新米(仮)です 008
「す、凄いです。雫音さん、凄いです」
巡は、三体の『迫り来る魔』を相手に、単身挑む雫音の戦いぶりを見て思わず声を出した。
巡に感嘆の声を上げさせた雫音は、まさに『当たらなければ……』を地でいくような、徹底したヒットアンドアウェイで危なげなく立ち回っている。しかも神々しいまでの金色の光を放っている剣を振り下ろす雫音の一撃は、先程の蓮華や菜乃花と比べて、桁違いの威力を放っている。
それは、ウィンドウ越しに見ている巡にもわかるほどだ。
こんなんことなら最初から『動的連結』を使っていれば、例えDクラスの『迫り来る魔』でも撃退出来たのでは、と巡は思う。しかしすぐさま、今の雫音は高い攻撃力を得るために守備を捨てているのだから、と否定するように首を振った。
もちろん素っ裸で戦っているわけではないから『魔・技・架』を構成する素材に見合う守備力は残っている。『魔・技・架』を中心に十メートルほどの範囲に展開する『自由制御・付加領域』には、鉄板のような盾も浮かんでいる。だが『神宿』の能力を付加されていないそれでは、学芸会で使う厚紙で作った鎧や盾と大差ないだろう。強大な力を持つ『迫り来る魔』の攻撃からは、とてもとても身を守ることはできない。
精々破片よけ程度だよな、と巡が思っていると、
カン。
『過加給領域』内に、何か硬い物質が金属とぶつかったような音が響いた。
しかし軽い。ジュースの空き缶に小石をぶつけたような、非常に安っぽい音だった。
それでも同時に雫音の『魔・技・架』から、拉げた鉄板と化した盾が飛ばされる様子がウィンドウに映し出されていた。
攻撃から回避に転じる僅かのスキをつかれて、『迫り来る魔』の攻撃が当たったようだ。
その光景をウィンドウ越しに見た巡は、ゾワッ、と背筋に冷たいものが走り、
「し、雫音さん! だだ大丈夫ですか!」
声を大にして呼びかけた。
ウィンドウの向こうで、しかめた表情を一瞬見せた雫音だったが、すぐさま普段のおっとり笑顔でウィンドウ越しの巡へと視線を向けると、
『あらあら、ちょっと盾を擦っただけよ。心配させちゃってごめんなさい』
言うとすぐに表情を引き締め、ウィンドウから視線を外し戦闘へ戻っていった。
巡は、擦っただでそんなになっちゃうのか、と思うが、その不安を口に出すわけにはいかない。口から出した途端、自分自身の士気を下げてしましまいそうだ。ひいては雫音の戦闘にも影響を及ぼすだろう。だから巡は、言葉を飲み込むように口を一文字に結び、不安を振り払うかのように首を二、三度振ると、雫音の無事の姿に安堵の溜め息を吐くためだけに口を開いた。
と同時に、
――とにかくだ、雫音さんに任せた以上、俺は最高のサポートしないと……俺が慌てると、雫音さんの気が散る。俺が足を引っ張ってどうするよ――
と気合いを入れ直すと、コンソールの操作に集中する。
ガン。
仕切り直した直後の事だった。
今度は厚手の鉄板にバットを叩き付けたような、ちょっと擦っただけ、などと間違っても言えない重い金属音が『過加給領域』内にこだました。
ウィンドウの向こうでは、巡の気合いをあざ笑うかのように、派手な金属音を響かせ、二枚目の拉げた鉄板が吹き飛ばされていった。
巡はその光景に再び、背筋を氷水が滴っていくような怖気に襲われた。
ウィンドウ越しの雫音の表情が、逼迫した事態を生々しく伝える。
「!! …………」
思わず口を開いたが、声が出なかった。
「これはこれは……予想外に早く対応されましたわ」
『迫り来る魔』の攻撃をかろうじて凌いだ雫音は、吹き飛んでいく拉げた鉄板を一瞥すると密やかに呟いた。
たった二度の攻撃を受けただけで、『ないよりマシ』という程度で身を守っていた二枚の盾が、二枚とも飛ばされた。
以前所属していた『生徒会執行部』で、何度も『動的連結』によって攻撃特化にパラメーターを振った事のある雫音は、盾が飾りという事を知っている。一撃どころか擦っただけで使い物にならなくなる事もわかっている。しかし、守りを失うにはあまりに早過ぎた。
「もう少し躱せると思ってましたけど鈍った……いえいえ、私の未熟さゆえよね。これで裸も同然ですわ」
雫音は開いているウィンドウを一瞥する。
巡、蓮華、そして菜乃花の三人とも、青ざめた表情でウィンドウを見ている。特に巡は、何か言いたげに、口をパクパクさせている。
そんな様子に雫音はいつものように、大丈夫よ、と声をかけてあげたかったが、その余裕はなかった。
二体のEクラスが二の矢、三の矢を放つ。それを回避しながら、
「ちょっと厳しいかな……」
呟いた雫音は、小さく嘆息した。
本来『動的連結による部分特化攻撃』は、『生徒会執行部』七人のフルメンバーが有機的にかみ合って、はじめて安定し、本領を発揮する。
近接攻撃特化にパラメーターを振った雫音の近接攻撃力は、蓮華、菜乃花と共に三人で攻撃していたときより高いものである事には違いない。しかし接近や離脱を援護する銃撃特化の神宿女がいない。僅かなスキを守る守備特化の神宿女もいない。後方に控えている蓮華や菜乃花は、神宿男の守り、そして力を受け渡してもらう後衛としての役目を負っているため、直接戦闘には参加させる事はできない。
とはいえ、人数不足を嘆いても始まらない。
飾りとはいえ身を守るものが無くなり、少々弱気になりかけた雫音は、気合いを入れ直すように奥歯を、ギリリ、と音が出るほど噛みしめ現状を確認する。
Dクラスの『迫り来る魔』は虫の息だ。あと一撃を食らわせれば、討滅とはいかずとも撃退は出来るだろう。
だが、容易な事ではなさそうだ。
Dクラスの周りを、ボスを護衛する親衛隊のように二体のEクラスが無傷で飛び回っている。二枚の盾は、こいつらの体当たりで弾き飛ばされた。甲虫のような見た目は、いかにも硬そうであり、その動きも素早い。
『動的連結』によって突出した攻撃力を持つ今の雫音であっても、一人で相手をするには何かと分が悪すぎる。
雫音は自然と引き締めていた口元を僅かに緩め、誰にというわけではなく微笑みながら、そして、ふと、思う。
どうして守備特化にしなかったのか、と。
もともと『第一執行部』が到着するまでの、七、八分を凌げば良かったはずなのに、攻めと守りを天秤にかけると、攻めに傾いてしまう。
案外攻撃的な性格なのよね、と胸中に苦笑を浮かべた。
「それで居場所を失ったのに……懲りないわね私……」
後悔を口にした雫音は、ふっ、と自嘲なのか嘆息なのか、小さく息を吐いた。だからといって、感傷に浸っている時ではない。
雫音は気を取り直すように頭を数度振って、
「そうよね、ここまできたら、一点突破よね」
再び口元を引き締め『迫り来る魔』を睨めつけた。
――し、雫音さん、今おかしな微笑みを見せませんでしたか?――
仮想世界の話なら、この瞬間に死亡フラグが立ったはずだ。巡はそんなシーンを思い浮かべてしまい、眉を寄せ表情をしかめた。もちろん死亡フラグなどというものは、仮想世界でのお約束的演出であって、現実世界では意味をなさないことは、わかっている。
しかし巡は、死亡フラグが立つような戦いの現場に行ったことがない。もしかしたら現場では、死亡フラグといわれる前兆行動があるのかもしれない。それを基に物語では演出として書かれているのかもしれない。それを演出だとかいっているのは、平和ボケした自分達だけかもしれない。
もしかすると本当に不吉な事態に繋がるかもしれない。
だから、見間違いであってくれ、とばかりに今一度ウィンドウを見る。
と、そこには、口を固く結んだ凛々しいまでの表情で『迫り来る魔』を睨めつける雫音がいた。
巡はそんな雫音を見て、何故か安堵の溜め息を一つ吐くと、さっきのは見間違いだったんだ、と自信を納得させた。
三度気合いを入れ直した巡が時間を確認する。
「って……まだ三分……だと」
デジタルのカウンターは、ようやく折り返し地点に差し掛かった事を示していた。
もうまもなく『第一執行部』が到着するか、と思っていた巡は少々落胆する。
「雫音さん、大丈夫だよな……」
呟く巡の視線の先にあるカウンターが、一……二……三……、と秒を刻んでいくのももどかしく感じる。
今は一秒でも早く『第一執行部』が到着することを願うばかりだ。
巡は視線をウィンドウに映る雫音へと向ける。
時間を稼ぐためか、回避に専念しているように見える。が、
「……違うな」
巡はすぐさま否定する。
雫音は攻撃を入れるために、Dクラスへと何度も接近を試みている。その度に、Eクラスに妨害されて間合いに入れず退避する、を繰り返しているように見える。
別の見方をすると、飾りとはいえ身を守る盾を失って慎重になっている雫音が、どこか攻めあぐねているようにも見える。もちろん無理に突っ込んで自滅するよりは良いと巡は思う。しかし、
「それも違うな」
再び否定した。
巡の目には、雫音の攻撃を受けて沈黙しているDクラスが回復するまで、『迫り来る魔』も時間を稼ぎたいように映っている。
Dクラスに接近する雫音を、二体のEクラスが追っ払うだけで追撃を仕掛けてこない。そんな守備的連帯が『迫り来る魔』の事情を物語っているようだった。
巡は、それなら好都合だ、と思う。
雫音には申し訳ないが、囮として回避に専念してもらえば良い。
危険も少なく、ほどなくして『第一執行部』が到着するだろう。
「けどな…………」
顔をしかめる巡の脳裏に、ちょっとした不安がよぎる。
巡と雫音が知り合ってから約一ヶ月が過ぎ、表面的かもしれないが雫音の性格も掴めていた。
「雫音さんって、おっとりしたように見えて、スキあらば一撃入れてくるんだよな」
一撃といっても、色々な意味での一撃だ。神宿男争奪戦の一環と言いながら、時折巡のベットに潜り込んでくるのもそんな性格の現れかもしれない。そのうえ巡から見ると、魔族、という外観通り、少々攻撃的な性格にも思える。
「俺から雫音さんに『回避に専念して』って言っても、大人しくそうしてくれないだろうな」
ポツリと呟いた巡の見やる先、雫音がDクラスへと接近するが、攻撃を入れる前にEクラスに追い返される。
今のままでは埒が明かない、と巡が雫音に通信を開こうとしたその時、こう着気味だった戦況が動いた。
今まで雫音を追い返すだけだったEクラスの一体が、離脱する雫音を追いかけ出した。
これは、と思った巡は、すぐさま雫音の『魔・技・架』の駆動系パラメータの上限いっぱいまで余剰分を再配分する。
雫音を追いかけるEクラスとの距離が離れていく。しかし奴は追跡を諦めない。
巡がもう一体のEクラスの動向を確認すると、相変わらずDクラスの周りを守護するように飛んでいる。どうやら雫音の行く手を遮るような事はしなさそうだ、と少々安堵する。
Dクラスの咆哮に呼応して突発発現した直後のEクラスは、本能的に雫音を追い回していた。だから雫音も、Eクラスが大した障害にならず、Dクラスに追い打ちをかけることが出来た。しかし雫音の『魔・技・架』の盾を弾き飛ばしたあたりから、数的有利を活かした連携として形をなしてきているように巡の目には見えていたからだ。
突然連携を崩した『迫り来る魔』に、このままなら充分時間を稼げる、と巡は思った。
ところが、
『ではでは最後に一撃を入れますので、サポートをよろしくね四季君』
「へ?」
雫音の言葉に巡は、信じられない事を聞いた、とばかりに言葉を失った。
『あらあら、今がチャンスなのよ』
雫音は、おっとりとした笑みを巡に向けて、動き出した戦況に機嫌良さそうに語る。
『だってだってね、護衛が一体になった今なら一撃を入れれるわ』
「ですが……このまま時間を稼ぐだけでも充分だと思います。何より安全ですし……」
『心配してくれてありがとう。でもでもね、今ならあと一撃で叩けると思うから、ね。チョットだけ、ほんのちょぉっと突っつくだけだから、ね。お願い、やらせて、ね、ね、ネ』
有無を言わせず強引に迫る雫音の言葉に巡は、
「わわわわかりました。本当にちょっと……一回だけですよ』
チャラい男にいけない行為を迫られる女の子の気分を味わいながら、不承不承頷いた。
『ではではお願いね』
雫音はおっとりとした笑みを巡に見せたまま通信を切った。
雫音は、巡を口説き落せると既に折り込み済みだったのだろう、追ってくEクラスから付かず離れずの距離を保ったまま、大きく円を描くように移動していた。
間もなくスタート地点に戻ってくる雫音の『魔・技・架』に、Dクラスを護衛していたもう一体のEクラスが反応し、雫音の正面へと回る。
二体のEクラスで挟み撃ちにするのか、と巡は思った。しかし、それにしては動きが遅い、とEクラスの動きに不自然さを感じ一抹の不安を覚える。
実際のところ巡は、『迫り来る魔』がどれだけの知能を持っているかなどわからない。どれだけ高度な連帯が組めるのかも知らない。
不安を打ち消すだけの確証が得られない巡は、雫音を退かせる理由を見つけ出せない。
いや、例え理由が見つかったとしても、既に今更だろう。雫音は、退くことのできないところまで踏み込んでいる。
だから今は、ポッカリと開いた龍の顎門へと飛び込んでいく雫音の無事を祈るように見守ることしかできなかった。
雫音は、正面から向かってくるEクラスをあっさりと躱す。連携を崩した今なら、ふんわり飛んでくるボールを避けるようなものだ。しかし、
「ん? 今のって」
巡にはやはりEクラスの動きが不自然に見えた。
雫音は確かにEクラスを躱す動きをした。だがそのEクラスも雫音を避けるような動きをしたように巡には見えたからだ。
とはいえ、今はその事を雫音と検証している時間はない。
雫音が剣を振り上げ、Dクラスへと肉薄する。
巡はパラメーターの再配分に集中する。
雫音のパラメーターを、ここ、というタイミングで駆動系から攻撃系へと流す。
更に、蓮華、菜乃花、そして巡自身の余剰分を受け渡す。
同時に、安っぽい銀色の光を反射していた雫音の剣が、一変して神々しいまでの金色の光を放つ。
そして雫音が剣を一閃、振り下ろす。
金色の光の奔流が、Dクラスの不格好な巨体を貫いた。
雫音は、その勢いのまま駆け抜け、そして残心。
Dクラスは一度だけ、その不格好な巨体をうねらせると動かなくなった。
雫音の攻撃は深く突き刺さり、致命の一撃となった。
「やった!」
一つの事態に終止符が打たれ、巡の口から思わず声が出た。
その巨体を維持出来なくなったDクラスは、季節外れの蛍のように儚い燐光を散らせ、小さくなっていく。
やがて散った燐光が『異世回廊の交差点』の中心に向かって引かれ、しだれの尾を引く花火のような残光を残し消え行く中、雫音が無言のまま、力なく散り行く木の葉のようにゆっくりと螺旋を描き、その後を追いかけていく。
「し……ず……ね……さん?」
ぎこちなく雫音を呼んだところで巡は、言葉を紡ぐ限界を迎えた。
何が起きたのか、視界からの情報に理解が追いつかない。
だから巡は、そのありさまを現実と夢の狭間に立たされたような現実味のない感覚で、呆然と見つめることしかできなかった。
読み進めていただき、ありがとうございます。




