光希と恭
ひさしぶりの短編です(^^)
「……った?!」
帰り、土手の上を歩いていた光希は、ふくらはぎに痛みを感じて振り返った。
そこには、小学校中学年であろう男の子が、腰に手を当て立っていた。
「……今の、キミ?」
向き合って、恐る恐る光希が訊く。
男の子は、ふんっと鼻から息を出してから言った。
「そうだ! お前、見ない顔だな。誰だ!」
「えっと……高二の光希ですけど……そちらは?」
なんで自分の方が年上なのに敬語使ってるんだろ……と思いながら、男の子を見る。
男の子は待ってましたと言わんばかりに話し出す。
「よくぞ訊いた! おれは、この町の守護神! 恭だ! 毎日小学校が終わったら、この土手の上で見張ってるんだ。それで今、日本人らしからぬ白い顔をしたお前が居たから、取り締まりに来た」
「……はぁ」
と光希は間抜けた声を出す。
「で、尋問だ。高二って言ってたけど、全然見かけたことないし、お前ほんとにここの町のやつか?」
「ちょっと色々あってね……。最近通い始めたんだ──てか、“お前”ってやめてくれない? 一応年上なんだけど……」
「そうか。だからお前一人なんだな! 周りの高校生は友だちと一緒にわいわい帰ってるもんな──」
と恭は光希の言葉を無視して周りを見る。
周りには、光希と同じ制服に身を包んだ生徒たちが、楽しそうに話しながら歩いていた。
「……だから、“お前”って言うのやめ」
「あ、お前ぼっちか!」
「…………」
光希はその時、もうツッコむのやめよう……と思った。
すると、何かを感じ取った恭が提案した。
「じゃあ、このおれがお前の友だちになってやる」
「ヘ……?」
「なんだよ。友だちになってやるって言ってんの。喜べ!」
と恭はニッと笑う。
光希は一瞬ぽかんとしたあとハッとして、
「いいの?!」
と訊いていた。
言いながら、年下に真剣に言ってどうするんだ//と恥ずかしくなった。
でもそれは、恭の一言によって吹き飛んだ。
「当たり前だろ! じゃ、おれそろそろ帰らないと怒られるから。またな!」
「ぁ……、また──!」
恭は片手を上げると、さっと駆けていった。
「……恭、か──」
光希は、少し嬉しくて呟く。
ちゃんと時間守るんだなぁと光希は走って小さくなっていく恭を見ながら思った──
*
「ただいまー」
「お帰り。あと二分遅かったら鍵閉めてたからね」
「はい……」
と恭は固まる。
口は悪くても、やっぱり母には弱い。
「今日、面白いやつに会った!」
「へえ。どんな人?」
と母は洗濯物を畳みながら訊く。
「なんか、白い高二の光希ってやつ」
「……は?」
「なんか、高二なのに友だちいないらしくて、友だちになってやった」
「珍しい。年上──って、なってやったって……言葉遣いちゃんとしなさいよ」
「う……気を付けます」
「ならよし」
「……めんどくさ」
「何か言った?」
「何でもない──!」
と恭は逃げるように自分の部屋に向かった──
*
「ただいま」
「お帰り。どう? 少しは慣れてきた?」
「うーん……まあまあかな──」
とリュックを下ろしながら光希は言う。
「そう……。退院したばっかりだし、あんまり無理しないでね」
「大丈夫だって。お医者さんだって、急に走ったりさえしなければ大丈夫だって言ってたし。体育は見学させてもらってるから──」
幼い頃から体が悪く、入退院を繰り返していた。
そして、先々月入院してからやっと退院したのだ。
「なら良いけど……」
「うん──あとね、友だちができたんだ」
「友だち?」
「そう。恭っていうんだ──」
恭は入退院を繰り返していた光希にとって、初めて友だちと言える存在になっていた。
「年下でちょっと口悪いんだよ。……でも、面白そうな子だったよ」
「そう……。良かったわね」
光希が嬉しそうに微笑んでいたので、母は安心して笑った──
*
それから毎日、土手の上を歩いていると恭が何かしら仕掛けて、別れる所まで一緒に帰るということが続いていた。
ある日は、リュックにパンチ。またある日は、膝かっくん。
そして今日は……
「ようっ!」
「ぶふっ──」
体当たり。
光希は二、三歩よろけてから振り返り、恭を見る。
「…………」
「ほんと弱っちいな! お前!」
「恭が元気すぎなんだよ……! ゴホッ……」
と少し咳き込む。
「どうした? 風邪か?」
「ううん……何でもない。むせただけだよ──」
胸の辺りに違和感を感じたが、すぐに治ったので、光希はふう……と息を吐く。
「あ、お前友だちできたか?」
「え? うーん……微妙かな」
と並んで歩き始める。
「ほら、途中から通い始めたし。それに……」
「それに?」
「……人見知りだし、仕方ないかな、みたいな」
と誤魔化す。
体が悪いなんて言ったら、心配かけちゃうし……って恭に限ってそれはないか。と光希は思いなおす。
「なんだ、そんなことか。挨拶交わしたらもう友だちなんだぞ?」
「ヘ?」
と思わず恭を見る。
恭は、石ころを蹴飛ばしながら続ける。
「挨拶交わしたら、その人とはもう顔見知りで、もう友だちなんだって。お母さんが言ってた。だから、おれとお前は友だち──で、おれはクラスの人と先生に挨拶交わしたから、全員と友だち」
「ほへぇ……」
と年下の恭の話に、なるほど。と光希は納得する。
「お前も挨拶するだろ?」
「うん」
「なら、もう一人じゃないな!」
「ぁ。そっか! 物は考えようってことだ!」
「お、おう?」
と恭は少し首を傾げた。
そんな恭の頭に手を乗せて、光希は言う。
「……ありがとう、恭。友だちになってくれて──」
「な、なんだよ//キモいな」
「あ。てか、敬語」
「えー、めんどくさいし、お前に敬語なんか使わん──」
と恭はまた石ころを蹴飛ばす。
光希もマネをして石ころを蹴飛ばす。
光希が蹴った石ころの方が、恭の石ころより遠くで止まった。
「勝った」
と光希が笑って言った。
それに対抗心が芽生えた恭が、
「むっ」
と石ころをさっきより強く蹴飛ばした。
石ころは、光希の石ころよりも遠くに転がった。
「ふふん」
どうよ。というように、恭は鼻を鳴らす。
そんな恭を見て、はいはい……と光希は、やっぱりあんなこと言ってても子どもなんだなぁと思うのだった──
*
それから数日、その日も一緒に途中まで歩いていた。
「友だち、できたよ。まだ少ないけど」
「おお! 良かったな!」
と恭は光希を見上げる。
「うん……//やっぱり、楽しいね。友だちできると──」
光希は今日あった出来事を思い出したのか、ふふっと笑う。
そんな光希を見て、恭はボソッと呟く。
「……おれよりも?」
「まあ、同い年だしね──」
光希にとっては、何となく言った言葉だった。
でもそれは刃物になり、恭の心に小さく突き刺さった。
「……あっそ」
「恭……ぇ?!」
恭の目は、少し潤んでいた。
「……じゃあ、おれとなんか帰んないで、友だちと帰れよ」
「え? ちょっ」
「先に友だちになったおれよりも、あとから友だちになったやつと居た方が楽しいんだろ──!」
そう吐き捨てて、走っていってしまう。
「恭……っ!」
光希は一瞬ためらったが、誤解を解くために走りだした──
*
「……ただいま」
「お帰り──って何そのふてくされた顔は」
恭は、ぷっくりと頬を膨らませていた。
「……あいつがいけないんだ。おれが先に友だちになったのに、あとから友だちになったやつと居た方が楽しいとか言うから……」
「ああ、光希っていう子?」
「……そ。確かに歳は違うけどさ……」
ともごもごする。
そんな恭に、母は優しく言う。
「恭は、年下と遊んだら楽しいと思う? お母さんはきっと途中で飽きちゃうと思うな」
「…………そうかも」
「でしょ? だから、光希くんが恭と一緒にいて飽きちゃうこともあると思う。でもさ」
と母は恭をしっかりと見据えて言った。
「今まで一緒に居たなら、光希くんはきっと楽しいと思ってると思うよ。お母さんは」
「…………うん──//」
恭はうつむいて、小さく頷いた。
「……明日、急に帰ってごめんって謝る」
「いいんじゃない?」
と母はにっこり微笑んだ──
*
「はぁ……はぁ……はぁ……っ、追いつけ、なかった……」
光希は肩で息をしながら、恭が走っていった所で立ち止まっていた。
思ったより恭が速かったことに、光希は自分の足の遅さにうんざりした。
「……はぁ。まぁ、明日謝ま……」
グワン……と、目の前が歪んだ。
「ぇ……まっ──」
次見えた光景は、地面だった。倒れたのだ。
光希は油断していた。
ちょっと走っても、体に何も異変が起きなかったから。
でも、その異変が今襲ってきた。
「ぁ……まだ……恭に──」
謝ってないのに……──
消えゆく意識の中、誰かが走り寄ってくるのを見ながら、光希は目を閉じた──
*
「……遅え! 怒ってんのか──?」
次の日。いつものように、恭は土手の上に来ていた。
いつもならとっくに会っているのに、今日は全然見当たらない。
「……──」
「恭くん……?」
と、一人の女性が恭に声をかけた。
「……誰?」
「居た……! はじめまして。光希の母です」
「あいつの? 何で……? あいつは?」
「ごめんね。ちょっと今入院してるのよ……」
「……入、院?」
「そう。体悪いから走ったらいけないって言われてたのに、あの子走ったらしくて……。それで倒れちゃってね、運ばれたのよ……で、恭くんはいつも土手の上に居るって聞いてたから、一応言っておこうと思って──じゃあ、私戻らないといけないから。ごめんね──」
と苦笑いしてから、少し駆け足で戻っていった。
「……う……そだ、ろ──?」
恭は、少しの間そこに立ち尽くしていた……。
*
「…………」
「わっ! ちょっと、帰ったならただいまくらい言いなさいよ」
恭はつっかえながら話し出した。
「ぁ、あいつっ……体悪くて、走っちゃいけなかったのに……っ、おれが、おれが走ったから……、おれのせいでっ……あいつ入院しちゃった……やだよ……あいつ、光希が……光希が死んじゃったらっ、やだよっ──」
と普段見せないくしゃくしゃとした顔で、ぼろぼろと涙をこぼす。
「それなら、そんな縁起の悪いこと言うんじゃないの」
「うっん……」
ごしごしと目をこすって、恭は泣くのを堪える。
「よし。偉い──」
と母は恭の頭を撫でる。
「……大丈夫だよ、大丈夫」
「…………っ、うん──」
恭は何度も何度も、頷くことしかできなかった──
*
それから約一ヶ月。恭は欠かすことなく、毎日土手の上に行った。
雨の日は傘を差して、じっと待った。
どんなに風が強くても、どんなに暑くても、光希が歩いてくると信じて──
「…………帰るか──」
……今日も、光希は来なかった。
恭は、帰り道をとぼとぼと歩き出す。
「恭──!」
「ぇ……?」
ふと、懐かしい声が聞こえた気がして、恭は立ち止まってから振り返った。
遠くから、見慣れた誰かが歩いてくる。
「っ……!?」
「……ひさしぶり──」
光希がやっと恭の前に着いた。
「なんか……恭成長した?」
「してねえ……」
「そっかぁ──あの、ごめんね。恭のこと考えてなかった……おれは、恭と居る時も、友だちと居る時と同じくらい楽しいよ」
「……うん──おれも、ごめん……知らなかった、お前が……、体悪いって──」
「それは、おれが言わなかったから……、ごめん」
「そうだよっ……今度からちゃんと言えよなっ!」
「うん──わかった……言うよ」
と光希は、ごしごしと目をこする恭の頭を優しく撫でた──
並んで歩きながら、恭は光希に訊く。
「……なんか、背伸びた?」
「ん? ああ、寝てる時間長かったからね。寝る子は育つってやつだ」
「ふーん」
と恭は前を向いたまま頷く。
そんな恭を見て、光希が訊く。
「もしかして、おれも寝れば大きくなれるかなぁとか思った?」
「は? べつに。どうせいつかは光希より高くなるし。気にしてねえもん」
「そっか。……ん? 今名前──」
「なんだよ//これからちゃんと呼ぼうと思っただけだし……お前が名前呼んでくれてんのに、おれが呼ばないんじゃなんかあれだろ……」
「そっかそっか。じゃあ今度は敬語にチャレンジだね!」
と光希は嬉しそうに笑いながら言った。
「それはない」
「何で?」
「言ったろ。光希に敬語なんか使わないって」
「え〜……使ってよ──」
そう言いながらも、敬語を使う恭を想像したら可笑しくて笑ってしまった。
「……何笑ってんの!?」
「いや、何でもない──くくっ」
こんな関係が、ずっと続けばいいな……と、光希はそんなことを思いながら空を仰いだ──
光希「ゲホッ……!(手に赤い液体)」
恭「なっ?!」
光希「ケチャップでした~(笑)」
恭「はあ?!(怒)」
光希「ごめん……」
恭「フン!(顔を背ける)」
よければ、他のも読んでいってください(^^)