5月30日 水曜日 黒板消しとイエローカード6
「いやー、面白いもん見れたわ、倉橋クンに感謝感謝」
塚本さんは、彼の鋭い視線も気にせず豪快に笑う。倉橋くんは、私のクラスのもうひとりの美化委員だ。……うん、昨日の発言は思い出さないことにしよう。茗荷でも食べるか。
いや、それはともかく。
私と同じクラスということは、当然塚本さんと接点はないはずだ。
首をかしげた私に気付いたのか、塚本さんは、俺サッカー部のOBだからね、ちょっと部に顔出したわけ、と説明を付け加える。
「青二才が何か言ったのか」
あとカモ、ら抜き言葉を使うな、と彼は小言を言う。
生徒を青二才呼ばわりするよりは、ら抜き言葉の方がましな気がする。
小言を無視して、塚本さんはにやにやしながら告げた。
「昨日の放課後どっかの教育実習のセンセイにいじめられたってさ。かなりえげつなく、大人げもなく。だめじゃん佑介」
昨日の放課後って、思い出したくないあれか。私のフォロー下手と倉橋くんの暴露話と彼の失礼な態度が絶妙にマッチした、あの会話か。
「何かの間違いじゃないのか。俺は冷静に話し合っただけだ」
「冷静にって、どこのやーさんの話し合いだよ」
塚本さんは、噴き出しつつ言う。
話しながらも、塚本さんの視線はずっと彼と私のつながれた手に注がれている。
彼の方が知らんふりをしているから、腕を振り回すのもためらわれる。彼が話している最中にくいくい、と引っ張って手を取り戻そうとするが、なかなかうまくいかない。
そんな私と彼の様子をにやにや笑いを浮かべて観察している。
塚本さんのにやにやは、にこにこよりもずっと憎たらしい。今日、またひとつ学んだ。さむしんぐにゅう、だ。役に立たないだろうけれど。
彼は平然としているし、塚本さんはにやにやしどおしだしで、私はかなりいたたまれない。
「ちなみに芳賀さんを大縄に誘ったのは直子ですよ」
1組の伊東直子です、確か物理選択ですよ、知りませんか、と塚本さんの興味を逸らすために教えてみる。
「え、あの『6組の実習生はなんで毎日スーツなのか』って俺に訊いてきた子? うわお、いい仕事するなー」
直子、ほんとに訊いたんだ、とつい遠い目をしてしまう。
しかし、塚本さんはなんと答えたんだろう。ちょっと気になる。
明日お礼言っとこう、と塚本さんはひとり頷いて、あ、そういえばさ、と思いついたような声を上げる。今度はなんだ。
「佑介の冗談は面白かった? 冗談のひとつも言えない男はありえない、ってアドバイスしたんだけど」
ほら、旧暦エイプリルフール騒ぎのあと、と彼の威圧的な視線をものともせずに塚本さんは続ける。
『口説くには、冗談のひとつも言えないとだめだと聞いたんだが』
先週の金曜日、放課後恐怖劇場のあと彼が口にした台詞がよみがえる。
そうか、あの「本気の冗談」とやらの真相はこれか。
しかも最近、よく笑えない冗談を言われると思ったらそのせいか。
塚本さん、犯人はお前だ……!
いや、まさか本人の目の前で「全然笑えません。むしろこわいです」などと言えないので曖昧な表情を浮かべていたけれど。
なんとなく塚本さんは実情を察している気がする。
だったらそのアドバイス逆効果じゃないか。ほんとカモってるな。




