キコとの出会い
突然、どんっと背中になにかがぶつかった。
私は今友達と次の合コンについて話し合うことに忙しいというのに、邪魔をしないでほしい。
「あの、私ダンス行ってください!」
どういうことか。いっそ気づかないフリをしてしまおうか。振り返っては見たものの、こんな子知り合いでもない。なんなの。
「いみわかんない。なに?」
「あの、わ、私とダンスに行ってください!」
声は少し震えている。
「だから、意味わかんないんだって。もういいや、亜紀、いこ。」
私は彼女に背を向けて歩き出した。かまっていると疲れてしまう。別に忙しくないけれど、変なのに構ってるほど暇でもないし。
「私、一年のキコって言います!絶対に私とダンス、行ってもらいますから!」
後方から叫ぶ声が聞こえた。
「あはっ!後輩じゃん!円花、人気者だね?」
友達の亜紀は隣で笑ってるし。
なんかもう、本当になんなのだろう。
放課後、私は駅のベンチで携帯を弄りながら、今日の出来事を思い出していた。
あの突然ダンスに誘ってきた女の子、名前はキコ?と言っていたか。
彼女は私より一回り背が低く、大きな目が力強く私を見つめていた。肩までつかないくらいの髪はやけにツヤツヤしていて、スカートも折っている様子はなかった。
「いわゆる、いいこちゃんって感じだったね。」
隣で亜紀が私の考えていることを察したのか、話しかけてくる。そう、そこなのだ。
「なんであんないいこちゃんが、私とダンスに行きたいって話になるのかな?」
「さあね。悪いのに憧れるお年頃なんじゃないかな。」
「別に、私、悪くはないし…」
「なんかよくわかんないけどウケるね!あ、そういえばこの前行った駅前のケーキ屋さ…」
亜紀は頭の悪そうな結論で会話を締めくくって、もう別の話題に移っている。
まあ彼女も、あんな風に冷たくあしらわれたのだから、もう関わってはこないだろう。だからもう、彼女のことで考えることはないのだ。
考える必要はない。
キコ、か。
彼女が私を誘った『ダンス』というのは、よくアメリカなどで行われる学校主催のダンスパーティである。
欧米化なんだか外国に憧れて作られたイベントなのかはよくわからない。
基本的なドレスコードがあって、大抵の人はパートナーを連れて行く。
ダンスパーティというと、童話にでてくるような優雅なものを想像するかもしれないが、実際はもっとカジュアルで音楽付きの食事会といった感じだ。
スローダンスの時間だけはロマンティックで優雅ではある、らしい。
しかし皮肉なことに、私達の通っている学校は女子校だ。
中高一貫の私立女子校なのだ。
学校は、私たちの異性のいない生活にを哀れにでも思ったのか、普通『男女』で参加するような行事を作った。
しかし作ったからといって、他校の男子が参加することは出来ないし、それどころか、男性は事務的な用事がない限り学校の敷地をまたげないというのが規則だ。
そこでなにが起こるかというと、まあ友達同士で行くものもいることはいるが、『恋人』同士の巣窟となる。女性同士のカップルである。
…ロマンティックとは?
私の学校は同性愛を推奨してるのだろうかと思う。
とはいえ、かくいう私もその昔、『ダンス』というロマンティックな響きに魅了されこの学校に入学した1人である。
いまだ参加した経験はないけれど。
しかし私にそっちの気は全くないし、そういう目で見られたことも私の記憶にはない。
だからなおさら、キコの、あの少女の誘いにらしくもなく困惑している。
一緒にダンスに行きたい、というのはやはり…そういうことなのだろうか。
次のダンスまであと3週間。