新米(仮)です 007
「しゅ、主任、い、いけません! 呼びました!」
女性係官の悲鳴にも似た叫びに『魔・技・架』司令室が戦慄した。
モニターに映し出されているのは、恐怖にあてられ顔面蒼白で固まる三人の神宿女と、この事態に、どう対処をして良いのかわからない経験不足の神宿男、そして怒り狂うように何度も何度も咆哮し、不格好な巨体をうねらせて暴れる『迫り来る魔』である。
主任と呼ばれた白衣姿の男性から、普段の軽薄そうな朗らかな笑みは完全に消え、眉をひそめしかめた表情で苦々しくモニターを見ている。
「……予想外だったよ……」
白衣姿の男性がポツリと呟いた言葉には、いくつかの予想外が混じっていた。
「……実際、ここまでやるとは思わなかったよ」
中でも、巡達『第二執行部』の頑張りが予想を遥かに越えていたようだ。
だが今回の事態は、この頑張りが災いした。
例えるならゲームのボス戦で、自キャラの必殺技やスキルが使えるようになる前に、勢い余ってボスの体力を削りすぎてしまい発狂モード突入。で、ゲームオーバー。そんな流れである。
巡達『第二執行部』が予想外に善戦した結果、想定していた時間より早く『迫り来る魔』を追い込んでしまった。もちろん『第二執行部』を責めるわけにはいかない。むしろ圧倒的に火力が足りていない中、良くやったと褒めるべき事かもしれない。
とはいえ残念な事に『第二執行部』には圧倒的に火力が足りない事が問題だった。
火力不足を補うために、最初から全力で攻勢を仕掛けていた『第二執行部』は、程々に削った後に一気に止めを刺す、という基本的な戦術が行えなかった。
白衣姿の男性は、
「『第二執行部』で頑張ったというより、神宿男と神宿女が思った以上にかみ合ってしまったわけだ…………これだから男と女は……」
ポツリと考察を口にした。直後、
「とにかく急いで『第一執行部』を向かわせるんだ」
「しゅ、主任! 現れます!」
「『第一執行部』出撃します。到着まで約十分です」
「突発的発現! 反応……二つ! 確定前情報、Eクラスです」
「二つ……だと……呼応したのがAやSじゃないのがせめてもの救いか」
「退避警報は?」
「一応出しとけ……とはいえ今『過加給領域』を解除するのは危険だから、『第二執行部』は蹴るだろうがね。とにかく『第一執行部』が到着するまでの十分を持ちこたえてくれる事を願うしかないな」
『魔・技・架』司令室は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
『…………警告、神宿女三名、意識レベル急落……10……ホワイトアウト』
最悪の状況を警告する出所が不明の声が巡の体内に響いた。いつ聞いても感情を感じない機械的な女性の声だ。
神宿女達と同じく巡も恐怖に捕われ固まっていたが、出所が不明の声に呼び戻された。
「……さっきのはヤバかったな……」
復帰した直後のぼんやりとした頭を振って呟いた巡は、ウィンドウに映る神宿女達に先ず視線を向ける。
未だに三人とも恐怖に取り憑かれ生気を失ったような顔色のままで固まっている。しかし怪我を負っている様子がないのが幸いだった。
とはいえ、現状のままというわけにはいかない。彼女達の目の前には『迫り来る魔』が、体を削られた激痛にのたうちまわり、怒り狂うように怖気のする咆哮を上げている。まもなくその怒りの矛先は、彼女達に向けられるだろう。
「おーい、目を覚まして! 雫音さん! 文月さん! 卯月さん!」
巡はウィンドウ越しに彼女達へ呼びかけるが、返事は返ってこない。三人とも目は開いているが、その瞳に生気は感じられず、意識をどこかに持っていかれているようだった。
「さてどうしたものか……っていってもあれか、強制介入しかないか……」
巡は、後で叱られるかな、と一つ嘆息しながら呟いた。とはいえ今の巡には、他の選択肢は思い当たらない。それに『強制介入』はこういうときのためのものだから、と自分に言い聞かせる。
「えっと制御結晶体さん、皆さんを叩き起こしますよ……緊急事態だから後で怒らないで下さいね」
本当はお目覚めの口づけを……その選択を実際にしたら、後で酷い事になりそうなので……優しく揺り起こしたかったのだが、あまり悠長な事を言ってはいられない。だから仕方なくというように手っ取り早い方法を選んだ。
『……命令入力……神宿男四季巡、承認……強制介入実行します』
出所が不明の声が言った直後、ウィンドウの向こうで神宿女達の体が、ビクリ、と動いた。そして瞳に生気が戻ってくると、三人が同時に瞬きを始めた。
『あらあら? ここは? 私って……どうしたのかしら?』
『あたしは一体何を……』
『何となく、あたい復活!!』
そんな思い思いの事を言いながら復帰した彼女達をウィンドウ越しに見た巡は、安堵の一息を吐いた。そして、
「立て直しますので、戻ってきて下さい」
状況のつかめていない彼女達に、初めてリーダーらしい事を言った。
巡の言葉に、神宿女達は意識が飛んだ直前の出来事を思い出したのだろう、のたうつ『迫り来る魔』から距離をとるために退避行動に移った。
その直後、『第二執行部』に試練が襲いかかった。
『警告、「迫り来る魔」突発発現、反応二つ。推定Eクラス』
真っ赤なバックライトが明滅するウィンドウに、無情に流れるテロップが、耳障りな警告音と共に、『第二執行部』へ絶望を伝えた。
「な……ん……だ……と………………」
僅かに見えていた光明が閉ざされたように巡は言葉を失った。それは巡のところへ向かっていた、雫音、蓮華、そして菜乃花も同じだった。
ウィンドウ越しの彼女達は、奈落に突き落とされたような怯えた表情をしている。
そんな彼女達に何か声をかけようにも、巡はかける言葉が見つからない。
というよりかける言葉の選択肢が多過ぎて、何から言って良いのかわからなかったのかもしれない。
こんな時に、元気付ける事が出来ない。
こういう時に、気の利いた言葉がかけれない。
たった一言、ここに戻ってくれば大丈夫、と言うことが出来ない。
腑甲斐ない、意気地がない、情けない、軟弱、小心、心弱い、幾つ自分を責める言葉を並べても足りない。
――どうして俺は……こんなのなんだろう――
巡は、そんな何かに呪われたような暗澹たる気分に押しつぶされそうになる。
そこへ、新しいウィンドウが一つ開いた。
『十分ほどで「第一執行部」が到着します。「第二執行部」は急いで退避して下さい』
ウィンドウの向こうで女性係官が、申し訳なさそうな面持ちで、頭をペコペコ下げながら伝えてきた。
「はあ? 退避って言われても――」
どうしてよいのかわからない、と続けようとした巡の言葉を切って、
『四季君、間違っても「過加給領域」は解除しないでね。今一番やってはいけない事よ』
通信に反応して絶望の淵から復帰した雫音が、普段のおっとり口調とは違う、やや厳しい口調で告げる。もちろん巡に対して怒りを向けているわけでない。馬鹿げた通信に巡が惑わされないように注意を促すためだ。
そして雫音は、新たに開いたウィンドウを睨みつけると柳眉を逆立て、牙をむき出し、
『あなた、あいつと変わりなさい』
ウィンドウの向こうへと怒りを投げつけた。
ところが向こうからは何も言ってこない。ウィンドウの向こうには、雫音の怒りをまともに受けた女性係官が、目に涙を浮かべてあたふたとしているだけだった。
『もちろん聞いているんでしょ! 早く出なさい!!』
雫音の言葉に、ひっ、と小さく声を出し、涙目で怯える女性係官は、振り向いたりして、もう耐えれません、とか、早く変わって下さい主任、などと掠れる声で言っているのが聞こえる。
一向に姿を見せない白衣姿の男性に雫音は更に苛立ち、
『あんたの悪ふざけがとんでもない事態を招いているのよ! お得意の言い訳ぐらいしなさい!! いまさらだけど!!』
言葉尻を強めた辛辣な言葉を放った。
しかしその言葉にも返事がない。今の雫音に何を言っても無駄だろう、と判断しての事だろう。
そんなウィンドウの向こう側の態度に雫音は、
『なにやってるのよ…………』
呟くように言って閉口してしまう。
そして、ようやくというようにウィンドウの向こうに白衣姿の男性が現れたのは、雫音達が巡のところへと戻ってきたときだった。
『いやぁ、予想外の事態に対応が遅れてしまってね、待たして申し訳ない』
白衣姿の男性は、相変わらず軽薄そうな朗らかな笑みでしゃあしゃあと言ってきた。
形だけ頭を下げた彼に、
『言い訳なんてどうでもいいわ。謝罪も必要ありません。
で、いきなり退避警報を出すし、あなたは私達に何をさせたいのかしら』
雫音が、真っ平らで冷淡な物言いで訊いた。
『もちろん警報は、従おうが無視しようが、好きに受け取ってもらってもかまわないさ。こっちとしては「第二執行部」のみんなに無事帰ってきてもらえるように、最善策を提示するだけだからね。
とはいえ、こっちの希望としては「第一執行部」が到着するまでの七、八分、「迫り来る魔」を抑えてほしいと思っているけどね』
白衣姿の男性の返事に大きく息を吐いた雫音は、もうあなたには何も言いたくない、とばかりに特に何かを返すわけでもなく、
『さてさて四季君、仕切り直しましょう』
巡へおっとりとした微笑みを向けて言った。
巡はどこか照れくさくなって、『迫り来る魔』を確認するふりをして、雫音の映るウィンドウから視線を外した。
先程まで、寸詰まりのうなぎのようなその不格好な巨体をうねらせのたうっていたDクラスの『迫り来る魔』は、甲虫のようなEクラスの『迫り来る魔』を二体を従えて、こちらへの進行を始めていた。
『ではでは、さっきとは逆に私がフォワード、蓮華ちゃんと菜乃花ちゃんはディフェンダーね』
「え! 雫音さん一人でどうするんですか?」
『うふふ、それはね……』
突然、雫音の声が通信から肉声に変わり、こうするの、と巡の耳に届く。同時に、巡の目の前に実物の雫音の顔が現れる。
と、
「……!!」
雫音は臆する事なく巡と唇を重ね、舌を絡ませてきた。
ほんの二、三秒の事だった。
余韻の糸を引いて雫音が離れていく。
「ちょ! し、雫音さん? ななな何を……」
突然の事に慌てる巡に、
『神宿女水無月雫音……動的連結開始します』
出所が不明の声が響いた。
すると、頬を薄紅に染めた雫音がウィンドウに映し出され、
『まだ教えていなかったわね。これは動的連結といって、静的連結をした神宿男と神宿女が粘膜接触による体液交換をすることで発動条件の一つが整うわ』
「えっと……粘膜接触とか……」
『あらあら、ありきたり過ぎた表現だったからしら? 手っ取り早く言えば、ふか~いキスとか……うぅぅん、もちろん子作り的な行為とかでもいいけど……でもでもこの場でそれは……ね』
「ね、とか言われてもですね……」
巡は無性に照れくさくなってきた。
『そうよね、『魔・技・架』に乗る直前にいたしてから、過加給領域に入っても、あっ、過加給領域内っていうのも発動条件ね』
「いやいやですから、いたす、とかですね……」
巡は頭を掻きたい衝動に駆られるが、その手は『魔・技・架』に固定されている。
『そっか、『魔・技・架』に乗る前に何人もお相手しちゃうと、四季君が疲れちゃって戦闘どころじゃなくなるわよね』
「あの……ですね、お相手とかですね……」
巡があたふたと別のウィンドウを確認すると、ジト目の蓮華と菜乃花が映っていた。
『だからね、普通はキスで済ますのよ』
「いやまあ、それは非情に嬉しいというのですか……何といいますか……」
何処を見ていいのかわからなくなってきた挙動不審の巡にかまわず雫音は、
『ではでは、Dクラス一点狙いで行ってきますね。蓮華ちゃん、菜乃花ちゃんはしっかり四季君を守ってね』
言うと『迫り来る魔』ヘと向かってゆっくりと『魔・技・架』を進め出した。
さんざん遊ばれたような気分の巡は小さく息を吐き、人の話を聞かない雫音を見送ると、
「コンソールオープン」
自分や神宿女達のパラメーターを視覚化したウィンドウを開いた。
「って、えっ!! ちょ、これってどういう事?」
普段見たことのない雫音のパラメーターに、巡は思わず声を上げた。それはあまりにいびつな表示だった。
近接攻撃力のパラメーターが異常に高い。普段の三倍といったところだろうか。それだけならば問題ない。それが動的連結の効果と、巡は素直に思えただろう。だが、
「し、雫音さん……これって……」
思わず巡は不安気に雫音を呼んだ。
それは、雫音の守備系のパラメータが軒並み下がっていたからだ。
ゲームでいえば、攻撃特化のパラメーター配分と言えば良いのか、というより、最高の武器だけを持って、一切の装備を着けない裸装備とか、ネタ装備で強大なモンスターに立ち向かうと言った方が良いのか。
ザコに一発もらっても致命的、ボスの一撃は、間違いなく戦闘不能になるだろう。
巡は時々そんなドキドキ感を楽しみながらゲームをやったりした。上手く立ち回り、ボスを倒したときの達成感が何とも言えない、そんなある種の快感があった。
今の雫音はまさにそれだ。強大な力を持った聖剣を手に、何の加護も施されていないビキニアーマーを纏って、単身強大なモンスターに挑もうとしている。
しかしそれは、仮想世界での楽しみ方のひとつであって、生死をかけた実戦でそういうのってどうなんだ、と巡は思う。
『動的連結になると、一度だけパラメーターをいじれるのよ。それでね今回は攻撃特化に振ったの。もちろん総量は決まっているから、増やした分、どこかを減らさないといけないけど……それが今回は守備力になるのね』
ウィンドウ越しの雫音は、そんな状況に恐怖を感じさせないおっとりとした笑顔で簡単に説明する。
『そうそう、それにね四季君を介して、蓮華ちゃんや菜乃花ちゃんの攻撃力も上乗せできるのよね。更に更に、過加給分も上乗せしてね。だから、今の私の攻撃力はさっきまでの六倍とか七倍とか……とにかく比べ物にならないくらい上がっているわ』
「いや……しかしですね……」
『大丈夫よ、有名な言葉があるでしょう、ほら「当たらなければ……」とかいうの』
「まあ、そりゃ確かにそうですけどね……」
巡は、どこでその台詞を、と言いたげに一度首を捻ったが、『神宿』的都合の良い事情があるのだろう、と自己完結した。その様子が雫音には、
『心配してくれてありがとう――』
と見えたのだろう、一言礼を言うと続けて、
『――でもでもね、今はこれしかないから……大丈夫よ、私に任せてくれないかしら』
「…………」
巡は雫音の言葉に息を詰まらせた。自信のない自分が言いたくても言えない一言。それをサラリと言う雫音が眩しく見えたからだった。だから、雫音に返す言葉をさがし、
「えっと……そう……ですね……俺、最高のサポートします」
自信のなさを打ち消すようにぎこちない笑みで、ウィンドウ越しの雫音に告げた。
その言葉に穏やかな笑みを浮かべた雫音は、あらあらお願いしますね、と言って巡との通信を切った。そして緊張を匂わす引き締めた顔を作るとウィンドウを切り替え、
『蓮華ちゃん、菜乃花ちゃん、良く聞いてね』
雫音は大きく息を吐くと、
『お聞きの通り、今、攻撃力がゼロのあなた達は、間違っても攻撃に参加しては駄目よ。例え私に何があっても『第一執行部』が到着するまでの間、四季君を守る事だけを考えてね。
それとこの通信は、ガールズトークよ』
告げた。
雫音の覚悟を聞いた気がした蓮華と菜乃花は、はい、と返しただけで、何も言えず雫音の背中を見送った。
読み進めていただき、ありがとうございます。




