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新米(仮)です 004

四季巡しきめぐる、どこへ行くんだ? こっちだぞ」


 朝食後、支度を済ませた巡が、学校へ向かうため寮の玄関から出たところで、続いて出てきた天界戦乙女風の文月蓮華ふみつきれんかに呼び止められた。

 寝起きのドタバタの後遺症が微妙に残る巡は、背後から不意にかけられた言葉に、ひっ! と小さく体をビクつかせ、恐る恐るというように振り向き、


「どこへと言われましても、学校へ向かうのでございますが……何か間違っているのでしょうか?」


 不思議な敬語で答えた。それを聞いた蓮華は巡から目を逸らし、頭を掻きながら言う。


「頼むから普通に接してくれ、四季巡。今朝のあれは、あたしの早合点だったと先程も言ったが、それでも足りなければ、あたしに一撃入れてくれても――」


 ちなみに蓮華は朝食の後、巡に一撃、見事なPKを決めてしまった事を深く謝罪していた。巡も笑い……苦笑いを浮かべながら、蓮華の謝罪を受け入れていた。

 放っておくと、さあどうぞ、と足を開きそうな蓮華を止めるために巡は、


「い、いや、そんなことはしないよ。今は、突然声をかけられてビックリしただけなんだ」


 本当はまた、一撃が来るのか、とビビっていたとは言えず、当たり障りのない言い訳で、蓮華の言葉を切った。


「で、学校はこっちから行くんだろう?」


 巡が今いる『異世回廊いぜかいろうの交差点』といわれる宇宙的規模の空間に浮かぶ巨大艦『彼岸ひがん六文ろくもん』の居住区は、元の世界で巡が住んでいた岬丘さきおか市と瓜二つである。正確には瓜二つに見えるようになっている。

 とはいえ、自宅が寮になっていたり、学校の建物が違っていたりと多少の違いはあるが、位置関係は同じである。

 元の世界での巡は、通学方法は、バス、自転車、そして徒歩と選べるが、巡は利己的都合により、徒歩での通学を選んでいた。

 当然、その馴染みのある通学路を巡は歩き出そうとしていたのだが、


「四季は何を言ってるんだ。バス停はこっちだよ」


 身長五十センチほどの熱血精霊、卯月菜乃花うづきなのかが背中の羽をせわしく動かしながら、巡の顔の高さでホバーリングを器用に決めて答えた。


「バス停? って、俺、定期とか持っていないし、歩きもバスもあまり時間は変わらないし、それに小遣い的にも――」


 と言う巡は、あれ? 小遣いってどうなってるの? と胸中に疑問を浮かべた。


「四季巡、忘れていないか? あたし達はそれなりに厚遇されているんだぞ」

「あたい達には定期とかお小遣いとかはいらないんだ。必要なものは無料だし、言えば揃えてくれるしな」

「とはいえ、小遣いは毎月支給されるぞ」


 蓮華の言葉に巡は、何で? と疑問する。


「元の世界に帰るその時のために金銭感覚を忘れないようにする、とか、お金を貯めたり物を買う行為が、ストレスの発散になるということもあるらしい」

「ただで貰ってばかりじゃ、自分へのご褒美じゃなくなっちゃうよね」


 蓮華と菜乃花が目を合わせて頷き合っているのを見て巡は、そういうことね、と納得する。


 ――てかさ、厚遇されているなら、何でバスは寮に横付けじゃないんだ? そこまで忠実に再現しなくてもいいような気がするけど――


 と思う巡であった。


 バス停への行きしな、蓮華の数歩後ろを歩く巡に、菜乃花が耳打ちをするように声を抑えて問いかけてきた。


「なあ、今朝の騒ぎって、あれか? その、なんと言うのか……」

「ああ、争奪戦のことか?」

「そう、それ……そっか……やっぱりか……」


 そういうと菜乃花は、何かを考えるように黙り込んで、巡の顔の脇を飛ぶ。

 巡が、何事か、と思いながらも黙って菜乃花の様子をうかがっていると、


「…………そ、そうだな、あたいも負けちゃいられないな」


 何やら不穏な空気しか感じさせないような呟きが耳に入ってきた。

 と、突然、これだ! といわんばかりに菜乃花は頷くと、口の端を上げて巡に問いかける。


「なあ、あたいを肩に乗せてくれよ」


 菜乃花からの唐突な要求に眉根を寄せて怪訝な表情を作る巡だったが、


「まあ、それは構わないけど――」


 何で? と付け加える前に、


「しゃ! サンキュー」


 サムズアップを決めた菜乃花が巡の言葉を遮り、素早く彼の背後高くに回り込む。そして正義の熱血系巨大ロボが出撃しそうな歌を口ずさみだした。直後、振り向いた巡に、フワリと開くスカートから覗く青いストライプの小さな三角を見せつけて落下を始める。

 しかし、菜乃花はそれを気にする事なく、


「うっしゃ! ロックオッケー! ぐぁったい!」


 妙に気合いの入った、しかし半ば意味不明の、だが聞く人によっては意味深な言葉を叫びながら、


「……えっと卯月さん、何故に肩車ですか?」


 咄嗟の出来事に寝違えたように首を捻ったままの巡に乗っていた。


「ほら、あたいって、小さい……元の世界じゃ、大きい方だったけど、ここじゃ小さいだろう。だから歩くとみんなから遅れるし、四六時中飛ぶのは、疲れるし、腹減るしな。それに四季は男だしな、やっぱり重いものは……いや、あたいは重くないぞ。だから、荷物持ちは……って、あたいは荷物じゃないぞ。とにかくだ、か弱い女子に肉体労働は不向きだからな。今日から四季があたいの足だ。

 ほら、前を向いて歩け。文月が行っちゃうぞ。アッシー君がんばれ」


 古き良き時代に流行った言葉を交える四月は、巡の頭を小さな手でペシペシと叩きながら、ほれほれ、と何が嬉しいのか、はたまたツボに入ったのか、はしゃいでいた。


 ――アッシー君って……そのうちメッシー君に格上げですか? いや飯は基本無料だから不要だな。ついでに貢ぐ君もこの世界じゃ不要だね――


 そんな事を思う巡の耳元に菜乃花がささやくように声をひそめて、


「あ、あたいもな、争奪戦に参加しているんだからな。四季を連れ帰らなきゃいけないんだからな」


 言った。そんな菜乃花に巡が目を向けると、頬がチョットだけ赤らんでいた菜乃花は、照れくさそうに顔を背けた。

 菜乃花の『争奪戦』という言葉に巡が、今朝の雫音の艶姿とか、数日前の蓮華からのホッペチュなど、争奪戦の都合の良い部分だけを思い出し、表情筋が緩みまくっていると、


「良いご身分だな、卯月菜乃花。四季巡もその締まりのない顔をなんとかしろ。見ているこっちが恥ずかしいぞ」


 いつの間にか巡へと振り向いていた蓮華が、微妙に不機嫌そうな半目を向けて言った。

 菜乃花が、文月ぃ、と憎々しげに呟き、巡がいつもの如く、いやそんなんじゃないぞ、とあたふたしていると、


「まあ今朝も良い顔をしていたか……今更今更なことだな。それはそれとしてバス停についたぞ」


 肩越しに指をさす蓮華の背後にバス停と、バス停に到着して停車している見るからに超豪華なバスが見えた。


「あっ! バス来てるよ、急がないと――」

「あれはあたし達が乗らない限り動かないぞ」


 あたふたしながら、更に慌てる巡は、蓮華の言葉を聞いて、あっ、と苦々しく声を上げた


 見慣れた街並の一般の公道を運転手のいないバスが『岬丘高校』ヘと向かって走る。

 途中のバス停、それどころか公共交通機関のハブであるはずの『新岬丘駅』でさえ、用は無いとばかりに通過する。

 そんな不思議な光景を見ながら、きっと支援局とかで集中管理されているのだろう、と巡は思った。

 スクールバスと化した公共交通機関は、VIP待遇の人材を乗せているためか、進む先の信号は全て青であった。とはいえ、安全第一と言わんばかりにゆっくりと進む。そして揺られること約十分、到着したバス停で下りる。と、菜乃花が巡の肩に乗ってきた。巡は、まあ約束しちゃったし、と不平を言うわけでもなく、そのまま菜乃花を肩車して蓮華の後ろを歩きながら胸中で思う。


 ――だからさ、何で校門に横付けしないんだろう。利用するのは、ここにいる俺達だけなんだろう――


「それはくだらん大人の事情ってやつだよ。だから四季もぼやくなよな」


 頭上から菜乃花から返事が返ってきた。

 巡は、そういうもんだよな、と返しながら胸中でふと思う。


 ――俺って今、口にしていなかったはずなんだが……あれか? 読心術? じゃないよな。となると、静的連結ってやつのせいなのか?――


「ん? 四季はぼやいてなかったのか?

 ああそっか、そういえば、そんな事を聞いた覚えがあるな。あたいはすっかり忘れていたけどなけどな。思い出したよ」


 菜乃花は、普通の会話するように巡の心の声に答える。

 巡の顔から血の気が引いていく。


「いやいやいや、ちょっと待て待て、ってことは、俺の考えている事がわかるってことなのか?」

「あたい達神宿女かみやめが連結した神宿男かんなど、あたいにとっては四季だな、こうして触れていて更に意識すればだけどな」

「けどさ、卯月さんの考えている事が、俺には伝わってこないぞ」

「女子の心を覗くなんて、四季はヘンタイか? だけど、四季には強制介入っていうあたい達を自由に出来ちゃう最終兵器があるんだろう。だからお相こだよな」

「…………」


 ぬはは、と悪の親玉のような高笑いをする菜乃花に巡は返す言葉がなかった。

 驚愕の事実をまた一つ知った青色吐息の巡が、今後連結した神宿女達とどのように接触してよいのか、と考えるまもなく学校へ到着した。

 昇降口を入ると、巡に肩車をされていた菜乃花が、


「サンキューな、これかもよろしく」


 言うと、ポンと巡の頭に手を置き馬跳びに、ブルーの縞模様をチラチラ、どころか、恥じらいもなくバッサリ見せつけるように越えていった。

 着地して振り向いた菜乃花の口元がニヤリと上がったところをみると、わざと見せつけて、巡を、なんというのか色的な誘惑しようとしたらしい。


 ――えっと卯月さん、争奪戦の一環ですか? お気持ちはわかりますが、イタいです――


 今朝、雫音の強烈なお宝映像を心のアルバムに永久保存した巡には、その程度の認識だった。


 本来なら生徒が集まって、学校独特の喧噪けんそうに包まれる時間なのだが、巡達しかいない校舎内は静かだった。

 もうまもなく始業時間となるため、素直に教室へ入った巡達は席に着いていた。と、ガラリ、と扉が開き、


「おはようなのだ」


 どことなく尊大な物言いの小学生のような少女が入ってきた。クラス担任の十二月である。起立して、おはようございます、と挨拶をする巡達に、ふむ、と頷いて二段積みの教壇に立つと、


「しばらく時間割を変更するのだ」


 どこか憎々しげな視線を真正面の巡に向けて言った。とはいえ巡にはそんな視線を向けられる理由がわからない。はてさて困ったぞ、と首を傾げていると、


「十二月先生、どのように変更するのですか?」


 巡の右後ろに座る蓮華が尋ねた。


「この二日間、司令部で四季君を調べた結果、基礎体力が基準値より低い事が判明したのだ。元の世界でどんな生活をしていたのか、手に取るようにわかるのだ……全く……予定していた事が全てパーなのだ」


 最後の言葉が嘘か誠かはさておき、巡が、そういうことね、と苦笑いを作っていると、十二月は溜め息を交えて話す。


「そういうわけで、当面午前中は体育になるのだ。午後からは、予定通り演習場で『』実機を使った訓練を行うのだ」


 十二月の話を聞いた蓮華は気が重そうに、わかりました、と答え、菜乃花は対照的に嬉しそうに、了解、と答えた。そんな二人の口調から巡は、


 ――まあ、卯月さんの反応はわかるけど、文月さんの反応はちょっと以外かも……体育が苦手なようには見えないけど――


 と思う。いずれにしてもこの『異世回廊の交差点』にきて、未だにまともな授業を受けていない巡にとって、時間割の変更は大した問題ではなく、極普通に、はい、と返事を返した。

 十二月は、


「それでは着替えたらグラウンドに集合なのだ」


 言って教室から出て行った。

 巡は、さて着替えなきゃ、とロッカーから真新しい体操服を取り出し席に戻ってビニール袋から取り出していると、


 「「いつまでここにいるんだ」」


 蓮華や菜乃花に追い立てられるように教室から追い出された。

 廊下に出た巡は、当たり前か、と仕方なしに隣の空き教室へ入った。

 まあ廊下でも良いんだけどね、とぼやきながら体操服に着替えるとグラウンドに向かった。


 まだまだ肌寒さを感じる四月の上旬でも、雲一つない青空から降り注ぐ日射しはポカポカと柔らかく心地よい。


「まあ作り物の天候なんだけどね」


 巡は、季節や天候を人工的に作り出している『彼岸・六文』のシステムを皮肉るように呟く。しかし一段低いグラウンドへ下りる階段に腰掛けて、僅かに青くなり始めたグラウンドを、ひなたぼっこをするじいちゃんのようにぼんやり見つめていると、それが作り物でも心地よさに負けて船をこぎたくなる。

 そんなほうけたような巡の鼻腔に、桜を連想させるような香りが、そよぐ風に乗って届き、沈みかけた意識を揺り起こす。

 はたとして巡が風上へと振り向くと、絶滅危惧種、いや一般的には絶滅したと言ってもよいブルマー姿の菜乃花と蓮華がいた。

 巡は、仮想世界やその手のいかがわしいサイトでしかお目にかかったことのない彼女達の姿を目の当たりにして、ついつい見とれてしまう。

 そんな巡の視線にかまわず、妙にニッコニコ笑顔の菜乃花が、


「グラウンドはいつ来てもいいなぁ。この広さがあたいにピッタリのサイズだ」


 目を光らせ、わけのわからないことを言いながら、巡の顔の脇をかすめるように飛んで一足先にグラウンドに下りる。そして所狭しとまではいかないが、縦横無尽に飛び回る。その様を追う巡は、春の訪れと共にようやく咲き始めた花の蜜を求めて飛び回る蝶のようだな、と思う。


「なんだか卯月さん、嬉しそうですね」


 どこか和む光景に巡は、誰に問いかけるでもなくポツリと呟きながら、グラウンドを飛び回る菜乃花を追っていた視線を今度は蓮華に向けた。


 菜乃花と対照的に巡の視線が気になるのだろう、蓮華はどこかモジモジと足を隠そうとして上着を引っ張るあまり、やや前屈みになっている。更に、ネックホールが伸びて、健全な男子ならその奥がとってもとっても気になるような、なんというのかお宝画像っぽくなっている。ややもすると、肩からすっぽりと抜けて、とんでもない事になりそうだった。


「あ、あまり、ジロジロと見るな」


 巡がどういった視線を向けていたのかはさておき、ある意味、身の危険を感じて慌てて目を逸らす。と、蓮華は、


「あ、あたしは元の世界ではだな、こ、恋人……あ、あまり親しい仲になっていない男性にだな、すすす素脚をだな、あまり見せるものではないと躾られていて……そ、その、はは恥ずかしいというのかだな……自信がないというのかだな……四季巡が見たいというのなら頑張ってみるが……」


 しどろもどろに言い訳をするように言った。最後に巡の気をそそるような言葉が混じっていたことなど、蓮華本人も気付いていないだろう。


「ふ、文月さん、そ、そんなに引っ張っちゃうと、服が伸びちゃうって……そ、それに……おみ脚、とっても綺麗です! か、隠すなんてもったいないです!」


 明後日の方を向いたままの巡は、

 ――さっき気が重そうだったのはこのせいか。てか俺って何だかとんでもない事を言ってないか?――

 と胸中で自問しながらも蓮華にしっかり希望を伝えていた。

 だから、というわけではないのだろうが、しばらくモジモジとしていた蓮華は、決心がついた、というように、一歩二歩とグラウンドへ近づいて行く。そして巡が脚を投げ出して座っている隣に、小さく体を丸めて体育座りをした。

 そんな蓮華を巡は横目で見やる。と、蓮華の丸めた背中が目に入る。


 わぉ!!


 巡は、声に出そうになった叫びを飲み込んだ。

 蓮華の羽を通すためバックレスとまではいかないが、それでも背中が大きく開らいた特注体操服。

 そこから見えるなんとも艶かしい白い素肌の背中。

 うなじには、一度はほどいてみたいホルターネックの可愛らしい蝶々結び。


 ――ふ、文月さん、生脚はだめで生背中は気にならないとかってどうよ。てか、ノーブラ? いやいやいや、これも争奪戦とかのお誘いなのか?――


 巡は、これ以上はいろんな意味で危険だ、と逸らした目で空を見上げた。


「し、四季巡、何故あたしと同じ格好をしているのだ?」


 いつの間にか投げ出していた脚を折りたたみ、蓮華と同じく小さく丸まるような体育座りを余儀なくされていた巡は、蓮華のツッコミに答える事が出来なかった。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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