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新米(仮)です 010

雫音しずねさん…………」


 めぐるは静かな呼びかけを作った。

 雫音の処置を施した男性医師は、幸いなことに致命の急所は外れていた、と言っていた。更に、『神宿かみやど』の強力な生命維持能力によって最悪の事態はまぬがれた、とも言っていた。しかし、集中治療室と隔てるガラスの向こうで、人形のように眠る雫音からは返事はない。無言のままの雫音に、すぐに復帰出来るような状態ではない、と頭でわかっていても巡は嘆息を吐いた。そして、何度このやり取りを繰り返したのだろう、と時計に目を向けた。


 深夜という時間はとっくに過ぎて、明け方という時間を迎えていた。一睡もしていない巡の背後では、蓮華れんか菜乃花なのかが長イスに横になって静かに寝息を立てている。前日の戦闘の疲労が睡魔となって二人に襲いかかったのだろう。巡は睡魔と戦う二人から、寝たら起こしてくれ、とは言われていたが、もちろん、起こす、などという野暮なことはしない。今は二人をゆっくり休ませてあげたい。後で何かを言われても、いつものことだ、という開き直りも後押しする。だから巡は二人に振り向かず、ガラス越しに雫音を見つめ、


「雫音さん…………」


 再び静かに呼びかける。しかしそれ以上の言葉は生まれなかった。


 簡単な資源回収作業だったはずの初任務は、『迫り来る魔』の出現により巡達『生徒会第二執行部』にとって、思い出すだけで激痛の走るような深い爪痕を心に残して終わった。




 巡達が喉の通らない昼食を無理矢理詰め込み、雫音の眠る集中治療室へと戻ると、男性医師が室内から出てきた。巡が小走りに駆け寄り、


「し、雫音さんは?」


 先ず問いかけると、


「ま、まさか何かあったのか?」

「もしかしたら雫音さんが目を覚ましたのですか?」


 後ろから追いかけてきた菜乃花と蓮華が間髪を入れずにたたみかけた。巡達の異様な迫力に男性医師は困惑の表情を作り、


「えっと、定時の巡回です。神宿女かみやめ水無月みなづき雫音様に何かあったわけではありません」


 それでも医師としての威厳を保ちつつ返した。

 一瞬、安堵の溜め息がもれそうになる巡だったが、飲み込んだ。状況が好転したわけではないからだ。巡は、少しでも良い答えが返ってきてくれ、と口を開いた。


「で、雫音さんはどうなんですか?」

「容態は安定しています。悪くなることはないでしょう。ただ……」

「ただ?」

「あっ、いいえ、ただ……ですね、いつ目覚めるかまでは、わかりかねます」


 巡は、男性医師の言葉に取りつくろったような不自然さを感じたが、そうですか、と頷くだけにした。

 男性医師は、体力的にも精神的にも疲労の色が見える巡達に、


「ここでは皆様の疲れも取れないでしょう。後は我々に任せて一度寮に帰られてゆっくり休まれることをお勧めします」


 と帰寮を促した。


「ですが――」


 と言葉を切った巡が振り返る。蓮華が巡の肩に手を掛けていたからだ。


「四季巡、あたし達がここにいても見守ることしかできない。それに医師の言うように実際疲れてもいる。雫音さんの容態も安定しているようだし、一度戻って出直さないか」

「そうだよ四季、雫音さんが目を覚ました時にあたい達が疲れ果てたような顔をしてたら、責任感じてまた寝込んじまうぞ」

「いや、まあそうだけど……」


 蓮華と菜乃花の言葉に渋々ながらというように巡が返事を返すと、


「とにかく、帰ったら一緒に風呂にでも入ってスッキリしようぜ」


 菜乃花の口から怪しい一言が出た。

 巡は、今卯月うづきさん変なこと言わなかったか、と疑問符を浮かべた。そして、聞き間違いか、と蓮華へ視線を向けると、彼女も確認したいように巡へと視線を向けていた。

 当の菜乃花は、


「帰ったら~♪ みんなで飯食って~♪ みんなで風呂入って~♪ みんなで一眠りだぞ~♪」


 調子っぱずれの歌を口ずさんでいる。それが地なのか空元気なのか、それともこの重苦しい場を和ませようとしているのか。理由はどうあれ巡は聞き間違いでないことを確認した。


 ――そりゃまあ一緒に風呂に入るとかさ、俺に関して言えば、いろんな意味でスッキリできるかもしれないけどね――


 とあらぬ妄想を脳裏に浮かべると同時に巡は、蓮華の耳元に小声で、


「飯はいいとしても、風呂とか寝るとかはどうかと思うのだけど……だよね」


 心にもないことを囁いた。ところが、


「……あ、あたしだって、きゃ、構わないきゃらな」


 耳の先どころか足の爪先まで染まっているのでは、と思えるほど真っ赤になった蓮華がカミカミで消え入るように呟く声を巡は捉えていた。

 巡が呆気に取られていると、蓮華は咳払いを一つ挟み気を取り直して続ける。


「ほ、ほら、前にも言っただろう、あたしは四季巡を連れて帰るためには、できるだけのことをすると」

「あ、ああ……そうだったな」

「それに……今は一人でいると色々と考えてしまうし……(安心出来る相手と一緒にいたい)……」

「ん? 何て?」

四季しき巡は鈍いなと……まあ、卯月菜乃花もあたしと同じような理由だろう」

「えっと……とりあえず戻りましょうか」


 どこかバツの悪さを感じた巡が切り返しで締める。そして三人は、よろしくお願いします、と男性医師に頭を下げ、雫音の眠る医療施設を後にした。




 巡達が寮に戻ったのは午後二時を少々回ったところだった。


「さてどうするかな」


 玄関でスリッパに履き替えた巡はポツリと呟いた。

 夕食には早過ぎ、風呂に入るにも先程の話を思い出してしまい二の足を踏む。そもそも明るい時間の入浴に馴染めない。だからといって昼寝をするにも中途半端な時間である。

 学校や訓練がある時なら全く考える必要のない、ポッカリと空いた時間の過ごし方を考える。


「とりあえず部屋に戻ってシャワーでも浴びるか、それとも――」


 再び呟きながら階段を一段上がった巡の動作が口と同時に止まった。反射的に振り向いた巡の目に、うつむき加減で制服の裾をつまんで引っ張る蓮華の姿が映った。


「ん? 文月ふみつきさん? どうしたんですか?」

「あ、その……少し話さないか、四季巡」


 巡の問いかけにようやくというように顔を上げて答える蓮華は、普段の凛々しさからかけ離れた、今にも泣き出しそうな表情だった。


「えっと……お、俺も今から何をしようかと迷っていたところだったから……だから、喜んで……です」

「そ、そうか、ありがとう。では食堂へ行こうか」


 表情を明るくしてた蓮華が言うと、巡の服を引っ張る力が強くなった。不意のことにバランスを崩した巡が、へ? と間の抜けた声を上げて一段上がった階段から足を外した。その足が蓮華の足とからまり、二人で、あっ! と声を上げた時には、いかんともしがたくもつれるように倒れ込む。

 瞬間、このままでは文月さんが、と咄嗟の判断で巡は身を捻り、蓮華をガッチリと抱きしめ、その身を蓮華と廊下の間に割り込ませた。

 その時、映像のような何かが巡の脳裏に流れ込んできた。倒れ込む巡が、これは何?、と思う間もなく、


「かは!」


 背中を床に激しくぶつけた反動で息を全て吐き出した。息が止まったまま巡は、


 ——あれは『神宿』の何かだったのか、それとも噂の走馬灯……って俺、生きてる……はず……だよね——


 と思ったところで限界を迎えた。思考を止めた巡は、酸素を求めてゆっくりとそして大きく息を吸い込み呼吸を再開した。と、桜のようなほんのりと甘い香りが巡の鼻腔を刺激した。これは、と思う巡は、背中から伝わる固く冷たい床の感触とは正反対の柔かく温かい感触を体の前面に感じて、未だに蓮華を強く抱きしめていることに気付いた。

 密着する胸と胸、密着する腹と腹、密着する云々……。

 服という布を間に挟んでいても、巡にとって初めての感触が伝わってくる。


 ――柔らけぇ~――


 この一言以外、どんな形容も比喩も必要のない感触だった。

 そんな離れがたい心地よさに巡は、蓮華に回している腕を放すことができない。


 ――女の子ってこんなに柔らかいんだ。何ていうのか、心地いいっていうのか、いい匂いもするし、いつまでもこうしていたい――


 床に頭をぶつけたわけではないが、息を一気に吐き出したためだろうか、それとも蓮華の匂いに酔ったのか、どこかぼんやりとした頭で巡は思った。と、


「し、四季巡……」


 耳元で名前を呼ばれ、ぼやけた思考の不意をつかれた巡は、いかん、と沸き起こる野生を無理矢理押さえつけた。そして平静を装うように、


「ふ、文月さん……大丈夫だった?」


 巡が逆に蓮華の耳元で囁くように問いかけると、蓮華の体がピクリと反応し、かすれるような声で短く、ああ、と返してきた。そして、薄桃に染まった顔を巡へと向けて上目遣いで言葉を繋げた蓮華は、


「し、四季巡……そろそろ放してくれないか。い、いや、四季巡がこうしていたいのならば、あ、あたしは構わないけれど……その時と場所というのか……それに……あ、あたしにだって条件とかあるんだからね。か、簡単に抱けるなんて思わないでよね」


 テンパるあまり、最後はどこぞの怪しいツンデレさんになっていた。

 巡は蓮華を壊した責任を感じたのか、ごめん、と言いながら抱きしめていた腕を名残惜しげに放した。しかし拘束を解かれたはずの蓮華は、巡に覆い被さったままの体を起こそうとしない。


「ふ、文月さん、どこか痛めちゃったの?」


 心配になった巡が尋ねると、蓮華は巡から顔を逸らし、


「い、いや、どこか痛めたわけではないんだからね。あ、あたしだって起き上がりたいのだけど……そ、そう起き上がろうとしてはいるのだけど……」


 ようやく普段の口調に戻って、言葉を濁し出した。と同時に蓮華は、腰をモゾモゾと動かし出した。


 ――って、ちょ、ま、待て待て、そんなところを変に刺激しないで……く、下さい。た、ただでさえ危ない状況だし……む、無理矢理寝かしつけている野生が……ああ……呼び起こされる――


 口にはできない巡の心の叫びは……もちろん性的連結……いや、静的連結をしている密着状態の蓮華に届いてしまった。

 瞬間、腰の動きをピタリと止めた蓮華は、何かが点火したように一瞬で真っ赤になる。そして体中から蒸気が吹き出しそうなほど体温も上昇していくのが、制服を挟んでいても巡に伝わってきた。

 顔を伏せた蓮華にそっぽを向いたままの巡。二人は黙りこくったまま固まっていた。


「なあ、いつまでそうしているつもりだ? それとも文月はお尻丸出しで四季を誘っているのか?」


 見るに見かねたのか、それとも、いい加減にしろ、と言わんばかりなのか、菜乃花が口を出してきた。菜乃花の言葉通り、縺れて転んだとき、蓮華のスカートはまくれ上がっていた。そんな菜乃花の言葉にいちはやく反応したのは、首を上げようとした巡……の顔を手で押さえつけた蓮華だった。


「あたあたあたあたたたたしは、そそそそんなふしだらなまねはししししない。そそそうだ、しないんだ」


 首を上げた蓮華は、昔流行った拳法漫画のラッシュのような言葉遣いで菜乃花に返し、続けて、


「こ、これはだな、ス、スカートがだな、引っかかってだな、取れないんだ」


 言いながら再びモゾモゾと腰を動かし出した。


 ――り、理由はわかりました。ですが、ホント勘弁して下さい。もうこれ以上は……あ、あああ……た、耐えられませんよ――


 巡も再び口に出せない実情を胸中で叫ぶ。もちろんそれも蓮華に伝わり、蓮華の動きが止まる。


「し、四季巡。あ、あたしはだな、男の……そのだな……何と言うのか……その部分? がどういう構造になっているかは、一応だな知識程度には知っているつもりだ。それが何を意味するものかもわかっている。だが、今しばらくの我慢をしてもらえるとありがたい」

「と言われても……こればかりは、俺の意志じゃなんともというのか……」

「そ、そうだ、目を固く閉じていてくれ。それでだな、あたしがいいというまで、絶対に開かないでくれ」

「あ、ああ、わかった」


 巡は蓮華に言われた通り、目を固く閉じた。すると巡が目を閉じたのか確認していたのだろう、一拍の間が空き、巡の体から心地よい圧迫がなくなった。

 残念と思う巡に、蓮華が、これはどうなっているんだ、とか、取れないではないか、等と溜め息まじりに呟きながらベルトのバックル辺りを何やらごそごそしているのが伝わってくる。どうやら思った以上にスカートが複雑に絡んでいるようだ。それよりも何よりも、視覚が閉ざされているためだろう、蓮華の一言ひと言や息遣いが異様なほどなまめかしく聴覚を刺激する。

 巡は、どうにも気になって、薄く目を開ける。と、女豹のポーズよろしく、四つん這いの形で巡の下腹部辺り……ベルトのバックル辺りなのだが……を片手でまさぐっている蓮華の姿が飛び込んできた。これは強烈、と思う巡の耳に蓮華の声が飛び込んできた。


「四季巡、目を開けてないだろうな」

「あ、当たり前だおう」


 と巡は半ばカミつつ返しながら再び固く目を閉じた。

 その後も何やらごそごそやっていた蓮華はとうとう意を決したように、


「四季巡、今からは絶対にだ、絶ぇっ対に目を開くなよ」


 今までよりも強い口調で言った。

 巡はその迫力に、ゴクリ、と喉を鳴らし、


「わ、わかった、約束する」


 一度頷き承諾する。

 蓮華が今一度巡が目を閉じていること覗き込んで確認すると、大きく息を吐いた。

 次の瞬間、巡の敏感になっている耳に絶対に目を開けてはいけない音が鳴り響く。


 ジィィィィ。


 明らかにファスナーを動かした時の音だ。だがこれは始まりだった。次に、


 シュル、シュル……ファサ……フサ……。


 何か布が擦れる音と共に、ベルトのバックルがつり上げられたり下がったりする感覚が伝わってきた。

 直後、閉じたまぶた越しに透けていた明るさが何かで遮られ暗くなると、顔上を桜の香りとほんのり温かい何かが通過して行く。

 巡が、まさかこれは、と思うと同時に、瞼越し遮られていた明るさが元に戻り、


「ま、まだ目を開けるなよ四季巡。い、今開けたら一生後悔することになる」


 蓮華の声は寝転ぶ巡の頭上から聞こえた。いやいや今目を開けなければ後悔するの間違いでは、と紳士の巡が思っていると、


「あ、あたしは今から着替えてくる。あと一分だ、一分したら目を開けていいぞ」


 言い残すが早いか、蓮華は階段を上り始めていた。

 そんな蓮華の言葉に巡は……紳士から野獣に変身、かなりフライングで目を開き、下半身下着姿の蓮華を見送った。ちなみに彼女を象徴するようなシルクのように上品な光沢のある白だった。

 ようやくとばかりに上半身を起こした巡に菜乃花が、


「まあ、災難だったな。いや、役得というやつか。最後のは黙っておいてやる。じゃあ、あたいも着替えてくるか。後で食堂に集合な」


 普段通り、ニッ、と笑顔を作って言うと、階段を上がっていった。

 残された巡は、バックルに絡まったまま残されたスカートを見て、


「これ、どうしよう」


 呟きながら絡まった部分をいじると、いとも簡単に外れた。


「あれ? 簡単に外れたぞ。まあ状況が状況だったから、文月さんも慌てていたんだろうな」


 手にしたスカートをまじまじと見つめていた巡は、今の今まで蓮華を抱きしめていたことを思い出し、スカートに思わず顔を埋めて息を吸い込んだ。僅かに香る桜のような蓮華の匂いに鼻腔を刺激され、はたとして顔を上げて、


「お、俺、何やってんだ」


 何ともいえない背徳的な気分を味わった。

 邪念を祓うかのように頭を二、三度振って、さてと、と立ち上がった巡は階段を上り始めた。そして、ふと蓮華を抱きしめた時、脳裏に流れ込んできた映像を思い出す。


「あれは、もしかしたら文月さんの記憶だったのか」


 それは戦場、というより公開処刑の現場、しかも刑を受ける側。とにかく酷く残酷な映像だった。

 まさかね、と付け加えた巡は、着替えてくるか、と呟き、蓮華のスカートを握ったまま自室に向かった。 

読み進めていただき、ありがとうございます。

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