5月30日 水曜日 黒板消しとイエローカード3
「ヒントよーん、佑介と俺はオトモダチでーす」
あ、もちろん知ってるよね、あの芳賀佑介だよ、理保チャンのクラスの実習生、あの大縄やってた、と楽しそうに説明がついてくる。
「あの」が妙に強調された発音に他意はないと思いたい。だいたい彼が大縄やったことってそんなに有名なのか。
芳賀さんと、いつも放課後やってくるあの彼と、オトモダチ? そういえば彼もS大学だった気がしなくもない。でも、彼にオトモダチの名前なんか聞いたことはない。
彼の名前を耳にし、て無意識のうちにか黒板に残されたメッセージに目を向けていた。
私の視線を辿って消し損ねた黒板の文字に気付いたらしく、うわ、佑介マメだな、と感心したようなおもしろがるような声を上がる。
「今日は研究授業の打ち合わせだからね、佑介はまだまだ来ないよ」
こちらは緊急事態なのに、なんで今日に限って遅いんだ、と八つ当たり気味にいらだちの矛先を彼に向ける。
「どう? もうわかったでしょ?」
「……わかりません」
「えー、佑介ってば言ってないわけ? 冷たい。しょうがないな、じゃあ次行くよ、ヒントごー」
理不尽だ。
堪忍袋の緒が切れた。
なんでこの人の名前を知らないだけで、居残りさせられた落ちこぼれ気分を味わわなくちゃいけないんだ。
理保って成績いいから妙なところでプライド高いよね、優等生は打たれ弱いんだから、と直子に言われたのを思い出す。ええ打たれ弱いですとも。こんな状態耐えられませんとも。
とっとと終わりにしてやる。
黒板消しを置いて、歩み寄る。
仕方がない、今日の掃除はここまでだ。
待っているようにという彼の言葉も破ることになるが、それについてはあとで考えよう。
「あ、あのー、思い出しました」
目の前に立つ。
知らないなら、知るまでのこと。
「やったー、ほんと?」
嘘です。
嬉しそうに瞳を輝かせて私の目を覗き込んでくるので、私もまあまあ楽しそうに笑ってみた。
直子にいわせると、私の笑顔は余裕に見えるらしい。憎たらしいほどに、とさえ表現されたこともあるけれど、今私の目の前にいるこの人ほど憎たらしい笑顔には、そうそうお目にかかれないと思う。
勝負は一瞬。ネームタグをパーカーの合わせ目から抜き取る。
黒いパーカーの胸の部分に、私の手からチョークの白い粉がついたのはご愛嬌だ。すぐ落ちるから、大丈夫。
『塚本弘己』
『つかもとひろみ』
ご丁寧にふりがなつきだ。ありがたい。
「つかもと、ひろみ! さん!」
運よく表向きで出てきたネームタグを読み上げてさっと手放し、横を通り過ぎるのは危険なため身を翻そうとした。
あえなく、捕まる。自分の反射神経の鈍さが憎い。
実行できたのは、読みとるところまで、だ。賭けは半分成功、でもなんだか半分以上失敗した気がする。
いやきっと、勝負することに意義があるんだよ、たぶん。実際名前を目にするまで思い出せなかったし、目にしてからも覚えがなかったのだから、私の行動は正しい、ということにしておこうじゃないか。
「正解正解。でもカンニングはダメなんだよ?」




