ここって? 006
――なんで俺なんだよ――
立ち上がったままガックリと頭を垂れる巡に、そんな言葉が先ず思い浮んだ。そして、
――大体俺なんか――
と続けて思う巡には、漫画や小説に出てくる主人公のように、戦闘に有効な超常的能力が備わっていない。この『異世回廊の交差点』に来たからといって、何らかの力を覚醒した様子もない、とこの数時間の自分を顧みる。
とはいえ架空の物語には、自分と同じように最初は何の力も無くても、話が進むと徐々に頭角を現したり、とある拍子に覚醒する主人公もいるからな、とも思う。しかし、そういう場合の主人公は、何らかの特別な家系とか血筋とかが絡んでいたりすることが多い。
のだが、残念ながら巡は特別な家系の生まれというわけではない。両親はいたって普通であり、家族の誰か、もちろん知りうる先祖や親類を含めて、特殊能力を発揮して厄災から世界を救った、などという話を聞いた事がない。もしかすると元の世界では極普通の家庭環境でも、この『異世回廊の交差点』では、凄い血筋につながっているのか、と淡い期待が思い浮かぶ。しかし、それはないな、と巡はすぐに否定した。
つまり巡は、特別目立つ事のない極々普通の高校二年生のままである。戦争どころかテロ活動でさえ遠い外国の話だから、と無関係を装っているような一般的な日本人であり、戦闘の象徴である兵器など、実際に触れた事がない。それどころか実物を見たり手にしたら、先ず『かっこいい』とか『すげー』とか感嘆の声が上がってしまうだろう。それが人を殺すために作られた物であったとしても。
だから先程の映像を見ても現実味がなく漠然と、この『異世回廊の交差点』に配備されている『何とか防衛隊』みたいな部隊が、異なる世界を守るために闘っていると思っていた。
単に巡は、自分が元の世界にいると元の世界が無なってしまうから、この『異世回廊の交差点』に引っ張り込まれたと思っていた。
そして、自分達は守られる存在だと思っていた。
いや、そうあるべきだと、思い込みたかった。
しかし今、『何故この世界に?』という疑問に、経緯はどうあれ『得体の知れない何か』と戦闘をするために引き込まれたと、はっきりと答えが返ってきた。未だその立場は確定はしていないと言っても、この場にいるという事だけで、充分な説得力がある。
巡は、そういう立場に立たされる事を薄々は感じていたのだろう。
ただ、それを認めたくない自分の心が本質を霞ませていた。
そして誰かに完全否定してもらいたかったのだろう。
しかし今、全ての希望はついえてしまった。
――だから、なんで俺なんだよ――
巡は今一度その言葉を思い浮かべると、顔を上げた。
必然、巡の視界には三人の女性達が映り込む。
三人とも、巡を不安気に見つめている。
いくら鈍い巡にもそれは伝わった。
――ああ、そういえば六月さんが言ってたな。みんな理由があってここに来たって……それに、ある意味望んでここに来たって――
巡は六月の言葉を思い出した。
――きっと皆は、この『異世回廊の交差点』で何をするのか、何が目的なのかを知った上で、ここに来たんだよなぁ。
つまり覚悟が決まっているわけなんだ。
でもって、俺がリーダーかもしれないって……何も知らず、覚悟もなくここに来た俺がだよ。
だから、そんな目で俺を見てるんだな……きっと今の俺は、不安にまみれた酷い顔をしているんだろうな。
それに、さっき出会ったばかりだし、信用も信頼も何もあったもんじゃないからな――
巡は大きな溜め息を一つ吐くと、ひっくり返ったイスを元に戻して座った。
――まあ、リーダーかもしれない奴が、いきなり不安だらけの面構えじゃ、付いて行く方も不安になっちゃうよな。
とりあえずは……と――
巡は、だからというわけではないが、正面の三人をしっかりと視界に捉え、不安に凝り固まった顔の筋肉を無理矢理動かして笑顔を作った。
もちろん最高にぎこちなく、笑顔なのか引きつっているのか、傍から見ると判断に困る笑顔だった。
六月は怪しげな表情を作る巡を見て思う。
――あらあら、それは笑顔? でしょうか、何だか吹っ切れたようですわね。でも先程みたいに、おかしな想像をしていなければ良いのですが――
胸中に微妙な不安を作る六月は、巡が今後について、勝手に想像をして、口が暴走する前に止めなければ、と
「さてさてと、そろそろお話をしても大丈夫かしら? 四季君」
「え? は、はい」
巡が仰天のフリーズから再起動が完了したのを見計らって、六月が話しかけた。
のだが……。
――あらら、またやってしまいましたわ。ついつい口を挟んじゃいましたけど、何をお話しましょうかしら。
えっと……こういう時は――
六月は思って、
「今は私の方からお話をするよりも、四季君が訊きたい事にお答えした方が良いわね」
会話の主体を巡に振った。
巡は困った。
――あっ、いや、六月さんが話を進めるうちにわからない事を訊こうかと思っていたんだけどね。
そりゃまあ、訊きたい事は沢山たくさんあるんですよ。でもですね、いきなり核心ってのもなんだし……かと言って当たり障りの無いところでは、訊きたい事が沢山ありすぎて、何から訊けば良いのやら……。
何か話のきっかけでもあればと思うけど――
巡は考えを纏めるているかのような仕草で周囲を見回した。
と、七月と目が合った。すると彼女は、少々呆れたように薄ら笑み、というより苦笑に近い笑みで、
「四季巡の思う事は、多分だが、あたしがここに来たときと同じだと思う。
改めて『訊きたい事は』と尋ねられると、何から訊いて良いのか困ったものだ。
まあ、そんな時は、身近な所から訊くと良いと思うぞ」
この世界の先輩として、アドバイスを巡に送った。
「あ、ありがとう七月さん」
巡はお礼を言いながら、七月の澄んだ清流のような声が、下手な吹き替えのように口の動きと合っていないの見て思い出した。
――そうだな、とりあえずは順番に訊いてみよう――
と『異世回廊の交差点』に来て、七月と最初に言葉を交わした時から気になっていた、その事を尋ねてみた。
「そうね、何も知らないままここに来た四季君にとっては、確かに不自然かもしれないわね」
巡から話を聞いた六月は、わかりやすい例えを考えてみる。腕を組んで目を閉じてしばらく沈黙の後、そうね、と目を開き言った。
「ほらほら多分だけど、四季君の世界でも同じ世界の住人同士……それどころか同じ国民でさえ、方言なんかで言葉が通じない事があると思うの。それが異なる世界の住人同士なら、なおさらよね」
六月の例えに巡は、それはわかるんですが、と納得していなさそうに返す。
巡の言葉を受けた六月は、そっか言葉じゃわからないわよね、と席を立って巡の横まで歩を進めて立ち止まる。
六月は、不思議そうに自分を見つめる巡の視線を躱すと、食卓に視線を向けた。そして唐突に、天板の上で無防備に放置されている巡の手を握った。
「本来ならば、私達はこんな風に触れ合う事なんて出来ないのよ。もちろん会話をする事も――」
そして突然の事に六月を見つめたまま固まる巡と再び視線を合わせて、
「――それこそ、こうしてお互いを見る事だって出来ないのよ」
妖艶な笑み作って言った。
巡の照れた顔を楽しむと一拍置いて、六月は巡の手をゆっくり離し、つまりね、と言葉を繋ぐ。
「私達の間に入って、会話や触れ合う事を可能にしているのが、『神宿』と言われる『異世回廊の交差点』を制御するシステムなの。
とは言っても、いつ、誰が、このシステムを構築したのかは、わからないみたいよ」
六月は、研究者は色々調べているみたいだけど、と呟くように言いながら自分の席に戻り着席した。
と、何かを思い出したように、
「あらあらごめんなさい、四季君の答えになってなかったわね。
えっとね、『神宿』が喋った人の言葉を聞き手の言葉に翻訳して、しかも喋った人の声を組み替えて聞き手に伝えるの。だから口の動きと聞こえる声に違いが出来るのよ……そのうち同じ言葉になってくから、違和感は今だけだと思うわ」
六月の説明に巡は、ん? 小さく疑問符を浮かべるが一応の合点がいったのだろう、小さく頷くと、
「なるほど、そういう事ですか……で、その翻訳ですが、夫だのマイダーリンだの言われて困っているんです。
そもそも許嫁がいるような身分ではありませんし……。俺視点からですが、異世界の女子に知り合いはいないはずなんですよ」
困惑気味の表情で言う。
「あらら、そういう事ね。いくら『神宿』が優秀なシステムだからと言っても、幾億もの異なる世界の言葉を完全に網羅しているわけじゃないの。
ライブラリーに無い言葉は、それに近い意味を持つ言葉に翻訳されるから、か……」
と六月は言葉を止めると席を立ち、備え付けのホワイトボードの前に立つと、無言のままマーカーを走らせる。
キュキュと軽やかな音で書き上げたのは、
『神 宿 男』
という漢字だった。
六月はマーカーのキャップを締めると、ホワイトボードをマーカーでコツコツ叩き、
「この言葉よ。多分、四季君がこの言葉を知らなかったから、適当な言葉に訳されたんだと思うの。
そうそう、ちなみに喋った本人は、聞き手にどのような言葉で伝わっているのかわからないのよ。だから時々今回みたいな言葉の誤解が起きたりするのよね。
でも、さっき管理局から連絡があったから、この言葉に関してはもう大丈夫だと思うわ」
「はあ、そうですか」
こちらも一応の合点がいったのだろう、巡は少々残念そうな表情を作り気の抜けたような返事を返した。それを鋭く感じ取った六月は、
「あらあら、ちょっと残念だったかしら。そうよね、みんな美人だもんね。こんな美人さん達が本当に許嫁だったら良かったのにね」
自分で言った言葉に照れたのか、頬を薄紅に染めた。そして六月は、似たような関係なんだけど、とボソリ呟くが、巡には聞き取れなかったようだ。しかし六月の言葉に巡も照れがあったようで、色恋話が好きそうな女子達に深く突かれる前に、
「で、その『かみ やど おとこ』? っていうのがさっきの映像の十字架みたいなものに磔られてた人で、立場的にリーダーで……それでもって、もしかして俺なんですか?」
核心部分へ話題をすり替えようと困惑気味に尋ねる巡に、六月は、あらあら、とホワイトボードへ振り向いて、先程書いた『神 宿 男』の文字に『かん な ど』とルビを振った。そして巡へと向き直ると、
「まだまだ適合検査があるから、確定ってわけじゃないけど、そうなると思うわ」
六月は苦い笑みを作って言うと、でもね、と繋げて、
「直接戦闘をするのは私達、か……」
再びホワイトボードヘ振り向くと、マーカーを走らせ、
『神 宿 女』
と書いて、更に『かみ や め』とルビを振って、
「えっと、翻訳の方は多分大丈夫だと思うけど、一応ね」
六月は誰というわけでなく呟くように言うと、再々度巡へと向き直り、
「四季君は、後ろでリーダーらしくデーンと構えて、やるべき事をやっていれば良いのよ」
言った。しかし巡にとっては、そのやるべき事が何なのかを知りたいとばかりに、
「六月さん、そのやるべき事って――」
尋ねようとしたが、
「あらあらせっかちね。それは適合検査を受けて確定してからお話をしましょう」
巡の言葉を切った六月は、この話はお終い、とばかりに手を二度程軽く叩くと、
「じゃあじゃあ、次の質問は?」
と、強引に終止符を打った。
少々首を傾げて片眉を上げた納得しがたい表情を作る巡としては、ここで更に食い付いて六月達の機嫌を損ねるわけにはいかない。だから、仕方ないというように、
「あっ、じゃあ名前、翻訳つながりなんですが、皆さんの名前も適当に翻訳されているのですか?」
話題を一旦戻してみる。
「あらあら今言った話を忘れちゃったかしら? 私には巡君にどういう言葉で伝わっているのかはわからないし、その逆も然りよ。
それに『神宿』を使わず私の名前を本来のまま伝えても、四季君には聞き取る事は出来ないと思うし、例え聞き取れたとしても発声する事が出来ないと思うわ――」
六月は一旦言葉を切ると、手元に置いてあった湯のみで緑茶を一口飲んで、喉を滑らかにすると、
「――それはそれとして、本来は戦闘支援システムとしての『神宿』なんだけど、翻訳だけじゃなくてね、結構生活に食い込んでいたりするのよね」
非常に重要な言葉をサラリと流すように言った。それがあまりに自然な言いようだった為だろう、そんな六月の言葉に巡は、
「生活にですか? それはどういう事なんですか?」
怪しい言葉の混ざった前半部分は見事にスルーを決めて、後半について聞き返した。
かくいう六月も重要な事を言った認識が無いのだろう、逆に巡へと質問を返す。
「四季君は、ここが今まで住んでいた世界ではないと知ってなお、街を見て不思議に思わなかったかしら?」
「へ? えっと人に会わなかった事かな? でもそれ以外は普段と変わらなかったと思うけど……」
首を傾げる勘の悪い巡に六月は、
――やっぱり四季君は鈍いのかしら?――
胸中で思いながら、
「あらあら四季君、そこよ、気が付かないかしら。
だって、ここは四季君が住んでいた世界とは違うのよ。それなのに、普段と変わらない街並っておかしくないかしら?」
仕方ないというように答えで問いかけを作ると、巡は、両目をひと回り大きくして、あっ、と短く声を上げると、
「で、ですよね。俺の世界では異世界の定番といえば、中世ヨーロッパ的な……というのか尖塔が建ち並ぶお城の城下町には、石造りの民家や商店が並んでいて、城壁を外に出ると、のどかな風景が広がっていたりが定番だったから、ここが異世界って事をすっかり忘れていました。
って、えぇ!? てか六月さん達もこういう街に住んでいたんですか? なんだかキャラ的な雰囲気に合わないというのか……」
ようやく気付くと、当然のように思いついた疑問を口にした。
巡としては、魔族風の六月なら、赤く染まった空が似合うようなオドロオドロしい風景の世界。天界風の七月なら、穏やかな日射しに包まれて花が咲き乱れているような世界。妖精風の四月なら、今にも喋り出しそうな緑の木々が立ち並ぶ深い森の世界。そんなキャラ設定に似合う世界に住んでいてもらいたかった、というアニメやゲームなどで勉強した固定観念的願望も含まれていたのだろう、是非はともかく巡は僅かに肩を落とした。
とはいえ目が覚めたら、如何にも異世界です、という景色に囲まれていたら、間違いなく平静ではいられなかっただろう。
ところが六月の言葉は、巡の固定観念的願望を肯定するかのような、
「いえいえ四季君、『神宿』で視覚も変換されているのよ。
だから私には私の住んでいた世界の街並が見えているのよ。もちろん七月ちゃんは七月ちゃんの、四月ちゃんは四月ちゃんの、それぞれ住んでいた世界の街並に見えているはずなのよ」
というものであった。
それを聞いた巡が、少々明るい表情を作り、
「じゃあ、六月さんの世界の街並って――」
言いかけた巡の言葉を六月は首を小さく横に振りながら遮り、
「四季君が私達に何を期待しているのか知らないけれど、残念ながらいくら説明しても、『神宿』が聞き手の見えている街並に合うように言葉を勝手に変換しちゃうから、伝わらないのよ」
言った。巡は周囲を見回しながら尋ねる。
「でも、ここは? なんと言うのか、見たまんまの構造なんでしょう?」
「あらあら、変なところで鋭いわね。さっき言ってた元の世界の街並に見えるのは、街中でも直接的に関わりの無い建物……そうね、四季君も毎日のように前を通るけど一度も入った事のない建物って沢山あるわよね。そういう建物は実体のある映像のような……えっと、ハリボテ? みたいなものなの。中に入ると構造は再現されるみたいなんだけど、元を知らないから正確かどうかは、わからないわね。
でもでもね、皆に関係が深い寮や学校なんかは、実物の建物で見たままの物なのよ」
「はあ、何だか凄く御都合主義的というのか……」
六月は一つ息を吐く巡に、ポツリと漏らす。
「今はそれぞれが住んでいた世界の景色を見ていても、徐々に同じ景色に変わって行くらしいわよ。元の世界や種族が違うといっても……」
どのみち男と女の話ですから、と最後に呟くように付け加えた言葉は巡には聞き取れなかったようで、
「ん? 六月さん、最後は何て言ったので――」
聞き返そうとする巡の言葉を、薄紅の頬に染めた六月は強引に切ると、
「街並が元の世界と同じように見えるというのは、この『異世回廊の交差点』に浮かぶ船に来た私達が生活しやすいようにと、『神宿』からのサービスかしらね」
巡は六月が言った言葉に怪しい言葉が混ざっていた事に気付いた。
――ん? 六月さん、今おかしな事を言ったぞ。あまりに自然な言い方だったから聞き流すところだった――
胸中で思いながら、眉を寄せた眉間に数本溝を刻んだ怪訝の表情を作る。と、ふと昼間に見た戦闘を記録した映像を思い出し、たしか、と声に出すことなく口だけを動かした。
あの映像は宇宙のような空間で『影のような何か』と戦闘をしていた。だが、巡の知る宇宙空間とは決定的に違うところがあった。そこは星の瞬き一つない深い暗黒の空間だった。もしかすると偶然星が映っていなかっただけなのかもしれない。
巡は、今の時間ならば星が、と席を立とうと思って、止まった。特に何かあったわけではない。単に、急に席を立つのは失礼かな、と思ったのが一つ目。二つ目に、もしかしたらリーダーになるかもしれない自分があたふたしていては駄目だ、とつい先程答えを出した事を思い出したからである。
とはいっても、やはり確認はしたい。あの何も無い暗黒の空間が、自分がいる『異世回廊の交差点』だとしたら、ここは、今自分が踏んでいるのは星なのか、それとも……。
巡は、もやもやした気分に終止符を打つように、表情から怪訝を取り去り普段へと戻すと六月を見て気分を落ち着かせると、
「えっと、今、船って言いましたよね」
ようやくというように口を開いた。対して六月は、はて? とばかりに小首を傾げて、
「あらあら、そんな事を言ったかしら?
でもでも隠す事でもないから、多分言ったのでしょうね」
そんな細かい事までいちいち覚えてないわよ、というようにあっさりと肯定した。そんな六月の言葉に巡は眉尻を下げて困惑の表情を作った。
巡が困惑するのも無理のない話だろう。この『異世回廊の交差点』で見た街の風景は、巡が元の世界で見ていた街並と何ら遜色ない奥行きを持った風景であった。それをいきなり『ここは船です』と言われても現実味がない。巡の世界で船といえば、せいぜい数百メートルのタンカーが最大であろう。例え宇宙船といっても、サッカーコートよりチョットだけ大きな宇宙ステーションがあるくらいだ。一応、巡の好きな仮想世界の物語には、とんでもないサイズの宇宙船が出て来たりして、ついつい『それって船ってレベルじゃねーだろう』等と、軽いノリでツッコミを入れてしまう事もある。しかしそれはフィクションであり、現実には街一つがすっぽり収まる船はもちろん存在しない。
巡は、自分の視覚が『神宿』という都合の良い便利なシステムに、補正されている可能性だってある、と先ず思う。更に、ここが異世界だという以上、何があっても不思議ではない、とも思っている。でも、実際にその場に立たされると想像ができない。外観を知っていればこんな反応にはならなかっただろう。何も知らない古代の人類に、あなた達は巨大な球体の上に立ってます、と教えれば、多分こんな反応が返ってくるだろう。
巡は困惑の表情を、グラビアから切って張り付けたような平面的な笑い顔でごまかして、
「ははは……そ、それにしては……広いというのか、大きいというのか……これもなんと言いますか『神宿』? の便利な辻褄合わせというのか、補正がかかっているんですか?」
六月に尋ねると、六月は妖艶な金瞳を悪巧みをする魔女のように細めて、
「うふふ……とっても大きいわ……と言っておくわね」
特に意味は無いのだろうが、意味深な微笑みと共に巡へと返した。
「えっと……言っている意味が……」
と、巡は先程とは違う意味で、張り付けたような平面的な笑顔を作っていた。
いろんな意味で困惑する巡に六月は、あらあら仕方ないわね、と解説を始めた。
巡達が今居るところは、この船の居住区とありきたりな言葉で言われる区画である。船のほぼ中央に位置するこの区画は、直径約二万メートル、高さ五千メートルの円形ドーム状となっている。つまり、巡がいた世界の岬丘市のほぼ全域が入ってしまう大きさである。
「って、そこは実寸てか、船ってレベルじゃないですよね」
サラリと流す六月の解説に、まさか実際にこの言葉を言う事になるとは、と思いつつ声に出した。
しかし六月は、巡の言葉も気に留めず、
「でもでもね、実際は艦首や艦尾もあるし、もっともっと大きいのよね」
妖艶な金瞳を、大ファンのアイドルに面と向かって会ったように嬉しそうに細めて、しれっと言った。
――そんなに嬉しそうに語る六月さんって、もしかしたら巨大物フェチ? ですか――
胸中で思う巡をよそに、六月は妙に頬を上気させて、時折あえぎとも取れるような甘い息遣いを混ぜながら、更には妖しく科を作っては、解説をしていた。
そんな六月の解説を聞きながら巡は、良いものを見せてもらった、と……もとい、つい先程見た風景を思い出し、答えがわかった。
青天井のはずの公園で感じた妙な違和感や閉塞感は、例え高さがあっても天井で閉鎖されている為に感じたのだろう。それに絵に描いたような青空や、人工的に着色されたような鮮やかな夕焼け空、それらは文字通り、天井に映し出された人工的な映像なのだという事が。
それに気付いた巡は寂しさを覚え、溜め息を一つ吐いた。
読み進めていただき、ありがとうございます。