新米(仮)です 006
『さてさて、これで終わりですね』
資源回収用のコンテナを『魔・技・架』で吊り下げた巡達『生徒会第二執行部』が、『彼岸・六文』と資源回収の現場を往復すること五回と半。現場に持ち込んだ六杯目の回収コンテナが満載になり、現場が片付いた頃には、時間は午後五時を回っていた。
「よし、無事終了っと」
雫音からの通信に、巡はポツリと口に出した。
何事もなく作業が終了して緊張感がやわらいだのだろう、心地の良い疲労を感じる。
とはいえ巡達本人がシャベル片手に直接肉体労働をしているわけではない。もちろん『魔・技・架』の手に巨大なシャベルを持って、えっちらおっちらと資源をコンテナに詰め込んでいくわけでもない。
この『異世回廊の交差点』には、中心に向かって重力のような力が働いている。向こうの世界からゲートを抜けてきたものは、『異世回廊の交差点』の中心に向かって引き寄せられ、そしていずれは対のゲートから別世界に抜けていく。
資源の回収は、その引き寄せる力を利用して行う。上蓋の開いたコンテナで落下する資源を掬い上げるように回収する。回収コンテナは、四辺の頂点をそれぞれ『魔・技・架』で吊り下げているため、肉体的負担は実質ゼロである。それでも、
「……ふぅ……疲れた……」
一つのコンテナを四人でコントロールする、そんなコンビネーションの訓練ともいえる繊細な操作に巡は疲労感を覚えたのかもしれない。
一息ついた巡の耳に、
『ではでは戻りましょう』
ウィンドウに映し出された雫音の声音が優しく響く。
あとは『彼岸・六文』に戻れば初のお役目が終わる。
……はずだった。
突然、四機の『魔・技・架』が耳障りな音を発した。訓練で何度も聞いた、接敵の警告音だ。
同時に雫音を映していたウィンドウが真っ赤なバックライトを明滅させながら、巡の視界の中央に移動する。
『警告、「迫り来る魔」接近。推定Dクラス。警告…………』
テロップのように繰り返し文字が流れる。これも訓練で見慣れている。
だから巡は、
「ぬ、抜き打ちの訓練? なのか?」
先ず言った。
『いいえ、これは実戦よ』
ウィンドウ越しの雫音は酷く緊張した表情を作っていた。
巡達『生徒会第二執行部』が『彼岸・六文』に五杯目のコンテナを持ち込み、六杯目の空のコンテナを『彼岸・六文』から持ち出したところまで時間を遡る。
「主任、『迫り来る魔』の反応出ました」
モニターを見ていた女性係官の一言で、『魔・技・架』司令室がざわめく。
女性係官に主任と言われたのは、巡達にお役目を説明した白衣姿の男性である。
彼は、さも当然、というように口を開き、問いかけた。
「やっぱり来たか……クラスは?」
「はい、確定前情報ではDクラスです」
女性係官の応答に白衣姿の男性は、ふむ、と顎に右手を当てて一考する。そして、
「『第二執行部』と接敵までの時間は?」
「現状の速度で約三十分後、回収作業現場に最接近します」
「作業終了直後だな……さてさてどうしたものかな」
「今なら一時退避が余裕を持って行えます。警報を発令しますか」
女性係官の言葉に、白衣姿の男性は軽薄そうな朗らかな笑みを作ると、
「……いや、時間的にもまだ余裕はあるから、いたずらに焦らす事もないだろう。このまま作業を続けてもらおう。
作業終了後に『第一執行部』が入れ替り撃退を行う。『第一執行部』に待機してもらって下さい」
「了解しました」
白衣姿の男性は伝えると口の端を歪め、
「……さあ『新米さん歓迎ドッキリクエスト』の始まりです……」
悪戯めいた笑みを作ると、誰にも気付かれず呟いた。
「って、ちょ、実戦って、いったいどうして?」
巡はパクパクと動かすだけの口から、ようやくの思いで言葉を出した。
『し、四季巡、これはどういう事なのだ』
巡と雫音の会話に割り込むようにウィンドウが開いて映し出された蓮華は、今まで見た事がないほど、困惑の表情を作っていた。
「どういう事もなにも、俺が知りたいよ」
『うっしゃ! 折角の機会だ、一当てするんだろう、四季』
もう一つ開いたウィンドウに映る菜乃花は、やる気満々、というように目を爛々と輝かせ、頬を仄かに上気させている。
「って卯月さん、一当てとか……俺達訓練でさえ最低ランクのEクラスがなんとか撃退出来る程度なんですよ。Dクラスなんて厳しすぎると思うけど……」
『大丈夫だよ、何とかなるって』
お気楽な菜乃花に巡は一つ嘆息する。
『ではでは私が司令室とお話しますから焦らず待機していて下さいね』
割って入った雫音は、緊張の表情を崩し普段のおっとりとした表情に戻すと、穏やかな口調で巡達に言った。そして別のウィンドウを呼び出したのだろう、巡から視線を外すと、それまでの表情から一転、眉尻まなじりを鋭く跳ね上げて、
『司令室、これはどういう事なの!』
静かな怒りを含んだ冷徹な声音で言った。巡は、雫音の怒りが自分に向けられいない事がわかっている。しかしその迫力に一歩退きそうになる。
そのたじろぎは司令室でも起きているのか、通信が沈黙したまま数秒が流れる。と、
『そんなに怒らないでほしいね、神宿女水無月雫音さん。「迫り来る魔」の突発的発現には、観測班も対処しようながないのは知っているだろう?』
言い訳がましい事を悪びれることもなく、むしろ軽薄そうに答えたのは、白衣姿の男性だった。
もちろん雫音も真に受ける事はない。
『今はそういう事にしておいてあげるわ。後で詳しく話を伺います』
ゾッとするような声音で、一切の感情を感じさせず言った。通信の向こうで、怖い怖いお手柔らかに、と呟く白衣姿の男性に雫音は、
『で、「第一執行部」は出れるの? それとも私達で対処しろと?』
相変わらず刺々しく言葉を投げる。
『タイミング悪く「第一執行部」の機体は、訓練後の整備に入ったところで出撃までに少々時間が必要なんだ。それまでの時間、「第二執行部」で対処してくれるとありがたい』
『ふん、精々時間を稼いであげるわ。でもわかってるわね、人数が足りない私達では長くは持たないから、出来るだけ早く「第一執行部」を出してよね』
雫音は不機嫌そうに司令室との通信を切った。そして大きく嘆息すると、普段のおっとりとした穏やかな笑みを浮かべて巡とウィンドウ越しに向き直る。
『さてさて、お聞きの通り大変な事になりましたけど、大丈夫かしら四季君、蓮華ちゃん、菜乃花ちゃん』
『あたいはばっちりだぜ!! 四季さえミスらなきゃな』
雫音の問いかけにいち早く菜乃花が答え、
『あたしも多分大丈夫だと……四季巡次第だがな』
蓮華が続く。
なんというのか、二人から妙な形で攻められているような巡は、
「そ、そりゃ俺だってばっちり大丈夫ですよ。こんな事もあろうかと思って、日頃からワザと追い込まれるような訓練をしていたわけですからね。ドーンと任せて下さい…………ははは」
開き直って、乾いた笑みで答えた。
『あらあら元気いっぱいね。でもでもね、人数が足りない私達では撃退は難しいわ。「第一執行部」が来るまで、あいつを足止めすることだけを考えましょうね。決して無理をしては駄目よ』
雫音は新米さん達に釘を刺す。と、
『上方より「迫り来る魔」接近……過加給領域展開範囲内に到達しました……過加給領域展開しますか?』
出所が不明の声が巡の体に響く。
『ではではコンテナワイヤーを離したら四季君は過加給領域を展開、蓮華ちゃんと菜乃花ちゃんはフォワード、私がガンナーとディフェンダーね。訓練通り落ち着いて始めましょう』
唯一の実戦経験者である雫音が号令をかけると、四人はコンテナワイヤーを離す。
ゆったりとコンテナが落下を始める。
「過加給領域展開」
『命令入力……確認……過加給領域展開します』
巡の命に出所が不明の声が復唱した直後、仄白い壁が巡を中心として球状に展開し、それまで視認が困難だった『迫り来る魔』のシルエットをクッキリと浮き上がらせた。
禍々しい。憎悪の固まりのようだ。巡は先ず思った。
何故そこまで敵意を剥き出しに出来る。蓮華は先ず思った。
憎悪だ敵意だなど、飲み込まれなければどうってことはない。相変わらず能天気な菜乃花だった。
実物の『迫り来る魔』と初めて相対した新米さん達は三者三様に思った。
シミュレーターで訓練相手にしていた実体を持つホログラムのようなダミーでは、決して感じ取る事の出来ない雰囲気に、たじろぎの感情に支配されそうな巡だった。だからといって、この場から逃げ出す事は出来ない。
巡は脚の震えを堪えるために尻を引き締め、気合いを入れ直し、双眸に力を込めて『迫り来る魔』を睨めつけた。
寸詰まりのうなぎのような不格好な奴だ、と巡は思う。
中心に向かって引き寄せられる力に抗えず、全長二十メートルほどの決して美しくない不格好なシルエットをうねらせ、足掻きながら落下するように真っすぐ迫まりくる様が、禍々しさに拍車をかける。
その光景に巡はふと呟きを漏らした。
「これってヤバくないか?」
『あらあら四季君、何がヤバいのかしら』
「あっ雫音さん、聞こえちゃいました? いやさ、今の俺達って、あいつを撃退とか討滅って難しいんですよね」
『そうね、本来なら神宿男一人に神宿女六人で一チームなのに、私達は神宿女三人なのよね。戦力半減以下になるから、残念だけど撃退や討滅は難しいわね』
「ですよね……」
『でもでも私達のお役目は「第一執行部」が到着するまで「迫り来る魔」の足止めだから、大丈夫よ』
「ですよね……」
再び同じ言葉を繰り返す巡に、
『それでも何か不安があるのかしら』
ウィンドウの向こうで雫音が穏やかに微笑みながら首を傾げる。
「あいつ……真っすぐこっちに向かってきてるんですよ。で、俺は動けない……と……いまさら過加給領域を張り直す事も出来ないし……訓練のときも、位置取りをしっかり確認しなさい、って雫音さんに言われていたんですけど……やらかしちゃいました」
巡は苦々しく答える。
『あらまあ、それは大変。これはこれは困りましたわね……』
言葉通り困っている様子を見せない雫音は、う~ん、と顎に指を当てて考え込む。が、
『多分、何とかなると思うわ。それより先行する蓮華ちゃんと菜乃花ちゃんがそろそろ接敵するわよ。四季君は再分配に集中してね。私も二人の支援に向かうわ』
言って、ゆっくりと遠ざかっていく雫音に、
「はあ……」
巡は、返事と嘆息が混じったように返しながら見送る。
『大丈夫よ、四季君は私達がしっかり守るから』
雫音が、ウィンドウ越しに穏やかな笑みで答えた後、ウィンドウが閉じた。入れ替わるように二つのウィンドウが開き、緊張を隠せない面持ちの蓮華と、頬を上気させてテンション高そうな菜乃花が映し出された。
『い、今から……せ、戦闘に入る……た、頼んだぞ、四季巡』
先に蓮華が、可哀想なほど凝り固まった表情筋を無理矢理動かして交戦の宣言をした。
「お、おう……」
言葉半ばで尻窄まりになってしまった巡は、任せとけ、と自信を持って続ける事が出来ない自分が情けなかった。
『ぬははは、任せとけって、あたいがけちょんけちょんにしてやっよ。頼んだぞ四季』
続いて菜乃花が、見たままのテンションで高笑いを決めて交戦の宣言をした。
「ちょ、こ、こら、無理をするなって……」
再び言葉半ばで尻窄まりになってしまった巡は二つ返事で、任された、と返せない自信のなさを呪った。
とはいえここで落ち込んではいられない。今から目の前で繰り広げられるのは、間違いなく実戦なのだ。巡の僅かな判断のミスや遅れが死へと……蓮華や菜乃花の死へと直結する。自分が崩れると全員が崩れる。以前思っていた事だ。
だから巡は、
「うっしゃ! 任せとけ!! 俺が皆を支える!!」
腹の底から声を張り上げた。そして、
「コンソールオープン!」
巡の視界が、派手なイルミネーションを売り文句にしたオーディオのようなウィンドウに占拠される。
「さて、始めるぜ! 届け俺の……思い…………」
熱く、勢いよく口にした言葉だったのだが、菜乃花になりきれな巡は、途中で照れが先行して恥ずかしくなって勢いを失った。
巡が神宿男として訓練を始めた当初、数字の羅列として送られてくるデーターの処理に困っていた。とはいえ神宿男として再配分の制御をやめるわけにはいかない。
悩んだ巡は、年齢は同じだが、神宿男としては先輩であり、周りの話でも優秀と言われている『第一執行部』の神宿男年中駆に相談を持ちかけた。その評判を鼻にかけたようないけ好かない奴ではあったが、切羽詰まっていた巡は好きだ嫌いだと言ってられなかった。
「僕は最初っから馴染んじゃったけど……そっか普通の人には難しい事なんだ。まあ、ウィンドウに呼び出せば、特別な知識がなくてもイメージだけでアレンジ出来るみたいだね。それで自分に合うようにいじってみれば良いんじゃないかな」
と、ほんのちょっとした事に気付かず後悔した巡は、ありがたいアドバイスを受けてアレンジした結果、今の形に落ち着いた。
巡の視界を占拠しているウィンドウ内では、オーディオ用スペクトラムアナライザーのように何本もの色とりどりのバーが上下している。その一本一本が巡をはじめとする『第二執行部』メンバーの様々なパラメーターに対応している。
巡はそのバーの動きを見ながら、自分の余剰分を神宿女達に再配分していく。
巡の手は固定されているから、バーの動きを目だけで追って操作する。
余剰分は回収し、不足部分は付け足す。
蓮華が前に出ると自分に付加された攻撃力を蓮華に、下がった菜乃花に守備力を付加する。
雫音が銃を構えると、集中力を付加する。
突っ込む菜乃花に瞬発力と攻撃力を付加し、下がる蓮華に守備力を付加する。
雫音が位置取りの変更を始めると、加速力を付加する。
何度も何度も練習したコンビネーションだ。
巡の中では心地よいリズムが刻まれる。
徐々に熱く、気持ちが高ぶっていく。
それは120BPMで刻まれるノリの良い曲が流れる音ゲーのエキスパートモードで、ノートを叩いていく様にも似ている。
巡はテンポよくリズムを刻み、自分の力を受け渡していく。
ふと見たウィンドウ越しの神宿女達も気持ちの高ぶっているのだろうか、ほんのりと頬を上気させている。
そんな巡の指揮にあわせるように、神宿女達が演武を舞う。
蓮華が一閃、剣で削ぎ落とす。
菜乃花が一撃、拳で穿つ。
雫音が一筋、銃弾で抉る。
一閃、一撃、一筋、光が走るたびに『迫り来る魔』は、苦痛に顔を歪ませるかの如く、不格好な巨体をうねらせる。禍々しいほどに歪ませうねらせる。
そして、進行速度が僅かに落ちる。
とはいえ、
「やっぱり撃退は難しそうだけど、時間稼ぎは何とかなりそうだな」
巡は、火力が足りないからそれで良しとしないとね、と口の端を僅かに上げて呟いた。
その直後の事だった。
聞くに堪えない不吉な咆哮が過加給領域内をこだました。
巡は、背筋が凍ったような感覚に襲われた。
突然、耳に飛び込んできた咆哮は、恐怖という感情を声にしたらこんなふうに聞こえるのだろう、としか思えなかったからだ。
ウィンドウ越しの蓮華、菜乃花、そして雫音、三人とも一様に上気していた顔色を真っ青に変え、瞬きを忘れたように目を見開らいたまま、固まっていた。
読み進めていただき、ありがとうございます。




