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ここって? 014

「あらあら四季君、それは神宿男かんなど神宿女かみやめが連結した証、『名変わり』よ」

「へっ? そういえば、さっき言ってましたよね。で、『ながわり』って何ですか?」

「そうそう、『名前が変わる』って書いて『名変わり』って言うのよ。意味は字の如くよ」

「はあ……じゃあ、前は……例えば雫音しずねさんの事を何て呼んでいたんですか?」

「あらあら、私の耳に入る言葉は『神宿かみやど』で翻訳された言葉よ。だから前も今も同じ名前で呼ばれいるのよ」


 等などと、雫音は巡の違和感に答えていた。

 どこか薄布に包まれたような雫音の説明に、モヤモヤとしながらも違和感の正体を知った巡は、一応納得の返事を、そうですか、と返し、


「……後は……三月先生と十二月先生ですね。っと、十二月先生は文月ふみつきさんを追って――」


 言う巡の言葉を雫音が遮る。


「おやおや、女の子をみ~んな囲っちゃいたいなんて、四季君はやっぱり男の子よね」

「へっ? いやいや囲うとかって……そういう意味じゃなくてですね、連結をという話ですが……」

「聞いた聞いた菜乃花ちゃん、連結ですって、私達だけじゃ物足りないんですって。若いわね」


 最後に、うふふ、と微笑む妙にテンションの高い雫音を、巡だけでなく菜乃花なのかも半目で見つめていた。


 ビシッ!


 暗殺者のように物音一つさせず雫音の背後をとった三月が、雫音の暴走を止めるべく脳天にチョップを決めていた。

 雫音は、いったぁ~い、と本当に痛かったのか疑いたくなるような間延びした口調で言いながら、頭を押さえて三月へ振り向くと、


「うぅぅ……三月ちゃん酷い……うぅぅぅ……」


 子犬が威嚇するかのように小さく唸りながら言う。

 しかし三月が、気にするでもなく軽く、ごめんごめん、と言いながら数度頭を撫でると、雫音は穏やかな笑みになっていた。


 ――おお、三月先生って、雫音さんの扱いに慣れていらっしゃるんですね――


 一部始終を見ていた巡は思わず感嘆の言葉を胸中に作った。

 雫音が大人しくなったのを確認した三月は、巡へと視線を向けて、ふう、吐息を一つ入れると、


「……巡君、お誘いは嬉しいんだけれど……お姉さん達は……うふふ……残念ですけど、人妻なのよね」


 やんわりと断りを入れるように言った。

 巡は三月の、大人的言い回しの言葉に、一瞬怪訝の表情を作る。しかし蓮華が、もう一クラスある、と言っていた事を思い出して返す。


「えっと、つまり三月先生と十二月先生は、もう一人の神宿男さんと連結済という事ですね」

「ふう……まあ簡単にいうとそういう事よ。で……お姉さん達を奪っちゃう?」

「って、それはなんというのか……社会通念上というのか……そ、そう、倫理的に駄目だと思うですが……」

「あら、残念ね。巡君とお姉さんはピタリだと思うんだけど」


 巡が返答に困っていると、


「こら三月、うぶな少年をからかっては駄目だのだ」


 救いの声は、出入り口かの方から聞こえてきた。

 巡達が目を向けると、小学生然とした外観を目一杯大きく見せるかのように、威風堂々と立つ十二月の姿があった。

 その背後には、小さな十二月に隠れてしまうほど縮こまった蓮華れんかの苦い顔が覗いている。

 保健室から飛び出して行った蓮華をなだめて連れ戻す事に成功したようだ。

 二つの事に安堵した巡が、ホッ、と息を吐く。しかし巡は、


 ――そりゃまあそういう経験は無いですよ。しかしですね……なんと言いますか――


 と、年が上だとわかっていても、見た目は小学生のような十二月に『うぶな少年』と言われ、微妙に複雑な心境であった。

 そんな巡の心境はおかまいなしに、一歩、二歩、と近づいてきた十二月は、


「大体四季君も簡単に騙されては駄目なのだ。そんな事じゃ、この先が思いやられるのだ」


 何故か巡に向けて説教を始めていた。




 十二月の後ろを申し訳なさそうに縮こまって入ってきた蓮華が、部屋の片隅のイスに腰を下ろす。と、手持ちぶさそうにしていた菜乃花が巡を一瞥いちべつして、蓮華に近づいていった。

 巡は、落ち込んだ蓮華を元気付けに行ったのだろう、と思いつつも、菜乃花の意味ありげな一瞥が気になり、十二月の説教を生返事で流しながら菜乃花達の会話に耳を傾けた。


 菜乃花は蓮華の正面に座ると、さっきさ、と声を殺して話を始める。


「さっきさ、三月先生が気になる事を言っていたんだ」


 蓮華は菜乃花の言葉に、うつむけていた顔を上げた。

 菜乃花は体を乗り出すと、更に声を落として言葉を作った。


「ピタリとか言っていたけどな、文月はどうだった?」

「……ん?」


 蓮華は菜乃花の問いかけに、意味がわからない、とばかりに首を傾げた。


「ほら、文月が感じた感覚って、あたいが感じた感覚と同じものだと思うんだ。でもさ、元いた世界ではあたいは大きい方だったけど、ここじゃ小さいだろう。だけどさ、ピタリって感じだったんだよ。これって、四季は見かけによらず、あたいに合ったサイズなのかなって……。だから文月はどうだったのかなってさ」


 菜乃花は何のサイズか、明言を避けた形だったが、話の流れ的に蓮華にはその意味がしっかり伝わったのだろう。

 とたん蓮華は、プシュー、と耳から蒸気を吹き出すのではないかと思えるほど、一瞬で真っ赤になって、


「にゃ、にゃんの事か、ああああたしにはさっぱりわきゃらん。だだだ大体だにゃ、ああたしはパニクっていたきゃらな。でででもにゃ、気付いたら、って気がしゅる」


 カミカミで返答をしていた。


「そっか、文月には…………まっ、いいか」


 菜乃花は、内容が内容であったため声を潜めていたのだろう。

 しかし耳打ちというほど密やかな話し声ではない。それに雑音がほとんどない深夜の保健室は声の通りもよい。

 結果、巡は注意深く聞いていなくても、菜乃花達の会話は巡の耳に入ってきた。

 難しい年頃の少年にとって、非常にデリケートな話である。そして巡は案の定、何とも言いようがない感覚に打ち拉がれていた。

 そして雫音達、お姉さんトリオの耳にも届いていたのだろう。しかしそこはお姉さん達である。巡の心情をすぐさま把握して、


「さてさてと夜も遅いですし、今晩はここに泊まって行きましょうね」

「ベットは好きに使ってくれていいわよ」

「風呂は宿直室にあるのだ」


 見事なコンビネーションで、今日はここまでとばかりに雑談会を締めると、


「ではでは、私達はお風呂に行きますね。蓮華ちゃん、ベットのリクライニングを直してあげてね」


 雫音が付け加えて、保健室から出て行った。




「…………」

「…………」

「…………」


 僅かの時間、巡、蓮華、そして菜乃花が無言で見合う。

 この半日、色々な事がありすぎて、お互いが、何を話したら良いのか、なんと声をかけて良いのか、それぞれが黙考してしまったのだろう。


「……卯月菜乃花……先に行ってくれ。あたしは……その……」


 重々しい口調で沈黙を終わらせた蓮華の言葉が詰まると、察した菜乃花は、わかった、と短く言って保健室から出て行った。

 残った巡と蓮華の間には再び見合うだけの沈黙が訪れた。しかし二呼吸ほどで、


「……四季巡……すまなかった」


 蓮華が深々と頭を下げて言った。


「あっ、ちょ、ちょっと文月さん、頭を上げてよ。事情が事情だったんだからさ、仕方ないって」

「だ、だがあたしは……どれだけ謝っても……償えないような……」

「だから、大丈夫だよ。

 多少は怖かったけど、結局何も無かったんだし、もう済んだ事だし……はい、この話はもうお終い! ……っててて」


 巡は言いながら大きく腕を振ろうとして全身に痛みが走り、思わず顔をしかめて苦笑を作った。

 巡の言葉に頭を上げた蓮華には、そんな表情が滑稽こっけいに見えたのだろう、


「四季巡は学習をしないな……馬鹿には見えないが、間が抜けているというやつか?」


 明らかに微笑みとわかる笑みで言った。

 巡は、一瞬でとりこになりそうな微笑みを直視する事が出来ず、視線を逸らし、


「まあ、否定はしないけど……間の抜けた者同士、これかもよろしく頼みますね」


 あくまでも冗談めいて言い返す。

 蓮華は言葉の意味がわかったのだろう、ツンと口を尖らせ、プクリと頬を膨らます。


 ――ふ、文月さん……な、何? その小動物的仕草……雰囲気のギャップが凄過ぎです――


 そんな事を胸中で思う巡へと、蓮華が近づいてきた。

 そして、


 ドス!


 巡の脇腹に一撃、拳を入れた。

 とはいえ、軽く小突く程度のものであったが、未だ痛覚が敏感になっている巡は、ヒギッ! と不気味な悲鳴を上げながら顔をしかめ、目を閉じた。


 ムニュ!?


 巡は右頬から伝わる今まで体験した事がない感触に疑問符を浮かべた。

 最初は、蓮華が悪戯っぽく指で突いたのか、と思った。けれど、それにしては柔らかい。もしかすると女の子の指はそれほど柔らかいのかも、と初めての感触に続けて思う。だが柔らかいだけではなく、しっとりとした感触も合わせて伝わってきている事に気付いた巡は、


 ――って、ちょ! ままままさか――


 慌てて目を開くと、視界の右には案の定、蓮華の顔のアップがあった。


「えぇぇぇ!! ふ、文月しゃん、にゃにゃにゃにを!!」


 言うが早いか、痛みを忘れて飛び退ろうとして、ベットから落ちそうになって、更に痛みを忘れて縁にしがみつき何とか堪えて、ホッと一息ついたところで激痛が思い出したように暴れて、ヒギ!! おかしな悲鳴を上げて、とにかくしっちゃかめっちゃかで大慌てな巡だった。

 そんな巡を、してやったり顔の細い目で見ていた蓮華が、


「そ、そんなに慌てる事でもないだろう。あたしの世界では、王族からの口づけは最大の栄誉であり、最大の信頼を寄せられている証である……らしい……今までした事はないから知らないけど……」


 キッパリ言ったと思ったら、途中から自信なさげに言葉を濁した。

 巡は、何だかとんでもない事を聞いた、と言わんばかりに片眉を上げて、


「お、王族!? って、ふふ文月さんって、もしかしてお姫様的な身分なんですか?」


 いきなり飛び出したファンタジックな蓮華の立場に問いかけを作る。


「まあ、そんなようなものだ……元の世界での話だがな。だが、そんなに驚こともないだろう、みんな同じような立場の者だと聞いている。四季巡もなんだろう?」

「はぁ? お、俺は……い、いいえ、私は一般市民A、所謂モブキャラでござりまするです。

 て、てか……いいえ、みんな? と言いますると……卯月さんや雫音さん、それに三月先生や十二月先生も……なので御座りまするですか?」


 蓮華がお姫様と聞いて、王族と接した事がもちろん無い巡は、どうして良いのかわからず、知らず知らずのうちにおかしな言葉遣いになっていた。

 何より、お姫様達を相手にとんでもない失礼をしちゃってた? 的な事態にテンパっていた。

 巡の言葉を聞いた蓮華は、ふむ、と何やら難しそうな顔で腕を組むと、


「四季巡、頼むから今まで通りの言葉で喋ってくれ。聞き取りにくくてな。

 それとみんなの身分が気になるなら、本人に直接確認してくれ。

 しかし、世界が変われば身分など関係ないだろう。この『異世回廊いぜかいろうの交差点』では、皆がみんな同じ立場なのだから、友達と接するように気軽に付き合ってもらう方が、あたしとしてはありがたい」


 言った。その言葉はどこか威厳があり、さすが王族、と巡は納得してしまう。


「じゃあ、そうします。で……」

「で? 何だ、四季巡」


 不自然に切った巡の言葉に蓮華は問いかけを作る。

 巡は、言葉を止めたのに、と少々困った顔で一呼吸置くと、


「……いや、まあ、その王族の方々が、どうしてここに集まっているのかな? と……ね。

 ああ、いいんだ、みんなそれぞれの事情があるんだろうから」


 止めた言葉を繋げた。すると蓮華は、巡から視線を外し、どこか遠い目をして表情を曇らせると、


「……そうだな……あたしの事は、落ち着いたら話すよ」


 言って、巡に向き直り、だが、と続ける。


「だが、これだけは言っておく。

 あたし達は、元の世界に神宿男を連れ帰るためにこの『異世回廊の交差点』へ来た」

「へ!? って、それって」

「あたし達、神宿女は複数だ。そして神宿男は一人。つまり連れ帰れるのは一人の神宿女だけ」

「えっと、ですから」

「そして四季巡は既に三人と契約を結んだ」

「じゃなくて」

「神宿男争奪戦の火ぶたは切られた」

「い、いや、ちょっと待て待て、これでも元の世界に帰るつもりでいるんだが、そんな俺の意向は?」


 話が噛み合ず焦る巡に蓮華は、悪戯っぽく上げた口の端から、ふっ、と息を抜いて、


「…………残念だったな」


 告げた。

 蓮華の表情も相まって冗談のような一言だった。しかし、全てを否定された巡は返す言葉が見つからず、餌を求める池の鯉のように口をパクパクさせるだけだった。

 返事を返してこない巡を蓮華は、悪戯っぽい笑みを崩さず見つめながら、


「さて、このまま戦闘開始といきたいが、この段階での戦闘行為は『ぬけがけ』と言われてしまうな」


 言うが、巡からの反応はない。というより、


 ――ふ、文月さん、戦闘開始とか戦闘行為って言ってましたけど、一体何をするつもりだったんですか? てかさ、さっきの不意打ちでも充分な威力があったんですがね――


 などと考えているとはつゆ知らず、仕方なしにと蓮華は、


「それでは、あたしは行くからベットを倒すぞ」


 言って傍らのボタンを押した。

 モーターの小さな作動音と共に、ゆっくりとリクライニングするベットに身を任せる巡は、僅かに痛みを感じながら蓮華の言葉を聞いていた。


「先程はああ言ったが、この『異世回廊の交差点』から一緒に消えた神宿男と神宿女がどうなったか、確認した者は未だにいないらしい。だから実際はどうなるのかわからない」


 ここでリクライニングが止まり、巡は完全に寝た状態になった。

 それを確認した蓮華は踵を返し出口へ足を進める。そして扉脇のスイッチに手を掛けたところで、


「だが、あたしは……例え四季巡にとって不本意であったとしても、お前を連れて帰る――」


 決意を言葉にする。一度言葉を切った蓮華は、首だけを回し、巡と視線を合わせ、


「――それがあたしの世界を……何よりあたし自身を救う唯一の手段だから」


 言うと同時に蛍光灯の光を落とし、静かに保健室から出て行った。


 採光用の高窓から入ってくる廊下の蛍光灯の光は、暗転した巡の視界には眩しかった。

 巡の耳に、遠ざかる蓮華の足音が聞こえなくなると、祭が終わった後のような寂しい静けさが漂う空気が妙に辛くなる。

 知らず知らずのうちに、巡の目に溜まるものがあった。

 だから、というわけではないが、巡は固く固く目を閉じた。

読み進めていただき、ありがとうございます。

特に起伏もなくグデグデ展開で引っ張ってきた第一部の最終話となります。

ということで、次話からは一応新展開です。この先もお付き合いいただければ幸いです。

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