新米(仮)です 011
「さて行くか」
自室に戻った巡は、先ずシャワーを浴びて徹夜明けの垢を落とした。そしてルームウェアの代表格スエットの上下を着ると、身支度を整えさっぱりとして自室から出た。もちろん蓮華が残していった制服のスカートを持っていくのも忘れてはいない。
「それにしても、無駄に再現性が高いよな」
廊下の窓から見える街の風景に巡は呟いた。見慣れた街の風景も視点が変わると新鮮に見えるな、と思っていた頃から約一ヶ月が過ぎ、今では見慣れた風景となっていた。
今日は特に霞がかかっているのだろうか、遠方の山の稜線と空の境界がはっきりしない。まるでボケた自分の頭のようだ、と苦笑いを作り、そして食堂へと足を向けた。
巡が食堂に入ると、まだ誰もいなかった。シャワーでも浴びているんだろう、と思いながら談話スペースのイスに腰掛けた。
待つこと十五分。女子と待ち合わせすることに縁遠い巡でも、女子は何かと身支度に時間がかかる、という事を知識程度には知っている。しかし、
「髪の長い文月さんはわかるけど、ショートの卯月さんはすぐに乾くだろう。そりゃまあ、ここに集まる事を約束したわけじゃないけど」
蓮華と菜乃花がシャワーを浴びている事を勝手に確定事項にした巡は、間が持たず苛立ちを覚えていた。と、静かな寮内にパタパタとスリッパの音が響き、そして近づいてきた。
捲れた暖簾から菜乃花がどこかスッキリとした顔を出し、
「ぬはは、待たせたな」
相変わらず尊大というのか、痛ましい口調で言って巡の正面に座る。続いて遠慮がちに蓮華が顔を出すが巡と視線が合うとすぐさま逸らし、
「ま、待たせてすまなかった」
バツが悪そうに言って、やはり遠慮がちにイスに座った。
これといって特徴のない空間がボディーソープなのか、それともシャンプーなのか、優しく甘い、それでいて清潔感ある匂いに満たされる。
巡の想像通り、二人ともシャワーを浴びていたようだ。
とりあえず腰を落ち着けた三人だったが、先程の件が尾を引いているのだろう、空気が重い。とはいえ菜乃花は先程の件に直接の関わりがない。普段なら茶化すように少々残念な事でも言って場を和ませる(?)のだろう。しかし今は、巡と蓮華の間に流れる重い空気を読んでなのか、そっぽを向いている。だからというわけではないが、
「ふ、文月さん、これ……」
重苦しい空気に終止符を打つべく巡が口を開いた。そして先程の件で蓮華が忘れて、というより残していったスカートを差し出した。
ところが、今というタイミングがまずかった。
「四季……お前は馬鹿なのか」
溜め息まじりでボソリと呟いた菜乃花の言葉が巡の耳に突き刺さった。へ? と思った巡は、顔を背けたままの蓮華の頬が赤く染まっているのを見て、あっ! 失態にようやく気付いた。
この重苦しい空気の原因である先程の出来事。蓮華が上は制服、下は下着というとってもとっても恥ずかしい格好で、止むを得ず目を固く閉じた巡の顔上を四つん這いで通過していった。その根幹に位置していた、巡のバックルに引っかかっていた蓮華のスカート。それをほぐれていない重苦しい空気の漂う中で差し出してしまった。
「え、えっと……ですね……さ、先程はですね……大変良いものをありがと……じゃなくて、大変失礼いたしました……かな」
巡はその場を取り繕うように、たどたどしく言葉を繋げる。しかし持ち主である蓮華に返すために差し出したスカートを引っ込めるわけにはいかない。巡がそのまま固まること数秒、
「なあ文月、四季が困っているぞ。早く受け取ってやれよ」
「……ああ……すまない」
菜乃花の言葉でようやく反応した蓮華が、素早い動きで巡からスカートを受け取ると、これまた素早くたたみ直し、巡から隠すように背後へと持っていった。
蓮華は、まだ気恥ずかしさが抜けないのだろう、その後も巡から視線を逸らすように再びそっぽを向いた。
なんとか人心地が付いた巡は、相変わらず遠慮がちにそっぽを向いたままの蓮華に、
「文月さん、さっき話があるとか言っていたけど、何だったのかな」
問いかける。しかし蓮華は目を逸らしたまま、
「あ、あたしは話をしようと言っただけで、あたしから話があるとか何を話そうとか言ってない……(一人になると色々と嫌な事を考えてしまいそうだったし)……」
最後は口ごもるように答えた。予想外の蓮華の答えと、最後の言葉はもちろん巡には聞こえず、
「へ? てか、何て?」
聞き返すと蓮華は、
「とにかく、そんな訳だから四季巡から何か話をしてくれても構わないんだぞ。うん、そうだ、そう言ったんだ」
さも、こう言いました、とばかりに返した。巡は、絶対に違うだろう、と思いつつもあえて口にしないで、
「って、いきなり話題がないかと振られてもだな……そうだな……」
言いながら首をひねり腕を組んで考える。だがそれは単なるポーズだ。蓮華達に訊きたい事は、考えるまでもなくたくさんある。それこそ、ついさっき蓮華を抱きしめた時に脳裏に流れ込んできた、公開処刑の現場のような映像だって気になる。だがこのタイミングで訊いてもいいのだろうか、と思う。自分が訊きたいい事は、蓮華達にとってはかなり踏み込んだ事になりそうだから、とどうしても口から出せない。だから考え事をするポーズをとって、当たり障りのない質問を考える。と、
「なあ、四季は、元の世界で何があってこの『異世回廊の交差点』に来たんだ」
菜乃花が微妙に空気を読まない問いかけを作った。
虚を突かれたように巡は、へ? と首を傾げた。
「だからさ、何か理由があるんだろう」
「理由とかいわれてもだな……」
「ちなみにあたいはさ、色々とあってさ、元の世界にいられなくなったんだよ」
菜乃花の言葉に巡は、何となくわかる、と頷きそうになるが、さすがにそれは失礼だろう、と思いとどまった。とはいえ、その『色々とあってさ』という部分を知りたいとは思うが、そこが切り返しで訊けるのなら苦労はしない。それができるならとっくに蓮華や菜乃花に色々と尋ねていただろう。巡は、話の流れで教えてくれるかも、と自分からは訊かず逆に、
「俺には思い当たることが無いんだよな。気付いたらっていうやつでさ――」
巡はこの『異世回廊の交差点』に来るまでの経緯を簡単に話した。
「――目覚めたのが表通りの公園でさ、そこで文月さんと出会ったんだ。だから俺は理由があって『異世回廊の交差点』に来たわけじゃないんだ」
巡の話が一区切りつくころには、蓮華も巡へと向き直っていて、
「あの時はあたしも驚いたな。誰もいなかったはずのベンチに、気付いたら四季巡がいたんだ」
遠い過去を思い出すように話に加わっていた。続けて蓮華は、
「それにしても、あたし達とは随分違うな」
表情を曇らせて言った。そんな蓮華を見た巡の脳裏に、蓮華を抱きしめた時に流れ込んできた、あの公開処刑の現場のような映像が鮮明に呼び起こされた。しかし巡は蓮華に、それがなんだったのか尋ねることができない。どれだけひいき目に見ても、楽しい思い出の映像には見えないからだ。もちろん、蓮華とは全く関係ないものかもしれない、とも思うが、
「それは……ないな」
ポツリと口にした巡に、蓮華が首を傾げる。
「ん? どうした」
「あ、いやさ、どんなふうに違うのかなって――」
蓮華の表情が陰ったのを見た巡は、しまった、と思って中途半端に言葉を切った。これじゃ詮索しているようなものだよな、と思いつつ蓮華の反応を待った。
蓮華は数瞬ほど、元の世界に思いを馳せるかのような遠い目で逡巡すると、
「そうだな、四季巡にも事情を知ってもらっておいた方がいいな。卯月菜乃花も構わないな」
やや重い口調で言った。菜乃花が、任せた、と言ったのを確認した蓮華は、ゆっくりと話し始めた。
「あたし達は、元の世界からはじき出されて、この『異世回廊の交差点』に来たんだ」
「世界からはじき出された?」
巡にとっては蓮華が言ったそのひと言が酷く重く感じた。
元の世界では、平凡と言っていい生活を送っていた巡にとって、世界からはじき出されるということが想像出来なかったからだ。
巡の周りでも、何かをやらかしたり、いじめを受けたりして、仲間内やクラス、学校、地域社会、そんなちっぽけな世界からはじき出された奴はいる。けれどもそれとこれでは、はじかれるという次元が違う。と、巡が思い至ったところで、
――いやまてよ。もしかしたら、そういうことなのか?――
胸中に言葉を作った。同時に、あの公開処刑の現場のような映像を思い出し、
――あの映像の視点が蓮華のものなら、何かをやらかした蓮華が公開処刑された? それが世界からはじき出されたってことなのか。ってことは『異世回廊の交差点』って本当は死後の世界的な――
不吉な思いに至る。と、そこに蓮華が、
「はじき出された、と言ってもだな、言葉通りの意味ではないんだ」
補足する。更に、そうだな、とつなげて、
「言葉巧みな『神宿』に誘われて承諾して来たんだ。とはいえ当時のあたしは、かなり追いつめられていたのは間違いないし、逃げ出したかったのも事実だ。そういう意味で、世界からはじき出された、と言ったんだ」
自分に、やましいことはない、と自己弁護するかのように言いうと、巡が反射的に口を開いた。
「じゃあ、あの映像は……火で炙られているようなあの映像は一体……」
「それは何のこと…………!!」
巡が、しまった、と思う間もなく、蓮華は言葉半ばで止めて、目を見開き驚愕の表情を作った。そして、
「な、何故そのことを……誰にも話したことがないのに……何故、四季巡が知っているのだ」
今にも倒れそうなほど真っ青に染まった蓮華は、視線を揺らし、狼狽え、そして俯いた。そんな蓮華の様子に巡は少々焦りながら返す。
「い、いや、さっきだよ。さっき一緒に倒れた時に俺の頭に流れ込んできた、というのか……」
「…………」
「…………」
俯く蓮華からすぐの言葉はなかった。当たり前だよな、と思う巡との間に沈黙が数秒流れる。
巡がそろそろ沈黙に耐えられなくなって、口を開こうとした時、長く、それでいて静かな溜め息が蓮華の口から漏れた。俯く頭を数度振った蓮華は顔を上げ、
「『神宿』の能力か……そんなことまで伝えてしまうんだな。
それは多分……あたしのフィアンセが……処刑された時のものだろう」
真っ赤に充血した目を巡に向けて言った。
「フィ、フィアンセ? って」
「前にも言った通り、あたしはこれでも王族だからな」
「ああ、そう言っていたな」
「とはいえ列強の庇護のもとでなければ、独立もままならないような弱小国だがな」
蓮華のこのひと言で巡は察した。自国の安全を担保するために隣国と血縁を結ぶ、所謂政略結婚だと。蓮華は思い出を語るようにポツリポツリと話を続ける。
「彼の一族は、列強の王族の血筋ではあったが王位継承とはほど遠い、名ばかりの継承権を持った辺境領主という弱い立場の王族だった。それでも列強の王族であり、そことの血縁はあたしの国にとって必要だったんだ。だからフィアンセといってもあたしが幼少の頃、政策によって親同士が勝手に決めたことだし、あたしの感情は一切考慮されていない。
それでもあたしは彼のことが嫌いではなかった……まあ今にして思えば、そうなるように育てられたのかもしれない……道具としてな」
言った蓮華のぎこちない笑みは、自分の感情をごまかすかのようであった。
何故その彼が、と巡が問いかける前に、蓮華はさもその問いかけを予想していたように、よくある話だ、と続ける。
「あたしの元の世界は少々荒れていてな、戦闘に消極的だった彼らの一族に不満を持つ軍の一部が、民主化を餌に領民を煽動してクーデターを……即日だ……元々領民に対して開放されていた城だったから……たまたま居合わせたあたしは『他国の王族だから処遇はお前の国の領民に委ねる』と解放されて……それでも城の庭で立ち去るあたしに見せつけるように――」
今にも倒れるのではないかと思えるほど辛そうに語る蓮華に巡は、結末まで言わせない、というように掌を蓮華に向けて言葉をさえぎった。
そんな巡の仕草に言葉を止めた蓮華は、無理矢理の笑みを作り、大丈夫だ、と言いながら巡の手を下げさせた。そして一つ深呼吸を挟み、だがな、と続けて語る。
「だがな、いくら軍が煽動したとはいえその軍が民衆蜂起などコントロールできるはずもない。間違いなく流血の事態を招くことになるからな。それにあたしの元の世界は平和な時代ではないから、民衆は体制側に対して多かれ少なかれ不満を持っている。いずれ民衆蜂起は彼の国から飛び火のように、あたしの国はもちろん、他の近隣の諸国に拡散して、やがては世界を二分する争いの火種になっていくだろう」
蓮華は一旦言葉を切って嘆息する。そして俯き、全く情けないことだ、と呟きながら頭を振る。
巡は、あまりに自分の生活とかけ離れた話に戸惑いを覚え、何と声をかけて良いのか迷っていると、蓮華は頭を上げた。
「あたしはな、言いようもない不安に支配されたんだ。だから不安を打ち消そうと、何か対策はできないかと、色々調べたんだ。歴史、戦史に始まり、魔術や呪詛なんてオカルトにも手を出して、何でもかんでも手当たり次第、狂ったように書物を読みあさり、伝承や伝説に行き着いたとき『神宿』の声を聞いて、恥ずかしながら自国を捨てて逃げ出してしまった」
「いや、それは違うと、逃げ出したとは違うと……思う。だってさ文月さんは前に言ったよね、神宿男を連れ帰るためにここに来たって」
「ああ、言ったかもしれないな」
「だったら、それは逃げ出したなんて後ろ向きなことじゃなくて、目的を持ってここに来たっていう前向きなことだよ。まあ、俺が文月さんのお眼鏡にかなうかどうかは別としてね」
巡は言ったところで、照れくさそうに頭を掻いた。そんな巡に蓮華は、普段と変わらぬ笑みを向けた。そこへ、
「こ、こら、何を二人で纏めているんだよ。あたいだって神宿男を連れて帰るつもりなんだからな。ここは絶対に引けないところだ」
菜乃花が割って入って来た。
「卯月菜乃花、あたしも引けないぞ」
「だいたいあたいと四季は合体した仲なんだ。簡単には譲れないぞ」
「なっ! が、合体だと!? い、一体いつの間にそんな不純な……いや待てよ、四季巡は、もしかすると雫音さんともすませているのか……幾度も同衾しているわけだしな……そうか、ほっぺちゅーをして、してやったりと満足していたあたしはいつの間にか出遅れていた訳だ……」
ブツブツと呟いていた蓮華がハイライトの消えた目を巡に向けると、
「ふふふ……ならば話は早い……四季巡、あたしと合体しよう……性的連結をしよう……ああそうだ、それがいい……なに、蛍光灯のちらつきでも見ていたらすぐにすむ話だ……いや、未経験のあたしより経験者の四季巡が上になってくれた方がいいな……あたしは天井の節穴でも数えているから、すきにやってくれ……ああ、少しの辛抱だぞあたし、これで同列に立てるんだからな」
壊れていた。ツッコミどころ満載の蓮華にとりあえず、
「えっと、ありがたい申し出ですが……」
と返す巡の脳裏にヤンデレ系のキャラクターが次から次へと登場する。
今、欲望に負けて蓮華といたしてしまったら、と巡は想像する。と、光り物をグサリと突き立てられた自分の姿しか想像出来ない。
――し、死亡フラグですか……文月さんには前歴がある訳ですし――
巡は、ブンブンと音が出そうなほど首を振って、
「えっと文月さん、大きな勘違いをしているようですが、俺そういうことをしたことがありませんからね」
言うが、
「そ、そんなのは口からでまかせだ」
蓮華は受け付けない。
「でまかせとか言われても……と、とにかく俺はまだ……ど、童貞だ」
「あ、あたしだって、しょ、処女だ。証拠だってある。四季巡には証拠はあるのか」
勢いで言った巡の売り言葉に、これまた勢いで返す蓮華。どうしてこうなったのか、カミングアウト大会が始まっていた。
「しょ、証拠とかいわれてもだな……お、男には証拠になる……その……ま、膜的なものとかありません……お、俺の言葉を信じて下さい」
わけのわからない嫌疑をかけられた巡は涙目で訴えた。すると蓮華は、フン、と鼻を鳴らして証拠となるものを持っている方へと標的を変える。
「卯月菜乃花はどうなのだ?」
「あ、あたいだって、まだだ、しょ、処女だ」
「四季巡と合体したのにか?」
「そ、そうだよ、あ、あたいにも、しょ、証拠だってある」
「ならば見せてみろ」
「な、なんでだ、文月はヘンタイか?」
巡は騒ぎ始めた蓮華と菜乃花を見ながら、一体どうしてこんな話をしているんだ、と思いつつ、
「まあ、気がまぎれたのなら良いか」
頬を緩ませポツリと呟いた。
同時に、夕食の到着を知らせるエレベーターのチャイムが鳴った。
読み進めていただき、ありがとうございます。




