5月17日 木曜日 黒板消しとグレーゾーン1
葵は「あふひ」。これは「逢ふ日」に通じるんだ。
「うちのクラスの教育実習生、変な人だよ」
確信とともに、直子に報告する。
昼休みの食堂に、直子はパン、私は弁当を持ちこんで向かい合って座っている。
「はあ? 理保に変っていわれるようじゃどんだけ……」
ダイの自称天使発言でさえナチュラルに受け入れてる理保が、と購買で買ってきたコロッケパンをかじりつつ直子は眉を寄せた。
ダイというのは、私と名字が一文字違いの宮口大成のことだ。
宮口くんは「人を見たら天使と思え」という格言をどこかから引っ張りだしてきて座右の銘として掲げ、ついでに自分も天使だと名乗っている。「人を見たら天使と思え」というのはつまり、「世の中の人をみんな天使だと思って優しくしろ」という意味らしい。なんで天使に優しくしなければいけないのかはよく考えるとわからないけれど。
私とは1年の時からクラスが同じで、名前が似ているので席も前後だ。
私は別に、本人が天使だっていってるんだからそれでいいんじゃないかと思う。
実習生ってどんな奴だっけ、と直子が呟いているのをみると、思いだそうとしているらしい。とにかくお洒落な人だよ、と助け船を出す。
「あー、あれ。あたしのみるところ、毎日スーツなのは運動音痴だからだね」
ほら、ジャージだと昼休みとか生徒に遊ぼって誘われたとき断れないじゃん、きっとスーツを理由にして運動音痴をごまかしてるんだ、とやけに自信ありげに頷いてから、首をかしげる。
「だいたいなんで変だってわかったわけ? 今まで近寄らなかったじゃん」
「いや、昨日の放課後にちょっと」
記憶を辿りつつ、話していく。
「そりゃ変だ」
途中までは面白がっていた直子も最後にはさすがにわけがわからなくなっていったらしく、うーんと唸って述べた。
「だよね? 私も緊張してちょっと変だったけど、私だけじゃないよね?」
「理保も十分おかしいから安心しなって」
全然安心できないことをさらりと言って、直子は嬉しそうに笑う。
そっかあいつ変な奴だったのかこれは観察しなくちゃ、と口の中で言ったのには気付かなかったことにしよう。