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5月30日 水曜日  黒板消しとイエローカード1

 知らないなら、知るまでのこと。
















 ああ、平和だ。

 放課後の教室にいるのは私ひとりで、なんだかとても久しぶりな気がする。……いや、昨日のことはあえて思い出さないことにして。

 ゆったりした気分で黒板消しと戯れられるのが嬉しい。

 きゅっと髪をまとめ上げる。


 いつも通り前後の黒板から黒板消しを回収することにする。

 前の黒板の、桟に並べて置かれた黒板消しを手に取る。

 と、先ほどまで黒板消しで隠されていた部分の黒板に、何か書かれているのに気付く。

 なんだこれ。

 授業が終わって完全に消してあるはずの黒板に文字が残っているはずはない。しかも置いてある黒板消しで隠れるほど低い場所に、板書が書かれるはずはない。

 じゃあなんだろう。首をひねりつつ、かなり小さい字で書かれたそれを読み取る。


『遅くなるが、必ず行く。待っているように』


 署名はない。

 推理小説の良き読者は探偵役になれないと言われたが、私だってこれくらいわかる。

 犯人は彼だ。

 以前見た彼の字と似ているかは、記憶がおぼろげすぎて判断できないが、たぶん間違いない。

 放課後に黒板消しを持ち上げるなんて、私以外にやる人はいないはずだから、私に向けたものとみていいだろう。

  しかし、国語科教師志望の彼でもさすがに横書きか。まあ横長の黒板消しの後ろに自然に隠すには、横書きしかないか。ああ、芸が細かいな。もしかして、前に私が「少し待っていた」と言ったのを覚えていたのだろうか。

 知らないうちに笑みを浮かべていた。少し迷ったが、その文字は残しておくことにする。どうせあとで黒板をふくことになるし。


 彼からであろうメッセージをそのままにして、ベランダで黒板消しを叩くことにする。

 4つのうちふたつを換気扇の室外機もどきの上に置き、残りのふたつを組にしてぱんぱんと叩く。

 今日は天気がいいが、風が強めだ。風向きをしっかり確かめたうえで腕を伸ばす向きを定めるのも、構えた黒板消しをなるべく体から離すのも、風に乗ったチョークの粉に襲いかかられないようにするためだ。

 きれいになったら、もうひと組。よし。

 叩き終えた黒板消しを手に教室に戻る。

 

 彼は遅くなるというし、のんびりやろうか。

 というわけでのんびりと黒板に黒板消しをかけていると、いきなり廊下から声をかけられた。

「こんちはー」

「あ、どうも」

 声のした教室の前の入り口の方を向きつつ適当な挨拶を返す。

 しかし、挨拶はしたが、誰だ。手を止めて声の方を向く。

 やたらと軽い感じの男性が、にこにこしながらずかずか教室に入ってきた。たぶん生徒ではないというのは、制服を着ていないのと髪を染めていることからわかる。ということは教育実習生か。

 軽いと表現したのは、同じ教育実習生である毎日スーツ着用の彼と比較してというのもあるけれど、全体の雰囲気がいい意味で遊び慣れている感じだからだ。

 髪は暗めの茶髪、有名なスポーツブランドのジャージに身を包み、両手をパーカーのポケットに突っこんでいる。首にぶら下がっているのがゴツめのネックレスでなく、教育実習生用のネームタグのひもであるのが不釣り合いな印象を受ける。

 黒板と前の入り口の間、日めくりカレンダーが掛けられた棚に肩肘を持たせかけると、その人は口を開く。


「はい問題でーす、俺は誰でしょう?」

 ……かるーく無茶振りされた。

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