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5月30日 水曜日  黒板消しとイエローカード2

 教育実習生の間では、名前当てゲームが流行ってるのだろうか。

 何人の生徒に名前を覚えられているか勝負、みたいな。以前も彼に名前を覚えているか問われた。

 彼の場合は自分のクラスの実習生だったのでかろうじて名字は覚えていた。しかし、この人は全く見覚えがないので名前も見当がつかない。


「えーっと」

 そうだ名札を下げているはず、と首元にあるはずのネームタグを目で探す。しかし、パーカーの合わせ目に入ってしまっていて、名札部分が見えない。

 ああ、そういえば彼もこの質問をしたとき名札を隠していたな、と思い出す。

 まったく、どいつもこいつも。名札を隠していいのは、登下校中の小学生だけだ(不審者対策)。


 じゃあヒントいくよー、と楽しそうに言われた。

 ヒントってなんだ。そもそもヒントをもらえば当てられるような問題じゃないし。

「ヒントいちー、俺は教育実習生でーす」

 当たり前だ。いくら放課後とはいえ、校内に関係者以外が立ち入るようでは困る。

「ヒントにー、俺は物理担当でーす」

「じゃあわかりません」

 即答する。

 高校2年文系のクラスには物理選択者はいない。

 つまり私は、一度もこの人のいる授業を受けたことがないのだからわからなくても失礼じゃない、というかわからないのが普通だ。

 考えてもわからないのだからさっさと白旗を挙げてしまおう。へたに期待されても答えられないのだから仕方ない。


「えー冷たい理保チャン」

 別に冷たくないよ本当のこと言っただけじゃないかとか、なんで私の名前知ってるのとか、とりあえず不満も疑問も押し込めることにした。

 黒板消しで、黒板を上下にふくのを再開する。早く終わらせて早く帰ろう。

 変な人は無視、これ鉄則。今作った鉄則だ。いや、すでにその鉄則を破ったからこの状況に陥っているわけなのだけれど。

「せっかく集会で実習生代表よろしくねの挨拶もしたのにー」

「え、そうでしたっけ?」

 即席鉄則は拘束力も弱いらしく、つい反応してしまう。

 まったく覚えがない。というか、この人に代表の面影がない。うろ覚えだが、こんなに軽い感じではなかった気がする。

「そうそう。カッコよかったんだもんねー。ま、次、ヒントさーん」

 まだ続くんですか、それ。


「あの、ほんとにわかんないんですけど……」

「だいじょぶだいじょぶ、理保チャンならきっとわかるって」

 無責任に励まされる。根拠なんか全然ないじゃないか。

「今はS大学3年生でーす」

 だからなんだ。大学聞いたくらいで名前がわかるか。

 あれ、S大って、誰かほかにいなかったけ? 思い出せない。

「あの、ごめんなさい。やっぱりわからなくて……」

「当てるまで帰さない、って言ったらもっと頑張れるよねえ?」

 軽いのに凄味がある。

 はいせんせい、がんばります、と素直に言いたくなってしまう何かが、目の前の人の視線に、声色に隠れている。どんな高等技術だ。

 うわ、すごく厄介なのに捕まった。


 私が隠れ人見知りを発動する間もなく、ペースに巻き込まれているのは不幸中の幸いか。いや、どっちにろ不幸なんだけれど。


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