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新米(仮)です 012−2

 教室に入り席に鞄を置くと巡は、後ろの席の蓮華と菜乃花に言う。


「俺、『第一執行部』の皆さんにお礼を言ってくるよ」


 一昨日、任務中のアクシデントで壊滅的状態になった巡達『生徒会第二執行部』は、結果として『生徒会第一執行部』に助けられた。しかし『彼岸・六文』に戻った巡達は、重体の雫音に付き添っていたため、お礼を言うことができなかった。巡の中ではそれが引っ掛かっていたようだ。


「ならばあたしも行こう」

「あたいもね」


 蓮華と菜乃花の言葉に、教室から出ていこうとした巡が足を止めて振り向くと、少し困った顔を作った。しかし二人は、何を言われてもついていくからな、というように巡の後ろについた。


 緊張の面持ちを作る巡は『第一執行部』がいる教室の扉の前に立つと、緊張を解すかのように大きく息を吐いてから扉を静かに開いた。


「お、おはようございます」


 巡が恐る恐るというように朝の挨拶をしながら教室をのぞくと、雑談をしていた声がピタリと止まり、教室内にいた四人の視線が巡に集まる。『生徒会第一執行部』の神宿男かんなど年中ねんちゅうかけるとその神宿女かみやめの五月、十月、そして十一月である。ちなみに同じく『第一執行部』の神宿女である三月は養護教諭、十二月は巡達の担任、そして一月は『第一執行部』の担任であるため、今は教室にはいない。

 巡が刺すような視線に一歩退きそうになると、


「あら神宿男四季巡さん、このわたくし、十月に何か御用かしら」


 言葉の端々に、金属同士をぶつけた甲高い打音が混じっているような耳に障る声が飛び込んできた。

 巡が見やる先には、いかにも高飛車お嬢様的なボリュームたっぷりの金髪立て巻きロール。それでいて頭に狐耳、毛並みの良い複数の尻尾、異様に白い美人顔、いうなれば白面金毛の九尾、というのか玉藻御前が、左手を腰に当てて右手人差し指をビシリと巡へと向けたポーズを決めていた。


「いやいや、そうじゃなくてじゃないわけじゃないんだがな――」


 十月の迫力に押されて、どういうわけなのかはっきりしない返事を返す巡をさえぎり、


「あはは、十月は何言ってるんだ。巡兄ちゃんはボクに会いにきたに決まってるじゃないか」


 どこか幼い声音で割って入ってきたのは、濡れたように艶やかな少女五月だった。巡を『巡兄ちゃん』と呼んだ五月は飛び級少女である。一応本人は九歳と言っていた。


「いやいやいや、それもちょっと違うというのか」


 ブンブンと首を振って返す巡に五月は、は虫類のような先の割れた舌を、チロリ、と出して『テヘ』のポーズを決めた。


「五月さんは少し黙っていて下さいな。では神宿男四季巡さん、わたくしに会いにきたというのではないのなら、一体何をしに来たのですか」

「ああ、いや、ですからそれは――」

「十月こそ話がややこしくなるから黙ってなよ」

「な、なんですって!」


 何処でどう間違ったのか玉藻御前とみずちの妖怪対戦が始まった。キャンキャンキンキン、と耳に障る怒声が教室に響く中、


「四季君達もそんなところにいないで、入ってきたらいいと思うの」


 とっても癒されそうな、舌足らずのほんわかとした甘い声が割って入ってきた。声の印象通りフワフワとして柔らかそうな、ついつい守りたくなってしまいそうな小動物系の十一月だった。十一月は、子犬のような黒めがちの可愛いおめめ『三つ』を巡達に向けると、穏やかに微笑みながら手招きをする。そして、三つの目を青鬼らしからぬ優男風の駆に向けて言う。


「駆君、そろそろあの二人を止めた方がいいと思うの」

「ああ、そうだね」


 駆は仕方なしにというように、小さな嘆息を挟んで、


「さて二人とも、そろそろ静かにしましょうか。お客さんも困っていますよ」


 子供をあやすかのように言った。

 巡は、その言い方まずくないか、と思うが、


「あら、わたくしとしたことが、子供相手に少々大人げなかったですわね」

「ふん、駆兄ちゃんが言うから仕方なしだな」


 十月も五月も大人しくなった。

 巡は、まさかの強制介入、と先ず思ったが、どうやら違うようだ。


 ――神宿男の、それとも駆の統率力ってやつか……俺じゃ……まだまだ無理です。俺が先に謝っちゃいます。いけ好かない奴だけど、見習わなきゃいけないところが沢山あることが腹立たしい――


 巡が、自信の情けなさを露呈された気分に苛まれていると、


「四季巡君、今日はどういった用件でここに?」


 駆がいやらしい笑みで尋ねてきた。

 巡は駆の笑みを見て、こいつは自分達がここに来た理由がわかっているのだろう、と思った。だから巡は、遠回しに話すでもなくすぐに切り出した。


「一昨日のお礼を、と思って来たんだけど」

「ん? ああ、任務のことね。お礼を言われるようなことなんてしてないよ。僕達の任務でもあったわけだしね」


 わざとらしいまでにとぼけたように返す駆は、けれども、とつなぐ。


「けれども、四季巡君がどうしてもっていうのなら、構わないよ。始めてくれ給え」


 言われた巡は、始めてくれ給えって何? と疑問を作るが、元の世界では王族らしく選民意識の固まりのような年中駆である。だから巡はあえて聞き返すことをしないで、


「『第一執行部』の皆さん、任務とはいえ救援していただきありがとうございました」


 言って深く頭を下げた。ところが、


「いやいや、そうじゃないだろう、四季巡君」


 聞こえてきた駆の言葉に巡は意味がわからず、へ? と頭を上げた。正面、腕を組んで居丈高に座る駆は、


「僕より頭が高いよね、それともそれが君の世界の作法なのかい」


 巡は再び、ヘ? と間の抜けた返事を返す。


「いやいや、礼を言う者は言われる者より頭を下げるよね、普通は。圧倒的な身分の差があるのなら別の話だけれどもね。でも、君は平民出なんだろう。ああだからか、作法や礼儀を学ぶ機会がなかったんだね。まあ僕は作法や礼儀について細かいことは言わないし、それこそ文化の違いもあるからそれぞれでいいとは思うけれど、それでもある程度は大勢に合わせた方がいいと思うよ。だからさ――」


 駆は薄ら笑いを作り、組んだ腕をほどくと、


「四季巡君、礼をしたいというのなら、そんなところで突っ立ったまま腰を折るだけじゃ駄目だと思うんだよね」


 言いながら、巡へと突き出した右手の人差し指を床に向けた。

 巡はその瞬間、駆が自分に何をさせたいのかを悟った。


 屈辱だ!

 かつてないほどの屈辱だ!


 脳に熱い何かが流れ込んでくる。

 軽く握っていた拳は、いつのまにか岩を砕けるほど固く握りしめている。

 自分では制御出来ない怒りが引き起こす身震いに、この場にただ突っ立っていることが辛くなる。

 元々反りが合わない奴だと思っていた。

 ならば、この場で叩いちまうか。

 でも、勝てるのか。

 駆の見た目は青鬼だ。巡がよく知る怪物なら、とても素手で勝てる相手ではない。だがここは『異世回廊の交差点』だ。見た目こそ青鬼だが、特別な能力はない。そのはずだ。

 いや、これは勝てる勝てないの話じゃない。


 矜持の問題だ!


 巡が拳を振り上げる、その直前、視界が白で遮られた。

 それが蓮華の羽ということに気付くにはそんなに時間はかからなかった。


「貴様! あたしの神宿男を愚弄ぐろうするか!!」

「おまえ! あたいの神宿男に何てことを!!」


 蓮華と菜乃花が怒声を上げて巡と駆の間に割って入ってきたからだ。

 蓮華は威嚇するかのように羽を大きく広げ、菜乃花も威嚇なのか右へ左へと宙を舞っている。

 そんな刹那ので拳を上げ損ねた巡は、怒りで沸騰した血の温度が少しだけ下がって、ほんの僅かだが冷静になれた。そして、今怒りに任せた行動に出るのはマズいかも、と思い改めることができた。

 もちろんヘタレたわけでも、ひよったわけでもない。

 帰宅部の悪友達と連れ立って繁華街で遊び回る巡である。その類の実戦なら何度か経験している。喧嘩慣れしている、なんてレベルには程遠いが、自分と駆だけなら殴り合おうが取っ組み合おうが、問題はない。

 けれども今ここで始めてしまうと、蓮華や菜乃花はもちろん、五月、十月、十一月も何らかのアクションを起こすだろう。それが取っ組み合いに発展するかはわからない。なによりも、女子の喧嘩は凄惨な事態に発展するからな、と感じるのは自分が男だからだろうか。

 だから巡は、矜持か屈辱か、葛藤の末、彼女達を対峙させるわけにはいかない、と蓮華と菜乃花の間に割って入り、優しく手を広げて制する。


「ありがとう、その気持ちだけで充分だよ」


 二人に告げた巡の言葉こそ穏やかであったが、未だに声は怒りに震えてはいた。

 巡へと向いた蓮華と菜乃花は、ここで退くのか、というように怪訝の表情を作る。しかし巡は、それにかまわず二人の肩に優しく手を置いた。それは蓮華と菜乃花を落ち着かせるためであり、『神宿かみやど』のシステムを使って、口に出せない自分の思いを伝えるためでもあった。

 蓮華と菜乃花は、難しい表情ながらも広げた羽をたたむと、一歩下がった。不満ながらも一応の納得をしてくれた、ということなのだろう。


「ほほう四季巡君、やればできるじゃないか。で、どうするんだい」


 この状況を面白がっているとしか思えない駆の言葉に巡の対応は、きびすを返しさっさと教室を出て行くか、それとも黙って駆の言葉に従うかだ。

 そして巡は選んだ。

 片膝をついて頭を垂れた。

 そして怒りと悔しさで僅かい震える声で、


「一昨日は救援していただき、ありがとうございました」


 言った。


「で」

「で?」


 駆のひと言に頭を下げたまま巡は聞き返した。


「だからさ、謝罪の言葉は?」

「謝罪?」


 巡は思わず頭を上げて聞き返した。


「君の神宿女ちゃん達がすっごい暴言を吐いていたよね。あれって神宿男の責任でもあると思うんだよね。まあ当人が謝るのならそれでもいいけれど、僕としては、女の子にそんなことはさせたくないしね。だから代表として四季巡君が謝ればいいと思うんだよね」


 薄ら笑みでしゃあしゃあという駆に蓮華と菜乃花が飛びかかるように一歩を踏み出そうとする。しかしそれを巡は両手を広げて制する。

 二人の動きが止まったことを確認した巡は、再び頭を下げると、


「違うだろう四季巡君」


 駆の言葉に巡は頭を上げた。


「まったくこれだから平民出は……だからさ、それは礼の作法でしょう。謝罪には謝罪の作法があると思うんだよね」


 駆の言葉の意味を理解した巡は、ここまで巻き込んだ怒りのバネを一気に解放するべきか迷う。しかし、ここで爆発したら今までの我慢が全てが台無しになってしまう、と奥歯を噛みしめて堪えた。

 巡が両膝をつき、額を床につけたその時、これ以上は見ていられない、というように蓮華と菜乃花が悲痛な面持ちで教室から飛び出していった。


「あれあれ、神宿女ちゃん達に見限られちゃったかな。まっ、いいか。そろそろ授業も始まるし、四季巡君の気持ちも充分わかったから教室に戻りなよ」


 巡を追っ払うように手をヒラヒラさせて、なんだかしらけちゃったね、と言いながら、事態を冷ややかに静観していた十月達のいる方へと向きを変えた。 

 同時に鳴り出したチャイムに合わせるように、奥歯を砕きそうなほど噛みしめた巡は、ゆっくりと立ち上がり踵を返し出入り口に向かって歩き始める。と、


「そうそう、また何かあったら助けてあげるよ。遠慮なく呼んでくれ給え」


 背後から聞こえた駆の声に巡は、振り向きもしないで『第一執行部』の教室を後にした。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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