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5月31日 木曜日  黒板消しと白うさぎ4

 気を取り直して話を続けることにする。

「目の前で火に飛び込まれて、ありがとういただきます、とはならない気がするんだけど」

 一番気になるポイントはここだ。

「腹減ってれば食うだろ」

 あっさりそう言われてしまう。

「じゃあ宮口くんは、目の前でうさぎに『私を食べて』って言われたら食べる?」

「食う、かな」

 少しためらいがちに宮口くんは答える。

 食べるのか。よし、じゃあそれなら。

「私が今、『私を食べて』って言っても?」

 新たな仮定をもちだしてみる。

 ついさっきまで目の前で生きてしゃべっていたものを、食べられるか。まあ、昼休みに適切な話題じゃないけれど。

 教室に残っていた何人かがばっと勢いよくこちらを向き、しかし私が見つめ返すとさっと目が逸らされた。なんなんだ。


「人間は食わねえな、さすがに」

 首を振りつつ宮口くんは言う。

 いや、共食いはさすがに私も想定していない。問いの条件が不十分だったか。

「もし私がうさぎだったらの話。どう? 食べる?」

 改めて問う。

「うーん、正直びみょー」

 宮口くんは唸りつつ首をひねる。

「心意気ってさっき言ったくせに。うさぎの心意気汲んであげなきゃ」

「据え膳食わぬは、って?」

 宮口くんは私に向かってにやりと笑いかける。

「それは意味違うって。いや、文字通りで正しいかもしれないけど。まあ、とはいえ実際、目の前で『私を食べて』は厳しいよね」

 うさぎの心意気は汲みたいし感謝もするが、正直私も食べられる気がしない。


「あんたら何話してんの!」

 べちっといい音をさせて、いつのまにやら傍らに立っていた直子が、宮口くんと私の頭を同時に叩く。

「いってえな」

 宮口くんが叩かれたところをさすりながら、直子を軽く睨む。

「痛くありませんー。音がする方が痛くないんだって。衝撃が音っていうエネルギーになって減るから」

 これは最近の直子お気に入りの理論だ。人の頭や背中をばしばしたたき、文句をつけられるとこう言って逃れる。……でもエネルギーが減ったにしてはちょっと痛い。

「んなことどうでもいいわ。なんでいきなり殴るんだよ」

 座ったままの宮口くんと私は、直子を見上げる格好になる。

「なんで教室で堂々と食うの食われるの言ってるわけ?」

「だからそれは理保がうさぎだったらの話だろ」

 めんどくさそうに宮口くんが説明する。

 意味わかんない、と言い捨て、直子はさらに問う。

「あたしが訊きたいのはね、なんで理保がダイに『私を食べて』とか言っちゃってるか、ってこと」

「文脈読めよ」

「途中から来たんだから読めるわけないっしょ。そっちこそ空気読みなよ。めっちゃこっち見られてるし」

 うわ。何やらやらかした気配がする。

 おとなしい優等生で通っている、目立つはずのない私に、やたら視線が向けられているのだ。

 

 で、何の話、と直子はまた尋ねたので、月のうさぎと天使の話だよ、と答える。

「ふうん? 目の前にバニーガールがいたら据え膳喰うかって話じゃなくて?」

「どこをどう取ったらそうなるの?」

 健全な高校生の爽やかな昼休みにふさわしい話題じゃない。事実無根の結論を導き出すのはやめてほしい。

「うさぎの自己犠牲の話だってば」

「自己犠牲、かあ。ジャングル大帝でも似たような展開あったよな」

 宮口くんが懐かしい漫画の話をもちだしたので、ああ、あったよね、と頷く。

「話を逸らすな!」

 あんたたちの話聞いてると頭痛くなる、と直子はこぼす。じゃあ聞かなきゃいいじゃん、と宮口くんは小声で突っ込み、第二の攻撃を受けていた。


 事態の収拾がつかないままにそろそろ食堂にでも行こうかと考え始めたとき。

「楽しそうだな。何の話ですか」

 私のクラスの教育実習生である彼が、実習生スマイルで寄ってきた。

 異常事態発生。

 ですか、って丁寧語じゃないですか恐ろしい。


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