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ここって? 013

「あっ! 文月さん……いっ!」


 めぐるは崩れていく蓮華れんかを見て、反射的に……動けなかった。未だ暴れる激痛の残滓が巡をベットに拘束していた。


 ――まただよ、またこれだよ――


 動かないといけない時に、動けない。

 巡は悔しさのあまり、奥歯を砕かんばかりに噛みしめていた。


 ――俺がこんなんじゃなければ、もっと早く、もっと簡単に解決も出来て、文月ふみつきさんをあんなふうにしなくてもすんだんだ――


 苛立つとか、腹立たしいとか、歯がゆいとか、そんな自分を責める言葉をどれだけ並べても足りないくらいだ、と巡は胸中を掻きむしられるような思いに顔を伏せた。

 ふと、伏せた視界の片隅で動きがある事に気付いて顔を上げる。

 蓮華が立ち上がっていた。

 正確には、三月と六月に脇から支えられて立っていた。

 後ろから十二月が、安っぽいドクターチェアをコロコロと押して持ってくると、三月は蓮華に座るように促し、蓮華も黙ったまま従った。




 三月が、ふう、吐息を一ついて巡へと目を向ける。


「これはお姉さん達の手落ちね。先に説明しておけばこんな事にはならなかったのに……本当にごめんなさいね。ちなみにれんちゃんが鎮まったのは、神宿男かんなどの能力の一つよ」


 言うと、今度は蓮華の肩にそっと手を置き、優しくうかがうように、


「れんちゃん、落ち着いたかしら……もう大丈夫よね」


 問いかけると、蓮華は擦れた声で、はい、と返事を返して小さく頷いた。 

 と、その脇から、


「本来その能力は、『迫り来る魔』と直接対峙する神宿女かみやめが、予想外の事態でパニックに陥った時、背後で見守る神宿男が神宿女を落ち着かせるためのものなのだ。

 今回は四季君に埋め込まれた制御結晶体が危機的状況を察知して、例外的に発動したと思うのだ。だから次は発動しないでそのまま刺されるかもしれないのだ」


 と言った後、言動には充分注意をするのだ、と十二月のありがたい解説と忠告が入る。


「でもでも、蓮華ちゃん凄かったわね。チョットした勘違いだったのにね……私にも覚えがあるな……あれはそう思いたくもなるわね」


 遠い目で言った六月の言葉に、三月と十二月が大きく頷く。

 しかし蓮華は、疑問符を浮かべたように小首を傾げている。六月の言葉の意味がわかっていたのなら、勘違いに気付いていたのなら、刃傷沙汰に発展するような凄い事にはならなかっただろう。

 だから、というわけではないが、巡はここにきてようやく話を聞いてくれそうな蓮華に、


「えっと文月さん、確認しますけど『せいてきれんけつ』の最初の文字を、『性別』の『性』って思ってませんか?」


 問いかける。

 そんな巡の問いかけに蓮華は、火を吹きそうなほど顔を赤く染めて小さく首肯する。

 巡は、やっぱりか、と呟き、


「俺は、『静か』とか、『静寂』とかの『静』だと思うんですよね」


 あえて断定せず、優しく包み込んだように言った。

 その途端、ボン、と何かが点火したかのように、指先まで真っ赤に染まった蓮華が、ワタワタと震える手を口に当てて、


「※✓~!!」


 何とも発音しがたい短い喚声かんせいを上げて立ち上がり、


「うぅぅ、あ、あたしは○●△※◇■~~☆~~したんだ~~◎☆ぁぁぁ~~」


 電波状況の悪い携帯で通話するかのような、不思議な音が混ざった叫声きょうせいを上げながら、韋駄天いだてんをも凌駕りょうがするダッシュで保健室から飛び出して行った。

 深夜の校舎に反響しながらもフェードアウトする叫声を、担任の仕事なのだ、と十二月が、溜め息を一つ置いて追いかけて行った。




 保健室から出て行った二人を、あらあら夜遅いから静かにね、と手を振って見送った六月が、


「まあまあ蓮華ちゃんたら、翻訳システムが追いつかないくらい慌ててたようね」


 微笑みながら言って巡へと振り向いた。

 しかし向けられた『妖艶な』という形容が当てはまる微笑みに巡は、


 ――六月さん、そのですね、なんだかんだと言っても綺麗な人ですからね、そういう微笑みは有りと思うんですよ。でもですね、今の六月さんは、怖い、というのか、妖しい、というのか、悪の組織の女ボスと言うべきか……あっ、ぴたりな言葉で、魔族的な笑みですかね、見たままなんですが……で、この後、俺、何をされちゃうの? 餌なの? 死ぬの? と、とにかく優しくして下さい、お願いします――


 恐怖、とまではならないが、背筋に冷たい何かが走ったような気がした。




 そんな巡の思いが六月に届いたかどうかはさておき六月は、


「三月ちゃん、始めちゃっても良いかしら?」

 問いかける。

「好きに始めちゃってかまわないわよ」


 三月は答えながら、気だるそうに手をヒラヒラさせると、蓮華が座っていたドクターチェアに座った。そのままコロコロと机に戻ると、後は任せた、とばかりに吐息を一つ吐いて机に突っ伏した。


「さてさてとぉ、先に私と連結しちゃいましょうか。その後で四月ちゃんと連結ね。でもでも先にしたかったら譲るわよ」


 六月の怪しい言い回しに、巡と、未だ遠目に静観している四月の顔が一瞬引きつった。それでも一応、


「あ、あたいは後でいい」


 と断る四月に六月は、


「じゃあじゃあ、近くでやり方を見てなさい」


 呼びつける。そして不安気に寄ってきた四月に六月は、大丈夫よ簡単だから、と毎度の穏やかな笑みで勇気づけると、


「ではでは始めるわね……こうして直に接触するだけよ」


 言った六月は巡の手を優しく握った。




 六月の妖しい笑みにビビっていた巡は、繋がれた六月の手の感触に、引きつった表情をだらしなく緩める。

 しかしそんな至福の時は長く続かなかった。


 ゾワリ……


 巡は全身を何かがうごめくような不快な感触に、怪訝の表情を作り、


 ――ま、またかよ。またあれが始まるのか?――


 と自分を激痛の嵐を導いた感触に不安を作る……間もなかった。

 唐突に視界が白光で覆われ、思考が停止したからだ。

 その直後、巡の脳裏には、見渡す限り田園風景が広がっていた。その中央で少年と少女が指切りを交わしている。


 記憶の奥底に沈んでいた名前が泡となって浮かび上がって来る。


 ――あれ? 雫姉しずねえ……?――


 そして思い出した途端、パチン、と弾けた。


 ゆびきった、の言葉を合図にその風景は白光に溶け込み、巡の意識が覚醒を始めた。

 それと同時に出所が不明の声とのやり取りが始まっていた。


 出所が不明の声に言われるまま、ほとんど自動で進む作業のような工程に、慣れという言葉が適切かどうかはさておき、二度目となる巡は落ち着いていた。もちろん初体験をすませている六月も、慌てる事なく穏やかな笑みを浮かべている。


 特に問題もなく作業はスムースに進み、巡と六月の『静的連結』は始まってから、ものの数分で終わっていた。

 のだが、何かの余韻に浸るかのように六月は、金瞳きんどうの目を細め、口を半開きに……なんと言っていいのか、巡にとっては非常に目の保養……いや、目を逸らさないと健全な男子としては、体が妖しい反応をしてしまうような、そんな魅惑的な表情で六月は、巡の手を握って固まっている。


「えっと、雫音しずねさん……水無月みなづき雫音さん……!?」


 今回も巡は、呼んだ名前に違和感を感じて言葉を止めた。 

 それは、どこか懐かしい響きを覚える名前だった。しかし目の前でうっとりとしている魔界風おっとりお姉さんとは、昨日出会ったばかりで、懐かしい響き、などという言葉とは縁遠い。


 ――あ、文月さんの時と同じだ――


 たしか、と胸中で思う巡は、蓮華の時に外野のお姉さんトリオが『ながわり』と言っていた事を思い出した。だが、巡のボキャブラリーに無い言葉である。しかも先程の蓮華の例もある。当てる文字がわからない以上軽はずみな言動は控えた方が良さそうだ、と思った巡は、もう一度、


「雫音さん……雫音さん、戻ってきて下さ~い」


 しかし呼びかけるだけに留めた。

 巡に呼ばれた雫音は、はたと我に返ったように細めた目を戻すと、


「…………あらあら、ごめんなさい……ちょっと……ええ、ちょっと女の喜びを感じて――」

 呟いたような言葉は、珍しく歯切れが悪く、こほん、と咳払いを一つ挟んで、

「――さてさて四月ちゃん、順番ですよ。見てましたよね。じゃあ、頑張ってしちゃって下さいね」


 呟いた言葉を、四月を引き合いに出してごまかした。




 雫音にうながされた四月は、


「わ、わかった」


 怯えた犬のように視線を微妙に逸らした上目遣いで雫音に言うと、恐る恐る小さな手を巡へと伸ばし、そしてゆっくりと巡の手に重ねた。

 四月は、コクリ、と可愛らしい音で生唾を飲み込んで、


「こ、これで良いのか?」


 恐る恐るという雰囲気で雫音に確認する。

 雫音は、後は任せれば良いのよ、と優しく微笑みながら小さく頷いた。


「そ、そうか……ふう」


 緊張が和らぐのを感じながら、目を閉じ、小さく息を吐いて安堵する。


 一呼吸、二呼吸、と時間は進む。しかし、特に大きな変化は感じない。

 それでも四月は、制御結晶体が入っている辺りから伝わってくる穏やかな温もりに、体の中で何かが始まっているのだろう、と思う。

 四月は、ふう、再び小さく息を吐く。

 と、同時の事だった。


『…………神宿男四季巡から静的連結要請…………承認しますか』


 妙な声が四月の体内に響く。


 ――ああこれか、蓮華がおかしくなった原因は……この言葉と感覚か――


 一通りのやり取りを遠巻きに観察するように見て、雫音からも一言程度の説明があったためだろう、


 ――何も知らなければ、この、何かを宿したような感覚に、あたいだってテンパっていたかもしれないな――


 と、妙な声の案内に従い、流れ作業的に進むやり取りを終えるまで、四月は落ち着いていた。

 のだが……。

 直後、四月は体に伝わってくる感覚が変化して、


「あん……!」


 声の主である四月自身でさえ、あたいにもこんな声が出せるんだ、とビックリするような可愛らしい声を上げた。

 四月の妖しい声と同時に、ピクリ、と巡の動きが重ねた手を通して伝わってきた。


 ――ま、まずい、今の声を聞かれた?――


 四月が、ハッ、と目を開き、巡へ視線を向けると、目を丸くして明らかに驚きの表情を作っている。

 間違いなく聞かれていた。


「うぅぅぅ……」


 四月は、無意識に出してしまった声に恥ずかしくなったのだろう、小さく唸りながら、薄紅をさしたような頬の顔をうつむけた。




 巡は、四月が手を重ねてしばらくの後、意識を白光に包まれた。

 現実とも夢とも区別のつかないなか、深い森の中で、少年と少女が指切りを交わす風景を見ていた。

 そんな風景に既視感を覚えるが、思い出せない。

 少女の顔をはっきり捉える。と、巡の記憶からベールが外されたかのように、くっきりと名前が一つ現れた。


 ――あっ、卯月うづき先輩? …………なんでここに?――


 思って口に出そうとするが、


 指切った。


 少年と少女の声と同時に全てが白の光に包まれて、消え去った。


 現実世界へと覚醒を始めた巡の意識に、出所が不明の声が届く。

 特に考える事もなく、そして四月も落ち着いていた事もあって、三度目のやり取りはほどなく終えた。

 と、そこへ


『あん』


 と妖しい響きの声が、覚醒半ばの意識に飛び込み、


 ――な、なんだ?――


 巡の体が、ピクリ、と反応し、意識は急激に覚醒した。

 驚くように開いた巡の目に映ったのは、三人の女性だった。


 ――言葉的には三月先生か雫音さんなんだけどな――


 と思う巡の視界の中では、既に犯人は確定していた。

 三月は体を机に突っ伏したままの状態で、眠たげな目を大きく開いた状態で頭をこちらに向けている。雫音は隣のちっちゃな女子に、ひと回り大きくした目を向けている。

 そして巡が声の出所らしきところに目を向けた直後、真っ赤なお顔のちっちゃい女の子と目が合った。


「………………」

「うぅぅぅ……」


 可愛らしい唸り声と共に、ちっちゃい女の子は、俯いた。

 気まずい空気が漂う中、僅かな時間の沈黙の後、


「えっと……ん? 卯月うづき? ……菜乃花なのか? ……さんで……よかったですよね」


 口を開いた巡は三度目の違和感を覚えて、おかしな問いかけをした。

 俯いていた菜乃花が顔を上げると、


「そ、そうだ。あたいは間違いなく卯月菜乃花だ」


 頬はまだ赤いままであったが、口調は普段の菜乃花に戻っていた。


 ――立ち直り、早っ!――


 巡は思いつつ、菜乃花にあっさりと肯定されて、


「な、なら良いんだ、俺の勘違いだったんだろう」


 釈然としないまま、この場が丸く収まる答えを出した。

 と、そこへ、


「あらあら、それはたぶん『名変わり』ね」


 雫音が話に割り込んできた。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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