新米(仮)です 012−1
「おはよう、四季巡」
学校への登校途中、巡は後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには同じクラスの文月蓮華がいた。この先の待ち合わせ場所で待っていることが多い彼女なのだけれども、少し息を切らしている。巡はそんな様子を見て、今日はちょっとだけ寝坊したのかな、それで自分を見つけて追いかけて来たのかな、って思う。それでも彼女は、頑張って優しげな微笑みを作って巡に向けていた。そんな蓮華に巡は、やっぱり可愛いよな、ついつい思って自然と目尻が下がってしまう。
「おはよう、文月さん」
照れ隠しにチョットだけ澄まし顔を作って挨拶を返した巡の隣まで蓮華が足を進めると、二人は並んで通学路を歩き始めた。
クラスのこと、授業のこと、宿題のこと、昨夜のテレビ番組のこと、おおよそカップルらしい雑談をしながら並んで歩く。少しだけゆっくりと、ちょっとだけでも長く二人の時間を過ごしたいから、少しだけゆっくりと歩く。
時々学校へと急ぐ生徒が追い抜きざまに、チラリ、と視線をくれていく。羨ましそうな視線を向けられることがチョットだけ恥ずかしくて、会話が止まってしまう。そんな僅かな時間がもったいない。けれどもその度に二人の足の動きも遅くなるから、少しだけ、ほんのちょっぴり二人だけの時間が長くなるのは嬉しい。
巡と蓮華の間にそんな幸せな時間が流れる。
だけど流れているから、この幸せはいつか過ぎ去ってしまう、って思う。だからありきたりの言葉を思い出す。
時間よ止まれ、永遠に……。
それほどまでに巡と蓮華は幸せだった。
巡が、そして蓮華も多分、もうじきこの一時が終わってしまう、と思った校門に入る直前のことだった。
「よっ、おっす。仲良く登校か? 羨ましい限りだね」
巡は、掛けられた声と同時に肩を、ポン、と軽く叩かれた方へと振り返った。
あれ? と思う巡の開けた視界の下限に、ニシシ、と冷やかしの笑みで、あたいもあやかりたいよ、って呟く小さな先輩卯月菜乃花がいた。そんな菜乃花の冷やかしの言葉に巡と蓮華は、一瞬見つめ合ってチョットだけ頬を赤くすると、見事なコンビネーションで半歩ずつ離れて、
「「おおおはようございます卯月先輩。こ、これはそこでぐ、偶然一緒になっただけです」」
どもりまできっちり揃えた見事なハーモニーを奏でた。
「見ているこっちが小っ恥ずかしいよ」
って再び菜乃花に冷やかされると、巡と蓮華は真っ赤になって、それでも見つめ合って、慌ててそっぽを向いた。
それでも二人の時間に終止符を打った乱入者に嫌な感情は湧かなかった。
そんな良き日の思い出……それとも…………夢?
「……なのか……夢を……見ていたのか? てかさ夢を……見ていたような気がするんだけど……どんな夢だったけ?」
目を覚ました巡は、呟きながら思い出そうとする。しかし、思い出せない。目を覚ましたとたん、見ていた夢の内容を忘れてしまう。
「……よくあることだけど……最近はなんだか酷くなってる気がするな……」
体を起こそうとした巡は、その動作を止めた。それは、
「ああ、そういえば俺……」
今、巡のベットには自分以外の人が寝ていたから。もちろん、誰かもわかっている。蓮華と菜乃花だ。
「……いつの間にか寝ちまったんだな」
思い出したように呟いた。
昨夜のことだ。
巡達三人は夕食を終えるとそれぞれの自室に戻った。しかし一時間ほど経った頃だろうか、巡の部屋の扉がノックされた。
「お~い、まだ起きているんだろう」
「起きてるよ」
寝るために、というわけではなく単にベットで寝転んでいた巡が菜乃花に返すと、
「四季巡、少し話をしないか?」
今度は蓮華が聞き覚えのある台詞で問いかけてきた。
体を起こしながら巡は、蓮華のその言葉がきっかけで引き起こした事件を思い出した。そして、脳内アルバムに保存してある蓮華のセクシーグラビアを引っ張り出して、ムフフ、だらしなくニヤケそうになる。しかし蓮華本人を目の前にして、それはマズい、と気付く。あの時の蓮華は、固く目を閉じた自分を一応ではあるが信じて大胆な行動に出ている。つまり巡には恥ずかしい姿を見られていないことになっているはずだ。だから巡は扉の前に立つと、咳払いを一つ挟んで顔を引き締めてから、どうぞ、と扉を開いた。
適当なところに座った蓮華と菜乃花からは、おかしな緊張は見られない。くつろぐ、とまではいかないが、適度にリラックスしている彼女達に巡は軽い安堵を覚える。けれども彼女達は口を開こうとしない。
――夕食前と同じだな。一人になるといらないことまで考えてしまって不安になるんだろうな。あんなことの後だし、少なくとも雫音さんの意識が戻るまではキツイかもしれないな――
巡は、蓮華や菜乃花の様子に思う。同時に、そんな時の居場所に自分を選んでくれたんだから何とかしなきゃな、と責任を感じつつ、ちょっぴり誇らしく思う。
お喋りのお供に、と巡がスナック菓子と飲み物を用意してベットに座ると何か話題を考える。
何気なく向けた視線の先、蓮華は淡いピンクの生地に花柄を上品にあしらったパジャマ。菜乃花は淡いイエローの生地に蝶柄をほどほどにあしらったパジャマを着ていた。
同じ屋根の下に住んでいるから、彼女達のパジャマ姿は何度か見たことはある。けれどもこうしてまじまじと見ると、新鮮というのか艶かしさを感じる。
――でもな……そんなこと言えないし……えっと、可愛い? で良いのかな――
実のところ巡は、それを可愛いと言って良いのかわからなかったが、
――と、とりあえず、色っぽいとかよりいいよね、可愛いって言っておけば女子は何らかの反応はしてくれるよね――
自信のない根拠をもとに、
「そのパジャマ、可愛いらしいね、よく見せてよ」
軽く話題を作るために言った。
「…………」
「…………」
効果はてきめんだった。
一瞬、何を言っているんだ、とでも言いたげな視線を巡に向けた蓮華と菜乃花は、次の瞬間、点火した。
「し、四季巡、そんなにおだてても、あああたしは脱がないからな」
「ばば馬鹿なことを言ってんじゃないよ、そそそこは似合ってるが正解だよ」
「ど、どうしてそういうことを気軽に言うんだ」
「そうだよ、こっちだって心の準備とかあるしな」
等々、どうしてそうなったのかよくわからない巡は、彼女達からのいわれのない叱責を甘受した。とはいえいつまでも続くわけもなく、いつのまにか普段の雑談となっていた。
その後、しばらくもしないうちにベットの上で横になって蓮華達の話を聞いていた巡の意識は、いつの間にか飛んでいた。
「あの後、部屋に戻らなかったんだな」
巡は、冷静に呟いた。
以前の巡なら、この時点で慌てて飛び起きて騒いでいただろう。けれども今は大丈夫だ。
この『異世回廊の交差点』に来て、色々な話を聞いて以来、週に二、三度、雫音がとってもとってもセクシーな夜襲を掛けてくるようになった。その度に、蓮華や菜乃花が巡に怒るのだが、俺が悪いわけじゃ、というもっともな言い訳が通じないから始末が悪い。
それはさておきそんな雫音のおかげだろうか、最近の巡は多少のことには動じなくなっていた。だから今の巡は落ち着いて対処もできる。
時計を見ると午前六時を回ったところだった。
未だ寝息を立てている二人を、起こすには少し早いかな、と思った巡は、二人にそっと触れてみる。
「オッケー、二人ともパジャマを着ている……のか……」
ちょっと残念そうに呟く巡だった。仮想世界では、服を着てると眠れないの、なんていう女の子はよくある設定だ。それに巡の周囲に一人いる。
――雫音さんがそうだし――
とはいえベットで眠っている蓮華や菜乃花が、雫音のように全裸だったならば、さすがの巡も慌てただろう。きっと布団を二人からひっぺがすようにベットから飛び出して、目覚めた全裸の蓮華や菜乃花にキャーキャー騒がれたあげく、蹴りの一撃でももらったかもしれない。
「……ちょっとは期待したんだけどな……」
そこを見れば破壊力満点のおっぱいを無防備にさらした雫音の全裸姿がある、そんなシチュエーションに馴染んでしまった巡は、悲しげに呟きながら二人を起こさないように、ゆっくりとベットから抜け出した。
簡単に朝の支度をすませた巡は、部屋の窓際に座って街並をぼんやりと眺めていた。
「今日は曇りか……雨、降るのかな」
巡は、一面に広がる鉛色の雲に閉塞感を抱きながら呟いた。
とはいえここは巨大船『彼岸・六文』の巨大なドーム形状の居住区であるため、例え雲一つない晴天であっても、そこはかとなく閉塞感を感じていた。
「まあ雲に覆われているから、幾分かは自然に感じるけどね」
巡は携帯端末を手に取ると、天気情報へアクセスした。開いた画面には、午後一時から三時間ほど雨が降るとあった。ここでは天候も人工的に制御されているため、確定事項である。
「傘……持っていかなきゃな」
巡がポツリと呟いたその時、起床時間を知らせる目覚ましが鳴った。
「う~ん……あれ……ここは?」
「ほわ~って、あれ……ここって?」
眠たげな目を擦る蓮華と菜乃花は、同じような言葉を口にしながら体を起こした。二人はベットの上に座ったまま視線を一巡りさせると、そうか、と納得したように呟く。
「おはよう、文月さん、卯月さん」
巡が声をかけると、二人は先ず不思議そうな表情を作り、徐々に不安なものに変えていく。そして、巡の静かな朝は一瞬で崩壊した。
「なななんで四季巡がもう起きているんだ」
「し、四季。ま、まさかと思うが、寝ているあたい達にあんなことやこんなことをしてないだろうな」
「い、いきなり何を」
「いきなりも何も、し、四季巡には前科があるしな」
「そうだぞ、雫音さんはおっぱいをツンツンされたとかなんとか言っていたしな」
「あ、いやあれはだな……ははは……」
巡は、なんで俺のベットに潜り込んでいたんだよ、とも思うが、それ以前に健全なる男子高校生である。女子と同じベットに寝るなんて……何事もなくても大歓迎です、いつでも御同衾いたします、と巡は口に出せない思いを胸にしまったまま、乾いた笑いを作るしかなかった。
朝食を食べながら巡達は、雫音の入院している医療施設に行こうか、と話し合ったが、
「行くのはいいのだが……黙って見守ることしかできないのは辛い」
「そうだよ。それに何かあったら連絡だって入るだろうし」
「だな。とりあえず学校に行こう。雫音さんのところには、帰りに寄ってもいいしな」
「そうだな」
学校に行く、という結論に落ち着いた。
巡達が岬丘高校に着くと、朝の学校らしくない静かな校舎から、自分達とは違う声が聞こえてきた。
規模としては四十万都市を模した居住区の高校ではあるが、現在の全生徒数は十人にも満たない。そもそも居住区では自分達以外の人はほとんど見かけない。
だから、
「ああ、『第一執行部』か……後でお礼をしとかないとな」
すぐにわかった巡は、誰にというわけではなく呟いた。
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