新米(仮)です 002
格納庫に入った巡は、口をぽかりと開いた間抜け面をさらしていた。内部が想像していたものとかなり違っていたからだろう。
格納庫といえば機体が何台か並び、整備工場的なオイルの匂いが漂うような施設が定番だと思っていたからだろう。しかしここは直径十五メートルほどの半球状で壁もスクリーンのように白く、ドームシアター内部に似ている。格納庫というより、
「研究室とか開発室?」
そんな巡の呟きに女性専門官が、
「ここは『魔・技・架』の整備や調整を行う機体調整室です」
答えながら手を向ける。その手につられて巡が視線を向けた中央は、ステージのように一段高くなっている。その上には大きな十字架が据えてある。
何かを象徴するかのように、四方からライトを浴びて金属の鈍い光を反射する『魔・技・架』は、妙に神々しく見える。もし巡が敬虔な信者だったのなら、跪いて祈りを捧げていたかもしれない。
「あれが……『魔・技・架』……なのか?」
巡はそんな雰囲気に鼻白んだのか、恐る恐るというように尋ねた。
「はい、あれは神宿男四季巡様専用の『迫り来る「魔」を撃退するために、神宿の「技」術を用いて作られた兵器を「架」装した機体』、略して『魔・技・架』です」
そんな巡とは対照的に女性専門官は淡々と答える。その言葉に巡は、はたと我に返る。
「……俺専用? ですか」
「はい。金属の地肌が剥き出しですが、お気に入りの色があれば塗装いたしますので、お申し付け下さい」
「はあ……」
「先に申しておきますが、赤色に塗装しても三倍速くならない事をご了承ください。あれは個人の特性に合わせて最適なチューニングを施し、かつ、その機体の性能を存分に発揮できる技量があってこその結果です」
「…………えっと…………その話って…………い、いや、何でもないです。」
淡々と語る女性専門官の言葉に巡は、何処からその話を、とか、レッドコメットな人って『異世回廊の交差点』でも有名なの、とか思った。しかし現実的な解決案である、この世界にも似たような話があるのだろう、と判断して話の出所を言及するのは避けた。
そんな巡に女性専門官は勝ち誇ったような笑みをみせると、
「というわけで、今からシミュレーターを使って、『魔・技・架』の基本操作の習得と、神宿男四季巡様に合わせた初期設定を行います」
やはり淡々と後の予定を語ると、是非三倍速くなって赤の似合う男になって下さい、と付け加えた。
巡は、十字架のような形をした自分専用『魔・技・架』を前にして少々不安になっていた。しかし、これを操作できるのか、という不安ではない。もちろんその不安は、大なり小なりあるにはあるのだが、それ以前の不安だ。
先程離れたところから見た『魔・技・架』は、巡が場の雰囲気に呑まれていた事もあって、神々しく見えた。ところがところが近づいてみると、その輝きは非常にチープな印象を受ける。
巡は、仮にも工業高校に通う学生であり、それも機械科である。金属の知識をそれなりに身に付ける勉強を少なくとも一年間受けて、さらに色々な金属のサンプルも見ている。さすがに一目見て全ての合金を言い当てる事は出来ないが、大雑把に色合いは覚えている。
そんな巡の目にはどう見ても、どうひいき目に見ても、やたらと強そうなアルファベットが付いた超合金、とか、月や木星や土星など地球外で合成された語尾に『~ウム』と付く合金、とか、古代から信仰の対象になっているような和名の似合う金属、等々そんな類の金属とは違うとてもとても見慣れた輝きを放っているようにしか見えない。もっともそんな夢のような合金がどんな輝きを放つのか知らない巡であるのだが……。
「えっとこれは……ステンレス? とかアルミ? ですか?」
と巡は、女性専門官に思わず問いかけた。
「はい、錆びにくい金属を使っています」
的を外した女性専門官の答えに、巡は、小さな嘆息と同時に肩を落とした。
そんな巡の反応に女性専門官は首を傾げて淡々と言う。
「はて、強度的には何ら問題ないはずなのですが、私には何故神宿男四季巡様が落ち込んでいるのかはわかりません」
「……いえ、いいんです、名前なんて飾りです。偉い人にはわからんのです……」
女性専門官の言葉に巡が、ぶつぶつと呟いていると、
「いやいや、僕にはわかるよ、神宿男四季巡さんの気持ちが」
と割って入ってきたのは、研究者か開発者なのだろう白衣姿の男性だった。男性は、少々軽薄そうな、それでも朗らかな笑みを崩さず続けて言う。
「こういうのって『未知の』とか『伝説の』とか、期待しちゃうんだよね」
その言葉に巡は、この人はわかっている、といわんばかりに顔を綻ばせ、小さく頷いた。
そんなおかしなところで通じ合う男二人を、これだから男って、と言いたげに女性専門官は半目で見つめていた。
白衣姿の男性は、そんな寒々とした視線が気になったのか、咳払いを一つ入れると言葉を繋ぐ。
「その実、『魔・技・架』の素材は、形作れるものならば何でもよいのです。例えば木材とか、それこそ厚紙でもね。とはいえ普段の手入れや整備の事を考えると、やっぱり金属になるのですが」
「はあ? それはどういう事なんですか?」
「言葉通りなんだけどね。
原理や理屈を話し出すと、やたら難しくなったり長くなりますから、簡単に説明します。神宿男や神宿女が『魔・技・架』に搭乗すると、『神宿』の力で強化されるのです」
「…………」
本当に簡単な説明だった。
巡が、もう少し何かないのか、と言いたげに眉をひそめる。それに気付いた白衣姿の男性は、説明を付け加える。
巡達に埋め込まれている制御結晶体には、それぞれ対となる制御結晶体がある。それはマスタースレーブの関係にあり、神宿男や神宿女にはマスター側が埋め込まれている。そしてスレーブ側はそれぞれの専用『魔・技・架』に入っている。
巡達が専用『魔・技・架』に搭乗すると、マスターとスレーブの制御結晶体が連結されてある種の力場が『魔・技・架』に沿って展開される。その力場が『魔・技・架』の実質的な強度であるため、本体の素材は『形作れるものなら何でもよい』ということになるようだ。
ちなみに『魔・技・架』は、搭乗した神宿男や神宿女がその力場を制御することで動くため、その構造はいたってシンプルです、とも言っていた。
そこまで言った白衣姿の男性は言葉を切った後、
「制御結晶体の組み合わせは唯一無二です。万が一の場合、代替えは出来ません」
軽薄そうな笑顔を引き締めて言う。それは、と巡が聞き返す前に、
「つまり、そういう事態になった場合、神宿男や神宿女としての力を失うという事になります」
言われた言葉に巡は、困惑の表情を作った。
「難しく考える事はありません。どちらか片側を……いえ、『魔・技・架』を壊してスレーブ側を失わないように気をつけて下さればいいのです。修理も大変ですしね」
どこか冗談めいたように白衣姿の男性は再び軽薄そうな笑みで言った。
その後、『魔・技・架』について二、三、説明を加えたところで、
「――当面は、そういうもの、と納得して下さい」
と締めた。
白衣姿の男性の話は、開発者らしく少々理屈っぽく、そして遠回りをして、本来なら十分程度で終わりそうな話を三十分ほどかけて終えた。それは彼なりに、何も知らない巡に対する心遣いだったのかもしれない。
実際、煙に巻くわけでもなく理路整然と語る彼の話に巡が、ツッコミ……いや、質問などで話の腰を折る事は無かった。もちろんその話が、重要な注意点も語っていたから、ということもあっただろう。
話に区切りがついたところで、
「では、早速ですが始めて下さい」
と言った女性専門官の言葉を合図に、白衣姿の男性は、ではこちらへ、と巡を手招きをする。それに従って巡は『魔・技・架』へと近づき、白衣姿の男性に指示されるまま『魔・技・架』に体を預けた。
特に拘束されいるわけでもなく、小さな足置き場と壁をピタリと背にした少々不安定な立ち位置に巡は不安を覚える。
僅かの間の後、
「はっ!」
巡の全身に、ピリリ、と電気のようなものが走った。そして、
『…………従属的制御結晶体を確認しました…………待機状態解除いたします』
出所が不明の声が聞こえると、
『…………従属的制御結晶体と接続を開始』
相変わらず淡々と機械的に作業を進めていく。巡がそんな出所が不明の声を聞いた数瞬の後、
『…………接続完了』
の声と同時に、カシャカシャ、と如何にも機械的にシャッターが閉じるように『魔・技・架』が巡の体を拘束した。
拘束の嫌な思い出に巡は、ひっ、と小さく息を呑む。その直後、
――ん? これは?――
優しく包み込まれるような感覚に安堵を覚え、
――これが力場とか言っていたやつか?――
白衣姿の男性の説明を思い出した。そして巡は不思議な光景を見ていた。
四枚の鉄板のような盾が自分の周りに浮遊している。それはどことなく頼りなさげにフワフワと、しかし巡の意志で右に左に上に下にと、自在に動く。
――アニメとかじゃ、メカの周りをいろんなものが浮いていたりするけど、こうして実際に見ると不思議だな。てかさ、これって盾だよね。こんなにフワフワしていて大丈夫なのか?――
と思う自身に、『神宿』のなんちゃらで大丈夫なんだろう、と苦笑する。更に、
――この腕も不思議だよな――
つい先程簡単な説明を受けた巡ではあったが、実際に何かを操作するわけでもなく、そして特別な意識をするわけでもなく、普段の生活で腕を動かすようにするだけで自在に動く。そんな『魔・技・架』の腕を見ると、改めてどういう仕組みなんだろう、とも思った。
しかしこうして実際に操作してみると、アニメなどを見て常々思っていた『疑問だらけの戦闘用ロボットの操縦方法。だって数本のレバーとペダルじゃ、あんな複雑な操作出来ないだろう』という疑問の一端が解決されたような気がした。
巡が思い通り動く浮遊する盾や腕の動き一つひとつに感心していると、10インチほどのウィンドウが現れ、
『それは「自由制御・付加領域」と言って、「魔・技・架」を中心に直径十メートル程の範囲で展開されます。その浮遊する盾のように、一定の条件を満たした物質を言葉通り自由に制御したり、「迫り来る魔」に対抗するために「神宿」の能力を付加することが出来ます』
白衣姿の男性が言葉と同時に映し出された。更に男性は続ける。
『それは今後「魔・技・架」に乗った時にでも確認してみて下さい。まあ「習うより慣れろ」というやつです。
それはさておき、マスタースレーブの接続も問題なく出来たようですので、始めましょう。先ずは制御結晶体に「シミュレーションモード開始」と命令して下さい』
出された指示に巡は、えっと制御結晶体さんシミュレーションモード開始だそうです、と少々照れながらとりあえず胸中に言葉を作った。
『…………命令入力を確認…………シミュレーションモード開始』
出所が不明の声が復唱すると、照明が落とされ周囲は暗闇に包まれる。
ガコン。ウィィィィィィ…………。
如何にも機械的な作動音と同時に床が開いていき、『魔・技・架』がフワフワと浮いているような不安定な感覚に巡は包まれた。
そんな感覚に恐怖心はあったが、それ以上に待ち望んでいた新作の体感ゲームがようやくプレー出来る時のような期待感に巡の胸が躍る。
今か今か、とか、どんな映像が映し出されるのか、とか始めて乗る絶叫マシンのシートの座った時のように、不安と期待が入り混じった複雑な感覚に胸が高鳴る。
「…………」
しかしいくら待てどもドームシアターのような室内には何も映し出されない。
あれ? と思う巡が首を傾げていると、女性専門官がウィンドウに映し出され、
『神宿男四季巡様の前に映し出されいるのは、「彼岸・六文」から出撃した直後の映像です』
まさかの言葉を聞いた。
巡が、てか既に映っているのかよ、とツッコミを入れる間もなく女性専門官は、
『後ろには「彼岸・六文」が映し出されていますので確認して下さい』
淡々と語っていた。
肩すかしを食らった巡は、仕方なしに女性専門官の言葉通り振り向こうとして、
「お!」
と、巡に合わせて『魔・技・架』がクルリと回ったことに小さく驚き、
「…………!!」
目の前に映し出された『彼岸・六文』の外観に、感嘆の声すら出せず息を飲み込んだ。そこから伝わる圧倒的な質量に押しつぶされそうになったからだった。もちろんそれは映像だと巡にはわかっている。しかしあまりにリアルな映像に、頭の理解が追いついてこなかった。
「こ、これが……『彼岸・六文』? なのか」
想像を超えた存在にようやく出せた言葉は、あまりにも素っ気なかった。
『神宿男四季巡さんは初めてだったかな。感動の初対面を邪魔するわけじゃないけど、プログラムを開始しましょう』
ウィンドウに映し出された白衣姿の男性が、軽薄そうな微笑みで言ってきた。
その言葉に我に返った巡が、はい、と返事をすると、
『先ずは自由に動いて操作の感覚を確認して下さい』
男性は最初の指示を出してきた。巡は、自由にって言われても、と戸惑いながら遠慮がちに『魔・技・架』を動かしてみる。
右に、左に、上に、下に、前に、前に、後ろに、ほんの数メートルほどだろうか、小さく動いてみる。
巡自身の意志通りに『魔・技・架』は、フワリフワリ、と頼り無さげに動く。
これはシミュレーターのため、実際に『魔・技・架』が動いているわけではなく、周囲の映像が動いているだけなのだが、妙にリアリティーがある。
だからというわけではないだろうが、『魔・技・架』の操作が徐々に馴染んでくる。それに合わせて『魔・技・架』の動きを徐々に大きくしていく。
ほんの数メートルだった振り幅を、十メートル、十五メートル、二十メートル、と徐々に大きくしていく。
それに伴い頼り無さげだった、フワリフワリ、とした動きは、フワ、になり、そして最短距離を直線で結ぶように、スーッ、とよどみなく動くようになる。
その動きに妙な感動を覚えた巡は、上に、下に、右に、左に、と旋回を試みる。
旋回半径も、最初は小さく、徐々に大きくしてみる。
やはり巡自身の意志通りに動く。
巡は、一度『魔・技・架』を制止させると今度は一直線に加速を始めてみる。
歩く、走る、車、新幹線、そして一気に戦闘機、巡の想像に合わせてどんどん加速してみる。
そして、静止。
後方に振り向くと、あれだけ大きく圧倒された『彼岸・六文』が小さくなっている。
ほんの数日前までは仮想世界でしか知らなかった力が、今自分の意志のままに動くことに、
「……ふふふ……ははは」
巡の口から思わず、黒い組織のボスのような笑いが溢れる。
一息笑った巡は、さてと、と呟き、今度は一気に『彼岸・六文』ヘと戻り、その全容を確認するかのように、ゆっくりと周回する。そして元の位置に戻ったところで、
『神宿男四季巡さん、上機嫌のところすみませんが、そろそろ『魔・技・架』にも馴染んだと思います。一度休憩しましょう』
ウィンドウに映った白衣姿の男性の言葉に、心地よい疲労を感じていた巡が表示されている時間を見ると、『魔・技・架』に乗ってから優に一時間を過ぎていた。
三十分ほどの休憩の後、再び『魔・技・架』に搭乗した巡は白衣姿の男性から、
『ここからは詳細設定を行いますので、こちらの指示で動いて下さい』
と言われ、男性の指示に従い、一つひとつプログラムをこなしていく。途中夕食と数度の休憩を挟んで、最後の設定項目に辿り着いたのは、午後十時を回っていた。
『では最後に「過加給領域」の展開を行います』
疲労の色が濃くなっていた巡は、はあ、と気の抜けた返事を返すのみだった。
『神宿男の標準装備ですので難しいことはありません。一言「過加給領域展開」と制御結晶体に命令して下さい』
白衣姿の男性の言葉を聞いた巡は、これで最後と気合いを入れて、
「それでは制御結晶体さん、過加給領域展開です」
言葉を声にした。
『…………命令確認…………過加給領域展開』
出所が不明の声が復唱する。と、今までフワフワと浮いていたような『魔・技・架』が、杭を打ち込まれたように空間にガッチリ固定された。かろうじてその場で向きを変えることは出来るのだが、移動することは全く出来ない。
「……これか……完全に無防備だよな……だからか……」
巡はそこまで呟くと、ここから先は何となく声に出してはいけないような気がして、だから神宿女さん達の機嫌を損ねちゃ駄目って言っていたんだ、と胸中で呟いた。
その後、数十項目のチェックを終えると、
『お疲れさまでした、本日は以上です』
と言った白衣姿の男性の言葉に、巡が全てを解除して『魔・技・架』から降りたのは、まもなく日付が変わる頃だった。
巡が足を床に着けると、カクン、いきなり膝が崩れた。フワフワと宙に浮いたような感覚に変に力が入っていて疲労が蓄積していたことに、気分が高揚していたため気付かなかったのだろう。
あれれ? と思う巡に、
「初めての時はそんなもんですよ」
白衣姿の男性が軽薄そうな笑みで言いながら別室から出てきた。そして、
「今日はゆっくり休んで下さい。明日からは神宿女さん達も参加する実戦形式のプログラムになりますので、今日以上ハードになりますから」
言いながら巡へと手を差し出した。
巡は、ありがとうございます、と言いながらその手を取って立ち上がる。
「それにしても、いきなりですね」
「まあ、とにかく慣れろ、ということでしょう」
白衣姿の男性に支えられて、二言三言交わしながらロッカールームに向かう間、情けないな、と胸中に苦笑を作った巡だった。
読み進めていただき、ありがとうございます。




