。私にしてみれば、ずっと考えて、考えてたことだけど、ま…あー、と唐突だったでしょう?」
ま…て誰よ。円花さんとかあるでしょ…
「唐突だったわよ。当然でしょ。」
「あれって、見知らぬ人に突然告白されたようなものだなって思ったの。」
「んぁー、うん。まあ…」
なんか…恥ずかしくなってきた。
「段階をね、ふみ飛ばし過ぎたかなって思いまして。
だから、ここはやっぱり、で、デート?なるものを…その…」
キコの言葉は尻すぼみに小さくなっていき、彼女は下を向いて耳を痛そうなくらいに赤くしていた。
なんかその、そこで照れないでほしいんだけど。
「あの、照れるのやめてくれない?
さっきまでの強気はどこいったのよ。」
「ご、ごめんなさい。えと、あ…」
彼女が一瞬止まって
「ま… 照れてる?」
顔を上げたキコが目を丸くしている。
いや、照れてないよ。
「別にそんなこと」
「でも、ま…顔、あか…」
「だ…違うってば!
あんたの気のせいよ!
私はあんたと違って、恋愛経験豊富なの!
こんなことどうってことないの!」
「でも、ま…ふふ、ふふふ!」
「ちょ、何笑ってんのよ!」
「いや、あの…くっ…!」
キコは笑うのを止めない。
「ま…かわいい!うん!
ふふっ!大好き!…くっ!」
どさくさに紛れてなにを言ったこいつは!
「あんた!ここ、どこだと思って…!
ていうかなんなの!そんな!」
私は今、どんな顔をしてるんだろう。笑うのを止められない彼女の耳は未だに真っ赤で、でも幸せそうで。
楽しい、のかもしれない。大好きだと言われて、心のどこかできっと嬉しくなっている。
こんな昨日出会ったばかりの少女といるのに、まるで昔から一緒にいたようだ。
例え今の私を全く知らないのかもしれないけれど。
私のアイスはもう完全に溶けてしまっていた。