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黒板消しと国語教師  作者: 草苅晏
黒板の裏側
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実習生観察雑記 5月22日

 3時間目と4時間目の間の休み時間。

 ちょっと話があるから、とクラスの女子3人に教室のベランダに連れ出された。どっちかっていうとおとなしめのグループに入る女子だ。めんどくさそうな気配を感じつつ、狭いベランダに出て、窓を閉める。

 人に聞かれたくない話をするときはベランダ、っていうのはこのクラスの暗黙のルールだ。体育館裏なんかにわざわざ行かなくて済むのは楽でいい。窓はガラスだから教室から丸見えだけど、窓を閉めちゃえば話は聞こえないし、人目があるから安心だし。

 雨が降っているけど、庇があるのでベランダはぬれない。


 お互いをつつきあい切り出しにくそうにしていたが、代表っぽいひとりが思い切ったように質問を口にする。

「芳賀さんのこと好きなの?」

「ハガって誰?」

 実際わからなかったので聞き返す。どっかで聞いたことはある名前なんだけど。

「6組の教育実習生の芳賀さんに決まってるじゃない!」

 いらだったように説明が返ってくる。いや、決まってないけど。

 あー、はいはい、スーツ男ね。そういう名前だったっけ。ってありえないし。

「興味はあるけど好きじゃないよ」

 正直に答える。でも、と納得のいっていない声が代表から上がり、ほかのふたりも不満げな表情を浮かべている。

「もし好きだったらどうすんの?」

 逆に聞いてみる。答えはすぐに返ってこなかったので、選択肢を挙げてみる。

「協力? 妨害? それともおもしろがるだけ?」

 他人の色恋沙汰に対する周りの反応なんてこんなもんだろう。

「私は、ただ……」

 代表は口ごもり、ほかの女子に目を向けると逸らされた。人を呼び出しといてそれはないだろ。

 たぶん自分もスーツ男にお近づきになりたいとか、あたしがなれなれしすぎるとかいう話なんだろう。それを言うためにわざわざベランダに連れ出したんじゃないのかと思うけど、こういうタイプにとってあたしに文句を言うのは結構ハードルが高いらしい。

 雨の音のせいで、沈黙はさほど静かではない。10秒待ってみる。反応なし。理保みたいにいきなり麩菓子の話でも始めてくれればおもしろいのに。

 膠着状態っぽいのでこれ以上の追及はやめる。あんまり敵を増やすのもよくないし。ま、いまさらって感じもするけど。


 助け舟のつもりで質問してみる。

「それはともかく、あの人なんで毎日スーツなんだと思う?」

 これにも大した答えは期待してなかったのに、はっきりきっぱり、真顔で答えられた。

「スーツ萌え」

 ……それは予想外だった。声にものすごく実感がこもっている。

 なるほど、萌えね。常日頃若い男のスーツ姿に飢えているジョシコーセーのウケを狙うと。へー、いい線いってるかも。

 そこで4時間目開始のチャイムが鳴り、結局よくわからないまま会話は終わった。


 授業を適当に聞きながら先ほどの会話を反芻する。

 あたしが、スーツ男を好き?

 改めて考えるとむかついてきた。あいつら頭沸いてんじゃないの? ちょっと見ればありえないってわかるだろ。好きなのはあんたらだろうが。

 こういうとき怒るのは無駄だとわかってるのに、ついいらついてしまう。

 理保のスルースキルには程遠い。

 前うっかり理保に「宮口のこと好きなの?」とかいうありえない質問した頭が恋愛惚けした女子がいたが、「天使は性別ないんじゃなかったっけ」という真顔の理保の答えで撃沈してた。

 あれは笑った。あれはあたしには無理だな。



 あーほんとやってらんない。今日はカレーだな。

 スーツ男にバスケやらせるのは後でいっか。どうせ今日は雨だから体育館混んでるだろうし。

 昼休みに食堂でカレーをかきこみ、理保に愚痴るとすっきりした。すっきりついでに、スーツ男に大縄をやらせるという名案を思いつく。そのときにさっきの女子も誘っとけば万事解決じゃん。

 完全に八つ当たりだけど、ま、いっか。スーツで大縄っていうのも見てみたいし。

 そうすればさっきの女子の百年の萌えも冷める、ってやつだ。


スーツ萌え狙い仮説浮上。


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