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ここって? 005

「あれ、ここは?」


 浅い眠りから目覚めためぐるの第一声だった。

 巡の視界に映る天井の色や模様が、見慣れている自宅のものとは違う。それに洗剤の香りの残る寝具も自分がいつも使っているものとは違う。

 そのためだろう、目覚めたばかりのよどんだ意識が、自分のいる場所を見失っていた。


「…………ああ、そうだった……そうだったよな……」


 徐々に覚醒する脳が、混乱した記憶のパズルを組み合わせて行く。


「六月さんが『異世回廊いぜかいろうの交差点』とか言ってたな……」


 巡はそんな呟きを最後に嘆息して締めると、そろそろ見飽きた天井から視線を外すようにゆっくりと体を起こした。


「そっか、部屋に案内されて――」


 呟きながら行動を思い出す。

 部屋に入るなり制服の上着を脱ぐと、目に入ったベットに身を投げて大の字になった。仰向けの視界に広がる白い天井を見つめて、この数時間の出来事を頭で整理しているうちに、


「――寝ちまったんだな……」


 部屋の窓から外を見る。

 視界は開けておりながめは良く、巡の記憶にはっきりと残っている近隣の住宅の屋根が、目線よりやや下に見える。


「夕方? か……中途半端に寝ちまったから、頭が重い……」


 人工的に着色しているのではないだろうか、と思えるほど、鮮やかなオレンジ色に焼けた空と風景が夕刻を物語っていた。

 巡は、脱ぎ捨ててあった制服のポケットを探り携帯を取り出す。もちろん圏外だ。だからといって巡は特に焦る事もなく、だよね、と呟きながら、こんな時でも機能している時計で時間を確認する。午後六時を回っていた。


「見慣れた景色も視点が変わると新鮮に見えるな……それにしても……」


 巡は窓から見えた景色に表情を小さく曇らせて感想を作りながら、ベットに座ったままグルリと部屋を見回した。家具の様子から一人部屋だとすぐにわかった。


「自宅の部屋より広いな」


 ざっと見当で十数畳程の広さがある。おかげで、


「この部屋って何だか殺風景というのか生活感が無いな。今まで空き部屋だったのかな」


 見上げていた白の天井にも、壁のクロスにもシミ一つ無く、新築のような真新しさを感じさせる。

 備え付けのいかにもな勉強机とイス、机の上には何も入っていない本棚。その隣には、ファッションにうるさくない巡が使うには大きすぎるクローゼット、


 ――女の子ならこれでも小さいかもしれないけど――


 それと巡が寝ていたベット。それ以外は家具らしいものが無い。どれもこれも真新しく、そして空間の多い部屋であった。

 体を起こした巡の正面に出入り口らしい扉が見える。その左側の壁にはもう一枚の扉がある。部屋の構造から考えると、


 ――あの中にあるのは、倉庫? それともユニットバスとかトイレかな。それなら学生寮としてはちょっと贅沢な作りかもしれないな。なんだか優遇されちゃってるみたいだね――


 巡は学生寮とは無縁であったが率直にそう思う。と大きく数度首を振って、


「……いやいや、そうじゃなくてだな…………」


 更に大きな嘆息を一つ挟んで、


「……妙な事になってるんだぞ。

 てか、わけがわからん。俺にどうしろっていうだ。何をさせたいんですか」


 巡は答えの返ってこない問いかけを誰に言うわけでもなく、呟きながらベットから降りて立ち上がる。そして、巡は何が入っているのか気になった扉に近づいて行くと、タイミング良く出入り口の扉からノックの音が聞こえた。


「……は、はい」

「四季君、そろそろ夕食ですので、食堂に来て下さいね」


 返す巡の返事に、六月の声が扉の向こうから聞こえた。


「あっ、はい、支度をしたらすぐに行きます」


 巡は、失礼かと思ったが、扉越しに返事をした。

 支度と言っても、寝起きの髪に手ぐしを通す程度だ。すぐに扉を開いて、呼びに来た六月と食堂に向かっても構わなかった。

 巡がそうしなかったのは、午後からの自分をかえりみると、自身の不甲斐なさばかりが目立って、六月達と面と向かう事に気恥ずかしさを覚えた、というのが主な理由だった。

 もっとも、予想外、いや、予想も出来ない事に巻き込まれて、それを現実と素直に受け入れる事は、簡単には出来ないであろう。


「みんな待ってますから、なるべく早く来て下さいね」


 六月はそう言い残すと、パタパタとスリッパの音を廊下に響かせて戻って行った。


 巡が部屋を出たのは、六月から呼ばれて二、三分経ってからだった。予定通り手ぐしで髪を整えていた時間である。とはいえ巡の短めの髪は、元々くせ毛なのか、寝癖なのか、それとも整えているのか、はっきりしないツンツン頭だ。わざわざ整える必要は、と思うが、形だけとはいえ女性と夕食をともにするため、巡なりの礼儀かもしれない。多少の下心も有ったり無かったりと……一応健全な男子の巡であった。


 巡は廊下に出ると、窓から街並を眺めた。正面には巡の記憶にもある北側の街並が広がっている。


「随分暗くなってきたな……」


 つい先程まで街並を飾っていた人工的に着色されたと思える程鮮やかなオレンジ色は、いつの間にかその彩度を落としていた。そして深い紫紺のとばりが東の空から街並を覆い始めて、夜の訪れを告げていた。


「さてと、行くか」


 巡は気合いを入れると、階段に向かって六部屋が並ぶフロアの東端から少々長い廊下をゆっくりと歩き出す。

 と、巡が踏み鳴らす、来客用の安っぽいビニールスリッパの音が、静まり返った寮内の廊下にやたらと響き、耳に突き刺さるように返ってくる。

 何となく寂しさを感じる黄昏時だから、というわけではない。自宅では決して聞く事の無い音に、この先の不安と妙な寂しさを覚える巡だった。


 階段の向こうに扉の開いている部屋が一つ。そして廊下の突き当たりにガラス扉が見える。


「あれが、六月さんが言っていた談話室……かな?

 てか、二階とか言ってたような気がするけど……まあいいか」


 巡は引っかかりを覚えながらも変則的な階段を下りる。

 と、先程いた一階のフロアが開けた。


「あれ? 二階はどこに行った? まさかよくある怪談的な階段か……って、上手い事言ったつもりか!」


 ツッコミ役のいない巡は、一人で馬鹿な事をほざき、上を見て納得した。


「ああ、一階の天井が異様に高いからか」


 部屋に案内された時は、六月との会話というのか……勢いに押されて気が付かなかったが、外観は三階建て、内部は二階の寮だった。


「なんで天井が高いのか気になるな……」


 巡は高い天井を見上げたまま呟くと、口を半開きにアホ面で思う。


 ――素直に考えると、でかい物を搬入する為なんだろう……けどな――


 巡は、今日の昼からこれまでにファンタジーな住人達に、というのか、三人のファンタジーな住人にしか出会っていない事を思い出した。三人は有翼で、巡の言葉で言えば天界戦乙女の七月、魔族風おっとりお姉さん系の六月、そして熱血精霊の四月と、明らかに人外の存在である。


 ――まあ、小さい四月がいるわけだから……大きい方がいてもおかしくないか――


 巡は、後で六月さんに訊いてみよう、と適当に納得して、止めていた足を食堂へと進めた。


 巡が食堂の暖簾のれんを開いて顔を覗かせると、右手側の談話スペースで何やら話し込んでいた四月、七月の二人と目が合った。

 のだが、何故か二人はバツが悪そうに巡から視線を逸らした。もちろん巡は話の内容を知らないし、聞いてもいない。

 とは言え、そんな二人の態度から、巡を話題の中心にしたガールズトーク的なお喋りをしていた、という事は巡にも容易に推測出来る。

 そんな二人の態度に困ったのは巡である。

 先程七月と四月には変に気を使わしてしまったため、顔を合わせたらお礼をしようと思っていた。なにより先ずは、少しでも打ち解けたいとも考えていた。しかし、出端をくじかれた。

 おかしな緊張感が漂う中、それでも巡の会話スキルが高ければ問題は無かったのだが、


「…………」


 今度は巡がバツの悪そうな引きつった笑みを作ると、無言のまま二人に対して小さく頭を下げた。

 すると四月と七月は、逸らしていた視線を巡に戻して、無言でチョコリと小さな会釈を返した。

 二人の対応を見た巡は、


 ――そっぽを向かれたままだったらどうしようかと思ったけど、良かった、拒絶されているわけではないんだ――


 安堵すると、強張っていた肩や顔がほぐれて、緊張から解かれた。

 と、


「あらあら、何をしているのかしら四季君」


 背後より唐突に声をかけられた巡は、『ひゃい?』と奇妙な叫び声を上げ、食堂を覗き込んでいた姿勢のまま、ピョン、と足を床から浮かせるという器用な動きを行った。

 十点満点の着地を決めた巡が、再び体が硬直させて微動だりしないでいると、あらまあ、と言葉を挟んだ声の主六月は、


「さっきの事が気になって女の子の中に入りたくても、入れなかったのかしら?」


 巡に問いかけた。

 対して巡は硬直した体はそのままに、かろうじて動く首だけをきしませながら回して、背後の六月をなんとか視界に入れると、


「いや、まあ、そ、そんなところです」


 図星を突かれた巡は、そう答えるのが精一杯だった。そんな巡に、


「そんなに硬くならないでね」


 六月が穏やかな笑顔で言いながら自身の両手を巡の両肩に添えた。それが合図となったのか、催眠術を解かれたように、巡の体からおかしな硬さは消えていった。


「そうそう、それで良いのよ。私も一緒に入るから任せなさい」


 そんな六月に巡は、はあ、と嘆息とも取れるような返事を返す。と同時に、巡は体を突き動かされる。巡の肩に置いていた両手を背中にずらした六月が後押し機関車のように巡を押して、食堂に向かって動き出したのだった。自分の意志とは違う推進力を得た巡にとっては、まさに『覚悟を決める前に突き落とされたバンジー状態』だったのであろう、


「ちょ、って、か、ま、まって、って、ろ、六月さん、た、タンマって」


 かなり焦った様子で、普段は使わない半ば死語も交えての抗議も虚しく、六月はそのまま巡を食堂に押し込んだ。


「さてさて、四月ちゃんに七月ちゃんも席に着いてね」


 六月は談話スペースにいた二人に声を掛ける。しかし、そこでは立ち止まらず、巡を後押しをしたまま、奥の食卓へと向かった。


「ちょ、六月さん」

「はいはぁい、到着ですよ。ここが四季君専用の席です」


 専用といっても他の席と比べて特にグレードが高いというわけでもなく、同一のものである。もっとも巡は、極普通の男子高校生である。どこかの偉い先生方のように、用意されているものが他より、一グレードも二グレードも上でなければ納得しない、などと我がままな事も言わず、当たり前のように用意された席に着く。

 と、ほぼ同時に四月と七月が、そして一歩遅れて六月が極自然に席に着いた。


 ――専用席というのは、俺だけじゃないみたいだな。

 まあ、四月はサイズ的に専用席があってもおかしくないけどね。

 しかしだな……これってキツイかも――


 食堂のスペースや食卓のサイズ的な意味ではない。

 というのも、食堂自体は結構広い。トレーを持ってすれ違うにも苦労しない程度の余裕がある。食卓は、個別に専用の机とイスを用意されていて、机の天板は学校机の倍の大きさがあるだろう。

 つまり『キツイ』というのは巡の精神的な話である。

 昼間の談話スペースと同じように、真正面に向かい合わせで並んで座っている三人の女性を見て思った。


 ――まあ、三人だから……でも近いから、変に緊張するぞ――


 会議で言えば議長席、というより裁判の被告席、そんな注目を集めるような席に座らされた巡は落ち着かなかった。

 巡は、これまでの生活で注目を浴びるような舞台に立った事が何度もある。中学以前の話だ。

 当時の巡は勉強に運動と、所謂いわゆる『出来る子』だった。だが、今となっては遠い昔の事であり、すっかり記憶から抜け落ちている。

 中学以降になると、人前に立った事の記憶は、片手の指でも充分余る程度である。

 今の巡は、良くもなく悪くもなく目立たない『中の中』を信条に、進級したら前担任の記憶から一番最初に消え去る、そんな希薄な存在になるようにあえて選択肢を選んできた。巡にとっては注目を浴びるという事が、ここにいる女性達がどういう集まりなのか、を上回る大問題であった。


 ――とりあえずいろいろと疑問はあるけど、それより何より問題は、何で俺が注目を浴びているのか……そりゃまあ人間だし男だし、この中では異質な存在かもしれませんがね。でも、俺はもう注目されたくない訳だし――


 と見事な異世界人耐性を身につけた巡は思う。


 ――てか、困ったぞ。さっきもそうだったけど、どこに目を向けたら良いんだ?――


 巡は落ち着いている素振りを見せながら、正面に並ぶ三人の女性達を見る。というより注目を集める席なら逆もまた然りである。巡が前を向けば、意識せずとも視界に入ってしまう。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 誰も言葉を発しない重苦しい沈黙の時間が流れる。壁に掛けてある時計が、連続秒針であるにもかかわらず、コチコチと時を刻む音をたてる、そんな幻聴が聞こえてくるような沈黙。それは一分にも満たない時間だったのだが、巡にとっては何時間にも感じるような重苦しい時間であった。


「……あ、あの……」


 堪り兼ねた巡が恐る恐る口を開くのとほぼ同時、


『ピン・ポーン』


 誰が聞いても、間違いなく呼び鈴の音と答えるであろう電子音に巡の声は消された。


「あらあら、来ましたわ」


 巡から向かって左端に座っていた六月が席を立つ。


 ――来たって、お客さん? てか出前? ……んなわけないよな――


 巡が思っていると、六月は巡の背後、カウンターで仕切られている奥のキッチンへと足を進める。その様子を巡の視線が追いかける。


 ――さっきまでは視線とか浴びててそれどころじゃなかったけど、考えてみれば変だよな。だって食堂なのに、これから食べるはずの食事が用意されていないんだよ。そもそも誰もキッチンに立っていないし、当然作っている雰囲気もないし……。てか普通こういう所って、横幅があって『ガハハ』って笑う気っ風の良いおばちゃんが居るんじゃないのか? まあゲームとかアニメから得た知識だから実際は知らないけどね――


 六月はキッチンの一角にある、いかにも業務用貨物エレベーターです、と言っているようなステンレス製の扉を開き、中からこれまたステンレス製のワゴンを引っ張り出した。


 ――え? そのワゴン、どこから来たの?――


 当然の疑問を思う巡だったが、穏やかな笑みを浮かべた六月が、ワゴンを操作して巡達が待つ食事スペースへと近づくにつれて、食欲をそそる香りが次第に強くなってくる。


 ――そっか、さっき軽くサンドイッチを食っただけだったから腹減ったよ――


 その後は寝ていただけなのだから、という意見もあろうが、それでも腹が減るのは食べ盛りの若さ故だろう。

 巡が匂いにつられて空腹を思い出したとたん、


『ぐぅぅぅ………………』


 静かな食堂に響き渡った。当然食べ盛りの巡の腹が発した空腹の合図である。同時に疑問もどこかに吹っ飛んでいた。


「あらあら、お腹空いちゃったわよね」


 ワゴンを押してきた六月から出た言葉を皮切りに、巡の正面に座る二人の女性達から笑いが漏れ出した。それが冷笑なのか苦笑なのか、それとも失笑なのか、


 ――まあ、何がツボに入ったのか知らないけど、あれか? 箸が転がってもっていうやつかな? あれって種族を越えての言葉なのか?――


 と、そんな女性達の笑いを巡は、空腹に合図に思わず失笑、と取ったようだ。女性達の笑いの意味はさておき、おかげで重苦しい空気が少々和んだ。

 そんな折、空気を更に和ませるような声で、


「はいはぁい、お待たせね。じゃあ順番に取りにきてね」


 六月が言うと、先ずは七月が席を立ち、夕食の載っているトレーを受け取ると席に戻った。それを待って、今度は四月が席を離れ、体に合わせた小さなトレーを受け取ると席に戻った。


 ――って、何でそんな卒業証書授与式みたいなめんどくさい事を?――


 巡は思って気が付いた。


 ――あっ、そうか、羽根か。向きをかえたりするのに引っ掛けたりする……のかな?

 まあ、四月は俺にぶつかったし……あまり関係ないか――


 意気込んで推理したまでは良いが、自信は全くなかった。と、


「はいはぁい、四季君も取りにきて下さいね」

「は、はい」


 と、穏やかに微笑む六月に促されて、巡も夕食を受け取り、そして席に着いた。最後に六月が自分のトレーを持って席に着くと、


「では皆さん、ちょっと遅れちゃったけど、夕食を食べましょう。

 頂きます」

「「頂きます」」


 六月の言葉を見事なハーモニーで復唱する女性達であった。と、巡は当然その波に乗れず、一拍遅れて、


「い、頂きます」


 再び視線を集めていた。


 静かな談笑を交えながら食事は進んでいくが、巡はそれに交われない。そんな巡に時折六月が話を振ってくる。しかし打ち解けきれていない巡は、「はあ」とか「……ですか」等と生返事を繰り返すうちに、会話から取り残されていった。ゲームとは違って、用意された選択肢のような会話は、現実世界には無いのである。もっとも巡に女性との会話を楽しめるスキルがあれば、仮想世界にのめり込む事は無かったかもしれない。


 ――まあ、追々慣れて行けば良いさ――


 などと言い訳がましい事を思いつつ食事に手を伸ばして行く。と、ふと目に止まる。


 ――そういえば、皆同じものを食べているんだ。そりゃまあ、量は体格に合わせているみたいだけど――


 尺度の違う四月を一瞥する。


 ――でも、種族によって食べ物って、普通は違うんじゃないのか――


 巡は胸中で呟くように思う。

 しかし、そこまで疑問に思うのなら、声にして口から出せば話のネタとして会話も広がると思うのだが、それに気付かない巡だった。

 それはさておき、実際出されている食事は極ありふれたもので、野菜炒め定食と言って良いだろう。結構なボリュームのある野菜炒めをメインに、鶏の唐揚げ三つが副菜、ご飯に中華味のスープである。


 ――結構美味いな。でも女性にはちょっと多くないか?――


 という巡の心配は、後に無用の長物となる。


 ――それにしても豪勢な食事だな……てか、お金はどうなるのだろう――


 高校生の一人暮らしという事で、カップ麺、コンビニ弁当、菓子パンや惣菜パンに慣れ親しんでいる巡にとって、こういった食事が豪勢に思えるのだろう。実際のところ、コンビニで買う物と同じぐらいお金を払えば、街の食堂などで巡の言う豪勢な食事が出来ると思う。


 結局、色々と話のネタになる事を自問するだけで、キッパリ、と退けた巡は、ほとんど会話に参加出来ないまま、寂しい夕食を終えた。

 巡が一応行儀良く『ごちそうさま』をすると、食事が終わるのを待っていたかのように六月が話しかけてきた。


「そうそう四季君。さっきはお話をする事が出来なかったけど――」


 と前置く六月の表情は、どこか苦々しい。そんな六月の表情から、何か言いにくい事だろう、と察した巡も姿勢を正して身構える。


「――何て言ったら良いのかしら……」


 六月は、続く言葉を考えるように、右手人差し指を顎に当てて、う~ん、と小さく唸って一拍置くと、


「――そうね……四季君は、私達のリーダーになると思うのよね」


 六月の言葉は、ピントがボケた写真のようであった。当然、勘の悪い巡には真意が伝わらず、


「はい? 言ってる意味がよくわからないのですが」


 眉間にしわを寄せた困惑の表情で返す。

 六月は、やっぱり伝わらないか、と言うように苦笑いを浮かべて、


「えっとね、四季君がさっき言っていたお役目の事ですが……」


 言葉の途中で小さな吐息を挟む。この先の言葉を言われた巡がどんな反応を示すか、六月には察しがついているのだろう。だから、六月自身準備をするために一拍の間を取った。


「……ほら、さっきの映像よ」

「へ? 映像って、さっきの戦闘の? ですか?」


 巡はオウム返しのように、六月へ返す。


「そうよ、あれが四季君や私達のお役目よ」


 六月は重くならない程度の言葉で伝えた。


「なんだ、とっくにお役目は決まっていたんだ。

 なら、あの『影のような何か』に勝てば……………………ん?」


 再び天井を突き破る勢いで飛び跳ねるように立ち上がり、ついでに膝裏でイスを弾くと、


「って! ななな何ですと!!」


 本日何度目になるだろうか、巡の仰天する叫びが、床を打つイスの金属的な打撃音と共に静かな寮内に響き渡った。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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