新米(仮)です 013
「すまなかった四季巡。あたしはあれ以上、感情を抑えることができそうになかった」
「ごめん四季。あたい達が不甲斐ないばっかりにあんなことをさせてしまって」
巡がどんより曇った天気と同じような重苦しい気分で自分の教室に戻ると、蓮華と菜乃花が入り口付近で巡に詫びるために待っていたのだろう、深々と頭を下げて言った。
そんな二人に巡は、険しく凝り固まった表情を緩めて、
「あっ、大丈夫、俺は大丈夫だから、文月さんも卯月さんも頭を上げてよ。それに二人には感謝しているんだよ。だからさ、お願いだから頭を上げてよ」
まだ険が残る声音ではあったが、優しく、可能な限り優しく、自己嫌悪する蓮華と菜乃花を宥めた。
「でも……最後にはあたし達の言動で、いらない恥をかかせてしまったのだし……」
「あんなことになっちゃって、一緒に行ったあたい達だって責任を感じているんだ」
「いやいや、一緒に来てくれたから、あの程度ですんだんだよ。俺一人で行ってたら酷いことになったと思うよ」
でもさ、と腕を組んで何かを考えている菜乃花に巡は、悪い予感しかしない。
「まあ四季巡が何と思おうと、あたし達の言動が元で恥ずかしい思いをさせてしまったわけだしな。その責任をとりたいというのかだな……」
「そうか! いいことを思いついたぞ。文月、あたいに任せてくれ」
蓮華は、キラリと目を光らせた菜乃花に気圧されながら、ああ、と返す。すると菜乃花は、じゃあ、と巡へと嬉しそうに向き直る。そんな菜乃花に巡はどう転んでも、悪い予感しかしない。
「四季はさ、あたい達のせいで恥ずかしいことになっちゃったんだからさ、あたい達に、その……は、恥ずかしいことをしちゃっていいことにする。で、でも一回だけだぞ」
「「な、何ですと!」」
巡と蓮華が珍しくハモった。
「だ、だからさ、いつも四季が雫音さんにしているみたいにさ、なんていうのか……そ、そう男子的欲求をさ、あたい達が受け入れれば責任とか、あたい達も個人的にさ……(雫音さんと)……色々と五分になるんじゃないかな」
「ちょっ、ちょっ、待て待て待て待てって。いつもなんてしてないって」
「じゃあたまにか?」
「い、いやまあ……そりゃえっとだな、あの誘惑に勝てる男子は、ってそうじゃなくてだな、と、とにかくだ、非常に魅力的な提案だとは思うのですけれどもね……な、なんていっていいのか……そ、そう、その後今度は俺が責任を取らなきゃいけないような事態に発展するような気がするというのかだな……とにかくだ、その気持ちだけありがたく頂いておくよ」
菜乃花のまさかの提案に、ちょっと残念だけど、と呟くように付け加えた巡の背後から、
「不純異性交遊の相談は駄目なのだ。雫音の監視の目が無くなったとたんこれでは先が思いやられるのだ」
冷ややかな声音とともに、巡達の担任である十二月が怪しい相談を遮った。
「ぬわぁぁぁ! せ、先生、いつからそこに?」
「いつからも何も、こんなところで話をしていれば、廊下に響いていやでも聞こえてくるのだ」
揃って、あっ! と声を上げた巡達に十二月は、
「こんな所に突っ立ていられては邪魔なのだ、とっとと中に入って席に着くのだ」
言いながら、敷居越しの廊下側に立つ巡の背中を、トン、と押して教室へと入った。
さすがドワーフというように意外と力強かったのか、それとも単に不意を突かれたからなのか、巡は、おっ、とたたらを踏んで、
ムニュ?
お約束である。
蓮華の形が良さそうな胸の双丘へ顔を埋めるように突っ込んだ。
「……ん? にゃ! にゃにゃにゃ!?」
蓮華は、一瞬何が起きたのかわからない、というように不思議な奇声を発するが、すぐさま事態を把握し、ポン、と頬を朱に染めながらも、可能な限り冷静に対応する。
「し、四季巡……先程はこのようなことは遠慮するというようなことを言っていたと思うのだが……やはり男子的欲求には逆らえないということなのだな。だから怒ってはいないし、何よりあたしとしてはこの程度のことですむのなら、ありがたいと思う。けれどもな、こういうことはあまり人目につかないところでだな……ああそうか、あたしに恥ずかしい思いをさせるという主旨であったか……だがな、言葉と行動はできる限り一致させた方がいいと思うぞ」
しかし巡は、額から骨伝導で伝わってくる蓮華の言葉に、堕天化の兆候を感じ取り怯える。
今、すぐに離れなければ危険だ、と頭の中で警報が鳴り響く。
しかし、離れることができない。
男にはない柔らかな感触をいつまでも味わっていたい。
それに良い匂いだってする。
いつまでも顔を埋めていたい。
そんな男子的欲求が脳内警報を拒絶して、蓮華から体を離すことができない。
終には欲求が理性に打ち勝って、巡は埋めている顔に、ニンマリ、とスケベ的な笑みを作った。
直後、
ドス!
巡は鳩尾に鈍痛が走ったのと同時に吐き気を覚えた。
蓮華の放ったボディーブローが巡の鳩尾を捉えていたからだ。
それでも巡の完全無防備な男的部分が無事だったのは、蓮華の優しさの現れだったのかもしれない。
「何か嫌な感じがしたのでな、ついやってしまった」
ウゲ、と異様な声を上げて崩れる巡の耳にそんな蓮華の言葉が入ってきた。更に、
「四季君は何をやっているのだ。まっ、どうせ文月さんの胸に埋もれてスケベ顔でもしていたのだろう。女は男のスケベな反応に敏感なのだ。以降気をつけるように」
踞った巡に、十二月の冷ややかな教訓が突き刺さる。
「はい、いい勉強をさせて頂きました」
と、巡は力なく返すことが精一杯だった。
朝のトラブルからは考えられないほど、つつがなく授業を終えた巡達が、教室の掃除を行っていると、
「四季君、雫音のところへ寄ってほしい、と医務担当官から連絡が入ったのだ」
教室に戻ってきた十二月が言いながら少々難しい表情を作った。
そんな十二月の表情に巡も、
「え? どのみち帰りに寄っていくつもりでしたけれど……雫音さんに何かあったのですか?」
片眉を上げた難しい表情を作って返す。
不意の医療施設からの呼び出しに巡は少々焦るが、十二月に慌てた様子がないのを見て、緊急を要する話ではないのだろう、とやや楽観的に思っていた。
「ふむ、雫音に何かあったわけではないのだ。担当官は詳しく教えてはくれなかったけれども、四季君に直接話があるようなことを言っていたのだ」
「俺にですか?」
呟くように返す巡は、それこそ予想していなかった話に、腕を組んで眉を寄せた怪訝の表情を作りしばし黙考する。思い当たることといえば、と任務終了後のメディカルチェックを受けたことを思い出した。
「何か異常が見つかったのかな……」
「ん? 四季君はどこか調子が悪いのか」
「いいえ、そうではないのですが……雫音さんのことじゃなくて俺に直接話って、何かなと思って」
「四季君は先生の話を本当に聞いてないのだ。雫音のことで、四季君に直接話があるのかもしれないのだ」
あっ、と思わず声に出た巡に十二月は、
「とにかく伝えたから、さっさと行くのだ」
不機嫌そうに言いながら、踵を返してさっさと教室から出ていった。そんな十二月の小さな背中を、台風が過ぎた後のような清々しい気持ちで見送った巡は、
「じゃあ、お言葉に甘えてさっさと行きますか」
と、中断していた掃除に適当なところできりをつけて、蓮華、菜乃花と共に教室を出た。
雫音の入院する医療施設に到着した巡達を出迎えたのは、どこか難しい表情をした医務担当官だった。
「本日はお呼び立てして申し訳ございません」
「いいえ、雫音さんのところへ寄るつもりでしたから」
「えっと……それでですね……」
話を続けようとする医務担当官は、歯切れが悪く、更に一瞬だけ蓮華と菜乃花に困惑の視線を向けた。それを察した蓮華が、
「四季巡、あたし達は先に雫音さんのところに行っている」
言うと早々に菜乃花と連れ立って雫音の病室へと向かった。その後、巡は医務担当官に応接室へと案内された。開かれた扉の先には、文官然としたこの『彼岸・六文』の総司令官である春分と、戦闘司令室で主任と呼ばれていた白衣姿の男性の姿あった。二人は扉が開く前までは座っていたのだろう、部屋に入った巡に向いて慌ただしく姿勢を正す。そして、
「この度は私どもの不手際で大変な事態へとなってしまったことを、先ず以てお詫びいたします」
春分が言うと、二人揃って腰を折り深々と頭を下げた。
巡は部屋に入るなり、目上である二人の大の大人に頭を下げられて、困惑のあまり一歩退きそうになりながら、
「ちょ、って、てか頭を上げて下さい。お、俺に謝られても困ります。それは回復した雫音さんにお願いします」
手をバタバタとさせて、やっぱり一歩下がった。と、背中が何かに当たって振り返ると、頭を下げた三人目がいた。
「へ!? と、とにかく皆さん頭を上げて下さいって、それにこれが俺を呼び出した理由じゃないですよね。その話を進めましょうよ」
巡の言葉に三人が頭を上げた。そして春分が難しそうな顔のまま、
「こちらにおかけ下さい」
出入り口のところで突っ立っている巡に着席を促した。
巡がソファーに座ると続いて春分も座り、ではさっそく、と切り出した。
「話というのは他でもありません、神宿女水無月雫音様の容態についてです」
「えっ! 雫音さん、そんなに悪いんですか?」
慌てて立ち上がりながら身を乗り出す巡を春分は手で制すると、
「これは私の言い方が悪かったです。神宿女水無月雫音様のお体には問題はありません。今は回復を待つのみです」
先ずは雫音の無事を伝えると、巡を落ち着かせてもう一度着席を促した。
巡は、悪い癖だな、と話の腰を折る自分に少々反省しながら再びソファーに浮いた腰を下ろす。そして小さく、安堵、とまではならない溜め息を一つ吐いた巡は、では何が、と春分に返す。春分は、巡の返しに表情を曇らせ、
「実はですね……先程申し上げた通り神宿女水無月雫音様のお体や命に別状ないのですが……その制御結晶体が――」
重そうに口を開いた。
春分の話によると、母体である雫音を守るために制御結晶体が身代わりとなり、深刻なダメージを受けていたことが、検査結果からわかったようだ。
「それじゃ雫音さんは、もう『魔・技・架』には乗れないってことなんですか?」
再び巡は、腰を浮かして身を乗り出した。だが春分は、そんな巡を制することをしないで話を続ける。
「それにつきましては、制御結晶体は自己修復いたしますので大丈夫です――」
と、ここまでは口を軽く動かした春分だったが、一つ嘆息を挟んで、ですが、とつないだところで再び口が重くなる。
「そのままだと、時間が……かかるんですよ」
「時間? って、どれくらいかかるんですか?」
「ええ……どれくらい、とはっきりとは申し上げられないのですが……年単位です」
「はい!? てか年単位って、一年とか二年とか?」
「まあ、その年単位ですが、それが一年なのか十年なのか……わからないのです」
呆気に取られた巡は、口を開けた間抜け顔のまま、力なくソファーに腰を下ろした。
背もたれに身を預け、ぼんやりと天井を見上げながら嘆息する巡の胸中に思い浮かぶのは、全て雫音さんに任せておけば大丈夫、という自分の甘い判断に対する後悔ばかりであった。
「あの時はそれが最善策だったのでしょう」
白衣姿の男性から、巡の心の機微を読んだような言葉が掛けられ、巡は体を起こした。相変わらず白衣姿の男性は軽薄そうな笑みである。それが気に入らない、というわけではないが、何か引っ掛かる。強いて言えば、何もかも見透かしたような白衣姿の男性の態度が気に入らない。事の発端が彼にある事を知らない巡は、そんな何かを感じ取ったのだろう。だから、
「だけれど、結果はこれですよ!」
巡は語尾を強めた言葉を返した。と、そこへ、
「まあまあ、神宿男四季巡様、落ち着いて下さい。もちろん修復の手段は他にもありますから」
巡にとって魅力的な言葉を含めて春分が割って入った。
「手段? 他にもですか?」
「はい、制御結晶体の自己修復を劇的に促進する手段はあります」
「な、ならすぐにでもそれを」
言いながら詰め寄るように身を乗り出す巡を春分は、まあまあ、と両掌を向けて制しながら、
「そのためには、神宿女水無月雫音様と静的連結をなさっている神宿男四季巡様のお力が必要でして、そのお願いをするために本日、お呼び立ていたしました」
春分の言葉に巡は、そういうことか、と返しながら前のめりの上半身を起こした。
「雫音さんがこんなことになったのは、俺の不甲斐なさが原因だったからだと思います。だから俺にできることなら何でも協力しますから言って下さい。俺は何をしたらいいのですか?」
巡は、自分が何かをすれば雫音が戻ってくる、と陽光を浴びたように表情を明るくした。しかし春分は、ですが、と言いながら奥歯に物が詰まったような表情を作っていた。
そして数瞬、春分がようやくというように口を開いた。
「それは神宿男四季巡様にとって、非常に辛い選択を強いることになると思います」
「つ、辛い選択? って……何それ?」
春分の言葉に、明るくした表情を雷雲に覆われた空のように曇らせた巡が、恐る恐るというように尋ねる。そんな巡に春分は、
「はい、修復の促進には、神宿男四季巡様の記憶を使うと思われます」
あえて事務的な作業をこなすかのように答えた。
春分の答えに巡はまさに、何それ? だった。言われた意味がわからず、それでいて重要なことを言われたような気がした。だから巡は胸中で反芻する。
――記憶を使う? 思われます? って、記憶? 何の? てかさ、思われます、とか言ってたけど確定じゃないってことなのか? 辛い選択って言ってたし……記憶を使うって言ってたけどさ、使われたら俺の記憶が無くなるのか――
そこまで思い至った時、
「な、何ですと!!」
巡は我に返ったように、声を大にして勢いよく立ち上がった。
勢い余って膝をテーブルに打ちつけた。
痛々しい音が応接室に響くと同時だった。
痛みに堪え兼ねたのだろう巡は、ソファーに腰を落とした。
読み進めていただき、ありがとうございます。




