よくある図書室の恋の考察
なんというか。
恋を、しました。
図書室の一角。
陽の差すそこは、絶好の昼寝スペース。
昼食の後に入り浸ってみたりして。
うっかり寝過ごして、気が付けば窓から夕日が差し込んでいた、そんな日に。
「佐倉、この前貸した本どうだった?」
「面白かったです!あの作者さん、私の好みのどんぴしゃで」
人の声に目を向ければ、カウンターで話す二人が見えた。
図書委員会の顧問をしている教師と、おそらくは図書委員だろう昼にもたまに見かける眼鏡の少女。
何気ない光景に、何故だか目を奪われた。
少女の笑顔を、初めて見たからかもしれない。
「俺はあれがあの作者の一番の傑作だと思うんだけどね、世間じゃ見向きもされていないんだ」
「先生の好みはちょっとずれてるんですよ。私は好きですけど」
図書室という場所を考慮したその声は、心なしか低く響いて心地いい。
暫く呆としていると、帰宅を促す放送が入った。
鞄を教室に取りに戻らなければならない。
立ちあがりカウンターの前を通れば、少女に微笑みかけられた。
コンビニの店員と同じ微笑みだった。
教室で部活終わりのクラスメイトにどこにいたのかと声をかけられたり、どうせ寝ていたのだろうと笑われる。
適当に流して家に帰る。
だらだらとテレビを見ている時も、夕食を食べている時も、寝る直前も、彼女の笑顔が離れなかった。
相変わらず、昼休みは図書室で寝る日々が続いている。
今までは純粋に日光のみを目的にしていたが、最近は目的が少し増えた。
欠かさずに図書室へと足を向ける俺に、なんだか楽しそうだと言ったのは誰だったか。
図書室の扉を開けるときは、少し鼓動が早くなる。
今日はいるだろうか。
それとも他の奴だろうか。
一緒の当番は男だろうか、女だろうか。
それともまたあの教師だろうか。
期待と不安に汗ばむ手を握る。
恋をしたのだと、自覚をした。
自覚をすれば、少しでも近づきたくなって。
不規則な図書委員のカウンター当番を恨みつつ、毎日図書室へ足を運ぶ。
彼女がいればうれしくて、眠れなくて。
彼女がいなければふて寝でよく眠れる。
彼女の名前も学年も、何も知らずに。
彼女にも、自分を知られることなく。
一日一日と日々を浪費して。
健気だと友人に馬鹿にされ、自分でも呆れるヘタレっぷり。
そうして通い続けて、彼女のいない昼の図書室。
うっかり寝過ごして、いつか見た赤い陽の光に起こされる。
あぁ、寝てしまった、と寝ぼけた頭を抱える。
きっとまた担任に怒られるのだ。
反省文は原稿用紙5枚から増えるだろうか。
「もうしません」の6文字以外に、書ける言葉が見つからない。
深い後悔を込めてため息を吐く。
「……」
ため息を吐いた先に、彼女がいた。
俺から背を向けて、本棚の上段に手を伸ばしている。
あぁ、今日は夕方のカウンター当番だったのか。
本を取ろうと必死に背伸びをする姿に、思わず笑みが浮かぶ。
神様、仏様、いつもあんまり信じていないけれど、今この時には信じます。感謝します。
席を立つと、彼女のそばに立つ。
彼女の手を伸ばした先にある本に手を伸ばした。
「あっ……」
彼女がかすかに声を漏らす。
さぁ、ここが決め所。
「……これで、いいか」
緊張のあまりぶっきらぼうになってしまったのは致し方ないだろう。
彼女の顔を伺えば、俺の手に持った本と俺を見比べて、困ったような、焦ったような表情を浮かべている。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
もともと静かな図書室に横たわる沈黙は、重い。
「えっと……」
彼女が口を開く。
「………それの、隣の本……、なんですけどっ……」
酷く言いづらそうに放たれた言葉が脳に届けば、羞恥に耳が赤く染まるのを感じた。
手に持った本を棚に戻して、隣の本を彼女の手に押し付ける。
さっき信じた神様、仏様。俺は愚かな自分とあなた方を恨みます。
あぁ、穴があったら入りたい。
いや、むしろ今自ら掘りますとも。墓穴というものを。
恥ずかしさに動けずにいれば、かすかな笑い声。
顔を上げれば、彼女が笑顔を浮かべていた。
初めて見た時とは違う。コンビニの店員のような笑顔とも違う。
初めて見る表情だ。
「ありがとう、ございます」
「……あー、いや……」
言葉にならない言葉を口の中で呟いて、うつむく。
「……それじゃ、帰るから」
逃げたい一心で、それだけ言うと背を向ける。
「本当にありがとうございます。また、お昼に」
その言葉に驚いて振り向けば、笑顔のままの彼女が本を抱えて立っている。
驚きが顔に出ていたのだろう、彼女が言葉を続ける。
「『図書室に昼寝に来る男子生徒』、図書委員の間では有名ですよ、坂下君?」
「……あー」
「気持ちよさそうだなって、いつも見てました。図書委員の人たち、皆うらやましいって言ってましたよ」
ちなみにお名前はあなたのクラスの図書委員の山口さんから。
そう言って笑う彼女に、いろいろな意味で恥ずかしくなる。
「あ、こっちだけ名前知ってるって不公平ですね。佐倉紅葉です。あなたのいっこ上」
よろしく、なんて言ってお辞儀をする彼女に、もうキャパシティーはオーバー。
そのまま脱兎のごとく逃げ出した俺を、ヘタレだと笑うがいいさ。
その後、その様子をどうやら見ていたらしい図書委員会顧問に、「青春だなぁ」なんてからかわれたり、クラスの山口さんにいろいろ言われたり聞かれたりした。
「あ、いらっしゃい」
今でも昼の図書室通いは続いている。
佐倉先輩がいれば、寝ずにカウンター越しに話すようになった。
あの失敗からすれば、上々の成果だろう。
カウンターをとっぱらって話ができるようになりたいと、欲張りな俺は思うのだけれど。
とりあえず、まずは格好つけようとして自爆して傷ついた俺のガラスのハートの修復から。
格好つけられないシリーズ!
……になるかもしれません。