新米(仮)です 009
『し、四季巡……これは一体どういうことなんだ』
『し、四季……何で雫音さんまで一緒に……』
『警告……神宿女水無月雫音……生体機能低下……ブラックアウト……動的連結解除……生命維持機能を自動承認で発動しました』
雫音が黒の底へと引かれて落ちていくのを、信じられない、というように呆然と見つめていた巡の耳に、三人の女性の声がほぼ同時に届いた。
小刻みに震え、今にも消え入りそうな声音の蓮華と菜乃花。そして彼女達とは対照的に一切の感情を感じない、出所が不明の声だった。
「どういうことって……何でとか……言われても……ブラックアウトとか……なにそれ」
ようやくというように答えた巡は、ほぼ同時に届いた言葉の意味を理解出来ないほど混乱しており、自分でも何をどう伝えていいのかさえわからなかった。
だって、という巡は、ウィンドウに映し出されている雫音の姿を見て、
「だってさ……何で? 何でお腹から角が生えてるの? おかしいよね、変だよね……だってさ、雫音さんの角って頭にあるんだよね。それなのに何でお腹から突き出しているのかな……ね、雫音さん、答えてくれないかな」
問いかけを何かの呪文のように口ごもりながら呟いた。
しかしその問いかけに返ってくる言葉はない。
巡が、蓮華が、菜乃花が、返答を待ち望んでいる雫音の腹から、ユニコーンの角のような鋭く長い何かが二本、突き出していた。
そんな雫音にはもちろん意識はなく、『異世回廊の交差点』の中心に向かって引かれる力に抗えず、ただ身を任せるように落ちていく。
その雫音を、ウィンドウ越しに呆然と見ている事しか出来ない巡の視界が、突然真っ赤に染まった。同時に、
『警告……「迫り来る魔」一体が接近中』
出所が不明の声が巡の体中に響き渡り、惚ける巡の意識を強引に現実世界へと引き戻した。
涙で、とは言わないが、巡の霞む視界の先には、確かにこちらへと向かってくるEクラスの姿を捉えている。よくよく見ると、ランスのように鋭く尖った前足の先端部分が一本無くなっている。
「あ、あれか、あれが雫音さんを……瀕死状態のDクラスを囮にしたというのか?」
連携を崩したように見えた『迫り来る魔』達は、意図的にDクラスと一対一の状況を作り出すことによって、雫音をDクラスへの攻撃に集中させ、警戒範囲の外へと出たEクラスがミサイルのようにその前足を放ち、雫音を止めた。
不自然なEクラスの行動を思い出した巡は、自分達は奴らの手に乗せられていたんだ、そして、しっかりと戦況を見ていなかった自分が馬鹿だった、と自責の念に駆られる。
しかし今は反省している時ではない。そんなことは『彼岸・六文』に戻ってからすればいいことだ。
何よりも雫音を救護していない今、自分達だけ尻尾を巻いて逃げ帰るわけにはいかない。
例え雫音が体を張って作ってくれた退却のチャンスだったとしても、自分は受け入れることが出来ないし、蓮華も菜乃花も同じだろう。とにかく今は『第一執行部』が到着するまで、雫音を含めた全員で乗り切ることが大事だ。
「長い二分になりそうだな」
と苦々しい笑みを作った巡は、今すぐにでも背中を向けたくなる気持ちを何とか堪えた。そして、雫音の腹には奴らの足らしき物体が二本刺さっていたのを思い出し、
「もう一体はどこだ」
巡がEクラスの姿を探す。と、菜乃花から通信が入った。
『四季! 一匹が雫音さんのとこに行ったぞ』
「なんだと、それはまずいな――」
どうする、と巡が続ける前に菜乃花が言葉を切った。
『あたいが行って、雫音さんを守るよ』
「卯月さん一人で大丈夫なのか?」
『文月と二人で行けというのか? それじゃ誰が動けない四季を守るんだ?』
「……わかった、でもな……とにかくだ無理はするなよ」
巡の不安に、ボーイッシュな笑みを向けて、任せとけ、とばかりにサムズアップで返す菜乃花は、既に『魔・技・架』を雫音の落ちていく方向へと移動を始めていた。
日頃は少々残念な言動が多い菜乃花だが、今は妙に頼もしい、と巡は思って雫音を任せた。
菜乃花を見送る巡の視界に、もう一つのウィンドウが開き蓮華が映し出された。
『し、四季巡……あたしも……ど(動的連結)……を……し(してほしい)……のだが……』
蓮華は、はにかむように俯き加減で何かを伝えようとしているのだが、所々口ごもっているため、巡に上手く伝わらない。
「えっと文月さん……ト、トイレですか? もう少しの辛抱をお願いします」
『ち、違う! もういいから、とにかくサポートを頼むぞ』
「あ、ああ」
巡は、どうやら違ったようだ、と思いつつもどこか釈然としない。しかし追求する時間はない。よし、とばかりに気合いを入れて、コンソールの操作に集中すると、『第二執行部』にとって最も長い百秒が始まった。
菜乃花と蓮華は、全く動くことのできない雫音や巡をそれぞれの背にしているため、相手の攻撃を躱すことができず、正面から受け止めることになる。
ただでさえ『迫り来る魔』と一対一の戦闘では、例え相手が最低ランクのEクラスでも苦戦するというのに、菜乃花と蓮華はよく頑張って踏みとどまっている。
しかし二の手、三の手を矢継ぎ早に繰り出す相手に、防御一辺倒の菜乃花と蓮華は攻撃に転じることができず、状況は圧倒的に不利であることにはかわりない。
それを証明するように、徐々に押し戻される。
それを見た巡は、菜乃花と蓮華へ再配分できる能力を、限度いっぱいまで駆動系に回す。そして余剰分は攻撃系へと回した。守備系には回さない。各パラメーターに『神宿』の能力付加を均等に受けている菜乃花と蓮華には、Eクラス相手に今以上守備力を上げる必要がない。ならば防戦一方の菜乃花や蓮華が一瞬の隙を突いて攻撃を当てたとき、最大限の威力を発揮するように、と巡の配慮だった。
「ふっ……四季巡はわかっているな」
蓮華は再配分されたパラメーターの値を体で感じて呟いた。そういえば、と以前食事中に交わした会話を思い出した。
ゲームというものが好きだと言っていたなと。中でも色々なイベントをこなしてパラメーターを割り振り、自分の好みのキャラクターに仕上げていくものが得意と言っていたなと。自分はやったことが無いからよくはわからないが、
「……あたしもそうして四季巡の好みに合うように作られていくのだろうか。四季巡があたしを選んでくれるのならそれはそれで……」
蓮華が頬をほんのりと薄紅に染めて妙な妄想をしていると、金属を金属で掻きむしったような不快な音に肌が粟立ち、我に返る。
「い、いかん、戦闘中に不謹慎だぞ、あたし」
蓮華は、何だかとんでもないことを呟いていたような気がして、慌てて紅潮した顔を横に振った。
「せっかく四季が攻撃系に回してくれたのに」
呟く菜乃花の盾が『迫り来る魔』の攻撃を受け止めて、金属を擦り合わせたような気持ち悪い音を鳴らす。
これで幾撃『迫り来る魔』の攻撃を受け止めたのか、と菜乃花は思う。
同時に、まだ一度も攻撃らしい攻撃をしていない自分に焦りを感じていた。
最初は、何かパターンが見つかるかもしれない、と攻撃を受け止めた回数を数えていた。
だが次から次へと上がるカウントにパターンを見つけることができず、段々馬鹿らしくなって数えるのをやめた。
そもそも、守りを固めて相手の攻撃に耐えながら隙を見つけて一撃を入れる、なんて自分のスタイルではない、と菜乃花は思っている。
まあ何というのか、初めての実戦を迎えた新米さんが、スタイルだの何だのと言うのは気の早い話ではあるのだが、そういう性格の菜乃花は苛立ちに頬を桜色に染めて、
「ぶわぁぁぁ~と近づいて、どぉぉぉんと一撃入れて、だぁぁぁぁ~と駆け抜ける方があたいの性分に合ってるんだよ、わかれよな!」
と『迫り来る魔』の攻撃を受け止めながら、誰にというわけでもなく文句を言っていた。
「あんまり芳しくないようだな……」
巡はウィンドウ越しの蓮華と菜乃花が、どこか苦い表情をしているように見えて呟いた。そして頬も赤く染めていることに気付いて、
「……疲れが出てきているのかな」
再び呟いた。
本来ならチーム戦が基本の『迫り来る魔』を相手に、一対一で、しかも動くことができない雫音や自分を背に、防戦一方の辛い戦いを強いてしまっているのだからな、と巡は胸中で苦々しく思いながら、
「当たり前だよな」
と呟きを付け加えた。
だからといって巡には、解決する手だては特に思い当たらない。一刻でも早く『第一執行部』が到着することを願うことしかできない。
陰鬱のスパイラルにはまり込んでいく巡は、はたとして、俺がこんなことを思っていちゃ駄目だろう、と負の思考を止めた。そして、俺にもチョットだけかもしれないけどやれることがある、と通信回線を開いた。
「卯月さん、文月さん、大変お疲れかと思いますが間もなく『第一執行部』が到着します……(多分)……最後の一踏ん張りをお願いします」
疲れているであろう菜乃花と蓮華に、エールを送るつもりで言った。
ところが、
『『はあ』』
的を外した巡のエールに菜乃花と蓮華が半目を向けて返した言葉は、何を言ってるんだ、という疑問形とも、突然的外れなことを言い出した巡に対しての嘆息とも取れるような気の抜けたものだった。
――お、俺、何か変なこと言っちゃったのか――
二人からの冷たい視線に耐えきれず、ウィンドウから目を逸らす。と同時に、
『『キャッ!』』
と悲鳴がハモり、巡の視界の片隅で菜乃花と蓮華が飛ばされる姿を確認した。
『第二執行部』のとのぼけた会話の隙に兆しを見つけたEクラス達から、菜乃花と蓮華は不意の体当たりを食らった。
「って! ちょっ! だだだ大丈夫ですか! 二人ともどうしちゃったんですか!」
思わず声を大にして確認する巡へ、菜乃花と蓮華は、お前が元凶だ、と言いたげな半目を再び作って向けながら、
『ちょっと飛ばされてビックリしけど、問題ないよ』
『あ、ああ大丈夫だ』
菜乃花と蓮華は、言いたいことは沢山あるけど全ては『彼岸・六文』に帰ってから、と大人の態度をとった。
菜乃花と蓮華の無事を確認した巡は、『魔・技・架』に固定されている腕の代わりに、イメージの中の腕で胸を撫で下ろし安堵の溜め息を吐いた。
同時にこの長い長い数分間の出来事が巡の脳裏を駆け巡った。
雫音がDクラスの『迫り来る魔』を討滅した。
直後、雫音は串刺しにされた。
今は『神宿』の能力で、かろうじて向こう岸に渡ることを阻止している。
残ったEクラスに菜乃花と蓮華が立ち向かって行った。
そして飛ばされた。
二人は、大丈夫、と言っているけれど、実際のところはわからない。
無傷なのは自分だけだ。
「……ありえないよ」
何かが切れたように、巡の目から涙が溢れ出してきた。
「もう良いだろう、もう充分だよね、もういい加減にしてくれよ、もう待てないよ。なっ、もうそろそろ終わりにしてくれよ。これ以上何をどうしろっていうんだよ」
元の世界なら、絶対に感じることのできない感覚。
平和ボケした日本人の巡には最も遠い世界。
仮想世界の中の格好いい部分しか知らない戦闘の現場。
本当の戦場に渦巻く吐き気をもよおすような感覚。
現状と向き合うことのできなくなった巡には、傾いた気持ちを立て直すことができない。
「ホント、お願いです、誰でもいいからさ、助けてくれよ」
『やあ、待たせたね』
気障ったらしい軽い言葉と同時にウィンドウが開いた。
巡が死人のような視線を向けると、映し出されたのは優男風の青鬼、『生徒会第一執行部』の神宿男年中駆だった。
巡にとって、普段は口を交わすのも躊躇うほどいけ好かない奴だが、今だけは素直に頭を下げたくなる。
『不意のことで僕達も対応が遅れてしまってね。すまなかったと思っているよ』
駆はしゃあしゃあと言葉を並べていたが、
『それにしても君たちには荷が――』
突然言葉を止めた。巡達『第二執行部』の現状を思い出したのだろう。咳払いを一つ挟んで、
『――まあ、後は僕達に任せて君たちはさっさと逃げたまえ』
ほんの少しだけバツが悪そうに言った。
しかし時既に遅しである。巡は明らかに不機嫌な様子で、
「ああ……」
返すと同時に、やっぱりこいつとは、と怒りの感情がわき起こり、陰鬱のスパイラルから抜け出せなくなっていた巡を現実へと引き戻した。
だからといって、怒りに任せて駆に文句を言うつもりはない。むしろ、よくぞ引き戻してくれた、と皮肉たっぷりにお礼を言いたいくらいだった。
目を逸らしていた現状と向き合うことができるようになって、少しは冷静な判断ができるようになったからだ。そして、戦力にならない自分達の一刻も早い離脱のため、現状を把握することが必要だ、と思った巡は確認する。
巡には、『第一執行部』の到着に伴う戦場の変化によって、先程までの絶望的状況がそのまま幸いに転じたように見えた。
菜乃花や蓮華とつばぜり合いをするように押し合いへし合いをしていたEクラス達が、体当たりをかましたことによって二人との距離が開いたまま、何かを警戒するようにその距離を保ったままだったからだ。
それは『第一執行部』の接近に気付いたからなのだろう、と思ってその後の動向を観察する。
二体のEクラスは頭らしき部分で、巡達と『第一執行部』の来る方向を交互に見返ると、お前達ならいつでも殺れる、ザコは後回しだ、と言わんばかりに、ゆっくりと巡達『第二執行部』から離れて『第一執行部』の方へと動きだした。
その様子を伺っていた巡は、離脱をするなら今だ、と通信を開いた。
「卯月さん、文月さん、『第一執行部』が到着しました。離脱をしますので、雫音さんをお願いします」
『……う、うん、わかったよ』
『……ああ、了解だ』
つぎの攻撃に身構えていた菜乃花と蓮華は、自分達に背を向けてゆっくりと遠ざかっていくEクラスを見送りながら、緊張が解けたような気の抜けた返事を巡に返した。
巡はその返事を受け取ると今度は、
「神宿男年中駆、Eクラス二体がそっちに向かった。俺達はこれを機に離脱行動に入る。カウント5で『過加給領域』を解除するけどいいか?」
駆に通信を送る。
『ああ、僕達ならいつでもオーケーさ。始めてくれ給え』
喉を掻きむしりたくなるような、いけ好かない返事を受け取ると巡は、カウントを開始する。
「……2……1……解除」
固定されていた感覚がなくなり、『異世回廊の交差点』の中心に向かって引かれる感覚が強くなる。同時に巡達の目の前に仄白い壁ができあがった。戦場を引き継いだ駆の『過加給領域』が展開を終えたようだ。
『さあ、君たちは行き給え』
「ありがとう」
この言葉遣いは何とかならんものか、と巡は思いつつも本心で礼を言う。
『そんな改まって――』
『四季君達はよくやったのだ。後は先生達に任せるのだ』
『そうね、雫音を宜しく頼むわね』
駆の言葉を切って、十二月と三月が声をかけてくれた。
「十二月先生、三月先生、わかりました。それでは『第一執行部』の皆さん、後はよろしくお願いします」
巡は『魔・技・架』に固定された体で最大限の礼をすると、雫音を保護した菜乃花と蓮華に合流し、
「……とにかく戻ろうか」
菜乃花と蓮華が映っているウィンドウに一言だけ言った。間近で雫音の状態を確認した巡には、それ以上の言葉が見つからない。巡の言葉に頷きだけで返した菜乃花も蓮華も同じだったのかもしれない。
重くなった口を誰も開くことなく巡達『第二執行部』は『彼岸・六文』ヘと帰還した。
読み進めていただき、ありがとうございます。




