ここって? 008
「……やっぱり静かだ」
早足で歩く七月の後ろをいそいそと付いていく巡は、溜め息まじりにポツリと呟くように言った。そして廊下を見渡しながら人の気配が感じられない校舎内を確認する。今、巡達がいる昇降口を挟んで、管理棟側に二クラス、反対側に四クラスと、合計六クラス分の教室があった。
時間は午前九時三十分を回っている。ここが学校として機能している場所ならば、一時間目の授業が始まっている時間であるはず。数は少ないといえども、生徒のざわめきや、教鞭を執る先生の声が多少なりとも廊下に響いてもおかしくないのだが、真夜中の校舎のように静まり返っている。
「ん? どうした四季巡」
昇降口からひたすら前を向いて早足で歩いていた七月が、巡の呟きに気が付いて急に足を止めると、ようやく振り向て巡へ問いかけてきた。
少々つんのめる巡だったが、七月にぶつからなかったのは、日頃から繁華街などの人が多いところを歩き慣れていたからだろう。
「あ、ああ、あまりに静かだなと思って、なんだか俺達しかいないみたいな」
「半分正解だな。今日はあたし達のクラスだけだ」
「ん? 『あたし達のクラスだけ』ってことは、何クラスかあるのか?」
「うむ、もう一クラスあるが、生徒は本部で戦闘訓練中のためいない。だからしばらくはあたし達だけだ」
七月は言うと、足を一歩進め出した。
だが巡は足を止めたまま七月の言葉に、俺達って一応学生だよね、と思うも、
――今は新年度が始まったばかりだし、授業といっても当面はオリエンテーションのようなもの。学生の本分である学業に悪影響は与えなはずだからオッケーなんだろう――
始業式不要説を唱える巡らしい考察を付け加える。もう一人巡がいたら、そうじゃないだろう、と即座にツッコミを入れていただろう。
いつまで足を止めている巡に七月が振り向き、
「また何かを考え込んでいるのか? さっさと行くぞ」
巡の返事を待たずに再度足を進め出した。
「ここだ」
言いながら七月が、管理棟との渡り廊下に一番近い教室の扉の前で止まり、扉に手をかける。はい、と返す巡は胸中で、
――七月さん、何で渡り廊下から出てこなかったんだろう。ここからの方が校門は近いよね。って、まさか上履きだからか? それでわざわざ昇降口から……そういえばさっき、靴を履き替えてたしな、真面目なんだな。もしかしてクラス委員長か? いや、昨日生徒会執行部とか言ってたし……まさか生徒会長か?――
そんな事を思いながら七月を見る巡だったが、七月はそんな巡の視線を訝しく感じたのだろう、
「四季巡、あたしに何か言いたい事でもあるのか?」
扉に掛けた手を一旦離すと、巡へと向き直り尋ねる。
巡は、何でわかった? と思うも、
「あっ、いや、七月さんってクラス委員長なのかなって……何となく適任って言うのか……あはは」
と、いかにも取って付けたようなごまかしと半ば引きつった笑顔で答える。
――これが僅かな仕草や変化を見逃さない、女の勘って奴なのか? これだから女子って怖い。てか、今の俺って囲まれちゃってる訳だ――
七月は、そんな巡の取って付けたような問いかけに、
「まあ、そんなようなものだ」
律儀に答える。
と、教室の扉が開いた。七月は扉から手を離しているので、開いたのは教室内からである。
巡は開かれた扉から教室内を見た。
――広さは普通だな、天井は高いけどね。ざっと見当で、三十人分の机があるけど……やっぱり、座っているのは四月だけか……ん? あれ?――
巡は気付いた、目の前の光景が不自然な事に。
――って、扉を開いたのは誰? てかさ、教室内から扉が開かれたのに、開いた本人がいないって、やっぱりちっちゃいのか……四月は座ってるし、また一人、ちっちゃいのが増えたのか?――
巡は視線を下にゆっくりと向ける。
――いた! 四月程じゃないけど、ちっちゃいのがいた!――
巡が、えっと、と言葉に出すが、
「お前達はいつまでも何をやっているのだ。さっさと入ってくるのだ」
それより先に、ちっちゃい女性に妙な貫禄で怒られた。
「すみません、十二月先生」
巡の隣で頭を下げる七月の言葉を聞いて巡は、
「へ? 十二月……先生って……担任の先生って言う、その先生ですか? このちっちゃい娘が?」
思わず口にする。
「あっ、ば、馬鹿――」
七月の言葉を巡は、宙を舞うような気持ち良い感覚の中で聞いていた。
次の瞬間、
「――ぐはっ!」
背中から伝わる鈍い衝撃に肺の空気を強制排出されると同時に、
「先生を馬鹿にしては駄目なのである。よってお仕置きなのだ」
と、十二月の高いトーンの声に乗せて、妙に尊大な言葉が巡の耳に届く。
――って、お仕置き? えっ? 何故に仰向け? あれあれ? 投げられたのか? ちっちゃい先生に?――
何がおきたのかわかっていない巡は、寝転がったまま疑問符だらけの言葉を胸中に浮かべていた。
そんな天地が反転した巡の視界に、とりわけ印象的に映し出されているのが、彼の頭側で威風堂々と腕を組んで立ち誇り、見下ろしている先程のちっちゃい先生と、
――黒のパンツ……って、似合わねぇ――
膝上丈のフレアしたスカートからチラチラと覗く、お洒落なレース刺繍の施された小さな黒い三角布であった。
本来なら、色々な意味で感動出来る風景だろう。だが、何かが違う。今、巡の視界に映るのは、非常に微妙なというのか、背徳的というのか、一歩間違えば犯罪者になりかねない、という組み合わせである。もしここに立っているのが六月さんならば、とついつい思ってしまう。しかし現実は見た目小学生的女性である。巡は視界に映る風景に、それは駄目だろう、とわかっていてもそこから目が逸らせない健全男子の悲しい性を感じていた。
直後、
「ふん、邪魔なのだ」
「うげっ!」
十二月はあからさまに不機嫌な声音を残し、仰向けで寝転がる巡の顔を小さな足で踏みつけて教壇へと戻ると、
「七月さん、いつまで突っ立っておる、さっさと席に着くのだ」
先ずは七月に着席を促す。一連のやり取りを呆気に取られて見ていた七月が、はい、と返し、席に向かう。続いて十二月は、寝転ぶ巡を見下すように視線を下げると、
「それとそこの……四季巡といったな。いつまで寝っ転がっておるのだ。あれか、先生のパンツを見て、感激のあまり起き上がれないのか? そういえば六月が言っていたのだ『特異な経緯の持ち主』とな。経緯だけでなく『踏まれた快感をもう一度』的特異な趣味の持ち主でもあるのか? 先程は手加減したがな、次は遠慮なく踏み抜くのだ」
言いながら十二月が巡の方へと一歩を踏み出すと、
「い、いいえ、いま、今すぐ起きます」
言葉半ばで、巡は慌てて起き上がった。そして、
――てかさ、何でパンツ見てた……じゃなくて見えていたのがわかったんだ? これも女の勘ってやつなのか?――
胸中で思う。のだが、それは女の勘でもなんでもなく、スカートからチラチラ覗く小さな布に目が奪われしまう健全男子の悲しい習性と、巡本人が気付かないまま見せたニヘラ笑い。この二つから自ずと答えは導き出されるであろうことだった。
――それより小学生的な先生って、ある意味お約束か? パッツンおかっぱが似合いすぎて怖いんですけど、一体何歳なんだ? 六月さんを呼び捨てにしていたから、同年齢かそれ以上とか?――
先生といわれた十二月は、より小さな四月と比べても幼く見える。多分頭身の違いだろうと推測する巡は、
――まあ、天界人や魔族、妖精もいるからドワーフ的な人がいてもおかしくないよな――
胸中で思う。
そんな観察をするような巡の視線が気になったのだろう、
「四季君、何か聞きたい事があるのですか? あるのならはっきり言うのだ」
十二月は、片眉をやや上げた訝しげな表情で巡に問いかける。
「じゅ、十二月さん――」
「十二月せ・ん・せ・い、なのだ」
十二月は顔を斜に構えると左目を閉じ、右手の人差し指を顔の横に立てて、『せ・ん・せ・い』の言葉に合わせて小さく左右に振った。色気のある女性がやれば様になるかもしれない、そんなポーズである。
言葉を切られた巡が、
――に、似合わねぇ、その言い回しなら最後は『よ』じゃないのか? どっちにしても六月さんと違って、色っぽさは期待出来ないけどね――
心中で呟いていると十二月に、
「何か失礼な事を考えているのだ」
平坦な声音で図星を突かれた。巡は僅かに身を揺るがすと、
「い、いいえ、違います。その……十二月先生って何歳な――」
動揺のあまり思わず口から出た言葉に、四月と七月が同時に、馬鹿、と小さく口に出した。
瞬間、巡は再び宙を舞っていた。
十二月に踏まれる前に立ち上がった巡は、
――だよな……どの世界でも女性には歳を聞いては駄目なようだな。特に年上にはね――
思いつつ、
「えっと、十二月先生すみませんでした。ところで、席は……」
一度頭を下げた後、尋ねる。と、既に着席している四月と七月が無言のまま、指で示していた。
巡は嘆息を一つ間に入れると、
「…………ですよね」
言いながら僅かに肩を落とし、指し示された席に着いた。
当然のお約束事であるが、巡の席は、四月と七月が並んで陣取っている二列目の前、つまりは最前列、もちろん右や左の端ではない中央、教卓の真正面である。
「来たばかりで何も知らない四季君には、しっかりと教えなければならないから特等席を用意したのだ」
十二月の言葉に巡は、
「格別のご配慮をありがとうございます」
半ば涙目で頭を下げた。
巡が着席したところで十二月は、
「……事前説明は管理局や支援局の仕事なのだ……だのに奴らは、忙しいとか前例がとかへ理屈をこねて、まったく、手を抜くことしか考えていないのだ……これだからお役所仕事はだめなのだ」
呟きにならない不満を溜め息まじりで口から出すと、
「というわけで、丸投げされてしまったのだ」
どんなわけなのかはわからない、と首を傾げる巡へと言葉を向けた。十二月は、さてと、と言葉を置くと、
「六月から何を四季君に話したかをあらかた聞いているのだ。しかし……あれの説明では雲をつかむような話だったはずなのだ。だから、先生が補足してやるのだ」
十二月は自分でトンと小突いた胸を反らして言った。が、呆気に取られて無反応の巡に、
「何をしておるのだ、四季君はこの後、『神宿』の適合検査があるのであまり時間がないのだ」
十二月は急かしながら、教卓から身を乗り出し、グイッ、と顔を近づけて言葉を続ける。
「それとも、この『彼岸・六文』での生活にもう慣れて訊くことはないのかな?」
巡はこの十二月の言葉に、ようやくピクリと反応して尋ねる。
「えっと『彼岸・六文』? って何ですか」
「先生達が乗っているこの船の名前なのだ」
「…………」
「…………」
嫌な沈黙と重い空気が十二月と巡の間に漂う。
「先生……」
その沈黙に巡が終止符を打つ。
「何なのだ」
「俺達って生きているんですよね」
「あ、当たり前なのだ。なんでそんな事を言うのだ」
「えっと、あまりにあの世的な名前でしたので、つい」
そんなやり取りに十二月は不機嫌そうにワシャワシャと頭を掻きながら、
「四季君になんと聞こえているのか先生にはわからないのだ! で、それが四季君が訊きたかったことなのか?」
いつの間にか巡が尋ねたことにして、力技で終止符を打った。
巡は船の名前について尋ねたが、あくまでも十二月の言葉にツッコミを入れた……いや、聞き返しただけだったはずだった。この件に関しては釈然としない巡だったが、ここで変に食って掛かって十二月の機嫌を損ねることは得策でないと判断し、話題を変えるために質問を作った。
「い、いいえ、えっとですね――」
なんだかんだと言っても巡は、漫画やアニメ、ついでにゲームも含めて仮想世界が大好きな夢多き男子高校生である。現実には存在しないような萌えもえの女の子に、次元を越えて憧れを持つこともたまにはある。だからといって、この『異世回廊の交差点』で出会った仮想世界を代表するようなファンタジーな女子達のことを、今訊こうとは思わない。そこには彼女達のプライベートな話も含まれているだろう。だからもっと打ち解けてからでも遅くはないと巡は思っていた。
ただ巡にはもう一つ、趣味的な意味で気になっていることがあった。
何度も言うが、巡は男子である。彼ら男子を虜にするのは、何も萌えもえの女の子だけではない。身近なところではバイクや車であったり、鉄道、飛行機に船、更には兵器の類、そして外せないのがロボット。所謂メカというやつである。
もちろん巡もご多分にもれずであり、特に仮想世界系のメカには強く興味を引かれる。
多少なりとも冷静になれている今、昨日見せられた戦闘映像に興味を引かれないわけがない。とはいっても、あれに乗ることになるであろう巡は、お気に入りのアニメを見ているときのように、単純に『かっこいい』とか『強そう』等と気軽に言ってられず、あれがどういう物なのか気が気でないのも事実だった。
だから巡は昨日見た戦闘映像に映っていた、巨大な『影のような何か』と戦闘を繰り広げる、人型の戦闘兵器を操る女性達や、それを見守るような十字架に磔られたような男のことを十二月に尋ねた。
「ふむ、そういえば四季君がここに引き込まれたと推測される映像を見せたと、六月が言っていたのだ」
十二月は巡の問いかけに、前置きのように返すと真面目な顔を作り、
「誤解しているといけないので先に言っておくが、『神宿』というシステムは本来『異なる世界』……例えば四季君の元の世界を守るために使用されているのだ。聴覚、視覚、触覚など五感に作用して生活を支援するというのは、その副産物のようなものなのだ」
根本を正す。巡は、
――ああ、そういえば六月さんが言っていたような気がしないでもないけど……確かに言葉どころかお互いが見えなければ、戦闘なんて無理だよな――
二、三度小さく頷きながら胸中で納得する。そんな巡を十二月は満足そうに見ながら、
「ほれ、昨日四季君は『迫り来る魔』と戦闘する『魔・技・架』を見ているだろう。『神宿』というシステムは、本来あのためにあるのだ」
得意げに言った。
十二月の言葉に巡は、映像に映っていた磔男が言った『あいつがゲートを突破したら――その世界が無くなるって言われてるしね』そんな言葉を思い出した。
確かにあんなものが巡の世界に突然現れたら……カトンボのような戦闘機で巨大怪獣の迎撃に向かう、昔の特撮映画のシーンを思い出してしまう。実際、巡の世界でのロボットは、ようやく二足歩行で動くようになっている程度、パワードスーツは『○○産業展』に、介護や農業など生活密着型が試作品として出品される程度である。いずれにしても戦闘用とはかけ離れている。多分軍関連の研究施設でも開発はしているのだろう。しかし、実戦配備されるのはいつになることやら、例え配備されてもあんな化け物との戦闘は無理だろう、と深刻になるより微妙に情けなくなる巡だった。
と、十二月の言葉に、おかしな単語を聞いた気がした巡は、
――って、『迫り来る魔』? 『マギカ』? ――
胸中でその単語を繰り返し思うも、すぐさま、
「十二月先生、『迫り来る魔』っていうのは映像に映っていた巨大な『影のような何か』ってわかるんですが、『マギカ』って……あの鎧? というのか戦闘兵器のことですよね。
でも、何故に魔法使い的な?」
疑問を口から出した。ところが十二月は片眉を上げて、何を言ってる、と言わんばかりの表情を作り、
「何を思って四季君が魔法使いとか言い出したのかわからないのだ。そもそもこの『異世回廊の交差点』には魔法使いはいないのだ。漫画かアニメの見過ぎなのだ」
「いや、でも、十二月先生は『マギカ』って――」
「ん? 先生は『マギカ』ではなくて、『魔・技・架』と言ったのだ」
十二月の言葉に巡は、言ってる意味がわからないとばかりに、首を傾げる。そんな巡に対して十二月は大きく息を吐くと、背後の黒板に振り向き、チョークでコツコツと『魔・技・架』と書いた。もちろん『ま ぎ か』とルビも付けている。そして巡へと向き直り、胸を反らして、
「四季君、『魔・技・架』とは略名で、正式名称は、『迫り来る「魔」を撃退するために、神宿の「技」術を用いて作られた兵器を「架」装した機体』なのだ。だが長いから、公にも略名の『魔・技・架』が認められているのだ」
三つの文字にアクセントをおいて強調すると、誇らしげに言った。と巡は、何かを考え込むかのように固く目を閉じて、自分の髪の毛をワシャワシャしながら、
「………………」
「………………」
「…………えっと…………」
「し、四季君、ど、どうしたのだ? ツッコミが無いと、調子が狂うのだ」
「い、いや…………その、ですね…………わかりますよね」
「「「わかるか!」」」
教室内の女性達が見事な三重唱を奏でた。
「あっ、すみません。
そのですね、ツッコミどころはいろいろとあるのです。そう、沢山あるわけで……というのか、あまりに唐突な、というのか、普通なら区切りの頭を取って、例えば『迫・神・兵』とかになるのでしょう……いや、まあ、言ってる自分も恥ずかしくなるくらい、この名前もセンス悪いですが……どこでどう間違ったのかというのか、何故にそういう無理矢理なネーミングを……いや、ですからね、てか、これももしかして、翻訳システムの問題なんでしょうか?」
どんな言葉を信用したら良いのか、少々疑心暗鬼になっている巡は、先ずその根幹にある事を尋ねた。
「『神宿』は正常なのだ……多分。
これは、大企業が自分ところの製品に名前を付ける時、当て字のような外来語の頭文字を取って無理矢理に読ませたりするのと一緒の事なのだ。つまり『魔・技・架』を作った者にとっては、この文字が頭文字だったのだ。良くある事なのだ――」
――断定した!――
と、心中でツッコミを入れる巡をよそに、十二月は言葉を続ける。
「――とにかく、神宿は本来『迫り来る魔』を撃退するためのシステムなのだ。そして、『魔・技・架』は撃退を実行するための機体であり、それを扱う事ができるのが、神宿に適合した神宿男や神宿女なのだ」
この話はこれで終了だと言わんばかりの勢いで、言葉尻を切った。ところが巡は不思議そうに首を傾げながら、
「でも、皆さんの本来持っている超常の力を使えば『魔・技・架』っていらないような気がするんですが……まあ、身を守る装備はあった方がいいとは思いますけど」
呟くように言うと、今度は十二月が怪訝そうに首を傾げて、
「四季君の言っている言葉の意味がわからないのだ。『本来持っている力』とか? 何を言っておるのだ。聞き間違いなのか? それとも翻訳システムの異常か?」
巡に話を戻す。
「え? って俺、変なこと言ってますか? だって俺の世界じゃ、十二月先生は超力持ちキャラだし、四月……さんは、いろんな魔法が使えたりするキャラで、えっと……七月さんや、六月さんに至っては、世界を破滅させることが出来るくらいのヤバい力を持っていたりするわけで――」
「先生を――」
「あたしを――」
「あたいを――」
「「「何だと思っている!」」」
教室内の女性三人から同時に言葉を切られて、叱られた。ビクリと首をすくめる巡に、十二月が嘆息を一つ挟んで大人の対応をする。
「……四季君、何をどう間違ってそう解釈したのかは知らないのだが、思い違い正す前に、一応確認のために訊いておくのだ」
そんな前置きに巡が、はあ、と気の抜けたような返事を返してきた。
「四季君は光弾を撃ったり、ビームを放ったり、何か超常的力を発生できるか?」
そんな十二月の問いかけに、巡はもちろん、いいえ、と言いながら首を横に振る。
「それが答えなのだ」
謎かけのような十二月の言葉に、巡は疑問符をいくつか浮かべたように首を傾げる。そんな巡に十二月は、
「先ず言っておくが、ここにいる者は普通の人間なのだ。身体的能力以外、誰も口から火を噴いたり、目からビームを出したり、呪文を唱えて超常現象を起こしたりしないのだ。出来ないのだ」
半ば断定していながら、最後に、まあそういうことが出来る種族もいるかもしれないのだ、と自信なさげに付け加えていた。
「やっぱり神話とかって作り話だったんだ……ここに来て実話だと思ったのに……」
十二月の言葉を受けて巡は、しかめた顔を俯かせ、肩を落として呟いた。傍目には意味不明な落胆である。
そんな巡に十二月は、哀れむような半目を作って再度大きく嘆息を挟むと言う。
「四季君の言いたいこともわからんではないのだ。先生の知る限り、どの『異なる世界』にも神話やおとぎ話があるのだ。それらは四季君が元の世界で読んだり聞いたものと同じような話だと思うのだ」
そんな言葉を聞いた巡は、俯けていた顔を上げると僅かに綻ばせた。そんな巡に十二月は、優しい……凄く優しい、というのか、あまり向けられたくないような視線を向けて、それでな、と言葉を続ける。
「先生達はこうして『異世回廊の交差点』にいるのだ。しかし、ここを通り抜けて別の世界へ行ってしまう者もいるはずなのだ――」
「その人達が神話とかおとぎ話になるというのですか? でもみんな、普通の人間だって先生は言ってましたよね」
十二月は、口を挟んで話の腰を折った巡へ不機嫌な視線を向けると、
「先生が今から説明しようとしているのに、わざわざ茶々を入れては駄目なのだ!」
言って、ふん、と鼻を鳴らした。続けて、
「とにかくなのだ、何らかの理由で別の世界へ行った者は、元の世界では何らかが作用して抑えられていた力が、その枷を外されて超常的な何らかの力として発現するのだ。そして異形の者が超常的な何らかの力を使って引き起こした何らかの現象が、神話やおとぎ話として語り継がれているのだ」
何がどうなっているのか、それでいて微妙に意味が通る言葉を早口で告げた。巡は渋柿を食ったかのように眉を寄せて渋い表情を作ると、
「…………十二月先生」
「……何なのだ」
「便利な言葉ですね、『何らか』って」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙と重苦しい空気が巡と十二月の間に漂う。
二呼吸ほどの間をおいて体を起こし姿勢を正した十二月が右人差し指で巡を指すと、
「せ、先生は、研究チームの言葉を引用しただけなのだ。この世界の研究チームは誰も、『異なる世界』に行った事がないから、実際は誰もわからないのだ。あくまでも仮定の話なのだ!」
開き直った。
と同時に一時限の終了を告げるチャイムが鳴った。
十二月は終了の挨拶もそこそこに、
「この後四季君は適合検査があるのだ。七月さんは四季君を保健室へ連れて行くのだ」
言うと、七月の返事を待たずに教室から出ていった。
十二月の足音が聞こえなくなると、四月とひそひそ話をしていた七月が立ち上がり、
「では四季巡、あたしについてこい」
「あ、ああ」
言いながら立ち上がる巡の腕を七月が掴んだ。
「ちょ、七月さん、ついてこいって、てか、俺、連行されてるんですけど」
「ふん、一旦引き受けた以上、四季巡にフラフラとどこか行かれても困るからな。お前には前科もあるしな」
ぐずぐず言う巡を半ば強引に引っ張り、教室を出て行った。
読み進めていただき、ありがとうございます。