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ここって? 003

「さあさあ、遠慮しないで、上がって上がって」


 めぐるは魔界風おっとりお姉さん系の六月に案内されて、一生無縁だったはずの場所である、基本男子禁制の女子寮内へと足を踏み入れた。

 禁断の花園などと甘美な形容が付いたりする女子校や女子寮の実態はさておき、健全な男子の巡は興味津々である。だからといって辺り構わず熟視じゅくしするわけにもいかない。従って、巡は周囲を一瞥いちべつした。


 ――…………ですよね――


 個人の部屋なら、巡が期待する物の一つでもぶら下がっているかもしれないが、今いる場所は共用のエントランスだ。ここが女子寮だと証明する物的証拠はもちろん無く、学校の昇降口をコンパクトにしたような、極普通のエントランスだった。

 そのエントランス左手には、天界戦乙女いくさおとめ風の七月が、着替えてくる、と言って昇っていった二階へと続く階段とその奥に、


「一階には食堂、二階には談話室があります。それと階段を挟んで反対には皆さんのお部屋も」


 視線を固定しない巡に気が付いたのだろう、穏やかな笑顔の六月が簡単に説明を始める。

 そして右手には、さすが女子寮と言うべきか、監視を兼ねたような寮監室と書かれた部屋と、その奥には、


「うふ、期待の大浴場よ」 


 ――へ? 期待って……そりゃまあ――


 巡は自分の顔を見る事が出来ない。それはそれは、典型的な妄想する男子高校生の顔であった。


「あらあら、男の子よね。キャッキャウフフをご想像かしら。でも寮監の私があそこのお部屋から監視していますからね。覗きは出来ませんよ」


 見た目はおっとりお姉さん系の六月であるが、予定通りの反応を示す巡に鋭くツッコミを入れてくる。図星をつかれた巡は、


「えっ! 寮監さん? って、寮監って何ですか?」


 ごまかす訳ではなく、自身の学の無さをひけらかす。


 ――まあ、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言うからね――


「あらあら、読んで字の如く寮を管理、監督する立場よ。

 そうそう、私、寮監でしたわ。今までは男の子がいなかったから……いけない事をした時のお仕置きを、寮監として考えておかないとだめね」


 六月はおっとりとした笑顔で説明した。しかしその笑顔が巡を戦慄せんりつさせる。


 ――こ、こんな所に住んで、例え間違いでも何かしでかしたら、干涸ひからびるまで吸い取られる――


 巡は、六月の笑顔に魔族の本質を見たようであった。あくまでも巡の想像上の話である。と、そんな話を聞いていた巡は、寮監室の隣に妙に大きな扉があるのに気が付くと同時に、こういった建物にしては不自然に高い天井、


 ――目測で四メートルはあるかな――


 それに、その高さに合わせたような大きな扉が玄関にも一枚ある事に気が付いた。


 ――何か大きなものでも運び込むための措置なのかな――


「じゃあ、いろいろと事情を説明しますので、食堂にでも行きましょう」


 巡は言葉と同時に差し出された六月の手の方向へと歩みを進める。その正面に見える食堂は、天井近くまで高さのある大きな扉を開放したまま、暖簾のれんだけで仕切られていた。

 食堂の前に立ち、さあどうぞ、と六月が差し出した手の先の暖簾を巡が開こうしたその時だった。


「ふぉぉぉぉ! ねひぃまったぁぁぁ! ふぃこくふぁぁぁぁ!! ふぉわぁぁぁぁ!!」


 滑舌の悪い、いや、明らかに何かの理由で口が開けない状態で、しかし迫力ある叫び声が、巡の耳に飛び込んできた。


 ――こ、これって、マズいだろう。危ないイベントフラグ立ちまくりだろう――


 思うが早いか巡の目の前の暖簾が、彼が開くより早く音も無くまくれ、食堂が見渡せるように視界が開ける。


 ――この食堂、思ったより広いんだ……うげっ!――


 同時に、ボディーブローを叩き込まれたような鈍い衝撃が走る。

 短く息を吐き出して見た目の感想を思う巡は、現在、体をくの字の曲げてエントランス方向へとバックジャンプを披露していた。

 僅かの浮遊感の直後、尻餅をついた床から伝わる衝撃で、巡は自身の体の状態がわかったようだ。腹に残る少々吐き気をもよおす鈍痛に、


 ――ローブローじゃなくて助かったよ。しかしいきなりボディーブローって、六月さんか?――


 とも思ったが、二、三度頭を左右に振って、


 ――いやいや、彼女は俺の後ろにいたから無理だろう……じゃあ、何?――


 と首を上げた巡の視界に、緊急回避するエビのような体勢でバックジャンプしてきた巡を避けたのだろう、壁にへばりつき、しかしおっとりした笑顔の六月がいる。そして、


 ――てか、そこ、尺度がおかしいだろう、遠近法が変じゃないですか? ああ、そうか六月さんも女の子なんですね――


 と、巡が思うのも無理もない。六月の足下には、捲れ上がったスカートから覗く青の縞パンに萌えちゃいそうな、着せ替え人形らしき物体が仰向けの状態で転がっている。そんな微妙ともいえる光景が巡の正面に広がっていた。


 ――でも、そのお年で着せ替え人形を持ち歩くのは、ちょっと引いちゃうかも――


 弾き飛ばされた衝撃のためだろう、意識レベルが上がりきっていない巡の脳が、答えを半ば無理矢理こじつけたのだろう。


 ――しかしな……妙に生っぽいけど、本当に人形か?――


 巡は、幾つもの疑問符を頭に浮かべながら、ぼんやりと人形らしき物体を見つめていた。

 突然、その人形らしき物体が上半身を起こしながら、しぶとく口にくわえていたトーストらしきものを手に持つと、


「うぉぉぉ! 何だ! 敵襲か?」


 最初の感嘆の声以外は、相変わらず下手な吹き替え洋画のような口の動きと音の違う叫び声を上げた。


 ――うぉ! な、何だ?――


 おかしな環境に馴染んできた巡とは言っても、さすがにこれには、ぎょっ、と目を剥き、驚いた。

 そして人形らしき物体は完全に上半身を起こすと、少々距離はあるが正面、向かい合わせの巡と視線を合わせ、


「ん? お、お前か? お前があたいの進路を妨害したのか! ちょ、ちょこざいな、名を、名を名乗れ!」


 古き良き時代の剣劇漫画でおなじみの悪役が叫ぶ台詞を投げかけて来た。巡はそれに答える訳でもなく、


 ――ああ、これか、これがぶつかってきたんだな。トーストらしいものをくわえた着せ替え人形さん的な女の子らしいものとゴッツンした訳だ。百歩譲れば、トーストくわえた女の子とゴッツンコだ。そんな王道中の王道的出会いを否定した俺が悪かったよ。驚愕の初体験だよ。凄すぎるだろう。ああ、自分でもビックリだよ。でもね、だけどね、出来る事ならね、普通の女の子と体験したかったと思います!――


 と、状況を分析をする。そこへ、壁と同化していた六月が、


「あらあら四月ちゃん、大慌てでどうしたの?」


 割って入ってきた。


「お、おう、六月さん。そ、そうだ、こんな事をしている場合では、遅刻、遅刻だ! 新学期早々遅刻だ」


 四月と呼ばれたお人形らしきものは、その高いトーンの声質に似合わないような迫力で言いながら慌てて立ち上がる。


「あらまあ四月ちゃん。お昼からどこかにお出かけだったのかしら?」


 六月はおっとりお姉さん系が行う典型的な驚きの仕草、口に手を当てる、を行いながら、あくまでも落ち着いた口調で問いかける。


「どこって六月さん、学校に決まってるだろう。今日は始業式だぞ。なのにあたいったら、朝ご飯を食べているうちに、うとうとしちゃったんだよ。ほら――」


 四月は、虫眼鏡で拡大しないと読めないような小さい腕時計を六月に見せると、それは午前八時四十分を指していた。


「あらあら、まあ大変。でもこれって――」


 六月は小さな文字盤を見ると、今一度驚きの声を上げた。そしてその言葉を切るように四月が、


「でしょでしょ、あと十分しか無いよ。どう頑張っても遅刻だよ。七月にしかられるよ――」


 騒ぎ立てる四月に、


 ――ああ、そうだね。何時に集合か知らないけど、ここから……あっ、ここが俺の自宅として、それに同じ学校に通っていると仮定しての話だけどね。学校までは徒歩で四、五十分、走っても……全力疾走は無理だから、ジョギングプラスアルファ程度で二十分以上は必要だからね。自転車やワールドクラスのマラソンランナーなら十分で完走する事も可能かもしれないけど……。

 えっと四月さんだっけ、無理だろう、その体、小さいし。で、同じ学校なのか? 俺は見た事無いけどね。人形みたいに小さな女子生徒なんて。ああ、そうか、新入生とか? それよりこの子が同じ学校の生徒と考える方が間違っているのかもね。いずれにしても昼からなんて、部活か?――


 巡が冷静に脳内解説を入れていると、先程の威勢の良さはどこへやら、四月は今にも泣き出しそうな表情となっていた。六月の言葉に今が何時頃なのか気付いたようで、


「――へ? お・ひ・る・から? って、お昼って午後十二時頃を指す言葉の?」


 と、四月が油の切れたブリキ人形のようにぎこちなく腕の時計に目をやると、文字盤の四の位置で秒針は止まっていた。そこに追い打ちをかけるように、


「新学期早々無断欠席とはなかなかやるな、四月。生徒会執行部の一員として恥ずべきだそ。何らかのペナルティーを科す事になるだろう」


 巡が尻餅をついているその左手側、着替えを終えた天界風少女の七月が、まさに天界から降臨するかの如く階段を下りながら言葉を飛ばしてきた。


「ひ、七月……うぅぅぅ……ろ、六月さん、何で――」


 四月は声に似合わない低いうなり声を出して、六月の方へ向く。が、六月が言葉を先取りしたかのように、


「おやまあ、私は四月ちゃんがあまりの気持ち良さそうに寝ていましたから……それでも一度は起こしてみましたのよ。でも大変お疲れのようでしたので何度も起こすのも可哀想と思って、その後はそっとしておいたのですが――」


 穏やかに微笑みながら四月の言葉をさえぎり、そして、


「――私が何度も起こさなかった事に、何か問題でも?」


 一転、誰の反論も受け付けない危ないオーラを纏って言葉を締めた。それは、


 ――やっぱり魔族だ。この人だけは逆らっちゃいけない――


 と、話に無関係な巡を脅すには充分だった。


「い、いいえ、何も問題ありません――」


 と渋々ながら返す四月が改めて巡に視線を向けると、


「――お、お前は、だ、だ、誰だ! ふ、不審者か? そうだな、風呂場を覗こうとして、そ、それともパンツを盗もうとして、七月に捕まった不審者だな。し、神妙にお縄をちょうだいしろ!」


 と、背中にある柳の葉のように細長く、そして半透明な四枚の羽をせわしなく動かし、小さな体を浮かせて尻餅状態の巡を見下ろす位置に付ける。

 そして器用にホバーリングしたまま肩幅に足を開き、腰に左手を当てながら、更に右人差し指を巡に向けたポーズを決めると、立場が悪くなった時の必殺技『話題のすり替え』を行ってきた。

 その小さな体を目一杯大きく見せ、巡を威嚇するように宙に立つ女性に、


「ち、ちっちゃ」


 巡は思わず声に出してしまった。


「な、なんだとぅ、ちっちゃい言うな!! あ、あたいはこれでも大きい方だ!!」


 当然四月は怒る。しかし、


「ご、ごめん。しかし神妙もなにも、既に捕まっている訳だが……いや、そもそも捕まるとかじゃないぞ」


 冷静に返す巡に、四月は小さく舌打ちをすると、


「ち、ちきしょう、どいつもこいつも全く……馬鹿にしやがって……本当にもう」


 六月と七月に聞こえなように、小さく小さく呟いた。そんな四月の言葉が巡には聞こえたようで、


 ――言動が熱いけど、案外いい奴なのか? 正義の味方ってやつか? まあ、最初こそ驚いたけど、もう大丈夫――


 巡は自身に言い聞かせ、気持ちを落ち着ける。彼は今日、二人の羽を持つファンタジーな種族に出会っているからこその落ち着きである。そんなありがたくもない耐性が出来つつある巡は、正面の宙に立ち未だ何かを呟く四月を改めて見る。

 やや上がった目尻に眉尻、小さいからというわけではないが、見た目は典型的なロリ系キャラクターの少女である。


 ――間違いなくロングツインテールにスクール水着が似合そうな女子なんだけど、残念ながらそのショートヘアーじゃ、小さい子のちょんまげみたいになっちゃうな。まあ、所々跳ねたくせ毛が可愛らしいけどね。てか、身長五十センチ程だから小さい子って言葉がピタリ当てはまるけど……そういう意味じゃないからな。まあ、今の身長に百センチ程プラスされれば、いろいろと需要がありそうだよな――


 とりあえずここではどんな世界のどんな需要かは言及せずにおく。とは言え、四月は小さいが、決して幼児と言う訳ではない。一応彼女の名誉のために付け加えると、その体は巡と同年代の女子をそのまま小さくした体型であり、同じ身長の幼児……乳児と比較してスリムである。しかし一部だが幼児体型が残っているような、凹凸の少ない残念体型は、この手のキャラクターのお約束である。それはさておき、巡が、


 ――若葉のような淡い緑の髪から葉っぱが所々見えるし……ああ、木の精霊さん、ドリアードかな――


 などと、四月を冷静に脳内分析して、ファンタジー世界の住人と結論付けていると、


「さぁてと、四月ちゃんは起きたし、七月ちゃんも降りてきたし、みんなでお話しましょうね」


 言った六月は、妙に嬉しそうだった。


 ――えっと六月さん、やっぱりお喋りが好きなんですね――


 六月はそのままの表情で、尻餅をついたままの巡へと手を差し出した。


 食堂に入ると、入り口すぐ脇の談話スーペースに巡は案内される。そのには三人がけの背もたれのないソファーが、向かい合わせに一組、設置されている。そこに奥から四月、七月、そして六月が並んで座った。

 と、いうわけで巡は、必然、三人の視線が集まるもう一方の三人がけソファーに一人で座ることになった。


「………………」


 四人が腰を落ち着けて数秒程の間が空いたのだが、巡は困っていた。顔を正面に向けると、七月と目が合ってしまう。かといって、左右どちらに視線を逸らしても、四月、若しくは六月と視線が合ってしまう。


 ――そりゃ、七月さんや六月さんみたいに綺麗な人はいつまでも見ていたさ。でも、こうしてまともに向き合ってというのは……さすがにキツイぞ――


 バツの悪さに視線を逸らそうにも、天井を見ているわけにはいかない。


 ――如何にも、視線を逸らしてます! って感じになっちゃうし――


 だからといって、巡は視線を下げれない。下げる事が出来ないわけがある。


 ――このイス設計したの誰? てか七月さん、何でスカートなの? 短いし……さっきチラッと……いや、奥までは見えなかったけどね、危ないです!――


 と、真正面の七月はしっかりと足を閉じている。しかし足が長いのか座る角度が深く、太ももから膝頭の延長線上に巡の顔がある。つまり角度的にかなり際どい状態だった。

 そんなわけで、巡は不審者のように視線を右へ左へを繰り返していると、司会の六月が優しく微笑みながら口を開いた。


「さてさて、本当なら私の所に資料が来ているはずなのだけど、ちょっと遅れている様子なので、お名前を教えてくれるかしら? 神宿男マイダーリン君」

「は、はい……えっと、四季しき巡です」

「じゃあ、四季君で良いわね――」


 六月の言葉に、はい、と返す巡は、ようやくまともな呼び方をされる事に、微妙に安堵したのだが、


「――えっと司令本部では、ここで生活するためのお話をどこまで聞いてきたのかしら?」


 続く六月の言葉に、はい? と返す事しか出来ない巡だった。

 眉を寄せた怪訝な表情で首を傾げる巡に六月は、


「あらら? お話が通じていない様子ね。私の説明が悪かったのかしら? それとも翻訳システムの不具合で言葉が通じていないのかしら?

 これはこれは困りましたわ」


 何か解決策を考えているのだろう、右手の人差し指を顎に当てて、う~ん、と小さく唸っている。対して巡は、


 ――えっとですね、ファンタジーな人達に出会ってですね、そりゃ昼から変な事になっていますけどね、なんだかもの凄く不自然な事を六月さん言ってないですか?

 だってですよ、司令本部って言われてもですね、漫画やゲームの仮想世界なんかではちょくちょく出てくる言葉なんですがね、現実世界の一般的な高校生には無縁の場所だと思うんですよね。まあ、リアルで聞く『なんとか本部』って言葉なら、体育祭や文化祭なんかの運営本部が精々ですかね。

 いやいや、てかさ、もっと変な事を言ったよ、六月さん。ここで生活するための話って……そんな事を言われてもですね、今までと大して変わりがないと思うんですよ。

 あっ、でもないか、実際家が無くなってるわけだし。でも、そういう事の説明は今らかしてくれるのでは?――


 不信感たっぷりに胸中で思い、口を開く。


「えっと六月さん、司令本部って一体何の話ですか?」


 巡にとっては当然の疑問だ。

 と、今度は六月が眉を寄せた怪訝な表情で小首を傾げた。


「あれあれあれ? えっと、管理局で神宿の適合検査を受けて――」


 巡は首を横に振る。


「――支援局でここでの生活のお話を聞いて――」


 もう一度巡は首を横に振る。


「――それから、ここに来た…………のじゃないのですね」


 六月は、首を縦に振る巡を見て、大きな嘆息を一つ吐いた。

 それを見た巡は意を決したように、


「六月さん、俺は学校の帰りにいつも通る公園で、知らないうちに寝てたようで、闇に引きずり込まれるような夢を見て、目が覚めたら七月さんがいて、家に戻ったら家が無くなっていて、代わりにこの建物が建ってるし、それに……」

「それに?」


 巡は、どう言って良いのか迷ったが、


「……人に会っていないんです」


 結局、真っすぐな言葉で伝えた。

 そんな巡の言葉に六月は困惑の表情を作って返す。


「それは、どういう事かしら?」


 僅かに怒気をはらむ言葉だった。

 巡が自分達を人と認めていなかった事に、戸惑いと苛立を覚えたのだろう。そんな複雑な感情が、六月の表情と言葉に出てしまったのだろう。

 しかも、そう思ったのは六月だけではないようだ。四月も、七月も、非常に複雑な表情を作っている。

 女性三人の周囲の空気が変わった事に、鈍い巡もさすがに気付いて、


「すみません、言葉が悪かったようですね。

 えっと、俺と同じ人っていうのが良いのかな? ほら、七月さんに六月さん、それに四月?」

「なんであたいは呼び捨てなんだ!!」

「うっ、ご、ごめん、四月さんも、どう見ても俺と同じ世界の人じゃないですよね。仮想世界というのか、異世界というのか……とにかく住む世界の違う人達なんです。

 ですから、ああ言った表現になってしまいました」


 巡は言い終えると頭を下げた。

 そんな巡を見た三人の女性達は表情を緩めて、


「あらあら、だからなのね、四季君の行動がおかしかったのは」

「つまり四季巡は、何の手続きもしないまま、何も知らないまま、あの公園に現れたという事になるわけですね。

 そんな事ってあるのでしょうか、六月さん」

「そうね……みんなより早くからここにいる私も、十全を知っているわけじゃないのよね。

 でもね、ここに四季君がいるって事は、七月ちゃんの言った事があった、という証明なのよね」

「ふん、やっぱり四季は、不審者だったという事なんだな。

 狙いは、あたいのパンツか? ままままさかあたいの体か? な、なるほど、趣味は良いようだが、駄目だ駄目だ駄目だ!

 六月さん、管理局に報告を」


 勝手に議論を始めた。とりあえず四月の言葉は聞かなかった事にした巡は、


「盛り上がっているところ、ホントすみませんが、『ここ』とか『管理局』とか、言ってる言葉の意味が全くわからないです!

 さっきも言ったけど、自宅がこんな風になってたり、人に会っていないのも、都合の良い結界とか何ですよね? そもそも何が起きちゃっているんですか? てか、そろそろ元の日常に戻してくれるとありがたいのですが」


 とにかく状況が知りたいと口早に疑問を投げた。


「そっか、そういう事なのね」


 巡の視線の先、六月は、ポン、と軽く手を打って、何か納得したような言葉を作る。そして、えっとね、と言葉を繋ぎながら右手人差し指を口元に当てて、次の言葉を選ぶ素振そぶりを見せると、


「何か勘違いしているようね。先ずはそこから正して行きましょうか」


 優しい微笑みを巡に向けて、前置いた。

 六月は一拍間をあけて、


「ここは同時間、同場所に存在する数多あまたの世界を結ぶ『異世いぜ回廊の交差点』なの。

 つまりね、今まで四季君が住んでいた世界とは、違う世界なの」


 あっさりと言った。


「はあ……そうですか……」


 と、事も無げに返す巡。

 が、一呼吸の間を空けると、六月の言った意味が理解出来たのだろう、天井を突き破らんばかりの勢いで飛び跳ねるように立ち上がり、ついでに膝裏で勢い良く押したソファーが床を滑る。


「……へ? ちょ、ってか……な、なな何ですと!!」


 悲鳴にも似た巡の叫び声が、ソファーが床を引っ掻く耳障りな音と共に、静かな寮内に響き渡った。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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