5月30日 水曜日 黒板消しとイエローカード4
結局わかんなかったってことだよね、と拗ねたように言いつつ、塚本さんは結構楽しそうだ。
塚本さんの右手には、私の右手がネームタグごと握りこまれている。軽く自分の方に引っ張ってみるが、放してもらえない。
どうしよう。
さっきより状態が悪化している。
よし、ここは優等生作戦だ。
いや、ネーミングが微妙なのは十分承知しているが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
「塚本先生には問題ととことん向き合う姿勢を学びました」
向き合うというか逃げられないだけだった気もするが、とにかく言ってみる。
感想文などでよく使う手法だ。「なになにからこれこれを学びました。とても有意義で貴重な体験になりました」などという表現はちょっといじればなんにでも応用できる。
ゆうらあん、さむしんぐにゅう、えぶりでい。人間生きてりゃ日々何か学ぶものさ。なんて英語の授業で言ってたっけな。
まあとにかく、こんな経験からでも得るものはあった、ということにしておこう。例えば、えーと、不審者は見ない聞かない話さないの三原則とか。
あなたから学ぶことはもうない、もとい、今日の分の課題は終了しましたよね、と言外に告げてみた。
だから手を放してください、と。
「よくできました、理保チャン」
にこにこしながら褒める塚本さん。
でも手はそのままだ。ああ、笑顔が憎い。
「あの、帰りたいんですけど」
「掃除まだ終わってないよね」
そこを指摘するか、このタイミングで。
まあ確かに黒板はふいたところとまだ済んでいないところが境界もくっきりと分かれている。掃除が途中なのはばればれだ。
「じゃあ掃除したいんで、手を放してください」
「えー」
えー、じゃない、と右腕を振り回すけれど、握られた手は抜き出すことができない。
「シェイクハンドだね、よろしく理保チャン」
「手は2本なのでハンズです!」
いつもの癖で反射的に訂正してしまい、塚本さんに噴き出された。いや、癖といってもいつもは心の中でだけなのだけれど、今は心の声を心にしまっておくような余裕がない。
それにしても塚本さん、笑いながらでも手の力が弱まらないとは何事だ。
「なんで笑うんですか、物理の先生だって英語は大切です!」
「いい味出してるねー、理保チャン」
「おでんじゃあるまいし」
「この季節におでんって!」
いいじゃないか、最近のコンビニがおでんを売る期間は長くなる一方だ。
このままだと、おでんの季節感は流動的になるんじゃないかと思う。




