5月16日 水曜日 黒板消しと赤の他人8
「なんだそれは? 黒板消しと俺のネクタイに何か関係あるのか?」
いきなり話が戻った。
「これはですね」
説明しようとして、言葉に詰まる。
黒板消しとネクタイと、黄色い煉瓦の道?
……あれ? まったく関係ない。
「そういえば、結局何の話してたんでしたっけ?」
「……」
沈黙。無言。気まずい。
冷静になって、会話を辿りなおしてみる。
黒板消し……ネクタイ……嫌味……解釈がどうたらこうたら……思春期?……黄色い煉瓦の道………?
なんだこれ。
わけがわからないことになっている。連想ゲームでももっとましだ。
会話の流れがおかしい。いや、流れというかもう全体的におかしい。
うああ失敗した……!
そもそもはじめから話題の選び方を間違ったな自分! 綾織りってなんだ! しかもおそろいって……。いくら緊張しているとはいえ、あんまりだ。
だからよく知らない人と話すの嫌なのに!
とりあえずフォローしとこう。
「あ、あの……先生っていつもお洒落ですよね、と言いたかったんです。ネクタイとか」
ものすごく無理がある。
「明らかに違うだろう。いまさら取り繕っても遅いぞ? なんにも考えずに口に出しただけだろうが」
あっさり見破られた。
無理矢理ごまかすことにしよう。 必殺、褒め殺し。
「いや、先生は実際お洒落さんなんだからいいじゃないですか、細かいことは」
「まあ……」
強引に会話を終わらせる。
というか、こういうあいまいな肯定が返ってくるところをみると、彼は自分で自分のことお洒落だと認識しているのか。そういう人だったのか。まあ実際お洒落さんだけれど。
いやいや、そんなことはどうでもいい。今がチャンスだ。よし、逃げろ! 三十六計逃げるに如かずだ!
後ろの入り口から、さっさと廊下に出る。
「すみません! 帰ります!」
「おい、待て」
ですよね。でも帰ります。これ以上わけのわからない事態に陥りたくないんです。
「さようなら!」
廊下のロッカーから荷物を引っ張り出し、駆け去る。振り返らない。
走りつつ、考える。
とにかく、邪魔が入ったのが黒板消し掃除が終わってからでよかった。
全然よくないが、うん、いいということにしておこう。
しかし。
あの人いったいなんだったんだろう。
謎だ。
いや、あの人からすると私の方が謎なんだろうけれど。
実際黒板消しは綾織りです。抗菌仕様です。
教育実習3日目から話が始まるという、中途半端なスタート。