6月3日 日曜日 底なし沼と青天井1
後日談です。
恋路はどこに続くんでしょうね。
「世間一般でいうところのデート」なるものに行くことになった。
回りくどい表現だが、実感がいまいち伴わないのだから仕方ない。
「一回一緒に出かけたからってデートってことにはならないよね」と一応直子に確認してみたら、「そういうとこにだけ常識を発揮しようとしても無駄だから」と失笑と共に返された。
無駄なのか。無駄な抵抗で悪かったな。……あれ、だいたい常識ってわざわざ発揮するようなものだったっけ。
まあとにかく、つまりは抵抗だ。
少し前までの私にとって、恋愛やらデートやらはそれこそ非日常の領域だったのだから、自分に当てはめて用いるのには抵抗がある。
そもそも世間一般の皆さんは、実のところ「自分はデートしている」と思いながらデートしてはいないだろう。
いや、じゃあ何を考えながらデートしているかと聞かれると想像できないけれど。えーと、空が青いなあ、とか。
そんなことを考えているうちに、待ち合わせ場所である駅近くの広場に着いてしまった。
「理保」
辺りを見渡す暇もなく、覚えのある声で名を呼ばれる。
指定された時間まではしばらくあるけれど、彼は等間隔に並んだ自転車止めのような石に腰を浅く乗せていた。
濃紺のVネックのカットソーに長袖の白いカッターシャツを羽織り、下はダークのジーンズという出で立ちだ。
スーツでない上にすでに教育実習生でもないとは、直子が見たら呼び方に迷って(困りはしない)結局「元実習生」とでも呼ぶことだろう。アイデンティティーの崩壊もいいところだ。
実際今までの印象とかなり違っていて、ああ彼は大学生なんだよな、といまさらながら実感する。
でもまあ、芳賀さんは芳賀さんだしな。挨拶代わりにちらりと目を見交わして、そう思った。
歩み寄っても彼に立ち上がる様子がないので、隣の石にもたれることにする。私には少し高いくらいだ。
石と石の間は1メートルあるかないかで、同じ方に足を投げ出して上半身だけ向き合う格好になる。
しかし、いつもは黒板消し掃除をしながら話していたので、どうも手持ち無沙汰だ。
良い天気ですね、と常識を発揮して世間話らしく始めると、彼は一度視線を上に向けてから頷いた。
「落ちてきそうな青空だ」
「いや、落ちはしないでしょう」
釣天井じゃあるまいし、どんな壮大な罠だ。
いやまあ、言いたいことはわかるけれど。
太陽がかなり高い位置まできている空に雲はなく、水彩絵の具を溶いた水のようにのっぺりとしていて、遠近感がつかめない。果てのないほど遠くにも、触れられそうなほど近くにも見える。
でももうちょっとこう、せめて「抜けるような青空」とかなんとか言いようがあるだろう。
さあな、と彼は今度は私に視線を留めたまま言う。
「空が落ちないとは限らない」
「……なんでそんなに空を落としたいんですか」
別に落ちないならそれでいいじゃないか。
せっかく世間一般にして世界共通の天気の話題から始めたのに、世間話もままならないとは、先が思いやられるな。
でも今日の場合、世間話をご臨終に追い込んだのは彼で、私は無実だ。
どっちにしても先行きが不安なことに変わりはないけれど。




