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5月31日 木曜日  黒板消しと白うさぎ5

 なんでこんなに混迷を極めているときを狙い澄ましたかのように来るんだ、まったく。

 だいたいなんで直子の「スーツ男変人仮説」の証明が完了して構われなくなったのに、毎日昼休み教室にくるんだ。


 彼は直子の横に立って、うっすらと笑みを浮かべこちらを見下ろしてくる。

「バニーガールと据え膳」と、直子が彼女なりの回答を告げる。大嘘だ。

「じゃなくて月のうさぎの自己犠牲の話です」と、私が慌てて訂正する。

「あと天使な」と、宮口くんが付け加える。ほんと天使好きだな。

 口々に答えたけれど、これだけ聞いてわかる人がいたら脱帽だ。案の定解釈がお得意な彼にも意味不明だったらしい。

「つまり何の話なんだ」

 再び説明を求められる。

「おいしいうさぎの食べ方。血抜き処理と熟成期間について」と私。

「理保がうさぎなら今すぐ喰えるか」と宮口くん。

「え、理保がバニーガールのコスプレとかさすがにひく」と直子がまた問題発言をする。いや、誰が一番問題発言をしたかというと謎なのだけれど。

「バニーガールとか関係ないから!」

 即訂正する。直子さん、バニーガールの話題を引っ張るのはいいかげんにしてほしい。


 とにかくっ、と直子がぱんと手を打つ。手を打った音が響いたせいで、教室の注目をさらに集める結果となったような気がする。まあ、気のせいということにしておこう。

「かなりいまさらだけど、ほんとはなんの会話なわけ?」

 ほんとにいまさらだね、直子。

「簡潔にな」

 彼もさらりと要求を加える。

 というかなんで直子も彼も私だけを見てるんだ。

 それを知ってか知らずか、宮口くんは素知らぬ顔だ。連帯責任じゃないか、宮口くん。

 えーと、つまり話題の中心は。


「もしも私がうさぎなら、あなたは私を食べますか?」


 条件。

 あなたは非常に空腹であるとする。

 また、私は食材に適したうさぎであるとする。

 肉には火を通して食べるものとする。

 こまごまとした条件を問いの後から補っていく。嫌な感じの数学の問題みたいだ。しかも初めの問いが英語の直訳みたいになってしまった。


「非常に誤解を招きそうな発言だな」

 彼が深い溜息をつく。

 でしょでしょ、と直子は我が意を得たりとばかりに彼に語りかける。

「こいつらほんとわかってないんだよね。理保とか話の流れとはいえまさかの『私を食べて』発言だし」

 センセー説教してやりなよ、と直子はけしかける。

「お前そんなこと言ったのか?」

 昨日も油断するなと注意したばかりだというのに、と私に注がれる呆れたような視線が語っている。

「さあ、記憶にないからなんとも言えませんね」

 うわ、政治家作戦、と横で宮口くんが呟く。

 姑息で悪かったな。まあいいや、姑息ついでに袖の下だってあげてしまおう。


「ここはひとつこれでお収めください」

 出したままだったビニールから、ブドウ糖の包みをひとつ、彼に差し出す。

「何だこれは」

 受け取ったものの、彼は怪訝そうに包みを見つめている。

「ブドウ糖です。すぐ体に吸収されるので、頭がはたらくようになりますよ」

 セールスポイントを教えて、付加価値を高めてみる。ブドウ糖はすごいんです。

「それならお前が食べた方がいいんじゃないか」

 ……はい、嫌味きました。これはあれか、つまり私は頭がはたらいていないということか。しょうがないじゃないか、お昼もまだなんだし。

 直子も宮口くんも同時に噴き出すのやめてほしい。

 まあ、と包みを握った手を下し、彼はふっと微笑んだ。

「ありがたく受け取っておくか」

 ようやく彼の雰囲気がほぐれた。やっぱりブドウ糖の力だろうか。いや、彼はまだ食べていないけれど。


 さて。

 よくわからないままだが問題も解決したことだし、さっさと食堂に行かなくては。

 食べないと頭がはたらかないしな。

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