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トゥーハンドレットサウザンドスターズ

作者: 利根屋ドット

これは、謎の女に続き、二作品目に完成させた物になります。


日曜日、午後十七時、天気予報、くもりのち雨、今は雨と男。


「どうなってんだよ、何であいつ、追っかけて来てるんだ」渇きを訴える喉を蹴り上げ、必死に今の状況を整理しようと、するが、何も思い出せない。

「知らないよー」ムーちゃんの悲痛な叫びに背中を押される。

思い出せ、何かあったはずだ、何か・・・



土曜日、午後十八時半、天気予報、雨、あれは、下校中だったかな。



薄雲のカーテンが架かった街は薄暗く、思考も何も考えられなくなるぐらいの閉塞観。

何もやる気がしない・・・これが五月病ってやつか、今は六月なのだけど。


「なぁ、しんちゃん、今日のニュース見た?」


僕を呼んだのは、いつも遊んでいる友達の、ムーちゃん。

ムーちゃんは、こんな天気でも当然の様に元気だ。


「ニュース?」


恐らく、あのニュースの事を指しているのだと、認識する。

それは朝起きて、寝ぼけた頭を飛ばすくらいピーキーな内容だった。


なんでも、この花咲町では、十年前、銀行強盗が起きていたらしいのだが、その犯人は警察から逃げる最中に、金の入った鞄を落としたらしく、そのお金は今でも見つかっていないんだとか。

ある犯罪解説者がニュースで言う。


「お金を持って、捕まるのと、お金を持たないで捕まるのでは、刑期が違うので、ワザと無くした可能性がある」

難しい話だが、ずっと、あんな豚小屋に入れられるよりは、良いという事か。

そして、コメンテーターはこうも言った。

「もしかしたら、どこかに隠して刑期を終えたら、取りに来るという可能性は?」

解説者は自信で満ち溢れた顔で言う。

「充分にあるでしょう」


つまり、この町には、大金が入った鞄が何処かに在る可能性があるという事なのだ。


確かに、浪漫で満ち溢れた話なのだけど、今日は気分が乗らない。


「なんだよ、しんちゃん見てないのかよー銀行の金が、この町にあるって話なんだけど」


僕でなければ、ムーちゃんの今の説明を理解できなかったであろう。

あまりに大事な所が抜けている、歯抜け間抜けとしての力を見せ付けてくるムーちゃん。


「ムーちゃん知ってるよ、それぐらい」僕はため息と共に、おまけに言葉を吐いた。


「さっすが、しんちゃん、でさっどう考える?」何も考えてないような顔でいうムーちゃんの言葉は理解し難い。

どう考えると言われて、饒舌な言葉で場を圧倒する事も、黙って石の像になる事もない、答えは決まってる。


「どうも、こうもないよ」つまらない人間とでも思うだろうが、こんなもんだし、ムーちゃんにはこの返しでも問題ない。

「またまた、しんちゃんは大人ぶる」そんな事を言うムーちゃんは子供過ぎると僕は思うんだ。


「じゃあ、どうすりゃあ、歳相応なんだよ」なぜなら僕は、死んだ魚の目をした無感情人間。

いや曇り空が僕をそうさせてるんだ、悪いなムーちゃん、文句があるなら、梅雨に言ってくれ。


「そういう言葉が大人ぶってんだよう」ムーちゃんはアホだが、時々こうして的確に突っ込んでくるから、油断できない。


「まぁそんな話はとにかく、しんちゃんは、二千万あったら、何に使う?」素朴な疑問をぶつけてくるムーちゃん、曇り空の下校中には調度良い起爆剤である。


「二千万あったらねえ・・・ムーちゃんは何に使うの?」とりあえずムーちゃんに話をさせる。


「そうだな、俺は、家買って、母ちゃんと違うとこ住んで、宿題から、逃れるんだ」ムーちゃんは実に勝ち誇った顔だった、勘違い天狗という名が相応しい。


実を言うと、僕もそう思ったのだけど、お母さんにはお母さんの、お父さんにはお父さんの役割がある。

僕ら、子供には子供の役割があるし、逆にできない事を、毎日淡々とルーチンワークして、生きている。

料理や洗濯やらが、ムーちゃんの一人暮らしは三日も持たず、只の家出逃避行で、片付けられるだろう。


「飯とか、どうすんだよ、それに、二千万じゃ一生は暮らせないぞ」正論だろうムーちゃん、だがこれが現実だ。


「おっノッてきたね」嬉しそうに、そして、何処か予想通り、僕を手玉に取った口ぶりで言うムーちゃんの顔は、喋りたくない僕を喋らす悪魔に見えた。


「じゃあ、そんな、しんちゃんは何に使うの?」この返しは予想してた、でも、全く避けられない返し、これがカウンターか・・・早く家着かないかな。


「僕は、そうだな、ハンバーガーいっぱい買うよ」僕は適当な話題でディフェンスを実行する。

食いつけムーちゃん、このまま、ファーストフードの話で華咲かせようぜ。


「夢がないなあ、百円のハンバーガーだったら、二万個買えるけど、現実的に考えて、そんなにたくさん食べる?時々、てりやきバーガーも挟みたいし、何か、つまんないな」ムーちゃんの返しよりも、暗算の速さが、脳裏に引っかかる。

そういえば、ムーちゃんはこう見えても、そろばん習ってたんだっけか。

そういえば、百だったら零を二つ減らすだけで、割り算できたな。


「ハードル高すぎ、なんだよムーちゃんは」そんな時間の無駄話をしていると、店に着いた。

どうやら無駄話も時間潰しにはなっていたようだった。


買い食い歓迎、強盗厳禁、軒先に置いてあるゲームが、突然暗転したとしても、NO!返金。

そんな、傲慢な駄菓子や{桜野駄菓子屋}。

軒先を見ると、今日は曇りで雨が降りそうだからか、ゲームは無かった。

今日は、帰りにアイスでも齧りながら、一回五十円の格闘ゲームをムーちゃんと嗜むつもりだったが、念願は叶わないか。

店内に入ると、シワくちゃの婆が、僕らをお迎えしてくれる。


「しんのすけ、むさし・・・学校抜けてきたんじゃないだろうね?」座布団にあぐらをして、机に置かれたお茶の湯気が、桜野婆の、顔をよりいっそう歪ませる。


「バァ今は六時だぜ、そんな事よりアイスと、酢こんぶ、ちょうだい」僕は{いつもの}とか言って、小気味良い感じでここを出たいのだが、バアは、アメリカ気取りは嫌いだ。

「もう六時だったかい、そりゃすまなかったね」そう言うとバアは電卓を凄い速度で、指で弾き、会計を導き出す。

「全部で三百円だね」目を細め、計算機を近くへ遠くへ、顔の前で揺らしながら、バァは破格な値段を突き出して来た。

「バア、そんなわけないだろ、もう1回数えてみてよ」店としてはありえない事なんだけど、桜野駄菓子屋では当たり前の通例行事と化している。

「なんだい、全く最近の子供は目上、お年寄りに対する礼儀がなってないねえ」バアはぶつくさと、念仏の様に皮肉を唱えながら、もう一度電卓を弾くと、不思議な事に、先ほどの三百円から、安くなっていた。


「百五十円だね」悪びれないバア、それもまた、この店の味なのだと気づいたのは、ここ最近だ。


「バアは、二千万あったら、何をする?」勘定の合間を縫ってムーちゃんは、バアに、言った。


「そんな金があるなら、こんな店とっとと畳んで、隠居暮らしだねえ」魔女のような、笑い声を上げ、手を叩き言うバアは、薄暗い店内も相まって本当に魔女に見えた。

その後、桜野バア魔女説だの、ロボ説だのが学年内で広まるのだが、それはもっと後の話だ。


「無くなったら、困るな・・・バアには二千万は少し持ちすぎだしな」ムーちゃんには悪気がないのだろうが、短気なバアには、悪意ある言葉であろう。

「なにー」予想通りだったが、バアは烈火の如く怒り、僕達は、逃げた。

ゲームが無い桜野駄菓子屋は皮の無い餃子、もうすでにそれは餃子ではない。

そんな桜野駄菓子屋ではない所には長居はしない。


アイスを口に放り、舐めましている最中、僕はムーちゃんの、マシンガントークと必死に戦っていた。

「二千万の使い道について、話戻すけど、二千万は少ないよね、家買ったら終わりぐらいだろうしなあ」ムーちゃんの弾丸は耳を打ち抜きアイスを食べたい口を止めさせる。


「家が一括で払われるのは凄い事なんじゃないかな、僕の家だってローン?ていうので払ってるって言ってたし」よくは知らないが、貸しというやつだろう。

僕はあまり貸し借りは好きじゃないが、どうしてもゲームで進みたい面間近でゲームオーバーになり、五十円借りた事があるから、人の事は言えないな。


「そう考えると、そうだけど、銀行強盗って凄く悪い事して、十年も刑務所に入って得た報酬が二千万じゃ少なくないかな」腕を組み、似合わない真面目な顔をするムーちゃん。


「それもそうだけど、僕の父ちゃんの月給が二十万、月給に換算したら、何年分かな?」僕の疑問をここで晴らすために、敢えてムーちゃんに答えさせよう。


「八年ぐらいか、そう考えれば、悪くもないのかな」今日僕はムーちゃんの特技を見つけた。


運動音痴、勉強嫌い、不潔、未熟、などなど、悪い事ばかり目に付くムーちゃんだから、中々に新鮮。

ムーちゃんは暗算が速い。

電卓高速撃ちの桜野バアと闘うとしたら、僕は間違いなく、ムーちゃんに賭ける。

それぐらい、ムーちゃんの暗算は信頼できる。


「金額うんぬんじゃないんだよ、しんちゃん!」ムーちゃんは何か思いついたようだ。

目は見開き、口元は笑い、なんだか嬉しそうな顔だ。

この顔をすると、大体面倒事に巻き込まれる・・・まぁ、あまり行動的じゃない僕には良い刺激になってるのも、また事実。


「明日は日曜日だろ?アスレ行って、掘ってみようぜ」ムーちゃんの言う、アスレは、花咲町が三十年前に、作った。

アスレチックと、広大な自然が売りの大きい公園の事。

何故アスレという、略称になったのかは、わからない、五年生も六年生も皆、アスレと言っているし、いつからそうなったのかは、誰も知らない。

そんな事を気にするのは、人間はいつから人間と名乗っていたのかを調べる事に等しく、酷くも勤勉でない僕が調べるほど好奇心も無く、よってこの件は墓に入るまで謎なのだ。


「ええー、何でアスレなの?」広くて面倒臭いと言ったら、軽くかわされ、行くことが決まってしまう。


「しんちゃん、ニュースちゃんと見たの?犯人が捕まった場所が、アスレなんだよ」ムーちゃんは鼻を高くした。


「あぁ、そうなんだ」もっともらしい事を言われるというのは、僕が紙で何だか針で刺されたような気分で何だか気持ち悪い・・・これも曇りの影響か、予報では雨のはずなのだけど。


その後、言いくるめられ、結局行くことになってしまった。

朝六時に僕の家にムーちゃんが迎えに来るらしい、逃げられないか。

明日の事は諦め、僕とムーちゃんは、いつもの別れ道で、僕とムーちゃんは別れた。

ツチノコ探すとか、ネッシー討伐するとか、現実離れしてない冒険だからいいか。

家に帰る途中、不思議と笑顔になり、何だか自分が気持ち悪くなった。


家に帰ると、美味そうな匂いがお出迎えしていた。

「ただいま」外は生憎の曇りだが、家は晴れやかだ。

リビングに入ると、料理の匂いとは何か違う匂いを感じる。

なんか、粉臭いというか、何と言うか、良く嗅いだことのない匂いだ。


「ローンが払い終えたから、これから少し豪勢に暮らせるな」笑いながら、父ちゃんは言った。


「そんな事言って、使いすぎたら、ある物もなくなってしまうわ」母ちゃんも笑いながら言った。

ローン払い終えてたのか、明日ムーちゃんに訂正しとこう。




日曜日、午後十七時、天気予報、曇りのち雨、のち、餓鬼二人。


生憎の曇り空の下、足は棒を通り越し何の感覚もない。

曇り空は今している事を太陽から隠してくれる。

今俺は無言で子供二人を追っている。

昨日何故なだらかな時間をただ無常に過ごしてしまったのか。

ため息と、疲労を吐き出す息が混じり、昨日を、頭に過ぎらせる。



土曜日、朝十時、天気予報、晴れのち、曇り。



鉄格子の重く錆び付いた扉が開いた。

ゆっくりゆっくりと、開き文明の進化と時代の古さを叫ぶ。

重い鉄格子とは対照的に晴れやかな青空が、俺を待っていたかのように、開けていた。

モーゼにでもなった気分だ、外の空気は俺を有頂天させた、それほどに美味い。

だが、そんな気分に釘を刺す奴らが、俺の周りを嗅ぎまわっていた。

スーツで隠しているつもりだろうが、匂いでわかる。

嗅ぎまわるのは、お前ら警察だけじゃない、俺も犯罪の鎖に繋がれた犬なんだよ。

一時間ほど、歩くと繁華街が見えてきた。

撒くのはここだ、人が多いとあいつらの嗅覚を錯乱できる。

人と人の中に紛れ、町に融け込み、自分の感情を町に流し込んでいく。


大目玉を喰らいな、あんたらのご主人様はさぞ、お怒りになるだろう、なんてったって、二千万をどこに隠したのか、わからないんだからな。


奴らの狙いは、今は自由の身になっている俺と二千万という大金なのだ。


有り金で服を買い、タクシーを拾った。

手を上げ来たタクシーを止め、席に着く。

タクシーの中の匂いが懐かしい。

煙草の渋い匂いと、小銭の金属の匂いが交じり合った匂い。


「お客さん、どこまで行きます?」この言葉も久しぶりだ、何もかもが新鮮で、生まれ変わった気分だ。


「花咲町まで」俺はタクシーの運転手に小声で伝えた。


「それは結構遠出ですね」金ならある、さっき優しさと情緒に溢れた通行人のポケットからのお零れを頂いた。


俺は進む車のタイヤの音とラジオの音に揺られながら、目的地へ近づいていった。


「お客さん、今日のニュース見たのかい?」運転手は何か、楽しそうに話かけてくる、外れだ、そう確信した。

タクシーの運転手には二種類あり、一方が外れだ、お喋りか、そうじゃないかだ。

外れは、お喋りの方だ、ただゆっくり池の畔を求める俺にとってお喋りはただの騒音にしかならない。


「あの花咲町銀行強盗事件の話ですよ・・・もしかしてお客さん見てなかったくちかい?、何でも五年前ぐらいに銀行強盗に入った男が、今日出所らしくてね、しかもその男は捕まった時、金を持ってなかったんだとさ、だから、もしかしたら、花咲町のどこかに二千万が隠してあるんじゃないかって話ですよ」返事はしなかったが、間髪入れずに言って来るこの男は外れの外れ、大外れだ。

「まぁ私は、仲間に渡して囮になったとか、かっこ良い事考えてますがねえ、浪漫が大事な性分でして」

俺の自己紹介ありがとう・・・だが間違ってる所が二つある。

まず、一つ目の間違いは十年前だ、十年前に俺は仲間と二人で俺は、銀行強盗をした。

今となっては仲間とは呼べないか、あいつは俺と金を囮にして、一人で逃げちまった。

そして二つ目は、仲間には渡してない、隠したんだ。

花咲町で俺は、第二の人生を咲かせるんだ。

そして、これは予断だが、犯罪に浪漫なんて無い、あるのは鎖に繋がれた未来。

社会に反し、社会に繋がれるのが俺達犯罪者だ。

これからも、奴隷と主人の主従関係は続いていくだろう。

一線を越えなければ犯罪者として迎えられる。


運転手はその後も、、ニュースに蝕まれた頭で、俺の耳を磔にした。

だが、久しぶりの外に疲れていたのだろう、運転手の話声は徐々に子守歌へと形を変え、いつの間にか、深く落ちていた。






土曜日、午後三時、天気予報 曇りのち、雨。



「起きな、お客さん着いたよ、長い旅路ご苦労さま」暗転していた視界を開くと、金額のメーターは止まり、運転手が俺を揺すりながら起こす。

金を払い、運転手に思ってもいない感謝を述べると、運転手は嬉しそうに言う。


「子守歌を歌うのも、運転手の仕事でして、ではまたお願いします」

そんな、つまらない小言タクシーライブハウスから、開放され、俺はすぐに、ホテルを探した。

今日は早くチェックインして、早く寝て、今日の丑三つ時に、公園へ向かおう。


天気予報では、夜通し雨と言っていたが、天気予報なんて当たらない。

今だって晴れの予報だったのに、曇ってやがる。


ホテルの部屋に入ると、すぐにベッドに倒れこんだ。

羽の上で、飛んでいる感覚だ。

刑務所に入る前は、これぐらいのベッドだと、まだ硬いと文句物ぐらいだが、今は違う。

遥かな幸せを感じて俺はまた深く眠りに着いた。






日曜日 午前六時 天気予報 晴れのち、くもり。


「しーん、ムーちゃんが迎えに来てるわよー」お母ちゃんの声が聞こえる。

重い目を開けると、カーテンの隙間から、太陽が、お迎えしていた。

晴れは良い、なんといっても僕は晴れが好きだ。

ムーちゃんは曇りでも雨でも変わらんと言っていたけど、全然違う。

曇りっていうのは、何もない。

雨の日の様に、アメンボやカエルが喜ぶ事もない。

変化に乏しい、少し薄暗くなっただけの、曇りは最悪の天気だ。


すぐに、服を着替え、階段を颯爽と駆け下り「スコップ借りていくよ」返事を聞かないまま家をあとにした。


「さぁ急ぐぞ、しんちゃん」チャリに乗ったムーちゃんは、リュックに水筒、ジャージ上下にスコップという遠足行くときのフル装備。

気合が入った眼には煌びやかな太陽の光が照りつけ、僕に反射した。


「良し行こう」僕も、ムーちゃんに呼応し、チャリに乗った。

快晴の空に少しばかりの風が吹き付ける、何とも堀り日和である。


「そういえば、どこ掘るの?」素朴な疑問だが大事な質問だ、広い公園を全て掘るなんて言ったら肩パンだ。


「絞ってきたよ、狙いは一つ、お化け木の下を掘ーる」鼻を高くする、ムーちゃん。


「理由は?」僕は額から垂れた汗をふき取り言った。

あまり答えに期待はしていなかった、いつもの事だ。


「良くぞ、聞いてくれました」ムーちゃんは予測済み・・・と言わんばかりの鼻の高くなりよう。


「十年も入ってるなら、それなりに強く印象に残るシンボル的な場所でないと、忘れちゃうだろう、あのおばけ木は、アスレが出来た年に埋めて、一番大きかった木だって、おじいちゃんに聞いたから間違いない」

ムーちゃん!!・・感動である、いやむしろ何故その頭の回転が学校の勉強に生かされないのか、些か不思議でもある。


「いいんじゃん?じゃあさっそく行こう」僕はリスペクトの念を押し殺しつつ、ムーちゃんと共に、アスレへ向かった。


アスレのちょうど真ん中辺りにある、おばけ木に着いた。

だが、ここに来て僕の羞恥心に火が着いてしまっていた、午前六時は早朝だから、アスレには人っ子一人居ないなどと勘繰っていたが、間違っていた。

人気の散歩コースだと、人目でわかるぐらいの、人が居る・・・パッと見で九人、掘るなどという行為の異常性を吟味し、ここは棄却を提案させて頂きたい。


「ムーちゃん、あ・」 「しんちゃん、口より手を動かす、さぁ掘って」被りに被ってしまった、会話が棄却の提案を川の激流に放流するが如く流れていった。

あぁ、穴があるなら、入りたい・・・穴は僕が今から掘るんだ・・・・・

行動力のない僕にとって休日を公園で過ごすのは慣れない、故に混乱の後、混沌が僕の心をおかしくしてしまった。

照りつける日差しが僕をおかしくさせるのか、ならば日陰を作り、貴様から隠れてやる。

穴だ、穴を掘ってやる。


「二・三回掘ったら、そこには無いと思っていい、犯人には深く掘る時間無かったからな」おばけ木を超えそうな程に鼻を高くする、ムーちゃん。

ニュースの受け売りか?少し疑惑があるが、今はそうする事にする。

二・三、二・三、二・三、二・三、二・三・・・


土の掘り返される乾いた音をもう何時間聞いているんだろうか、事実はまだ一時間少々しか経っていないのだが、ミミズ一匹出てこない上に、大変な重労働だ。


「やっぱ、遅かったかー」珍しい事にムーちゃんが根を上げた。

「もう犯人掘りに来たんだよ、きっと、もう桜野駄菓子屋にでも、行こうぜ」一時間掘っただけでも、充分だろう。

僕達は一時間程ただただ重労働をし、アスレを後にした。


日曜日 午前10時 天気予報晴れのち、曇り。


「無い・・・むしろ遅かったのか」俺は、つい独り言を呟いた。

今は花咲公園に来ている。

昨日の夜寝過ごし、この時間になってしまっているわけだ。

目印は、花咲公園の一番大きな木に埋めたんだが、驚くべき事に、掘り返された後があるのだ。

昨日のお喋り運転手が言うとおり、ニュースで、浮かれた馬鹿な奴らが、掘ったのか・・・


「あなたも、二千万狙いですか?」ハイキングのお爺さんが、後ろから話し掛ける。

「今日の朝もガキが2人熱心に掘ってたよ」と笑いながら言う。

そいつらだ、間違いない・・俺の二千万を返して貰おう。

俺の人生を、俺の意地を、俺の夢を返してもらおう。


「その子供はどこに言ったんです?」本当に久しぶりの会話が慣れず、イントネーションは凹凸になり、田舎者以前のコミュニケーションになっていた事に愕然とショックを覚えた。


「・・・あぁ、あの子達なら、桜野駄菓子屋じゃないかね、子供は皆あそこが好きなんだよ、お菓子ってのはいいよな、昔はわしも、ふ菓子を良く食べたもんなんじゃが、どうにも・・」


俺は走った、あのお爺さんの戯言を聞きたくなかった訳じゃない、ただ今は人生が懸かった戦争なんだよ。

刑務所の労働のおかげか、足は犯罪者の時より軽く、衰えたのは縫われたようなこの口から織り成すコミュニケーション能力だけだと認識できた。

そして、いつの間にか、俺は、桜野駄菓子屋に着いていた。

体が覚えていたのかもしれない。

軒先のゲームは何も変わっていない、ここだけが社会や時代から取り残された場所、今はそう思う。


「らっしゃい」笑顔で出迎えたお婆さんは確実に老けていて、少し心を和ませる。

「アイスと酢昆布と、ふ菓子を一つ」あのお爺さんの事が気がかりで、買っているわけじゃない、駄菓子屋に来ると、買わなければならないという、ある種の脅迫観念が働くのだ。



「あいよ、少し待ってくださいね」丁寧に受け答えするお婆さんだが、電卓の指裁きは尋常ではない速さだ。


「ちなみに何だが、お婆さん、二千万っていう言葉に何か覚えはないか?」電卓を弾き出した直後を狙って言うのは、かなり難しいぐらいの速さだが、打ち直しが入った事により、難易度は急激に下がっていた。


「また、その二千万の話かい?」ビンゴだ。


「誰がその話をしてたんです?」俺は間髪入れず聞く。


「物静かな信之助と馬鹿餓鬼の武蔵だよ、あいつらは、本当にムカつく餓鬼だよ」お婆さんの話振りからして、話の展開が、とんでもない到着点になりそうだった。

あいつらは昔から悪くてね、最初に来た時は・・・

なんて、自分のフィールドに連れて行くに違いない、ハットトリックなど、させるか。


「なんと話していたんです?」話終わる前にお婆さんを俺が導く。


「二千万があったら、何に使う?とか聞いてきてね、だから答えてやったのさ、おめえらみたいな餓鬼が来る様な、店は即座畳んでリッチで・・」長話は嫌いだ。


「その子はどこに?」また話に槍を刺す。


「いったん、家に帰るとか、何とか、でもね、あいつらは・・」


俺は走った・・・しっかりと百七十円を机の上に置き、町中を駆け回った・・・それは言いすぎか、だがそれくらい走った。

が、どんなにメロスの様に走ろうとも、そんな少年は見つからない。

何時間と探しただろうか、腕時計を見ると、午後十六時十分を回っていた。

ここで、脳裏にある疑問が生じる。

果たして、俺が掘っていた場所は合っていたんだろうか。

考えてもみれば、十年も豚箱に入れられ記憶が変わっている可能性は否定できない。

考えてる時間は無い・・・夢は・・人生は目の前だ。

俺は、棒になった脚を鉄に変え、また桜野公園へと、足を急がせた。





日曜日、午後十七時五分、天気予報、曇りのち雨、今は男と雨。



バケツをひっくり返したような、雨が僕らの服を濡らし、足を重くした。

「やっぱ、何もねえよー、ムーちゃん何かしたんじゃないか?凄い怒ってるぞ」土曜日は学校が早く終わるんだけど、下校中そのまま、学校の裏手の友達の家に上がり、漫画を読み漁り、飽きてきて、そのまま桜野駄菓子屋行って、そのまま、帰ったんだ。

僕は潔白だ、今は、呼吸困難で肺が圧迫だが。

「何もないよー、誰にも会わず帰ったよー」この状況で嘘を吐く筈が無い。

ムーちゃんも白、僕も白・・・つまり、あいつがただ、黒いだけだ。

「そこの路地に入れ」町に慣れている者にしか、わからない近道、ここは木々が人を邪魔をする。

道というか、林そのものというか・・・そんな道だ。

そして、ここを抜けて、十字路にでて、真っ直ぐ進み、左に曲がれば・・・


僕達は左に曲がりすぐある、その建物の前で、直角に曲がった。

すると、建物の玄関の硝子が割れた高い音が雨に掻き消される事無く、響いた。

男は、傷だらけで、頭から血を流し蹲っていた。

男はまんまと、その建物に突っ込んでいた。


「貴様ー何者だーテロかー」


警察官が叫びながら、構えていた。

そう、ここは交番、何故か路地の突き当たりにある交番。

いつもは守る気の無い交番だと、馬鹿にしていたが、このためにあったというものだ。


その声を聞くや否や、男は血だらけにした頭を、振り上げ立ち上がる。

頭には、巨大な硝子の破片が二本突き刺さり、血だらけでダルマ色の男が僕達を睨む様は、鬼のようだった。


男は警察に追われ、その場を後にした。

あの男は何だったのか、それはわからないし、この後、この男がどうなったか何て知らないし、知るつもりもない。

こうして、ちっぽけで変な話は幕を閉じた。

いや、終わりはしなかった。

その後、花咲町の走る鬼は、都市伝説として今も語り継がれている。

ほら、あなたの歩いている後ろに、凄い形相をした男はいませんか?

今すぐ逃げないと、異次元に引きずり込まれるそうです。

僕とムーちゃんには、ただの笑い話だけど。




日曜日、午後十五時三十分、天気予報 くもりのち雨



ムーちゃんと桜野駄菓子屋で別れ、家でゴロゴロしていたら、もうこんな時間だ。

ムーちゃんは負けず嫌いで、また桜野公園にリベンジするんだそうな、その約束の時間が、あと十分と迫っていた。

重い腰を上げ、自分の部屋から、出ると妙な匂いがする・・・これは昨日の夕食の時嗅いだ匂いだ。

下へ駆け下りると、その匂いの元凶はすぐにわかった。

リビングの隣の部屋で、お母ちゃんが化粧をしている、その匂いだ。

鏡台の前に置かれた化粧品は前に見た時より遥かに多くなっているし、それに何だか見たこともないパッケージだった。

見るからに、父ちゃんに内緒で買った感丸出しである。


「あらーしん、居たのね、今日これから、父さんとデートだから、少しお留守番してて頂戴」

そう言う母ちゃんの奥を見ると、父ちゃんが、おめかししていた。

僕の予想は見事に外れたわけだ。


「これから、ムーちゃんと遊んでくるから、良いよ」化粧品を見ながら言った。


「ちょうど良かったわね」化粧のせいか、いつもより綺麗に見える。

綺麗と言っても、僕からすれば、うんこが鼻くそに変わった程度だが。


「OK」僕はそう言うと、階段下の物置から、スコップを取り出すと、奥から、腰まである大きな皮製の鞄が目に入った。

もし、万が一、二千万が見つかった時、ムーちゃんの溢れかえった鞄には入らないだろう。

スコップと鞄を手に取ると、調度ムーちゃんの声が聞こえる。


「しんちゃーん、行くぞー」玄関前の階段下の物置に隠れて見えなかったのか、それとも、わざとなのか、大きな声で叫ぶムーちゃんは拡声器でも、持っているかのようだった。



日曜日、午後十五時五十分、天気予報 曇りのち雨


俺は大きな木を掘っている少年達を目の前にして確信した。

人生で初めて、確信という言葉が心に浮かんだ。

あいつらが持っている鞄は、俺が十年前盗んだ時に使った鞄と瓜二つ・・・いや、全く一緒だったのだ。


次の瞬間、俺は少年達の所へ、駆け寄り、叫んでいた。


「お前らー俺の人生返せー」


                 完

いかがだったでしょうか?

謎の女のような雰囲気から外れ、以外とあっさりした印象を僕自身は抱いています。

どちらがいい?と聞かれると、どっちも好きです。

親馬鹿丸出しということでしょうね。

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