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新米(仮)です 001

 めぐるが『神宿かみやど』の適性検査を受けて神宿男となった翌日、検査で巡を苦しめた激痛は、『神宿』の力なのか、それとも制御結晶体が馴染んだのか、嘘のように回復していた。

 ともあれ充分体を動かせるようになった巡はその日の午前中、雫音しずねの案内で支援局、管理局、そして司令本部へと出向いた。行った先々で各局長、各部長、『彼岸・六文』の艦長、極めつけは最高司令官等など、一介の高校生の巡には縁遠いそうそうたる面々が丁重に出迎え、


「わざわざお出向きいただいて誠に申し訳ありません。本来なら私どもが神宿男かんなど四季しき巡様のところへと伺うべきなのですが……」


 などとかしこまった挨拶をされて、巡はわけのわからないVIP待遇に気後れしていた。

 それでも、なんでこんなに厚遇されてるの? と巡は自分の置かれた立場を一応考えてみた。

 巡は元の世界から、異世界とも言える『異世回廊いぜかいろうの交差点』へと半ば強引に引っ張り込まれた。そして神宿男という、言ってみればエリート的兵士として適合した。だからか? と思う。しかし、それだけで雲の上の存在のような人達が、平身低頭、ペコペコするだろうか。学校で少々出来の良い生徒に、校長がペコペコする姿なんて見た事も聞いた事もないけどな、と巡は胸中に苦笑いを作る。


 そもそも今の巡は神宿男として、書類選考による事前審査に通った程度で、『迫り来る魔』を撃退するための『』に触れた事すらない。つまり兵士として出来の良し悪しを判断する以前の状態である。

 結局巡は、ここまで厚遇されている理由の見当がつかなかった。それよりも妙な待遇の良さの代償が……なんて思いたくもない。


 ――一応戦闘行為があるわけだから……危険手当とか……かな?――


 巡はそんな事をゴチャゴチャと考えるのと同時に、初めて面と向かって接する『彼岸・六文』のクルー達に妙な違和感を感じていた。それは、口の動きと言葉が合っていない、という見てわかるようなものではなく、もっと根本的な、その人物の存在にかかわるような、なんとも言葉にしがたい違和感だった。


 ――見た目は俺となんら変わらないんだけど……何か違う気が――


 思ったところで、


 ――てか、ここはさまざまな種族が集まっているはずの『異世回廊の交差点』なのに、何でここのクルー達は俺と同じ姿なんだ? それとも雫音さん達がやっぱり異形なのか?――


 はたと気が付いた。そして、もしかすると街のように実体のある映像? なのか、とも思う。

 巡がそれを口に出して尋ねていいのか迷っていると、


「私達クルーは、この『異世回廊の交差点』で生まれ育った、言うなれば異世回廊人です」


 眉を寄せていた巡の怪訝な表情に気付いたのか、それとも異なる世界から来た者の定番の疑問に先立って答えようとしたのか、声が巡の耳に届いた。

 それは? と返す巡の視線の先には、どこか格式張ったような文官然とした、見た目は五十半ばほどの男性、最高司令官の春分がいかにもな愛想笑いでいた。巡が、ニヘラ、と慣れない愛想笑いで返すと春分は、


「異なる世界からいらした方々には私達の姿が、居住区の街並と同じく一番なじみのある姿に見えるようです。ですが私達は街のように実体のある映像ではありません。皆様と同じく有機体で、つまるところ普通の人間です」


 言いながら、再びいかにもな愛想笑いを作る。と、


「がはは……これは失礼した、格式張ったのはどうもいかんな。神宿男四季君もそういうのが苦手そうだしな。ここは一つ、飾らないで話をしようではないか」


 豪快な笑い声とともに、いかにも海の武官らしい頑強な体躯のやはり五十半ばほどの男性、『彼岸・六文』の艦長である秋分が話に割って入ってきた。

 巡が、その方がありがたいです、と答えると秋分から話が続けられる。


「まあ儂らは生まれながらにして『神宿』の一部のようなものだからのう」

「ん? 『神宿』の一部……ですか?」

「ああ、儂らは皆に埋め込まれた制御結晶体から生まれるんじゃよ」

「ん? 制御結晶体から生まれ? って! えぇぇっ!!」


 巡は思わず仰天の声を上げた。制御結晶体は自分にも埋め込まれているからだ。それから生命体が産まれてくるって、と青くなった巡から、何処から出てくるの? とか、そもそも耐えれるの? とか、夫は誰? とか続く言葉が出てこない。

 そしてようやく出た言葉は、


「だだだって俺、男ですよ」


 全てをまとめた一言だった。そんな巡は、


「がはははは……神宿男四季君、そう慌てなさんな。産むのはもちろん神宿女かみやめじゃよ。儂らだって男の尻の穴からり出されたくないからのう」


 秋分の豪快な一言に思わず閉口してしまった。と、その脇から春分が、


「神宿男四季巡様、秋分艦長の非礼は私からお詫び申し上げます」


 言いながらうやうやしく頭を下げた。校長に突然頭を下げられたような気分になった巡は、頭を上げて下さい、と慌てて言葉を作った。

 巡の言葉に頭を上げた春分は、それでですね、と申し訳なさそうに言葉をつなぐ。


「先程秋分艦長が言ったように、私達は制御結晶体から産まれてくるわけで……言うなれば制御結晶体は私達の卵のようなものでして……」


 春分は何故か歯切れが悪い。とはいえ、話を聞かなければ始まらない、と巡は耳を傾ける。


「まあ、なんと言いますか……私達は……その……制御結晶体を生み出すことは出来ても……何と言いますか……」

「生命としてかえす事が、儂らには出来ないんじゃよ」


 春分の歯切れの悪さがじれったくなったのだろう、秋分が横から口を出した。

 巡は、おかしな事を聞いた、と首を傾げて片眉を上げた怪訝の表情を作り尋ねる。


「へ? それはどういう意味なんですか?」

「つまりですね、制御結晶体が生命体の形となって産まれてくるためには、異なる世界の方々の協力が必要なのです」

「協力? って……」


 春分の言葉に巡は呟きながら更に首を傾げる。と、そこで『托卵たくらん』という言葉が、脳内ライブラリーの検索でヒットした。でもそれならば、孵化器ふかきのようなものを作って、人工的に孵化させれば良いのでは、と巡は思う。しかし一方で、何かしらの理由でそれが出来ないのかもしれないな、とも付け加える。

 巡のそんな疑問も、異なる世界から来た人達の定番なのか、すぐに解決する事になる。


「まあ、神宿女に埋め込まれた制御結晶体は暖めれば孵化する卵と違って、生命として産まれてくるには、神宿男の協力も必要なんじゃ」

「はあ? 協力? って、何をするんですか?」

「そりゃ、ナニじゃよ。神宿男四季巡君の世界でも、子孫を残すために夜の営みというものをいたすだろう」


 秋分の表現は古めかしいものだったが、その言葉の意味が巡には充分伝わった。豪快な笑い声を上げる秋分の横から、春分が補足するように話を続ける。


「もちろん明日明後日の話ではありません。皆様がこの『異世回廊の交差点』から立ち去るまでの間でかまいません。私達の子孫を一人でも多く残して頂きたいのです」


 言葉の最後に、よろしくお願いします、と再び恭しく頭を下げる春分最高司令官、その横では、しっかり頑張ってくれ、と激励の言葉を贈る秋分艦長。

 そんな事を言われても、と困惑する巡の耳に更なる追い打ちをかけるように、


「あらあら、四季君は高校生なのに、パパになっちゃうのね」

 とか、

「さてさて、四季君はこの先何人の女を泣かすのかしら……泥沼化よ、泥沼ね」


 などなど、妖しく冷やかす雫音の言葉が入ってくる。

 とりあえず雫音はさておき、ほんの三十分前まで、堅苦しい挨拶を交わしていた二人の口から出てきた突拍子のないお願いに、返す言葉が見つからない巡は、酸欠状態の金魚が酸素を求めるようにパクパクと、口の開閉を繰り返すだけだった。


 落ち着きを取り戻した巡は、


 ――ああそうか、この厚遇の理由はそういうことね。

 選ばれた兵士に対する待遇っていうのも含まれてるかもしれないけど、本命は、子孫繁栄のためにしっかり頑張って下さいね、って事ですか――


 胸中に言葉を浮かべる。そこで、ふと、『元の世界に神宿男を連れ帰る』とか『神宿男争奪戦』とか言っていた昨夜の蓮華れんかのきな臭い言葉を思い出した。


 ――てかさ、神宿女達はあの手この手を使って俺の争奪戦するわけだろう、その上ここの人達からは子孫繁栄を手伝ってくれって――


 全てを合わせて都合良く考えれば、嬉し恥ずかしラッキーイベントフラグが立ちまくりだろう、となるのだろう。しかし、そこには巡自身の都合が一切考慮されていない事に改めて気付き、複雑な思いで大きく嘆息した。


 巡が再び気を取り直したところで、巡と雫音は司令区にある食堂で昼食をとった。その後、居住区に戻る雫音と別れた巡は、『異世回廊の交差点』、『彼岸・六文』、『魔・技・架』等についての基礎知識を学習する、所謂いわゆるオリエンテーションを受けるために支援局へと向かった。

 本来ならこの『異世回廊の交差点』に来て、最初に受けるべきものである。そして管理局にて『神宿』の適合検査を行い、晴れて神宿男や神宿女となってから居住区へと移る。

 そんな手順をすっ飛ばして居住区に現れた『特異な経緯の持ち主』の巡は、ありがたい救済措置だな、と思う。


 が……つかの間の喜びだった。


 それは、雫音や十二月からあらかた聞いていた事のおさらいとプラスα程度の事を、専門官がマニュアルを淡々と読み上げるだけの、とってもとっても退屈な時間となっていた。しかも昼食直後である。もしこの場に、あのペティーナイフがあれば、巡は自身のももに突き立てていたかもしれない。

 ぶっちゃけ、猛烈に襲い来る睡魔との対決だった。

 普通の学校なら級友を盾に居眠りも出来るかもしれない。しかしここにいるのは巡と専門官の二人だけであり、ご丁寧に向き合っている。

 目の前の専門官が綺麗なお姉さんなら、眠気などはね飛ばしただろう。しかし残念ながら専門官はいかついおっさんであった。例え厚遇されていたとしても平和主義少年としては、この状況で居眠りが出来るような図太い神経を持ち合わせていなかった。

 何とか睡魔の攻撃に耐える巡には、抑揚無く語る低音には催眠波が含まれているのだろう、と思えて仕方なかった。


 そんな拷問のようなオリエンテーションが終わったのは、午後七時を回った頃だった。

 何か体力的に疲れるような事をしたわけではない。ほぼ半日、イスに座っていただけなのに精根が尽き果てた巡は、司令区の食堂で夕食を食べ終えると、用意された宿泊室へと飛び込んだ。そして目についたベットに身を投げて仰向けに寝転がった。

「……昼から何をしていたっけ?」

 如何にも船の一室という無機質な白い天井を見つめて呟く…………。


 煌煌こうこうと白の光を放つ蛍光灯に巡が、


「……眩しいな」


 目を細くして呟く。しかし妙にスッキリしている。

 はたとして上半身を起こし時計を確認する。と、午前五時を回ったところだった。考え事をするまもなく寝落ち、そのまま熟睡の黄金パターンだった。

 普段ならもう一眠りする時間だ。しかしぐっすり寝たためだろう、眠気はどこえやら、目はパッチリと開き、妙に頭が冴えてとても眠れるような状況ではない。何より、


「明日は午前六時に起床のコールをいたします」


 と、支援局のお姉さんに言われている。どのみち寝る事が出来ない巡は、仕方なしに、というわけではないが、ベットから抜け出した。そして昨晩は風呂に入っていない事を思い出し、部屋に備え付けの風呂に入った。


 部屋に届けられた朝食をすませ、身支度を整えた巡が部屋を出たのは午前七時だった。その足で管理局へと向かう。制御結晶体の適合状況など、いくつかの検査を受けるためだ。

 病院とは縁遠い生活を送っていた巡は、学校の検診くらいしか受けた事がないため、異様な緊張感を持って検査に臨んだ。

 しかし、専門官からの簡単な問診と、CTスキャンとかMRIのような検査機器を何台かくぐっただけで、先程までの緊張感はどこへやら、拍子抜けするほど簡単に検査は終わった。

 残念ながら何の問題もなく、あっさりと終わった検査に巡は、


 ――そりゃまあ、これが普通なんだろうけど……やっぱ多少は期待しちゃうじゃん、なんかこうビックリするような数値が出るとか、強烈な潜在能力が見つかるとかさ。

 いや、その時がきたら覚醒する、ってこともあるわけだし……俺の左手に宿るは深淵の暗黒にうごめく異形の者達を束ねる魔の力、とか、埋め込まれた制御結晶体に天上界を破滅へと導いた魔竜が封印されていた、とか…………そんなわけないか――


 なんと言うのか、黒歴史的イタいことを思いながら胸中に苦笑いを作った。


 それはさておき、検査が終わった巡は、オリエンテーションの続きを受けるため支援局へと向かった。

 不安の多きオリエンテーションではあったが、スッキリと目覚めた午前中という事もあり、昨日のような苦痛もなく、昼を知らせるアラームと同時に終了した。


 司令区の食堂で昼食と昼休みをとった巡は、女性係官の案内で格納区にある兵装局へと向かった。いよいよ『魔・技・架』とのご対面である。

 と、その前に格納庫手前のブリーフィングルームで、落ち着いた雰囲気を持った二十半ばの女性専門官から、神宿男の役割についてオリエンテーションを受ける。

 それは大きく分けて二つ。


 一つ目は、


「先ずは、『過加給領域かかきゅうりょういき』といわれる戦闘区画を作り出し、『迫り来る魔』を閉じ込めます」


 専門官の言葉に巡は、あれか、と映像で見た仄白ほのじろい球体を思い出した。


「神宿男は無防備のまま、その中心から動く事が出来ません」

「…………」

「でもご安心を、神宿女がガードに付きますし、『迫り来る魔』は基本外へ外へと向かいます。

 とはいえ、ガードする神宿女の機嫌が悪かったり……たまには『迫り来る魔』も例外的な動きを……」

「…………」

「…………」


 専門官の意味ありげな言葉の切り方に、巡と専門官の間に嫌な沈黙の時間が流れた。


 二つ目。


「『過加給領域』内では神宿男や神宿女の能力が底上げされます。そこには『過加給』という言葉通り余剰分が出ます。その余剰分は放っておけば熱や光として排気されてしまうのですが、それを適正に再配分します。

 神宿男として真価が問われる重要なお役目ですよ」


 そんな専門官の説明に巡は、はあ? と疑問符を浮かべ首を傾げる。それに気付いた専門官は、


「『迫り来る魔』と直接的な戦闘を行わない神宿男の戦闘力を、直接対峙する神宿女に渡す、と言えばわかるでしょうか?」


 問いかける。しかし巡は、今ひとつピンと来ないようで、眉を寄せている。


「そうですね……ゲームでキャラクターのパラメーターを調整する、とかボーナスポイントを振り分ける、とか言った方がわかりやすいでしょうか」


 的を得た専門官の例えに巡の理解が追いついたのだろう、そういう事か、というように二、三度小さく頷いた。と同時に、


「ここにもそういうたぐいのゲームとかあるんですか? 暇つぶしに欲しいのですが」


 巡が申し出ると、専門官は小さく息をいて、


「神宿男四季巡様、バーチャルにうつつを抜かすくらいなら、リアルで神宿女相手に励んで下さい。それも神宿男の大事なお役目です」


 厳しく、きっぱりと却下された。巡が、何に励むの? と聞き返そうとした矢先、


「そんな男冥利に尽きるとはいえ、一人の神宿女に入れ込んで他の神宿女の機嫌を損ねないように、くれぐれもご注意下さい」


 追い打ちがきた。


 ともあれ、オリエンテーションは二時間ほどで終わった。


 十五分ほどの休憩の後、巡は渡された服に着替えた。それは『魔・技・架』に乗る時に着用する、言わば戦闘服である。しかし防御力を高めるようなゴテゴテとしたアーマープレートなどは無く、動きやすさを最優先させたような非常にシンプルなデザインだった。

 ロッカールームの姿見に映る全身タイツのような姿に、巡はこっ恥ずかしさを覚えた。


 ――そりゃ、こういうのはアニメとかで似たようなものは見た事あるけど……実際着てみると生々しいというのか……あまりにその線がはっきりしちゃうというのか、もしかしたら裸の方がましというのか……てかさ、これって文月ふみつきさん達も着るんだよな……大丈夫なのか? いろんな意味で――


 巡は妖しげな妄想を首を振って追い払う。と、扉の外から、


「神宿男四季巡様、準備出来ましたか? それともお手伝いが必要ですか?」


 女性専門官の言葉に巡は、今行きます、と答えて格納庫への扉を開けた。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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